なにもかも、身の回りに起こるすべてがどうでもいいような。
そんな目を、知っている。
有利を執務室に送り届けてから、双黒の客人に城内を案内すべく彼女を迎えに廊下を歩きながら少女の覇気の無い瞳を思い出す。
かつて、自分もそうであったから。
大切な人を失い、生き残った己を責め、なにもかもがどうでもよかった。
自暴自棄なその状態から救われたのは、あの大切な主君のおかげ。
彼がそうと知らずとも、あの人の存在があってこそ、今の自分がある。



アンダンテ(4)



の部屋のドアをノックする。
少しだけ間があって、静かに扉が開いた。
ひとりで訪れたコンラッドを見ても、特に表情の変化は無い。
「Because His Majesty is busy, instead, I guide you inside the castle.」

(陛下がお忙しいので、代わって城内を案内します)
有利と城内案内の役目を交代したとコンラッドが英語で愛想良く言うと、小首を傾げた。
英語はわからないのだろうかと、眞魔国の言葉で言い直そうとすると、少女は溜息をついて頷いた。
どうやら英語はわかるらしい。単に、城を巡ることが面倒だったのだろう。
すべてが、今の自分の状況すらもどうでもいい少女にとっては、わざわざ城の中を案内してもらう意味など無いに違いない。
有利が連れ回さない限りは、ほとんどこの部屋に閉じ篭って過ごすのではないだろうか。
ますますかつての自分と重なるようで、を部屋から連れ出しながらどうしたものかと考える。
異世界に飛ばされて、しかも元いた場所に簡単には帰れないと聞いて、それが大した問題ではないと感じることなど、普通に考えればありえない。
有利はこの国の王であり、コンラッドは次代の王の魂を守るという使命を抱えていた。
使命を持っていたコンラッドや、既に数度の渡界を果たした有利とは違い、不安を感じないはずがない。それどころか有利ですら、今の状態に不安を覚えている。
だが彼女は気にした様子も無い。
このまま地球に帰れなくなっても、彼女にはどうでもいいに違いない。
いや、それどころか。
長い廊下を歩き、彼女にとって必要であろう場所、そうでない場所までも連れ回して説明しながら、能面のような無表情を見下ろす。
ここで、命が尽きようとも彼女は抵抗するまい。
有利と同じ闇色を宿した優美な容姿。美しい少女。
だが、有利のようにコンラッドを強く惹きつけるものはない。
生きる事を放棄した目。
かつてのコンラッドと違いがあるとすれば、己を呪ったかそうでないか。それくらいだ。
彼女は自分自身を呪ってはいない。ただ無気力に。
有利は彼女を保護しようと燃えている。恐らく、そうすることで自分も地球へ帰れない不安を振り切ろうとしているのだ。
それなのに、彼女がこのままどうでもいいという態度を続けていると、有利が今まで以上に落ち込む事になりかねない。
に取り乱して欲しいというわけではないが、もう少し有利の好意に対しての反応が欲しいのだ。帰りたいとか。せめて、大きなお世話でもいい。
とにかく、有利の行動に肯定でも否定でもいいから反応がないと、なんの手応えもないというのが、一番始末に悪い。
決して彼女のためではないお節介だと自分でも理解しつつ、コンラッドは庭園へ少女を案内した。
「ここが血盟城の誇る庭園です」
ちらりとを見下ろすが、咲き誇る花の海にもまるで反応を示さない。
それも予想の範囲内だったので、気にも留めずにその先にある東屋を指差した。
「少し休みますか?」
「別に……」
肯定はされなかったが強い否定でもなかったので、東屋に向って歩き出す。
は後ろからついてきた。それで十分だ。
コンラッドが笑顔で東屋の中のベンチを勧めると、滑るような足取りで、足音もさせずに東屋を横切って座った。
まるで幽鬼のようだな、と思いつつコンラッドもその正面に座る。
さすがに城の端から端までとは言わないが、練兵場や厩舎などおよそとは関わりない場所まで、とにかく連れ回す目的で案内したので、既に太陽は中天に差し掛かりそろそろ昼食にいい時間にまでなっている。
「これで大体一通りは説明できたと思いますが……疲れましたか?」
「少し」
必要最低限の返事しか返さないに苦笑が漏れた。彼女は英語を普通に話せる。
言葉がわからないわけではない。会話するつもり、そのものが無いに違いない。
グウェンダルだってもう少し会話というものを考える。
「俺のことを、怒っておいでですか?」
そんなことはないだろう。
彼女はすべてがどうでもいいのだから。
わかっていながらも訊ねてみると、なんのことだがわからないとでも言うようにが首を傾げる。
「ほら、俺があなたを蹴りつけてしまったから」
「ああ……いいえ、別に」
「申し訳なく思っています。あなた自身に危害を加えるつもりはなかったのですが」
「ええ」
やはり会話にならない。
「あのケースの中身がわからなかったものですから、陛下の前で開けさせるわけには」
「あれはただの楽器です」
少し強い口調での反論に、おやと思う。
「……バイオリンのようでしたが」
「そうです。バイオリン以外の何物でもありません」
空気が張り詰めるようだった。
どこかぼんやりと、膜一枚を隔てて周囲を見ていたような少女の目に強い力が篭る。
コンラッドに挑むように冷たい視線で正面から相対する。
氷の瞳の奥に見えたのは、透明な炎。可視できない高温すぎる熱。
今朝、有利に言った言葉を思い出した。
「彼女が取り乱したのは、楽器のことくらいじゃないですか?」
自分のことすらどうでもいいようなが、強い反応を示すケース。その中身。
「どうやらとても大切な物のようですね」
決してケースやバイオリンを調べるために取り上げるつもりはないという意味をこめて微笑むと、は再び瞳に薄い紗の膜を降ろした。
彼女は、楽器の心配をしているのだ。
だから、楽器が手元にない状態ではコンラッドを警戒する理由がない。
が二度目に目覚めたとき、コンラッドから距離を置いたのは、楽器のケースを抱えて守る体勢に入ってからだ。
「では、そろそろ戻りましょうか。陛下も午前の執務を終えられる頃です。あなたとともに昼食を取られることを希望されると思いますので」
「はい」
はやはり、短い返答で頷くだけだった。







コンラッドしか出てない……。
そしてコンラッドのセリフの英語はやっぱり信用しないで下さい(汗)


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