まるで物語のように(4)


魂の波長が混線とかシンオウとか何のことだろうと首を傾げていると、村田くんが見慣れない学ランを軽く叩きながら立ち上がった。
「じゃあ、残念だけど渋谷はここから忙しくなるから行こうか」
「は?」
行こうかって……有利くんは忙しくなるからって、つまり。
有利くんとは別行動?
「渋谷の傍がいいだろうけど、夜までの話し相手は僕で我慢してよ」
「む、村田くん!」
なんてことを言うのと慌てて立ち上がってその口を押さえようとしたけど、村田くんはひょいと肩を竦めてソファーの後ろに逃げてしまった。
今の話を聞いて有利くんがどう思ったのかと恐る恐る振り返ると、ちょっと困ったように眉を下げて苦笑していた。
「ごめんな、
ぐさっと胸に突き刺さる言葉に、泣きそうになる。
こ、告白する前にフラれ……。
「おれ、ちょっとやることがあってさ。知らないところで顔見知りと離れるのは不安だと思うけど、村田と一緒にいてくれよ、な?おれもやることが終わったらそっちに行くし」
全然、気付いてなかった……。
た、確かに今の村田くんの言い方は、その意味に気付くかどうか微妙なところだとは思うけど、こう……あっさりと外されると、もうまったく脈なんてないような気がしてくる。
がっくりとテーブルに両手をついて項垂れると、有利くんが慌てて下から覗き込んできた。
「え、そんなに不安!?って、当たり前か。なあギュンター、今日だけ仕事は勘弁してくれないか?が不安がってるし」
「う……で、ですが陛下がご不在の間の執務は溜まっておりまして……」
有利くん優しい!なんて感動している場合じゃなかった。
有利くんを困らせちゃいけない。
「い、いいよ、ごめん大丈夫。一人でも平気だし」
「ホントに?」
「本当に。心配してくれてありがとう」
これ以上は心配を掛けちゃだめだと、テーブルから顔を上げて笑うと、有利くんはちょっと言葉に詰まったように目を逸らして頷いた。
「そ……そっか。うん、じゃあおれは仕事にいくから」
目を逸らされるなんて、何かマズイことをしちゃった!?と不安になったとき、ヴォルフくんが有利くんに掴みかかって大いに揺らす。
「ユーリ!他の女の誘惑にフラフラするなと何度言ったら判るんだ!」
「そ、そういうのを大声で言うなって!」
誘惑。
それでフラフラ……って有利くんが!?
「じゃ、じゃあ、後で!」
有利くんは真っ赤になって、ヴォルフくんを引き摺りながら部屋を飛び出して行った。
天にも昇る気持ちってこういうのを言うのかな。
だって!
だって有利くんが!
浮ついてふわふわしたような気分で惚けていたら、急に目の前が暗くなった。
「おーいおーい、聞こえるかい、さん」
目の前で掌がひらひらと上下して、ようやくゆっくりと首を横に向けると、すぐそこに村田くんが呆れた顔で立っている。
「ウェラー卿とフォンクライスト卿も行ったけど……君、全然聞いてなかったね」
「だっ……わたし!ゆ……有利くんがっ!」
「はいはい落ち着け。確かに今のはポイントが高かった。初めての土地で不安がいっぱいのはずなのに、笑顔で大丈夫と健気に送り出す……渋谷が弱そうなシチュエーションだよ」
「そうなの!?ゆ……渋谷くんはこういうのが好きなんだ!?」
「まあ……でもあんまり変な情報は覚えない方がいいよ。どうせ君は計算して動くことには慣れてないんだから」
そう言われると返答に困る。
確かに、今のは百パーセント偶然の産物だ。
だってわたし、全然不安に思っていたわけじゃない。有利くんにきっぱりフラれたと思って落ち込みかけていただけで。
「はっ!え、待って、じゃあ本当のことを渋谷くんに知られたら、逆に幻滅対象!?」
でも本当のことを知られるということは、わたしが有利くんのことを好きだということも一緒に知られるということで、その場合は……えーと……どういう状況……?
「……いいから落ち着きなよ……」
村田くんが、疲れたように深く溜息をついた。


「何日こっちにいることになるか判らないから、軽く城の中を案内しておくよ」
「何日って……そんな長い夢」
「あー……でもほら、夢って自力で目覚められるもんじゃないだろ?平凡な日常を繰り返すだけの疲れる夢とかあるじゃないか」
「これのどこが平凡で日常な夢なの」
土手沿いの川に落ちたら大きなお城に到着って時点で浦島太郎の亜流版だし、おまけにそこで有利くんの裸を見ちゃったり……美形な人ばっかりいたり。
「確かにねー」
苦笑した村田くんに促されて部屋から出ると、やっぱり広くて長い廊下が続いている。
歩き慣れないヒールがカツカツと高い音を立てて、恥ずかしくて脱ぎたくなってきた。
廊下はつるつるに磨かれているし、ストッキングだけで歩いてもそんなに汚れそうにないけどなーと床と睨めっこしていたら、村田くんが横で笑った。
「せっかく可愛い格好でまとめてるんだから、靴を脱ぐのはやめときなよ?」
「う……ど、どうしてそれを」
「君は基本が渋谷と同じ小市民だから。苦手なことも似てるだろうと思っただけだよ」
「まさか……有利くんもヒールの靴を……」
「どうしてそう変な方向にいくのかな。違うよ、改まった格好が苦手だろうって話」
「な、なるほど」
馬鹿なことを考えたと気まずくなって、ふと思い出した。
「そ、そうだ!あの、村田くん。渋谷くんがその……ヴォ、ヴォルフくんと……」
「婚約してる話だね」
「やっぱり本当なの!?」
男の子と婚約だなんて、ヒールのある靴を履いた程度の話じゃない。
ひょっとして、もしかしてと恐れ慄いたら、村田くんは笑いながら首を振った。
「そう心配しない。事情があるって言っただろ?あのね、渋谷とフォンビーレフェルト卿との間には確かに婚約が成立してる。ただし、元々異文化との相互不理解が原因であって、渋谷が彼に恋愛感情を持っているわけじゃないから、そこは安心していいよ」
「はあ……」
いまいちどこが安心していいのか判らない。だって、婚約はしてるんでしょう?
「フォンビーレフェルト卿のほうは、見ての通り渋谷に好意を持ってるけどね。渋谷は彼を仲間として見なしているわけさ」
どこかで聞いたことのある関係な気がして顔を上げると、村田くんはにっこりとわたしを指差した。
「そう、君と同じ」
「……安心していいのか、嘆くべきなのか判らない」
「確かにね!」
他人事だからって村田くんは可笑しそうに笑う。
実体のないらしい婚約に安心しても、だからといってわたしの状況が好転したわけではなく……でも悪化したよりはやっぱりましかな。正式な婚約者がいたら、どうしようもないもの。
あれ、でもこれは夢なんだから有利くんとヴォルフくんの婚約が本当に成立していても、結局は問題なしってことになるんだっけ?
頭の中が混乱してる。
あー……でも、たとえ夢でも有利くんが誰かと付き合ってるなんて……な、泣きそう。
それにしてもせっかく夢なのに、好きな人は忙しいから友達と時間潰しという、このリアルさはなんだろう。
夢なら夢らしく、願望を叶えて有利くんとデートとかしたかった。
でもそれはそれで、目が覚めた時に非常に空しくなるような気がする。
「目が覚めた時……」
ふと考える。
設定なんかはすごくめちゃくちゃな夢なのに、有利くんの態度とか、村田くんと時間潰し中という今の状況とか、細かなところがリアルなこの夢。
「……告白の予行練習してみようかな……」
「は……?」
口に出したつもりはなかったけど、呟いていたらしくて村田くんが驚いたように唖然として聞き返してくる。
「え、ちょ、ちょっと待ったさん。予行練習って、もちろん夢の渋谷に向かって告白するん……だよね?」
「そ、それはもちろん」
改めて友達から告白することを確認されると、どうにも恥ずかしい。
「だって色々と突飛な夢だけど、渋谷くんはまるで本物みたいだし……その渋谷くんに告白できたら、現実の渋谷くんにも言える勇気に繋がるかも……」
「ぼ、僕はそれはちょっとお勧めしないな」
村田くんがなぜか妙に焦った様子でずれかけたメガネを押し上げた。
「夢は、どうせ夢だよ。もしもだよ、もしもOKされたとしてさ、目が覚めたらますます空しくなるよ?万が一ごめんなさいだったときなんて、告白する勇気がなくなるかも」
「……今、すごーく嫌なこと言ったよね、村田くん」
ごめんなさいだったときって……い、一番考えたくないことを!
「ああ、ごめん、その、そうじゃなくて……練習のつもりの告白で気持ちが伝わるのって、やっぱり嫌なものじゃないかと思ったんだよ」
「気持ちを伝える練習なんだから、伝わってくれないと困るんだけど」
こんな変なことを言う村田くんは珍しくて、ああこの辺りが夢っぽいのかと思ったら、急に村田くんが両手で肩を掴んで、正面からまっすぐにわたしを見据えた。
「……ごめん、さん。あっちに帰ったときにややこしくなるからと思って僕らの都合で嘘をついたけど……純粋な恋心を練習で伝えるなんてことになるとは思わなかった。
練習のつもりでは、言っちゃ駄目だ」
「村田くん?」
急に真面目な顔で言われて、首を傾げる。
「言うなら、本物の渋谷に言うことになると思ってくれ。練習じゃなくて、本当の告白なんだよ」
「え、でも……」
「これは夢じゃない。現実なんだよ。信じがたいだろうけど……渋谷が言ってただろう?ここは異世界なんだ」
「異世界……?」
わたしがぽかんとして繰り返すと、村田くんは大きく頷いた。
「そう、だから今の渋谷に伝えたことは、現実の渋谷にもそのまま伝わるんだ。だって、彼は本物なんだから」
正面の村田くんはものすごく真剣な顔。
こんな張り詰めた様子の村田くんは滅多に見ない。
「やっぱり……」
小さく呟いたわたしに、村田くんが聞き返す。その様子も真剣だ。
「夢の中の人は、夢を現実って言うのが普通だよね」
村田くんは力尽きたように項垂れた。







夢だという誤解を解かずに利用していたら、思わぬ決意を聞かされて、珍しく
焦っている大賢者猊下……(^^;)
果たして村田の制止を振り切って、練習のつもりで告白しちゃうんでしょうか?



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