まるで物語のように(3) 「ち、違うんだ!これは……誤解しないでくれ!」 「何が違う!いいか、女!ユーリはぼくの婚約者だからな!」 「だーっ!頼むからちょっと黙っててくれよヴォルフラム!」 有利くんが頭を抱えて悲鳴を上げて、わたしは王子様なのか実は王女様なのか、どちらにしても可愛い子に指を突きつけられて仰け反ってしまった。 「……こ……んやく……しゃ……?」 隣では村田くんが額を抑えてやれやれと溜息をついている。 「え……あの……お、女の子……?」 「ぼくのどこが女に見えるんだ!」 「………お、男の子!?え、し、渋谷くん、そっちの人!?」 じゃあわたしは何がどうあっても、好きになってもらえないの!? 泣きそうになって悲鳴を上げた途端、有利くんは王子様な男の子を突き飛ばして正面からわたしの両肩を掴んで揺さぶってくる。 「そっちってどっち!?違う、違うから、違うんだよ!おれが好きなのは女の子ーっ」 「その叫びも微妙だよね」 「う……セクハラ的響きがあったか?」 有利くんが村田くんを振り返ると、王子様な子が目を吊り上げた。 「ユーリ!ぼくの前でよくも堂々とそんなことを!」 「渋谷くんが……渋谷くんが男の子を好きなんて……」 「だから違うんだよー!」 「まーまー、落ち着いて二人とも……ああいや、三人とも」 村田くんが横から声をかけると、わたしの肩を掴んでいた有利くんの手が離れて迫っていた視線がそちらに向く。 今、とてもそれどころじゃない話をしていたのはわかっているけど、だけど有利くんに真正面から見つめられて、のぼせそうになっていたわたしとしては、よかったような、非常に残念のような……。 「さん、その辺りはいろいろとややこしい事情があるんだよ。あとで教えてあげるから、とりあえずそれぞれ紹介を進めてしまおう。今、君と渋谷に食って掛かった金髪の彼。フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム」 「ふぉ、ふぉん……?」 いきなり長い横文字を言われて覚えきれずに目を丸めると、金髪くんが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。 「名前も覚えられないとは、随分と頭の悪い女だ」 「う……」 世界史は苦手なんです。カタカナ文字は覚えが悪いのよ。 反論できずに言葉に詰まると、有利くんと美貌のお兄さんが同時に怒った。 「ヴォルフラム!」 「フォンビーレフェルト、だよ。フォ・ン・ビ・ィ・レ・フェ・ル・ト」 村田くんがゆっくりと区切って繰り返してくれる。うう、いい人。 「えーと、フォンビーレフェルト……きょう?……ヴォルフラム、くん」 「『きょう』は卿ね。彼は貴族なんだよ」 貴族!やっぱりそんな感じだよね。 妙に納得できる話に感心していると、茶髪のお兄さんが優しい笑顔で金髪くん………改めフォ、フォンビーレフェルト……ヴォルフラムくんの肩を叩いて言った。 「ニッポンの方には貴族の姓は覚えにくいでしょう。こいつのことはどうぞヴォルフと呼んでください」 「コンラート!勝手なことを……っ」 「じゃそれで解決ね。それで、今ヴォルフの肩を叩いたのがウェラー卿コンラート」 ヴォルフくんの抗議をあっさりと無視して有利くんが次のお兄さんを紹介してくれた。 「ウェラー卿コンラートさん」 にっこりと笑顔を向けてくれる。この人の名前は覚えやすい。 「で、そっちの美形がフォンクライスト卿ギュンター。フォン、クライスト・ギュンター」 有利くんもゆっくりと二度繰り返して紹介してくれる。有利くんもいい人……。 ふと、村田くんの忠告を思い出して慌ててその考えを打ち消した。 いえ、口に出してないからいいんだけど。 男の子に「いい人」と言っちゃうと、友達と思っているという意味になるというのが村田くんの教えだった。気をつけないと。 「フォンクライスト卿ギュンターさん?」 「はい、その通りです!」 灰色髪の美貌のギュンターさんは、なぜか非常に嬉しそう。 「気にするな。ギュンターはただの黒髪黒目フェチなだけだから」 「……日本に来たら色々と大変そうだね」 有利くんがこっそりと耳打ちして、近い距離にドキドキしながらわたしがそう返すと同時に有利くんが勢いよく後ろに下がった。 「ユーリ!ぼく以外の奴とベタベタするな!」 ヴォルフくんが有利くんの襟首を掴んで眦を上げている。 「そして彼は、とっても心が狭いんだよ」 村田くんが笑いながら、とても失礼な評で締めくくった。 「……で、こちらはおれの友達で、草野球チームのマネージャーを務めてくれてる仲間の」 …………判ってる。そりゃ有利くんには友達で仲間だよね……うん、判ってる。 「ガンバ、さん」 心の中で涙を拭うわたしに、村田くんが小声で応援をくれる……けど、顔が笑ってるわ。 「は、初めまして。です」 夢の中で美形ばっかりの外国人に自己紹介って、これなんて夢なんだろうと思いながら頭を下げると、ギュンターさんが派手な身振りでわたしの目の前に膝をついて下から覗き込んできた。 「様!陛下のご友人たるあなた様が我々に頭を下げる必要などございません!」 両手を握って詰め寄られて後ろに仰け反るけど、背もたれが邪魔でものすごく至近距離に迫られる。 近い近い! 「それやめろ、ギュンター」 後ろから有利くんがギュンターさんの頭にチョップを入れて、後ろに引き摺り戻してくれた。 「女の子にあの距離はセクハラだろ」 「えー、でも溶けたアイスを目で追って、つい覗き込んじゃうのもセクハラじゃ……」 「なんで村田がその話を知ってるんだ!?」 ギュンターさんに呆れた顔をしていた有利くんがすごい勢いで赤面して、ちらりとわたしを見てから、村田くんに詰め寄る。 「自分で話したんじゃないか。「わざとじゃないけど、に悪い」って、にやけながら」 「え、わたし?」 「なななな、何でもない!気にしないでくれっ!」 気にするなって、でも有利くんがわたしのことを話していたなんて、非常に気になるんですけど。 「しかもにやけながらとか言うな。おれは変態かよ!」 「青春ですね」 「変なコメントつけるな、コンラッド!そして話の裏を読むな、推測するな!」 有利くんが必死にコンラートさんに詰め寄ると、ヴォルフくんがまた机を叩いた。 「いい加減にぼくに判らない話で盛り上がるのはやめろ!それで、この女の処置をどうするかの話じゃなかったのか!?」 「そ、ソウデシタ」 迫力に押されたように、有利くんがちょこちょことつま先で歩いてソファーに戻って座る。 「うーん、フォンビーレフェルト卿に司会進行されるとは。僕もまだまだ。でも処置と言っても彼女のこの国の滞在は事故の産物だから一時的なものだろうし、このまま血盟城にいてもらうというだけの話だろう?」 「そりゃま、そうだよな。他にどこに行き場があるんだよ」 「眞王廟です」 村田くんと有利くんが交互に言うと、ギュンターさんが真面目な顔に戻って、ぴしりと背筋を伸ばす。ああしてたら格好いいのに。 「眞王廟?またなんで?」 「様はこちらの言語を理解されています。これはあるいは事故ではなく眞王陛下の思し召しではないかと。それならば滞在するのは眞王廟のほうがよろしいのではないかとコンラートと話していたのです」 「あ、そういえば……」 有利くんは驚いたように目を瞬いて、わたしを見た。 言語ってなんのこと? 日本語くらいはいくらなんでも判るよ、と笑う前に村田くんが割り込んだ。 「いいや、単なる事故だよ。間違いない。今回『彼』が僕の魂を掴むときに失敗したんだ。 彼女を巻き込んだのも、そして言葉が判るのも……そのせいで、今彼女の魂と僕の魂の波長が混線してるからだよ」 「はあー!?」 有利くんが顎が外れそうなほど大口を開けて、コンラートさん、ギュンターさんも唖然としている。あのずっと怒ってばかりだったヴォルフくんまで、呆然。 「この部屋に入ってから落ち着いて魂を探ってみたんだ。僕も驚いた」 「な、な、なんだそれ!?そんなことあんの!?なあ村田、大賢者様。そんな例が今まであったわけ!?」 「ないね。少なくとも僕が知る限りはない。普通はこんなことありえないんだけど……」 村田くんは溜息をついて、ソファーの背もたれに身体を投げ出した。そのとき呟いた言葉は小声過ぎて、わたしにしか聞こえていなかったと思う。 「丁度話題になってて、同時に渋谷のことを強く考えていたことが仇になったのかもね」 「え……?」 聞き返すと、村田くんは一度わたしを見て溜息をつきながら目を閉じた。 「恋する乙女のパワー恐るべし、だよ」 「む、村田くん!」 恋する乙女だなんて、有利くんに聞こえてたらどうするのと慌てて叫ぶと、目を閉じて眉間を押さえている村田くん以外、みんな首を傾げていた。 わ、わたしにしか聞こえてなかったのね。 |
やっと言葉の壁がなかった説明ができました〜。 村田の言っていた有利のセクハラは、短編「アイス、ぽたり」を参照ください(笑) |