まるで物語のように12


結局ヴォルフくんの言っていたことの意味が判らないまま、村田くんに連れて行かれてグウェンダルさんのいる部屋に着いた。
「昨日お帰りになったばかりの陛下が、さっそく休息を取ると仰るのですか」
気軽に有利くんのお休みをもらうからなんて言う村田くんを、じろりと睨みつけてくるその迫力といったら!
さっきまでの疑問なんて吹っ飛んでしまって、思わず村田くんの服の裾を掴む。
「や、や、やっぱり怒ってるよー」
「大丈夫、大丈夫。君は最後に両手を組んでフォンヴォルテール卿をじっと見つめてくれればOKだから」
村田くんはさっぱり気にした様子もなくそう囁くと、わたしの背中を押して一緒に机につくグウェンダルさんの前まで近づいた。
「今日だけの話だよ。大目に見てもらえないかなあ」
「今日だけと仰るが、猊下といいコンラートといい、あれを甘やかしてばかりおられて大変迷惑なのですが」
「そうは言うけどさ、今回は彼女がいるんだ。彼女にとって、顔見知りは僕と渋谷しかいないんだよ?少しくらいいいじゃないか」
「ええ?わ、わたし!?」
た、確かに有利くんが仕事を休むのはわたしのせいなんだけど、グウェンダルさんの鋭い目でギロリと睨まれると思わず怯えて逃げ腰になってしまう。
「見つめて見つめて」
縋りついた村田くんに耳元でアドバイスされて混乱する。見つめてって、この鋭い眼光を正面から受け止めるってこと!?
村田くんの袖を握って、泣きそうに半ベソをかきながらじっとグウェンダルさんを見つめると、何故か突然怯んだように目を逸らされた。
メンチ切り勝負に勝った……とかいうより、なんかあからさまに避けられたようにしか思えないのですが。だってマフィアと女子高生じゃ、わたしに勝つ要素はないでしょう!?
「何も二日も三日もサボるわけじゃないんだ。今日だけのことで、そうしたら明日から渋谷もフルスロットルで頑張しさ」
勝手に気軽に約束する村田くんだけど、グウェンダルさんは目を逸らしてこちらの方は見ないまま……と思ったら、ちらりと伺うように少しだけ視線を向けてきた。
とにかく見つめろということだったので、じっと見つめ返すとまたすぐに目を逸らされる。
なんだろう、この気にしない、気にしないと思いつつもどうしてもこっそり覗いてしまう子供のような反応は。そうこれはまるで……初めて家に来た、まだ慣れない様子の子犬をこっそりと伺うような、そんな感じ。
村田くんがわざとらしく溜息をついた。
「ふー……だめか。まあね、こっちの我侭だから強引に通してってわけにはいかないよね。ごめんね、さん。泣かないで」
え、別に泣いてませんが。
村田くんがわたしの肩を掴んで部屋から出ようと踵を返すと、後ろで椅子を蹴倒す音が聞こえた。
びっくりして振り返る寸前に、村田くんになぜか目元を拭われる。
「な、何も泣くことはなかろう!」
だから泣いてないんですけど。
「初めて来た土地、それどころか異世界だなんて、そりゃ不安だよね」
わたしを置いてけぼりにしたまま、なのにわたしを中心に回っているやり取りに困惑して、村田くんとグウェンダルさんを交互に見る。
「そ、そのような顔をするな!お前は王の友人だ!この国の者は危害など加えん!」
困惑が不安に見えたのか、グウェンダルさんは更に慌てたように机に手をついて身を乗り出す。
「あ……あの……」
そんなに慌てなくても、とってもよくしていただいていますと言おうとしたら、村田くんに掴んだ肩を思い切り強く握られた。
「いっ……」
つねってる!肩の肉を指先がちょっとつねってるんですけど!
「いやフォンヴォルテール卿、そういうことはさんも判っているんだよ。けれどなんて言うのかな、地に足が着かない不安というのは理性のものじゃないからね……ああ、また涙が」
それは肩が痛いからだよ!という叫びはぐいぐいと涙を拭う振りをした村田くんの腕に口を押し潰すように塞がれて声が出なかった。く、苦しいし痛いし!口を塞ぐ腕を噛んでやりたい。
「あああ猊下、そのように力を込めては」
机を回ってきたグウェンダルさんが村田くんの押し付けるような腕をどけてくれて、ようやく息がつけた。最初から乾いていた目の下を擦られて痛いおかげで、勝手に涙が滲む。
「う……いや、だから泣かずとも……」
お礼を言おうと見上げたグウェンダルさんは、わたしの様子に怯んだように目を泳がせて、見下ろしてきていた目がふと止まった。
「その履物はアニシナの発明品か……まさか、あいつにもう遭遇したのか!?」
それではこの国が恐ろしく思うことも無理はないと青褪めるグウェンダルさんに、慌てて手を振って否定する。
「こ、この国は怖くなんてないです!あの、このスリッパは昨日コンラートさんが持って来てくれて、履き心地がいいし、すごく可愛いク……ネコが気に入ってるんです!」
スリッパについているこの飾りはクマじゃなくてネコなんだった。うっかりクマと言いかけて訂正すると、グウェンダルさんは何度も頷いた。
「そ、そうか、お前はネコたんが好きか」
「ね、ネコ……たん……?」
今のは空耳だろうかと思わず聞き返したのだけど、グウェンダルさんはすぐに机に引き返して傍に置いていた鞄を漁った。
戻ってきたその大きな手には不釣合いな、小さなあみぐるみが掌に乗っている。
「ちょうどこの子の里親を探していたのだ。お前にやろう。だから泣くな」
「な……いてませんが……え、えと、ありがとうございます」
あみぐるみの里親……。
断るのもなんだか申し訳なくて、やっぱり愛嬌のあるクマに見えるそれを両手で受け取ってグウェンダルさんを見上げると、ホッとした様子で眉を下げる。
それから表情をキリリと引き締めて、わたしの隣に立つ村田くんに視線を移した。
「猊下、本日一日だけなら」
「そう?悪いね。今日一日でどうにかさんの気持ちを解すように勤めるよ。ありがとう、フォンヴォルテール卿」
「いえ」
なんだかよく判らないうちに話がまとまっている。どういうことなんだろうと考えている間に村田くんに肩を引っ張られて一緒に部屋を後にした。扉が閉まる直前、最後にグウェンダルさんが「大切にしてもらえよ」と呟いていたような気がしたけど、きっと空耳だろう。
「……村田くん、今のは……」
「うん?ああ、面白いよねフォンヴォルテール卿って。渋谷が言ってただろ。彼は小さくて可愛い物が大好きなんだって。小動物みたいな君が弱々しくめーめー泣いてたら絶対に無視できない人なんだよ」
「……ねえ、わたしどこからツッコめばいい?」
ツッコミどころが多いどころか、突っ込まなくていいところが見当たらなくて、そう溜息混じりに呟いた。


とにかく、グウェンダルさんのお墨付きはもらったということで、わたしは一旦部屋に戻ってスリッパから自分の靴に履き替えた。その間に村田くんは有利くんに結果報告に行ってしまう。
「これって詐欺だよね……」
泣いてないのに泣いた振りしての、泣き落とし詐欺。
夢なのに、夢の中の人物なのに、騙したことが申し訳なくて良心がちくちくと咎める。
「ごめんなさい、グウェンダルさん……」
もらったネコたんの……あの人の言い方が移った。ネコのあみぐるみを両手で包んで頬擦りをして謝っておく。
「せめてこの子を大事にします」
目が覚めるまでは。
そう思いながら部屋から出たところで、コートを着込んだ有利くんと村田くんとコンラートさんが揃ってやってきた。
!グウェンを説得してくれたってな。ひょっとしたらおれ、逆にお邪魔虫なんじゃないかって思ったんだけど、村田が迎えに来たからいいのかなって」
「ううん、だって渋谷くんがお仕事休むの、わたしが原因だし……グウェンダルさんのことは騙したようでちょっと気が引けるんだけど……」
あれ、でもお邪魔虫ってなんのことだろう?
「フォンヴォルテール卿はさんの人柄を知らないからねー。あんなことくらいで泣かないなんて判んないだろうから、君が騙したわけじゃないよ。騙したのは僕さ!」
「自信満々に胸を張って言うこと……?」
わたしと有利くんの声が重なった。
呆れるわたしたちに、コンラートさんが笑いながら手に持っていたフードつきのコートを差し出してきた。
様もこれを」
「あ、ありがとうございます」
何から何まで借りてばっかりで申し訳ないと思いつつ、それを受け取って羽織る。
「城は昨日村田と回っただろ?だから今日は街に下りようかと思うんだ。で、そのコート。フードも被ってくれ。この国では黒はすごく貴重な色だからものすごく目立つんだ」
「うん、判った。それにしても黒が貴重ってここで言うと面白ね」
今この場にいるのはわたしと有利くんと村田くんとコンラートさん。むしろ黒い髪でも目でもないのはコンラートさんだけなんだけど。
「街に出たらきっと驚くよ。本当に全然まったく黒なんて目にしないから」
「髪や瞳の色では得ようがありませんし、そうでなくても黒は貴色ですからね。服飾などでも魔王陛下とその近しい者しか身につけることは許されませんから」
コンラートさんの説明に、その昔の日本の紫色みたいなものだろうかと考えていると、有利くんにフードを引っ張り上げられた。
「珍獣扱いになりたくなかったら、しっかり髪隠しとけよー」
「はーい」
髪がフードから零れないようにしっかりと中に入れて、テクテク歩いて四人で城を出た。
門番の人たちに「お気をつけて!」なんて声を掛けられて妙にくすぐったい。
「本当は馬で出れば楽なんだけどさ、おれってまだアオ以外は上手く乗りこなせないんだよ」
「アオ?」
「おれの愛馬。青毛……こっちでは闇毛っていうんだけど真っ黒の毛並みで、アオに乗ってるとおれって判っちゃうから今回は置いてきた」
「渋谷くん、馬に乗れるの!?格好いいっ!」
颯爽と馬に乗る有利くんを想像するだけで、もうすっごくうっとりしてしまう。野球だけじゃなくて、剣といい乗馬といい、有利くんって運動神経がいいんだ……なんてひとりでメロメロに。
「そ、そうかな……?」
照れたようにフードの上から頭を掻く有利くんが可愛くて、思わず身悶えしそう。
けどすぐに有利くんは何かにはっと気がついたように首を振って、隣を歩いていた村田くんを引っ張って場所を入れ替わった。
「ごめん、おれ気が利かなくて。あ、今日一緒にいるって提案したときはほら、おれ、まだ知らなかったから。村田にのこと押し付けたままだと悪いかなーとか、も暇なんじゃないかなーとか思ったんだけどさ」
「え、なんのこと?」
村田くんも目を瞬いて首を傾げている。
突然おかしなことを言い出した有利くんに眉をひそめると、後ろからコンラートさんの吹き出した声が聞こえて、振り返ったら口を押さえてどこかあっちのほうを向いていた。
「おれもう、本当に自分の鈍さが嫌になるよ。や村田とはおれのほうがずっと一緒にいるのに、さっきヴォルフに言われるまで全然気づかなくてさ」
「だから何を?」
「あ、フォンビーレフェルト卿に会ったんだ?」
途端に村田くんも納得したように手を打って、それから吹き出した。
「き、き、気を遣わなくていいよ。すごく的外れだから」
肩を震わせながら手を振る村田くんに、有利くんはむっとしたように眉を寄せる。
「的外れってなんだよ!いくらおれだってお邪魔かどうかくらいは判るぞ!いや、ここまで一緒にきてる時点でもうお邪魔か!?」
「だから的外れだってー!」
村田くんがお腹を抱えて笑い出して、後ろでコンラートさんは地面を見て肩を震わせている。
「え、な、なに?」
「お、おれに言われても」
わたしと有利くんは二人が大ウケしている理由が判らなくて、一緒に首を傾げるだけだった。








誤解は以前続行中……というか、一番誤解されちゃいけない人に誤解されてますが…。


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