まるで物語のように(9)



「じゃあ、おやすみ!」
「お休み、さん」
「お休みなさい、様。どうぞよい夢を」
三者三様、お城の中で迷子にならないようにとわたしを部屋まで送ってくれた有利くんと村田くん、それにコンラートさんからの就寝の挨拶に、笑顔でおやすみなさーいと返して、個人の部屋についているとは思えないほど広いお風呂を堪能して、やれやれ、大変な一日だったなとベッドに入ったところで気がついた。
「寝ちゃだめでしょ!」
布団を跳ね飛ばして起き上がり、ベッドの上で頭を抱える。
「まだ有利くんに告白してない」
コンラートさん、よい夢をってすでにいい夢の中で言われてもそんな。
ひょっとして「よい夢を見たでしょう。それではそろそろ目覚めなさい、さようなら」の略だったとか!?
……どんな略し方なのよ、それは。
せっかくの夢なんだから、夢の中で告白の練習よー!とか意気込んでいたのに、まったく目標が達成されないうちに夜になって別れてしまった。
それはたしかに、あれから怪我したり決闘騒ぎになったり、それどころじゃなかったわけなんだけど。
おまけにまったくの脈なしなんじゃないかと思わせられるようなことまで重なって。
夢の中でもこれ……?
ちっとも夢らしいご都合展開がないままなのに、これでベッドに入って眠ってしまえば、夢は終わりなんじゃないでしょうか。目が覚めたら村田くんと二人びしょ濡れで川原に……。
「空しすぎる……!」
いっそ、村田くんと買い出しに出たことから夢ならまだ救われる。
「ひょっとして予知夢?本日水難の相アリ、とか」
でもこれを『難』と言っていいのかどうか。
村田くんと一緒に川に落ちたことは明らかに『難』。
でも有利くんと一緒に居られたのは『吉』。
あれだけの美少年や美形に囲まれるなんて現実ではありえないから、一応これも『吉』。
でも決闘騒ぎとか怪我とかは『難』。
「びみょーな感じ……」
それこそ、有利くんに告白できて上手くいきましたー!……とか、あるいはもうすでに恋人になっててラブラブ……とかなら明らかに吉夢なんだけどな。
「どちらかというと、このままならない日常の延長っぽい感じはやっぱり『難』かなあ……」
ごろりとベッドに倒れ込んで、この不思議な夢の始まりを思い返してみる。
何のドラマかというようなベタな川原での大回転の末、川に転落して巨大スパのような場所に移動。そのあとすぐに有利くんが素っ裸で現れて……。
有利くんの、素っ裸。
「………やっぱり吉夢だ」
目が覚めて自分の部屋だったら、正夢になりますように!と力を込めてお願いしそう。
思い出すだけでも恥ずかしくて、ちょっぴり嬉しいハプニングに真っ赤になった顔を枕に押し付けた。


目が覚めるとそこは豪華なスイートルームでした。
「……夢の中で目が覚めた。びっくりだよ」
そしていつの間に眠ってしまったんだろう。眠るつもりもなかったからそっちにもびっくりだ。
このまま目が覚めてしまったらもったいないから夢の中での時間で、夜通し起きていようと思っていたのに、ベッドに転がったせいで勝手に眠ってしまっていたらしい。
自分を見下ろしても、こんな機会でもなければ着ないだろうフリフリのフリルのついたネグリジェで(さすがにスケスケのものは避けました)、夢の中での眠りからは覚めたけど、夢自体からは覚めていないことに安堵する。
……ややこしくて自分が何を言っているのかも判らなくなってきた。
我ながら寝惚けているのかと頭を押さえながらベッドから降りると、近くの壁に誰かが洗濯してくれていたらしい、元々わたしの着ていた服が掛けてあるのを発見して、いそいそとそれに着替える。
せっかくの夢なんだから昨日みたいな服を着てみるのも楽しそうだけど、根が小市民なので汚さないか気になりそうだし。
「はっ!?そうだ、決闘!今日、有利くんの決闘があるんだっけ!?」
もう夢の不条理さでいいから、昨日の出来事はなくなっていたとか、すでに決闘が終わってまた日常に戻ってます的な時間経過をしていないだろうかという淡い期待は、すぐに打ち砕かれた。
ベッドルームから飛び出して、どこに行けばいいのかも判らないけど、部屋でじっとしていられなくて更にリビングのドアを開けたら、正面に有利くんが立っていた。
「わっ!?びっくりした」
突然開いたドアに驚いたらしい。反射で両手を上げたような状態の有利くんの腰には、昨日見た喋る剣……えーとモロゾ……じゃない。そんなおいしそうな名前じゃなかった。えー……モルギフが見える。
「おはよう。もう起きてたんだな」
「う、うん。おはよう渋谷くん。それで……」
「すごいタイミングで驚いた。今まさにノックしようとしてたところだったんだぜ?自動ドアかと思ったくらいだ。おれとってシンパシーがあったりして。相性バッチリだな」
有利くん……そんな決闘のことを心配していた気持ちが、一瞬で吹き飛ぶようなことを言うなんて。
「そ、そんなこと……」
「キャッチャーだからピッチャーとの相性が大切だけどさー、やっぱりチームメイト全体と通じ合ってるのが理想だよな!」
なんて心憎いの有利くん。持ち上げて、叩き落すのが得意すぎるわ。
有利くんの後ろにいたコンラートさんが、同情するような表情を一瞬だけ見せてすぐに柔和な笑顔に戻った。
村田くんに前もってわたしの気持ちはバレバレだとは言われたけれど、やっぱりコンラートさんは気付いているらしい。
ふ……ふふ……ひょっとして有利くんも判っててやっているんじゃないの、という疑いすら持ってしまいそう。それじゃとんだ小悪魔だけど、この小悪魔は本当に魅力的すぎ。
「そ……そうだね」
引きつった笑いを見せないように頑張って力を込めたけど、やっぱり一緒に来ていた村田くんにはバレバレのようだった。
さん、頑張れ。渋谷は天然だ」
「天然ってなんだよ!?」
「……村田くん、わたしいっそMになったら幸せになれるような気がしてきた……」
「何の話だ、!?」
溜息をつくと、村田くんが面白そうに吹き出して口を押さえる。
「そ……それは最終手段ということにしておきなよ」
最終手段なんて言って、性癖ってそんなコントロールできるものでもないでしょうに。
頬に手を当てて、軽く息を吐く。
「判っていてもはまってしまう、一度落ちたら抜けられないアリ地獄のよう……」
有利くんに振り回されてのことなら、それも幸せと思える境地にまでいけたらと呟いたら、村田くんは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、わたしの肩をそっと叩いた。
「うん……判る気はするけど、向こう岸に渡る前に戻っておいで」
それは止めてるの、楽しんでるの。どっち?


有利くんの腰にモルギフがあった時点で心配してはいたけれど、やっぱり夢的暗転でもう決闘は終わっていました……ということにはなっていなかった。
有利くんとヴォルフくんの決闘は、午前中のそれも結構早い時間から始まるという。
「陛下!」
先に到着してたギュンターさんが長い髪を振り乱して駆け寄ってきて、有利くんの両手を握り締める。
「陛下、どうかお怪我には気をつけてくださいませ!」
「わ、判ってるよギュンター。ヴォルフラムが相手だから大した怪我はしないと思うけど、おれも気をつけるって」
有利くんは、その勢いに圧倒されたように後ろに下がりながらコンラートさんを顧みる。
「ほらギュンター、陛下がお困りだろう。決闘の前に心を乱すようなことを言うな」
そう言ってコンラートさんが有利くんから引き離すと、ギュンターさんは渋々といった様子で有利くんから離れた。
それにしてもこの会場……兵士の人たちが訓練に使うという場所は、朝の日差しを受けて爽快な青空が広がっていた。
「決闘って不穏な響きなのに……こう、どんよりとした曇り空の中、風が吹いて塵が舞うとかはないんだね」
「……って本当に西部劇が好きだな」
「え、別に好きなわけじゃ」
「決闘はヴォルフラムから申し込んだので、時間設定を陛下のほうで決めたんですよ」
コンラートさんが軽く笑って説明すると、有利くんはモルギフを触りながら空を見上げる。
「だってヴォルフは朝に弱いからさあ、早朝だったらちょっとは眠気が残ってるんじゃないかと思ったんだけど……」
「そういう魂胆だったわけか」
後ろから聞こえた呆れた声に、わたしと有利くんが飛び上がる。
「ヴォ、ヴォルフラム!」
わたしたちが入ってきたのと同じ入り口から訓練場に入ってきたヴォルフくんは、しっかりとした足取りで有利くんの前まで来て首を振った。
「魔王のくせに、相変わらずせこい真似をするやつだな。いいか、ぼくは武人だぞ?必要とあれば早朝からだって起きるし、一晩中の番をすることだってあるんだ。無駄な知恵を回すな、へなちょこ!」
「宮本武蔵作戦に続き、早朝作戦も失敗か……」
有利くんは肩を落として訓練場の中央へと歩いて行って、そのあとに肩を怒らせて歩くヴォルフくんが続いたわけだけど……。
「ぷっ……さん、み、見た?」
横で村田くんが吹き出した。ええ、見ました。
颯爽と歩くヴォルフくんの後ろ髪が、寝癖で一房だけピンと跳ね上がっていたのだ。
でもわたしとしては、村田くんみたいに吹き出すより、心の底から「可愛い!」と叫びたい。
確実に怒られるから我慢するけど。
「ああいうところはまだまだ子供だな」
横から小さく笑いを含んだ声が聞こえて見上げると、コンラートさんが村田くんとは質の違う優しげな笑みを浮かべてヴォルフくんを見送っていた。
決闘なんて怖い響きだったけど、やっぱりそんなに怖いことにはならないようだと、ちょっとだけ安心できた瞬間だった。







相も変わらず、やっぱり有利の発言には振り回される一方です。
ヴォルフラムもやってきて……あれ、決闘まで終わらなかった(^^;)


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