まるで物語のように(2)


不法侵入したところは、どこかのスパランドなんてものじゃなかった。
大きすぎて絶対村田くんのじゃないはずだけど、村田くんが貸してくれた上着を着て広い浴室を出ると、これまた大きな脱衣所にすぐに女の人が二人駆けつけて、こちらへなんて案内をされた。
不法侵入なのに村田くんはひたすら堂々としている。彼の神経はどうなっているんだろう。
とはいえ、同行人としてこれほど心強い存在はいないと思っていたらすぐに別々の部屋に連れて行かれてちょっと泣きそうだった。
これから一人ずつ説教されるとか?
その割には着替えを持ってきてくれたお姉さんは妙に丁寧だったりする。
一人で切羽詰っていると「お着替えを」なんて、女の人が一人増えて二人掛りで濡れた服を脱ぐのに手を出してくる。
一人で脱げます、着替えられます!と主張しようとして、用意された着替えに絶句した。
ろ、鹿鳴館?とか聞きたくなるレースのフリルに包まれた白いドレスに再び泣きそうになる。
こんなの一人で着られません。それ以前に衣裳のチェンジお願いします、チェンジ。
草野球チームのマネージャーとして健康的に日焼けしている日本人にはこんな服は似合わないー!と泣き言を喚いたらお姉さんたちは困ったように顔を見合わせて、どこからか赤いドレスを持ってきた。膝下五センチくらいでフレアになっているけどフリルが消えてぐっとシンプルなカクテルドレスにはなったものの、どうしてまたドレスなんですか。
しかも、替えの下着はドレスと同色のブラと紐パンツ。
なんの罰ゲーム?
電話を拝借できましたら家に連絡して料金お支払いしますから勘弁してくださいと拝み倒したら、逆にお姉さんたちにどうか風邪をお召しになる前にお着替えくださいとお願いされた。
何がどうなっているのやらさっぱりながら、これから不法侵入を咎められるなら、濡れた服のままよりは着替えた方がいいか……とプラスされただろう貸衣装代を気にしながら着替えたら、何故かお姉さんたちは髪までセットしてくれた。
おまけに温かい飲み物まで持ってきてくれて、待遇は驚くほどいい。
「こ……怖い……」
一体何がどうなって……。
ここでお待ちくださいと一人にされて、湯気を立てるカップを睨みながら呆然と呟いた。
どこかのスパランドにしたって……長い廊下、高い天井、広い部屋、高そうな衣裳に豪華な調度品と、慣れないものに囲まれて、椅子の上で小さくなって部屋を見回した。
「……ドッキリ?」
ふと、思いついた単語が口に出る。
そうか、これは素人ドッキリなんだ!
実は川に落ちた時に気を失っていて、その間にここまで運ばれ……。
「ありえない」
日本の一素人の女子高生に仕掛けるドッキリにしては手が込みすぎ。しかも村田くんが川に転がるところから仕込みだったなんて、ありえない。
「じゃあ夢だ!」
これだと思える答えに手を叩く。
これならありえないすべてに理由がつく。
川に落ちたはずなのにどこかのお風呂にいたり、不法侵入を咎めるどころか妙に丁寧に対応されたり……有利くんの裸を見たり……。
「裸……」
椅子の肘掛に顔を伏せたところで、ノックがあって部屋のドアが開いた。
「お待たせいたしました………どうかなさいましたか?」
入ってきたのは背の高い、茶髪のカッコいいお兄さん。
さっきのお姉さんたちといい、ここで働いている人はみんな外国の人ばっかりみたいだ。
椅子の上で挙動不審になっていたわたしに、部屋の入り口で目を丸めている。
「はっ!い、いえ!え、お待たせって……こ、これから不法侵入のお説教……」
夢でも怒られるものは怒られるのだろうかと蒼白になると、お兄さんは笑って首を傾げた。
「陛下のご友人の方に説教なんてできる者は、この城にはいませんよ。どうぞ、こちらへ。陛下の元へご案内します」
「は……ヘイカ?」
って、誰?
どうぞ、ともう一度促されて、仕方なく人好きのする笑顔のお兄さんの後について部屋を出る。
やっぱり長い廊下で広い天井。壁に掛けてある絵とかタペストリーとかも上等っぽいものに見える。
それにしても、ローヒールでも踵のある靴には慣れていないのでグラグラする。おまけに歩くたびに大きな音が廊下に反響して恥ずかしい。
長い廊下を抜けて、階段を上がって、また長い廊下を歩いてお兄さんは足を止めた。
「こちらで陛下がお待ちです」
だからヘイカって誰ですか?
このお兄さんの声はどこかで聞き覚えのあるなあと思っていた答えは、部屋の中にあった。
「あ、さん。大丈夫だった?また可愛い格好だね」
ソファーでゆったりくつろいでいた村田くんが手を振って待っていて、ヘイカって村田くんのこと?と思ったら、その向かいに有利くんが座っていた。
そうだ、あのお風呂で聞いた声だ。有利くんと何か会話していたような。
わたしと目が合うと、有利くんは真っ赤になって顔を伏せる。
はっ!そういえば、わたし有利くんの裸を見たんだった……。
「あー……コンラッド、ご苦労さん。、入って」
有利くんに釣られたように真っ赤になって入り口で俯いていたら、隣に立っていたお兄さんに軽く背中を押されて部屋に入る。
ソファーに座る有利くんと村田くんはタイプの違う学ランを着ていて、部屋の中には薄灰色の長い髪の超がつきそうな美貌のお兄さんと、それこそ夢か理想の王子様みたいな金髪のキラキラした男の子がいた。綺麗な翠色の目は吊り上がり、何故かわたしを睨みつけている。
「ほ、本当に陛下や猊下と同じ双黒なんですね……」
この人の声もお風呂で聞いたものだ。美貌のお兄さんは何故か目が潤んで、まるで感動しているような目でこっちを見ている。
「双黒だからなんだ!少し整っているからって間の抜けた顔をして!」
こっちの男の子の声も、お風呂で聞いたと思う。ということは、あの時の三人はこの人たちなんだろう。
ものすごく敵意のある視線と、ものすごく好意を込められた視線の真ん中で、どうしたものだろうと村田くんを見ると、面白そうにくすくすと笑って手招きをしてくる。
「まあさん、こっちに座って」
「う、うん……」
ぎくしゃくと居心地の悪い部屋を横切ってソファーに近付くと、有利くんがごほんと咳払いして顔を上げた。
でもその視線はあからさまに横を向いているけどね。
「その……、身体は平気?気分が悪いとか、頭が痛いとか」
「だ、大丈夫……」
村田くんが座るようにと二人掛けのソファーの隣を叩いて、素直にそこに座るとテーブルを挟んで有利くんの真正面。
そして有利くんは横を向いているし、わたしはわたしで斜め下を見ている。
今まで勝手に一人で緊張したりするのはあったけど、有利くんとこんなに気まずい雰囲気になったことはなかったのに。
妙に豪華な建物だったり美形に囲まれたりしていかにも夢な部分と、学ランの有利くんと村田くんという、しかも有利くんの照れている反応とかのリアルな部分と、混ざりすぎてて混乱しそう。
「よく出来てるのか、めちゃくちゃなのか……なんなの、この夢……」
「夢?」
わたしの独り言を聞き咎めたように村田くんが繰り返して、正面の渋谷くんがぱっとこちらを見た。
、これ夢だと思ってんの?」
「だ、だって川に落ちたら、超豪華なお風呂に出たり、そこにやたら顔のいい人ばっかり揃っていたり、丁寧に扱われたり……夢かドッキリしかありえない……けど、ドッキリでも無理っぽいから夢でしょ?」
「ああ……すごくすごく親近感が湧く……そうだよなあ……普通は夢だよ。ヨーロッパのリゾート地に流されたとか、考えるわけねーもんなあ」
「そーれーはーどういう意味かなー渋谷?僕の渾身のとぼけを批判しているのかい?」
「どちらかって言うと、その無理やり加減に気付けなかった自分に対する批判だよ」
おれなんかレジャーランドに遺棄されたのかと思ったけどね、と有利くんはようやく笑った。
苦笑いだけど。
さんも似たようなこと言ってたよ。スパランドに不法侵入したとか」
「それが普通だよ。ああ、さすがだ。ヴォルフたちと感じ方が違うのは仕方ないと思うけど、それだよ、異世界に来た人間の当たり前の反応はそっちだよな。村田なんて夢とか幻とか、一言も言わねーの。やっぱはおれと近いよ」
「異世界?」
おかしな単語が聞こえてきて、目を瞬いて繰り返す。
「そう、実はこれは夢なんじゃなくて……」
「いや、夢だよ」
有利くんの言葉を遮って、村田くんがいやにきっぱりと言い切った。
「お、おい村田」
「夢で通したほうが、後々都合がいいだろ?」
「いや……ま……そりゃそうかもしんないけど……」
「夢の登場人物に、はっきり夢って言われるなんて初めてだよ」
しかも本人の目の前で都合がいいとかいう話までして、ますますそんなの夢でしょう。
「そりゃそういう夢だってあるさ。さん、見たことないの?」
「ないよ。変なの。……でも、なんだか村田くんらしい」
「……それもまた微妙なセリフだね……変で僕らしいってなに?」
「いや、やっぱりが正しいって。おれも常々そう思ってたんだよ」
今度は目が合っても、有利くんは俯いたり目を逸らしたりしないで、頷いて笑ってくれた。
あの過度の緊張が消えてほっとしたところで、横から振り下ろされた手が大きな音を立ててテーブルを叩いた。


「ユーリ!」
ぬっと視界に金色が飛び込んできた。
あの王子様の男の子が有利くんとの間に割り込んできたんだと判ったのは、二度ほど瞬きをしてから。
「ぼくというものがありながら、他の女と笑い合うとはどういうつもりだ!」
「お、落ち着けよヴォルフラム。お前、言ってることがめちゃくちゃだぞ。友達としゃべるだけでも駄目なのかよ」
ちょっと心が狭すぎるぞと有利くんが顔をしかめて、王子様は目を吊り上げる。
わたしはと言えば、きっぱりはっきり友達と言われて悲しいやら寂しいやら。
思わず涙を飲んでいると、横で村田くんがガンバーとか間延びした心の篭らない応援の声を掛けてきた。本当に心が篭ってないよ……村田くん……。
「ヴォルフラム」
ここまで案内してくれた茶髪のお兄さんの溜息が聞こえたかと思うと、大きな手が王子様の襟首を掴んで後ろに引き戻した。
「あ、こらっ!離せコンラート!」
「陛下とご友人の会話に割って入るな。失礼だ」
「まったく、そうですよヴォルフラム!このような場合は、陛下からご紹介いただけるまでは自ら声を掛けるなど失礼千万!そう、私のように部屋の隅で控えめにそっと立っていることが基本です!」
「控えめって……ギュン汁垂らしそうな顔でを見てたくせに……」
有利くんが乾いた笑いを漏らすと、王子様は襟首を掴まれた手を振り払って有利くんに指を突きつけた。
「この尻軽の浮気者が誰彼構わず愛想を振り撒くのが悪いんだ!だいだい、ぼくをお前たちと一緒にするな!」
「あっ、待てヴォルフ、ストップ!」
ソファーから慌てて立ち上がった有利くんの手を叩いて払うと、王子様は胸を張って大声で言った。
「ぼくはユーリの婚約者なんだからな!」
…………王子様じゃなくて、王女様だったりして……?







夢だと思っているようですが、夢にしたって好きな人に婚約者って……
ひどい悪夢ですよ、それ……。


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