まるで物語のように(11) 「さーて、ランニング代わりにいい汗もかいたし、ひとっ風呂浴びてくるかな」 首を回して大きく伸びをする有利くんの様子はすごく気持ち良さそうで、本当に運動が好きなんだなあと感心してしまう。 説明のはずみとはいえ、有利くんの口から可愛いなんて言ってもらえて浮かれていたわたしは、うっとりとそんな有利くんを見ていたわけなんだけど、急にこちらに視線が向いて驚いて背筋を伸ばした。 「で、そのあとどっか行こうか。昨日は村田任せにして放ったらかしにしちゃったし、今日こそおれが付き合うよ」 「え、ええ!?つ、付き合うって!」 落ち着け、わたし!これは「買い物に付き合うよ」、とかの「付き合う」だから! どうも過剰になってるなーとは思うんだけど、有利くんの笑顔を見ていたらつい、いい方向へと持って行ってしまう。 でも、たとえそれがそっちの意味の付き合うでも、デートみたいなものには変わりがない。 チームの買出しみたいな「理由があって」のことじゃないだけでも十分じゃないの! ……たとえ夢の中だろうと。 これが自分の願望かと思ったら、どれだけ有利くんに餓えているんだろうと、ちょっと悲しくなってしまった。 夢ですら恋人デートじゃなくて、友達デート。なんて小心者。 おまけに、小心者っぷりはそれだけではなかった。 「ありがとう。でもさっきの……グ……グー……」 「ガンモ?」 「違うだろ村田!お前いくつだよ!」 「そのツッコミができる渋谷くんもいくつなの……。えーと、そうグウェンダルさん。あの人が仕事しろってさっき……」 この、中途半端にファンタジーで中途半端にリアルなのがいけないのよ。サボりはよくないと、つい真面目に言ってしまう。 夢なんだから有利くんと手に手を取って、二人っきりでどこかに行こう!くらい言えればいいのに。 「う……いや、でもグウェンがいるなら逆におれがいなくても平気じゃないかなーって……」 「大丈夫ではありません!グウェンダルはあくまで陛下の代理です!陛下がいらしてくださないことには、何もかもが滞ってしまいます!!」 ギュンターさんが涙ながらに詰め寄って、有利くんはわたしの後ろに逃げてくる。 ぎゃあ!有利くんの手が肩に!い、息遣いがすぐ後ろに! 「いやでも、ほら、今日だけ、今日だけだからさ。何にも知らない友達が一緒なんだから、今回だけ見逃してくれよ。な、ギュンター」 「しかし、その様ご自身が執務へと仰ったのではありませんか」 「気ぃ使ってくれたんじゃないか。な、?」 「へ?あ、う、うん……」 すぐ後ろから耳元で聞こえる声にうっとりとしてしまった。 村田くんとコンラートさんの笑いを噛み殺した顔が目に入らなければ、そのまま頷いて終わるところだった。危ない。 「あのでも!ゆう……渋谷くんが一緒にいてくれたらそれは嬉しいけど……でも、わたしのせいでさっきのグウェンダルさんに、渋谷くんが怒られるのは嫌だなって……」 嫌われてない大丈夫とは言われたけど、さっきの迫力満点のお兄さんを思い出す。あの強面で有利くんがわたしのせいで怒られるのは……やっぱりやだなあ。 「その点は大丈夫、気にすんな。もうおれ、怒られ慣れてるから」 「自慢にならないよ渋谷。やれやれしょうがないな。とにかく君はまず風呂に入ってきなよ。フォンヴォルテール卿は僕とさんで説得してくるから」 「そんな猊下!」 「え、マジで?」 「ええええ!?わ、わたしも!?」 あのお兄さんを説得?有利くんにお休みを作って貸してくださいって説得?わたしが!? あの目でまたジロリと睨まれることを考えると、恐ろしさで半泣きになりそう。 「大丈夫だって。交渉はほとんど僕がするから、君は駄目押しで一緒にいてくれればいいんだって」 「だってあの人、バックミュージックにゴッドファーザーのテーマが聞こえてきそうだったよ!?ゴッドファーザーってマフィアだよマフィア!」 前と後ろで村田くんと有利くんが爆笑する。笑ってる場合じゃないし! 「あー、腹いて。とおれって本当にとことん似てるなー。だよな、グウェンはゴッドファーザーだよなあ」 「だ、大丈夫だって。ちょっとくらい不機嫌そうな顔をするかもしれないけど、さんに本気で凄んだりしないよ、彼は」 「様」 振り返ったら、コンラートさんも楽しそうに失笑していた。だから笑うところじゃない……。 「どうしても不安でしたら、昨日のスリッパを履いていかれることをお勧めします」 「……は?」 どうしていきなりスリッパの話になるんだろう。 「ああ、そりゃいい考えだ。じゃあ村田、頼んだぞ。でもは泣かせるなよー」 「それは僕じゃなくてフォンヴォルテール卿次第だと思うけどねえ。じゃあ行こうかさん」 「え?行こうかって、え!?」 「君の部屋経由、フォンヴォルテール卿の執務室行き」 「ねえ、村田くん。本当にグウェンダルさんを説得できるの?それでもって、このスリッパの意味が判んない」 お風呂に行く有利くんと、その護衛のコンラートさん、それからまっすぐに執務室へ向かうと言っていたギュンターさんと別れて、わたしが間借りしている部屋を経由して、村田くんとふたりでグウェンダルさんがいるという部屋に向かうことになった。 昨日のドレスにスリッパと比べて、元のわたしの服でスリッパだと、ごく一般的な家の中での格好だ。 ……だけど、それはそれで、わたしの存在がまるごとお城という場所から浮いていることを意味する。スニーカー履きでも充分浮いてたけどさ。 「大丈夫大丈夫。フォンヴォルテール卿がそのスリッパに気付いたら『気に入ってるんでーす』とか言ってにこにこ笑えばOK。もうハートをがっちりキャッチで鷲掴みだよ」 「どうして村田くんの表現はいつもそう古いのかな……」 溜息をつきながらコンラートさんから聞いたスリッパの説明を考える。コンラートさんのお兄さんの幼馴染み作の消音スリッパ。ネコの装飾部分はコンラートさんのお兄さん作。 それを誉めるということは。 「ああ、じゃああのグウェンダルさんが、このスリッパを発明したとかいう、コンラートさんのお兄さんの友達の研究家?」 自分の発明品を誉められたら、それは嬉しいよねと納得して手を打ったら、途端に村田くんが吹き出した。 「あ、それはダメ。ちょっとズレてる。彼はその発明家のほうじゃないよ。間違っても『いい物を発明しましたね』とか言っちゃだめだ」 「だったらなんでスリッパを履いて行く……あ、ちょっと待って村田くん。ここで待ってて」 「え?」 「ヴォルフくん!」 通り過ぎかけた廊下の向こうに一人で歩くヴォルフくんを見つけて、慌ててその道を曲がって追いかける。 廊下の先に飛び出すと、ヴォルフくんは驚いたように振り返ったけれど、すぐにムッと眉をひそめた。 「その気安い呼び方は……」 「ごめんなさい!」 何か怒られかけたのに、その上に被せて勢いよく頭を下げて謝ってしまった。うわ、沈黙が痛い。 ええい、まずは先に謝ってから、もう一回怒られよう。 「あの、昨日のことをまだ謝ってなかったから!わたし、渋谷くんを悪く言ったつもりも、魔王って地位を悪く言ったつもりもなかったけど、そんなつもりがないからって、大切な人を悪く言ったように聞こえたならヴォルフくんが怒るのは当たり前だし、そのせいでヴォルフくんと渋谷くんが喧嘩になっちゃったり、えーとえーと……と、とにかく、だから、本当にごめんなさい!」 最後のほうは何に謝ってるのかよく判らなくなってしまった。とにかく、昨日の「渋谷くんに魔王は似合わない」発言のことをまだ謝って訂正していなかったことを謝りたかったのに。 しばらく待ってみたけど一向に返事がなくて、もしかして口を利くのも嫌なくらい嫌われているんだろうかとか、実は途中でさっさとどこかへ行っちゃったのかもとか考えて、頭を下げた拍子に瞑っていた目を開けてみる。 ヴォルフくんの靴先が見えた。ということは、まだそこにいる。 一国の王様を悪く言ったのだから(そのつもりはなくても)、謝るくらいじゃダメなのかもしれないけど、とにかく他にどうしたらいいのか判らない。 いいのだろうかと悩みながら、いつまでも頭を下げたままの体勢が腰に痛くて、そろりと顔を上げてみた。 ヴォルフくんは驚いたように、エメラルドみたいな綺麗な目を丸めて立っていた。 「……あの……」 遠慮がちに声をかけてみたら、ヴォルフくんは急にはっと気がついたように肩を震わせて首を振った。 「わ、判ったならそれでいいんだ!」 「え、本当に?」 許してもらえるのかと喜んで訊ねると、ヴォルフくんは咳払いしながら重々しい様子で頷く。 「ユーリが、王に相応しいと判ったのだろう」 「うん、だって渋谷くん、すごくたくさんの人に慕われているって判ったから。ヴォルフくんみたいに、ものすごく真剣に怒る人がいるくらいだって」 それって慕われてるってことだよね、と思って言ったら、ヴォルフくんは途端に真っ赤になる。 「ぼ、ぼくは婚約者として、ユーリが不甲斐ないままだと、ぼくの恥でもあるから怒っただけだ!婚約者のユーリの恥はぼくの恥だ!」 う、婚約者か……。婚約そのものは事故だとは村田くんから説明されたけど、まだ生きてる婚約なんだよね。好きな人の、本物の婚約者。しかも男なのにわたしより美人。 なんだか色々と落ち込みそうな要素の詰まった話だと心の中で涙を拭いながら、笑顔で誤魔化していたら、ヴォルフくんが顎に手を当てて考える仕草でわたしを見て首を傾げた。 「ところで」 「はい!……え?」 今、名前で呼ばれた?ずっと「女」とか「お前」とかだったのに。 「ユーリは違うと言っていたが、は本当にあちらでのユーリの愛人ではないんだな?」 「あ、愛人!?ち、違います、全然違う!そんな背徳の香り溢れる関係じゃない!」 なりたいのは恋人であって愛人じゃないし、しかも今の関係はあくまで友人でチームメイトでしかない。で、目の前には好きな人の婚約者。あー……なんだか泣きそうな状況再び。 「どうした、いきなり壁に手をついて。具合でも悪いのか」 思わず落ち込んで壁に両手をついたら、ヴォルフくんに心配そうに聞かれてしまった。 「あ、いや、ごめんなさい。大丈夫、ちょっと現状に目眩がしただけ」 「具合が悪いなら部屋に戻れ。送ってやるぞ」 「え、本当に大丈夫、そういうんじゃなくて……」 「おやおや、こんなところで、ひょっとしていい雰囲気の二人を発見?」 振り返るとわたしが曲がってきた廊下から、村田くんがひょっこりと顔を出しておかしなこと言ってくる。 「何言ってるの、村田く……」 「猊下!ぼくにはユーリがいます!」 ヴォルフくんの大声に押されて振り返ると、ヴォルフくんはまた真っ赤になって握り拳で力説している。 「冗談だよ、判ってるってー」 村田くんが手をひらひらと振って、ヴォルフくんはますます赤くなる。 これはあれだ、小学生の頃にいた、ちょっと仲良くしただけの男の子と女の子を「こいつら夫婦だー」なんてからかう子みたい。そういうことを言う子に限って、からかってる相手のどっちかを好きだったりするんだよねー……。 「って、村田くん、もしかして嫉妬?」 仲の良い友達の有利くんを、こっちではヴォルフくんに取られて嫉妬してるとかなんだろうかと首を傾げると、村田くんは驚いたように目を丸め、後ろでヴォルフくんが手を打った。 「そ……そういうことでしたか!申し訳ありません猊下!ぼくはに他意はありません!」 「え、わたし?」 なんでわたしの名前がと、自分を指差しながら振り返ると、ヴォルフくんにぐいっと背中を押された。 「そういえば、昨日からずっと猊下と一緒だったのを忘れていた。も、猊下という方がありながら他の男に二人きりで声を掛けるな!」 「は?」 意味が判らなくて首を傾げているうちに、ヴォルフくんは村田くんに深く頭を下げて失礼しますと走っていってしまう。 「……えーと……どういうこと?」 意味が判らず同行者を振り返ると、村田くんは溜息を吐きながら首を振った。 「あーあ、僕は知ーらないっと」 |
あーあ……知ーらない(猊下風^^;) |