まるで物語のように(7) ストッキングを履き直して、スリッパも履いた。 制服なんかでときどきやっちゃう、トイレに行ってスカートの裾を下着に挟んじゃった状態になっていないこともチェックして、完璧だと納得してから隣の部屋に戻ると、爽やかなお兄さんが待っていてくれた。 「では様、陛下のところへご案内いたします」 そう言えばこのお兄さんには最初にも案内してもらったなあと、後ろについて部屋を出る。 今度はヒールのある靴ではなく、毛足の長いスリッパだったからか廊下を歩いてもまったく足音がしない。 あのときはヒールが廊下を叩く高い音が恥ずかしかったけれど、カクテルドレスにスリッパというのもなかなか恥ずかしい。 何事も一長一短ね、とちょっとずれたことを考えながらお兄さんについてまた長い廊下を歩いた先で、大きな両開きの扉の前に出た。 お兄さんが扉を開くと、中には有利くんと村田くんとヴォルフくんとギュンターさんがいた。 わあ、勢ぞろいだーとなんだか押され気味に入り口で戸惑っていると、有利くんが席を立って入り口まで来て、腕を引っ張ってくれる。 「そう緊張しなくていいよ。単に夕飯食うだけだから」 「う、うん」 でもそんな腕を引かれたら、今度は部屋の眩しさじゃなくて有利くんが触ってることに緊張しちゃうよ! 「ユーリ!ぼくの目の前で他の女のエスコートなんてするな!」 「だーかーらー!これくらいでどこがエスコートだよ。それ以前におれがをエスコートしたからってお前に文句を言われる筋合いはありません」 「なんだとー!?」 「はいはい、もう際限がないからフォンビーレフェルト卿も諦めて」 村田くんの微妙な仲裁に、だけどヴォルフくんが不満一杯の顔で黙り込む。 有利くんは席までわたしの腕を引いてくれた。ヴォルフくんの視線は痛いけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい! 有利くんの隣にわたし、その隣にヴォルフくん、その隣が爽やかなお兄さん、そしてその隣でわたしとは逆の有利くんの隣に村田くんという順番で円卓について、あれ美形のお兄さんはと聞く前に、当の美形のお兄さんが厳かに宣言した。 「それでは、魔王陛下の晩餐を始めたいと思います」 「………マオウ?」 聞いたことはあるけど、あんまり耳慣れない単語に首を捻る。 マオウと言うと、世紀末に降ってくるはずだった恐怖のあれ?ゲームとかで最後の敵だったりするあれ? 「魔王って、シューベルトの書いたあれに出てきたりするあれのこと!?」 どこにそんなのがいるのかと驚いて声を上げると、テーブルの面々が呆気に取られてわたしを見ている。 「今更何を言っているんだ?シューベルトとは何だ」 「あれー?そう言えば誰も説明してなかったっけ?」 ヴォルフくんと有利くんがそれぞれ首を捻って、村田くんが笑って有利くんの肩を叩く。 「そういえばそうだね。フォンビーレフェルト卿たちを紹介したりはしたけど、渋谷や僕のことは改めて紹介するまでもなかったから、うっかり飛ばしてた。あのねさん、魔王って渋谷のことだよ。みんな陛下って呼んでただろ?」 ヘイカって陛下だったのね。 「なにかのあだ名かと……え、でも渋谷くんが魔王?」 むしろ村田くんならまだ納得ができそうな。有利くんならイメージ的には勇者のほうなんですけど。 「似合わない……」 だって恐怖なんて単語が有利くんにつくなんてどうだろうと首を捻って呟くと、その直後に激しい音を立ててナイフや……先割れスプーンがすぐ隣で払い落とされた。 こんな綺麗にセッティングされたテーブルに先割れスプーン!?とそれに驚くよりも、隣で椅子を蹴倒して立ち上がった、怒りに燃えたヴォルフくんの目に圧倒されて声も出ない。 「似合わない?ユーリが魔王に相応しくないだと!?確かにこいつはへなちょこだが、眞魔国第二十七代魔王はユーリだ!ユーリだけだ!我が王を侮辱することは決して許さない!」 「ヴォルフ、落ち着け」 爽やかお兄さんが苦い顔で腕を引いたけど、ヴォルフくんの怒りの表情はますます酷くなる一方だ。 「ヴォルフラム、チキュウでは魔王のイメージはあまりよくない。だから様は誤解されているだけなんだ」 「誤解?人間はすぐにそれだ!魔王を悪に仕立てておけば、さぞやりやすいだろうな!」 「え、えっと……あの……」 どうしたらいいのか判らなくて、困り果てて床に視線を落とせばナイフがすぐ足元に滑って来ていた。 「!拾っちゃ駄目だ!」 「え?」 ヴォルフくんの勢いに飲まれて視線を泳がせただけで、今この雰囲気の中で屈みこんでナイフを拾うなんてこと考えもしなかった。 だけどわたしの視線に気付いたらしい有利くんが回りこんできて、わたしの手を押さえる。 「陛下!拾っては……!」 「へ?」 有利くんは片膝をついて右手でわたしの手を押さえ、左手でナイフを握っていた。自分で拾うなって言ったのに。 美貌のお兄さんの叫びに、拾ったナイフを手に目を丸めた有利くんが慌ててその手を上下に振る。 「わああぁ!うっかりおれが拾っちゃったよ!」 「陛下、落ち着いて。ナイフを振り回しては危ないですよ」 爽やかお兄さんがヴォルフくんの後ろを回りこんできて、同じく床に膝をつきながらその手を止めてナイフを取り上げると、有利くんは何かに気付いたように手を叩いた。 「あ、そ、そうだ、でも今のはおれに向けられたものじゃないから、おれが拾ってもセーフなんじゃないの?」 「え、ええ、まあそれは……」 爽やかお兄さんがちらりと後ろを振り返ると、ヴォルフくんの怒りはもうこれ以上ないというくらいに膨れ上がったのか、真っ赤な顔で目を吊り上げている。 「どうして馬鹿にされたお前がその女を庇うんだ!」 「いや、だから馬鹿にしたんじゃなくて誤解で、そんでもってどちらかっていうとは好意でそう言ったわけだから……」 「判った!なら魔王としての自覚の足りないお前に代理人の資格を認める!いいか、これは婚約者であるぼくの愛の鞭だと思え!」 「ええ!?代理人ってなに!?」 「ですから、決闘を申し込んだヴォルフが陛下を代理人と認めなければ無効だったんですけれど……」 認めてしまったので成立です、とお兄さんが苦笑いで言った。 「……決闘って!?」 「成立なのかよ!?」 わたしと有利くんの絶叫が重なった。 ヴォルフくんが憤慨したまま部屋を飛び出して行って、有利くんは頭を抱えていて、爽やかお兄さん……えーとコンラートさんが有利くんを宥めていて、美貌のお兄さん……確かフォンクライストさんが嘆いていて、何がどうなっているのかさっぱり判らないわたしに事態を説明してくれたのは村田くんだった。 「あのねさん。故意にナイフを落とすのは、この国では決闘を申し込んだ合図なんだ。で、それを向けられた者が拾っちゃうと決闘を受けたことになる。この場合はさんが決闘を申し込まれたんだけど、代わって渋谷が拾っちゃって、しかもフォンビーレフェルト卿が代理人を認めたから、渋谷と彼の間で決闘の申し込みが成立しちゃったわけさ」 「えええ!け、決闘が成立!?しかもそれがわたしのせいなの?」 村田くんを見て、床に両手をついてうな垂れた有利くんを見て、また村田くんを見ると、下から声が聞こえた。 「いや、大丈夫……気にしないでくれ。のせいじゃなくて、あいつが短気で直情的なせいだから……」 溜息をつきながら立ち上がった有利くんは、力無い笑顔でそう言う。 「で、でも決闘なんて」 「大丈夫ですよ。ああは言っていましたが、ヴォルフラムは陛下に忠誠を誓っていますから、命に関わるようなことにはなりません。本当に愛の鞭のつもりだと思います」 「愛って言うな……」 有利くんが肩を落として溜息をつくと、村田くんが呑気に笑いながら手を振った。 「そうだよねー、フォンビーレフェルト卿が武器に鞭なんて持ち出したら、美熟女戦士の再来みたいだー」 村田くんの一言で誰もが固まり、部屋の空気は氷点下にまで下がってしまったようだった。 美熟女戦士ってなに? 「決闘というと、背中合わせに立って、合図とともに同時に三歩前に踏み出して、四歩目で振り返って引き金を引くという……」 「それ西部劇だろ。ってそんな映画を観んの?」 命に関わるようなことにはならないけれど、有利くんは久々の訓練ということになるからとのコンラートさんの意見で、これから急遽特訓する運びになった。有利くんが剣を使うのが久々って……。 ちなみにあの後ヴォルフくん抜きで仕切り直して一応はご飯を食べたものの、有利くんのピンチが自分のせいだと思うと食べたものの味はさっぱり判らなかった。せっかく豪勢な食事だったのに。 食事の間に有利くんも落ち着きを取り戻したらしく、落ち込むわたしに大丈夫だからと笑って手を振っていたけど、そんな気を遣わせたと思うとまた落ち込みそう。 「こちらの世界に銃はありません。剣を使います」 「必ずしも剣ってわけじゃないけど……でもまたあれを持ち出したらヴォルフ、怒るよな?」 地下への階段を降りながら有利くんがコンラートさんを窺うと、苦笑で返ってきた。 「火に油ですよ。最初から剣にしておけば、いつもの練習みたいなもので済みますから」 「だよなあ」 「なになに、あれって前にも何か決闘やったの?」 「ええ!?」 村田くんが興味深げに身を乗り出して、わたしは驚いて仰け反った。だって有利くんが前にも決闘したって、そんな血の気の多い人には見えないのに! ……短気なところはあるけど。 「あー……前はな……ちょっとした相互不理解があったせいで……あのときは勝負方法をおれに選択させてやるっていうからさあ、相撲を持ち出したんだ」 「相撲!?」 村田くんはそれだけでもう笑いを堪えて震えながらお腹を抱える。 こ、こんなファンタジーなお城でする決闘が相撲……。 「そ、それで渋谷は勝ったの、負けたの?」 「勝ったよ。先手必勝でつっぱりひとつで勝ったんだけど、いまいちルールも理解できてなかったヴォルフが怒り狂っちゃって……だから今度は大人しく最初から剣にしとくよ。幸いおれにはモルギフっていう相棒もできたしね」 階段を降り切って鉄の扉を開けながら有利くんがそう言うと、そこは色々な品が並んでいる、いわゆる倉庫らしかった。剣を取りに行くというから、もっと色々な武器が並んでいる部屋かと思っていたのに。 「モルギフって?……ふぎゃっ」 先頭を歩く有利くんの後ろについていきながら、色んなものがある部屋をキョロキョロと見回していると、あやうく床につまづいてこけそうになる。 咄嗟に目の前の黒い布を掴んで抱きついて転倒を免れた。 「あ、危ない……」 「……」 「え?」 有利くんの声に顔を上げると、本当にすぐそこ、それこそ鼻先に有利くんのドアップ。 咄嗟に抱きついたのは、有利くんの腕でした。 「ひゃあ!?」 「うわっ」 慌てて後ろに飛びのくと、今度は村田くんに激突。 そのまま村田くんごと倒れそうになったのを、最後尾にいたコンラートさんが支えてくれた。 「大丈夫ですか?」 「ス、スミマセン……」 今日は本当にドジにもほどがある。何をやっているんだと我ながら呆れるような居たたまれないような気持ちでコンラートさんから起き上がると、有利くんが手を差し出した。ロウソクの灯りのせいか、顔が少し赤く見える。 「って意外と危なかっしいんだな。スリッパが歩きにくいんだったら、ほら手を引いてやるよ」 「え……っ!」 ん、と促すように手を揺らす有利くんに、思わず握り拳で喜びながら反対の手でそっと有利くんの手を握る。 そうしたら、有利くんもぎゅっと握り返してくれた。 ゆゆゆ、夢ばんざーい!もう目が覚めたあとに空しくてもいい! 「い、色々お手数をお掛けしまして……」 「いいよ、いつもチームではに助けられてるんだから、たまにはこういうのもさ」 夢でも有利くんは優しい。 「それに、抱きつかれて柔らかかったりして役得だったしねー?」 「村田っ!」 「青春ですね」 「コンラッドもなんでも青春ってコメントつけんのやめろ!」 よく判らないけど茶化したような後ろからの声に、有利くんは振り返ることなく怒鳴り返してグイグイとわたしの手を引っ張った。 「モ、モルギフっていうのはおれの剣だよ。魔王が持つ魔剣……なんだけど、おれのせいで力の大半は今持ってなくて、もう普通の剣になって……でもないような」 「魔剣だけど力がなくって、でも普通の剣じゃないの?」 なんのことだかさっぱり判らない説明を受けながら引っ張られて行った先に、壁に掛けられた一振りの剣があった……んだけど。 「スクリーム!?」 「……やっぱりそう見えるよなー」 柄に刻まれた模様がどう見ても映画に出てくる仮面のあれに見えて思わず叫ぶと、有利くんは乾いた笑いで頷いた。 |
なぜか有利とヴォルフラムの決闘という事態にまで発展。 きっかけは間違いなく彼女なんですが、勝負自体からは完全に弾かれて、 相変わらずの傍観者っぷりです(^^;) |