まるで物語のように(6)


「どうしてユーリがその女を運んでいたんだ!」
起き上がったヴォルフくんは有利くんを睨みつけて、それからわたしを睨んで、わたしの足に気がついた。
「その足は」
「靴擦れだよ」
一人この騒ぎの外にいた村田くんが、指先に引っ掛けた靴を揺らしながら言うと、ヴォルフくんの眉間のしわがますます深くなる。
「間抜けだな」
「ハイ……ごもっとも」
「そう言うなよ、ヴォルフ。お前の言い方はきついんだよ」
「ぼくが悪いとでも言うのか!?」
「言い方の問題だって言ってるだろ!」
「あわ、あわわ……け、喧嘩はだめだよ、渋谷くん」
わたしのせいで有利くんが友達と喧嘩になったら大変だと止めに入ったら、またヴォルフくんに睨みつけられた。
「お前は関係ないだろう!これはぼくとユーリの問題だ!」
美少年にきっぱりはっきりと跳ねつけられると迫力で口ごもってしまう。
それにしても地味にグサッとくるよね……「関係ない」って言われるの。
「だからそういう言い方はよせよ!関係ないって言うんなら、それこそおれとの問題であって、お前のほうこそ関係な……!」
「あああ、あの!」
地味に痛いと思ったばっかりだったから、有利くんがそれを言わないように無理やり挙手で二人の間に割り込んだ。
「難関の階段も越えたし、もう自分で歩くね!ありがとう、渋谷くん!」
痛いけど、酷い怪我とかじゃなくて肉刺が潰れただけなんだから、踵で進むとか我慢すれば歩けると立ち上がると、渋谷くんも慌てたように立ってわたしの腕を掴む。
「無理するなって!ヴォルフのことは気にしなくていいよ。こいつ、誰にでもこうだから」
「それはユーリが誰にでも色目を使うからだ!」
「ホ、ホントに大丈夫だから!」
喧嘩を止めようと思ったのに、ますます酷くなりそうで困惑して村田くんを見ると、廊下の端で壁にもたれてひとり呑気な様子だった。
指先に引っ掛けた靴を揺らして二人の言い争いを眺めていた村田くんは、わたしの視線に気がついてひょいと肩を竦める。
「はいはい、渋谷もフォンビーレフェルト卿も喧嘩は後でね。そうだな……渋谷がさんを背負うのをどうしても我慢できないなら、フォンビーレフェルト卿がギーゼラか誰か治癒者を呼んでくるといいんじゃないかな」
「その手があったか」
有利くんが手を叩くと、ヴォルフくんは嫌そうな顔で首を振った。
「たかがこれくらいの傷ならギーゼラを呼ぶまでもない。ぼくでも治療できる」
「じゃあヴォルフ頼むよ」
「お前はさっきのぼくに対する態度を忘れたのか!?よくもすぐそんなことが言えるな!」
ぶつぶつと文句を言いながら、ヴォルフくんがわたしの手首を掴んだ。
「へ?な、なに!?」
美少年にいきなり手を掴まれた驚きに、腕を引いて下がりかけたわたしの後ろに有利くんが回りこんで、両肩を掴んでくる。
「大丈夫、リラックスしてたら怪我も治るから」
「え、あ、あの、そのっ」
目の前には美少年、すぐ後ろには好きな人。
キャーと嬉しい悲鳴を上げてのぼせ上がりそうな状況に、でもやっぱりヴォルフくんが眉を吊り上げる。
「ユーリ!ベタベタするなっ!」
「なっ、それじゃまるでおれがセクハラしてるみたいだろ!これのどこがベタベタなんだよ!」
「仲いいんだね……」
怒鳴り合いの間に挟まれてくらくらしながらつい呟いたら、前と後ろから同時に否定された。
「これのどこが!?」
「で、でも、ほら喧嘩するほど仲がいいって言うし」
前後からのステレオ反論にうろたえながらそう言うと、ヴォルフくんが首を傾げる。
「誰が言うんだ、そんな適当なこと」
苦し紛れに言った言葉はあっさりと切り返された。
そんな、慣用句に発言者を問われたって!
そうか日本でなきゃそんな言葉がないのかも。
皆さん日本語がペラペラだからうっかりしてたけど、日本人じゃないんだった。
んー?あれ、でもこれわたしの夢じゃなかった?
外国人なら日本の慣用句が判らないと無意識に思うなんて、いつの間にこんなリアル志向になったのかな、わたし。
「おい、こら気を逸らすな。ユーリの友人だというから、このぼくが治療してやってるんだぞ」
「はい!ごめんなさい!」
「だからさあ、そういう言い方はないだろー」
前に天使のごとき美少年。後ろには好きな人。間に挟まれて嬉しい悲鳴の空間。
……全然リアル志向じゃなかった。
「お前だってもちろん自分の足で歩けたほうがいいだろう」
「も、もちろんです!」
有利くんにおんぶしてもらえるのは嬉しいことは嬉しいけど、重いだろうとかやっぱり申し訳ない気持ちもあるし。
気合いを込めて頷くと、ヴォルフくんもそうだろうと満足そうに頷いた。
足の先が暖かくなってきて、なんだろうと思っているうちに急に手を引かれる。
「よし、もういいだろう。前へ体重をかけてみろ」
「え、そんな」
トゥーシューズに画鋲、とかの意地悪じゃないんだから無茶なと後込みすると、焦れたらしいヴォルフくんに掴んだ手を引っ張られた。
「いいから歩いてみろ!」
「いっ……」
強く引かれて足の親指に体重が乗って、咄嗟に痛みにこらえようと目を瞑った。
けど。
「……痛くない?」
「当然だ。このぼくが治療してやったんだ。ありがたく思え」
信じがたいことに、今度は意識して肉刺の潰れた足に体重をかけてみたけど、やっぱり少しも痛まない。
「ど、どうなってるの?気功とか!?」
「気功って……お前、絶対中国を誤解してるよ」
「気功か……なるほど、まあそんなところだね」
「そんで村田は適当すぎだろ」
「ハッタリは僕の得意技だよ」
「いや、誉めてねーし!」
呆れたような有利くんと、明るく笑ってとんでもないことを言い切っている村田くんはともかく気功で一瞬で治療できるなんて、夢って便利だと思いながら、気功の達人らしいヴォルフくんに向き直って深々と頭を下げた。
「怪我を治してくれてありがとう、ヴォルフくん」
「うん、判ればい……待て、今なんて言った?」
「怪我を治してくれてありがとうって」
「その後だ!」
「その後って……ヴォルフくんって呼んだだけで」
「どうしてお前にそんな気安い呼ばれ方をされなくてはならないんだ!」
また怒られてしまいました。


ここを使ってくれとどこかの部屋まで連れて行ってくれたあと、有利くんと村田くんはすぐに夕食だからそのときにまた来ると告げて、どこかへ行ってしまった。
どうやらわたしが血まみれストッキングを履き替えなくてはいけないので気を遣ったらしい。
それにしても、ここを使ってって……。
部屋をぐるりと見回して、その豪華さに気後れせずにはいられない。
ホテルのスイートルームってこんな感じなのかなと、そんなイメージで精一杯だ。リビングに寝室と別れていて、おまけに寝室にはバスルーム付き。
「スイートルームか……一生縁がなさそう……」
夢なんだから素直に楽しめばいいのに、つい迫力負けする小市民な肝の小ささが悲しい。
とにもかくにもとバスルームに移動して、血で汚れたストッキングを脱いで水で血を流して、しみじみと感心する。
「本当に傷が残ってない」
回復の呪文で傷が治るなんて、ゲームの世界だわ。
バスルームから出てきて、少し困った。替えのストッキングをどうしよう。そして靴もない。
ウォークインクローゼットは付いているけど、果たして他人の家……もとい城の箪笥を勝手に探っていいものか。
迷いながら素足で絨毯の上を歩いてリビングに移動すると、カッコいいお兄さんが待っていた。
「ウ、ウェラーさん……でしたっけ?」
思わずドアに張り付いて訊ねると、お兄さんはにこりと笑う。
「コンラートでいいですよ。言いにくいならコンラッドでも。それより、靴が合わず怪我をしたと陛下からお聞きしましたので、別のものを用意してきました」
そう言ってお兄さんが差し出したのは、もこもこのふわふわの毛足の長い、しかも先のほうに動物の顔を象った装飾のついた、可愛いスリッパだった。
「……あ、ありがとうございます」
「申し訳ないんですが、サイズが判らないので急場凌ぎにこれで我慢してください」
背の高いカッコいいお兄さんが出すにはちょっと不似合いな代物に少し引きつってしまったものの、わざわざ持ってきてくれたことに感謝して受け取ろうと進み出たら、お兄さんが首を傾げた。
「おや、もしかして素足ですか?」
「え、あ、ストッキングの替えを勝手に引っ張り出していいものか迷いまして……」
「ここは様の部屋ですから、お好きになさっていいんですよ」
「は、はあ……」
つまり、勝手に引っ張り出してもいいんだろう。
「よく判らないなら、俺がお手伝いしましょうか?」
「……お手伝い?」
「ええ、お手伝いです」
え、でもストッキングを履くお手伝いって?
にっこりと笑ってとんでもないことを言われているような気がして、慌てて回れ右をする。
「す、すぐに履いてきます」
「待ってください。これも一緒に」
「あ、すみません!」
寝室に戻ろうして呼び止められて振り返って、ふらふらしてなんとなくバツが悪い。
差し出されたスリッパを受け取るとき気まずくて、なんとか気持ちを和ませようと試みる。
「ありがとうございす。か、可愛いスリッパですね」
左右で顔の造形が違うところを見ると手作りなんだろう。万人が可愛いというかは別にして、それなりに愛嬌のある顔立ちのクマちゃんだと思ってそう言ってみる。
「ありがとうございます。製作者に伝えておきます。きっと喜ぶでしょう」
「製作者って、そんな身近にいるんですか?」
こんな立派な城で使うなら、スリッパ一つでも(それが子供向けっぽくても)職人さんによるオーダーメイドだったりするのかと思ったら、お兄さんは笑顔で頷く。
「ええ、俺の兄です。スリッパそのものは、その幼馴染みの研究家が発明した消音スリッパですが、ここのネコの部分は兄が付け足したもので」
お兄さんって、職人さん?
い、いえそれより、ネコなの!?クマじゃなくて!?






最後に次男が持ってきたスリッパは、ニュータイプロマンスで同人誌から再録されていた
「だってお年頃なんだもん」で出ていた魔動・立派なスリッパーにグウェンが手を加えた
ものということで。カクテルドレスとはいえ、ドレスにスリッパって(^^;)


BACK 短編TOP NEXT