まるで物語のように(5)


離れた山の上に見える建物が眞王廟で、今いるお城が血盟城という結構物騒な名前ということは判りました。
そして、血盟城が広いということも、いやというほど判りました。
靴ずれと共に。
長い時間、我慢して歩いたのだけどそれが災いした。
とうとう我慢できずに村田くんの服を引っ張ったのは、これで一通り回ったから部屋に行こうかと言われたときだった。
「村田くんごめん、足が痛い!」
「え、健康優良児のさんがこの距離で?……あー、靴か」
村田くんはようやく気づいたように頭を掻いて、わたしを廊下の手摺りにもたれさせるとすぐ目の前に膝をついた。
「な、なに!?」
「何って、状態をね」
片足を持ち上げられて、慌てて身体を捻って手摺りに縋りつく。村田くんって結構強引。
「あー……こりゃ酷い。どうしてここまで我慢してたのさ」
言われて下を見て驚いた。
村田くんの膝に乗せられた足は、ストッキングの爪先部分が血を吸って真っ赤に染まっている。
「ギャー!な、なにこれ!?」
「いや、だから靴ずれだろ?肉刺ができて破れちゃったんだね。これはもう歩けないな」
わたしとしては、靴を脱いで手に持って歩く気だったのに、こんなのを見ると脈打つ痛みが一気に酷くなる。
「いーたーいー!ヒールのある靴なんて滅多に履かないからー!」
「プラス、他人の靴だしね」
「はっ!借り物なのに血で汚しちゃった!?べ、弁償もの!?」
「……この状態でもそこが気になるんだね、君」
だって服も靴もすごく高そうなんだもん!漏れなくストッキングもスベスベでシルクっぽいし、これまた高かったらどうするのよ!
「……あ、いやいや夢だっけこれ。妙にリアルだからときどきごっちゃになっちゃって」
「いや、さん、だから……」
「あれー、村田とはこんなところで何やってんの?お姫様と従者ごっことか?」
「ゆ……渋谷くん!」
廊下の角からひょっこり顔を出した有利くんが目を丸めてこちらに小走りに駆け寄ってきた。
学ランは脱いで、シャツ一枚で身軽な格好になっている。
姫と従者って……。
はっと気付くと、村田くんはわたしの前で片膝をついて、もう一方の膝の上にわたしの足を乗せている。
有利くんの前でなんて格好を!
慌てて足を抜こうとするけど、村田くんはがっちり掴んでいて離してくれない。
「ちょうどよかった。渋谷がいるということは、ウェラー卿も一緒だよね?」
「あ、いや、コンラッドは今ちょっと野暮用でいなくて、おれ一人。何、コンラッドに用事?」
「……肝心な時に役に立たない男だなあ」
ちっと舌打ちの音が聞こえた。え、む、村田くん?
「うわっ!?なにそれ!?、足どうしたんだ!血、それ血なの!?」
駆け寄ってきた有利くんは、血まみれのストッキングを見てうっと一度詰まった後、すぐに村田くんの横に膝をついた。
「うわ……痛そう……」
「靴ずれだよ。さん、我慢強いからこんなになるまで黙ってたみたいで」
「我慢強いにも程があるよ」
「ご、ごめんなさい……」
あちゃーと頭を掻きながら零した有利くんの言葉に居たたまれなくなって謝ると、有利くんは驚いたような顔をぱっと上げて両手を振る。
「別に謝ることじゃ……あ……いや、うん、でも、反省はしなくちゃな。我慢しすぎて、それが怪我に繋がっちゃダメだろ?」
「はい……」
有利くんを呆れさせて怒らせてしまった。
夢だ夢だと言いつつも、やっぱりその顔に怒られると落ち込んでしまって、項垂れるように首を縦に落とすと、頭を撫でられた。
「え、な……」
「そこまで落ち込まなくても、判ってくれたらいいんだって」
わたしの頭を撫でた手を引きながら、有利くんが苦笑して……え、頭を撫で……た!?
子供扱いみたいじゃない!?とか、それでも有利くんに頭を撫でてもらったー!とか一人で浮かれていいのか混乱していると、有利くんが背中を向けてしゃがみ込む。
「ほら、
「え、ほらって……」
「その足じゃ歩けないだろ?背負っていくから乗れよ」
「背負って!?」
頭の天辺から出たように、声が裏返った。
「む……無理!無理無理無理!わ、わたし重いもん、無理だよ!靴さえ脱げば歩けるから大丈夫!ああ、でも廊下に血が……」
「我慢するなって、言ったばっかりだろ。それにそんなに無理を連発されたら、おれが非力みたいじゃないか。コンラッドみたいに横抱きで軽々とはいかないけど、背負ってならおれだって運べるよ」
「で、でも……」
「ひゅーひゅー、渋谷ってば男前ー。じゃあ僕は靴を運ぶことにするよ。少しでも早く脱いだほうが楽だろうしね。ってことで、さんは早く渋谷に乗って乗って」
「え、って……」
口笛を口で吹くんじゃなくて口で言う村田くんが手を引っ張って、しゃがんでいた有利くんの背中に思い切りぶつかった。
「ぐおっ!村田あ!」
「ご、ごめんなさい!」
勢いのありすぎるアタックに潰れかけた有利くんが苦しそうな呻き声を上げて、慌てて飛びのこうとしたら有利くんの手がお尻を触った。
「きゃあっ」
「わっ、ご、ごめんっ!その、がどこうとしたからさ!ちゃ、ちゃんと乗ってくれよ。
ずれてるって!」
「渋谷ってばドサクサでセクハラだー」
「お前のせいだろ!……、もうちょい上」
「……ほ、ホントにいいの?重いよ……?」
乙女の体重の詳しい数値は内緒ですが、わたしは身長と比べても平均値で特に軽いわけでもない。
「だからいいんだって。おれはそこまで非力じゃないしー……えーと、あれだ、そんなに気になるならマネージャーとして筋トレに付き合ってるとでも思ってくれよ」
「………筋トレ」
しかも、マネージャーとして。
わたしの体重は確かにそれなりにありますが……なんだか色々気分が落ち込みそう。
「……渋谷って無礼者だよね」
「え、なに?おれなんかまずいこと言った!?」
「ううん、そんなことないよ。じゃあ、本当にお願いしていい?」
「おう!どんと来いっ!」
だから、そんなに気合を入れないと持ち上がらないものですか……。
そうだよね、判ってるけどそれなりに夢があるのよ、乙女には。


有利くんがわたしを背負って歩き出すと、村田くんはもう片方の履いたままだった靴も脱がせてくれて、それを指先に下げて先に立って歩き出した。
「ごめんね、渋谷くん。重いよね」
しかもスカートが有利くんにもまとわり着いて歩きにくいと思う。
「……いや、別に」
さっきまですごく元気だったのに、突然無口になってしまった。
よっぽど重いのかなあと考えて、自分で自分の考えに落ち込む。
こんなチャンスがあることが判ってたらダイエットしてたのに。
心臓がドキドキとすごく早く鳴っていて、有利くんの背中にもきっとそのまま伝わっていると思うと恥ずかしい。
まさかこれだけで気持ちがバレるとは思わないけど、いやでも、まさか……。
こんなに有利くんに近付いたことなんてなくて、襟足とか首筋とかそこから続く鎖骨まで上から覗けてついじっくり眺めてしまって、わたしは変態ですかと顔を上げたら有利くんの耳と頬が真っ赤に染まっているのに気がついた。
「渋谷くん!力入れすぎ!やっぱり重いんでしょ!?」
「え、そ、そんなことないけど」
「だって耳まで真っ赤だよ!?」
「それは………っ」
前を歩いていた村田くんが突然吹き出して、有利くんが何か言いかけたのを遮った。
「あはははっ!やっぱりいいなあ、さん。気にしなくていいんだよ。女の子をおんぶで運ぶって、男には結構ロマンが詰まっててね」
「村田っ!いらんこと言うなっ」
有利くんはますます顔を赤くして大声で怒鳴り返す。
いらんこと、というとやっぱりわたしが重いんじゃ……。
「とにかく、渋谷の負担が気になるならもっとぴったりくっついたほうがいいよ。力点の問題で、重心が後ろに掛かるとより重く感じるからさ」
「村田……っ」
「あ、そうか、そうだよね」
ドキドキが伝わっちゃうから、できるだけ離れるようにしていたんだけど、それで有利くんの負担を大きくしちゃいけない。
どうか有利くんがあんまりわたしの動悸を気にしませんようにと願いつつ、ぎゅっと抱きつくと、わたしの足の下に抱えるように回っていた有利くんの手にも力が入った。
「むっ……む、むら、ムラ……ムラタ……サン」
「なにかな、渋谷くん?」
「……ナンデモアリマセン」
妙なやり取りがあって、首を傾げているうちに有利くんはそのまま階段まで昇ってわたしを運んでくれた。
「っしょっと」
階段の最後の一段を軽く声を上げて昇った有利くんに、重くてごめんなさいと言いかけたけど、ぐっと堪える。
だってそう言っても有利くんの答えとしては「気にするな」か「そんなことはない」の二種類しかないわけで。
降ろしてもらってからまとめて謝ろうと考えていると、階段を昇ったすぐ先に、部屋から出てきたばかりだった様子のヴォルフくんが驚いたように目を見開いて立っていた。
「うわっ、ヴォルフラム!」
「………ユーリ、貴様、何をしている」
「いや、誤解だ!何が誤解かよく判らないけど、とにかく誤解だ!」
「それで言い訳したつもりか!?」
美少年が怒ると怖い。
有利くんに背負われているので、必然的に一緒になって詰め寄られて思わず後ろに仰け反った。
そうすると、逆に目立ってしまったのかヴォルフくんの視線がわたしに向く。
「おい、女!」
「はい!」
「ユーリはぼくの婚約者だと言っておいたはずだぞ!忠告を無視するというなら……っ」
「待て、ヴォルフ、ダメ、暴力反対!まして相手は女の子だぞ!?」
「愛の前に男も女もあるか!」
握り拳で言い切った。
見た目に反してとても男前な男の子だったんだ。
「……深い」
愛の前に男も女もない。
金言だとうっかり感心して呟いたら、有利くんがぎょっとしたように振り返った。
「何言ってんの、!?」
有利くんが振り返ったら……わたしは背負われているわけで、つまりかなり距離が近いわけでして……。
い、今にも……キ、キ、キスしそうな距離に、わたしが慌てて後ろに仰け反ったら、そのまま有利くんの背中から転がり落ちかけた。
っ」
ここは階段を昇ったばかりの場所で、このまま落ちたら……。
結構な段数があって、これはいわゆる階段落ちでは、とか後から考えると結構余裕のあることが頭をかすめた時、腕を掴んだ手に前へ力強く引っ張られた。
後ろへ前へと移動する重石(つまり、わたし)に、有利くんも対応しきれずに、引っ張られた方向へぐらりと倒れ掛かる。
「うわっ」
「どおうわっ!?」
「きゃー!」
派手な悲鳴と音を立てて、廊下に倒れるようにして三人で転がった。
ん、三人?
見るとわたしの下に有利くん。
そして有利くんのその下に……。
たぶん、痛みか重みで強く瞑っていた瞼が上がり、涙の滲んだエメラルドグリーンの綺麗な瞳に強く睨みつけられる。
「女!どけっ」
「す、すみませんっ」
有利くんの上から飛びのこうとしたら、またがくんと腕を引かれて上に乗りかけた。
慌てて横に転がってそれを回避してから、わたしの腕を掴む手の正体に気がつく。
落ちかけたわたしを引っ張ってくれたのは、ヴォルフくんだった。






来た早々に怪我してます(靴ズレですが)
お陰で有利に背負ってもらえましたが、もちろんそれだけで終わりません。

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