道端



それは何気ない土曜日の午後。
特別な友人と話題の映画を見に行った帰り道、途中で居眠りをして話を見ていなかった友人に、その部分の筋を説明しているところだった。
「健ちゃん!」
聞こえた声に鋭く反応して振り返る。
けれど、彼女の姿はどこにもない。
「健ちゃん!」
もう一度聞こえた。
「おい、ムラケンそっちじゃないって」
肩を叩かれて友人が指差したのは、道路を隔てた向こう側。彼女はガードレールに片手をついて手を振っていた。

村田が手を振り返すと、彼女は嬉しそうに笑ってすぐ近くにあった横断歩道を駆けて来る。
やっぱりどこかアンバランスで危なっかしい走り方だった。
きっと、足は遅いのに妙に力強い足取りが不釣合いだからだろう。
土曜日なのに彼女は制服だった。
「健ちゃん」
、学校帰り?」
「うっわ、清新の制服だ。本物のお嬢様だ!ちょっとちょっとムラケン、村田さん、どういう知り合い?なんだよお前ぇ、フラレたなんていっときながら、恋人いるんじゃねーかよ!
しかも清新女学院に通ってるなんてお嬢様!人を失恋記念に水族館まで連れて行っておいてっ!お前、独り身のおれになんの嫌がらせだよ!ひとりだけ彼女作ってさーっ」
「しーぶやー……」
従兄の連れの早口に、が驚いたように足を止めて目を瞬いている。
村田は額を抑えて溜息をついた。
は従妹だよ。。母方の従妹」
「え、親戚?」
です」
両手で鞄を持ってぺこりと頭を下げたに、友人は慌てて礼を返す。
「ええっと、渋谷有利です」
「じゃあ噂の」
「え、村田、おれの話してたの?」
「恵比寿便利さん?」
「村田ぁーっ!」
従妹の一言に村田は腹を抱えて笑う。
「そっち?そっちいく、?いいじゃないか渋谷。原宿不利より縁起いいしさ」
「そういう問題じゃねぇよ!なんで初対面の娘さんにまでお袋の不発ギャグが伝わってるんだよ!?」
「す、すみません」
慌てて頭を下げるに、友人も手を振って慌てる。
「あ、いや、いいよ、そんな本気で恐縮しなくても。悪いのはおかしな話をした村田だし!」
「でも、ちゃんとした話も聞いてます。渋谷さんは草野球チームを主催なさっているんですよね?」
渋い顔が途端に笑顔に変わる。
「そうなんだ!ダンディーライオンズって言ってさ。よかったら、試合とか見に来てよ。村田がマネージャーしてるときにでも」
本当に野球が好きなんだろうという満面の笑顔に、も笑顔を返す。村田は誰にでも勧誘をする友人に呆れたように肩を竦めた。
はスポーツとかあんまり興味なさそうだよね」
「するのはね。でも、見てるだけなら結構好きだよ」
「そうなの?じゃあ今度一緒に見に行こうか。サッカーの試合」
「どうしてそこでそっちに行くのかな、お前」
「忘れているならもう一度言うけど、僕は野球よりサッカーが好きなんだよ」
無論、プレーする側ではなく観客としての話だが。
村田が白けた視線を送ると、友人は突然難聴になったように聞こえないふりで、軽く口笛を吹いてどこか遠くへ視線を送った。
が口元を押さえてくすくすと笑う。
「渋谷さん、口笛の音が外れてますよ」
「そっちかい?」
「さすが村田の従妹。微妙にツッコミもズレてるのな」
友人の気になる批評は横に置き、軽く咳払いをして話題を変える。
、今日も学校があったの?」
「土曜日は礼拝があるの」
「うへえ、お祈りのために学校に行かなくちゃなんないのか、大変だなあ」
他人事なのに、本気で嫌がる友人の言葉に村田とは一緒に笑った。
「一人で家にいてもしょうがないから、わたしは別にいいんですけどね。帰りには友達と遊んできたりするし。今日はみんな忙しかったから、早くに切り上げて別れちゃったけど」
「でも、制服だとあんまり変なところ寄れないんじゃない?」
「変なところって?」
小首を傾げて訊ね返されて、答えに詰まった。確かに、この年頃の女の子が遊びに行く変なところってどんなところだろう。
「村田お前ねー、清新の子が変なところに行くわけないだろ。お嬢だよ、お嬢」
「それは渋谷が夢を見過ぎ」
常々思うが、この友人は女性全般に夢みがちなところがあるように思う。身近な女性が気は強いが雰囲気はふんわりと柔らかく、少女趣味でいつまでも若々しいあの母親なのだから無理もないのかもしれないけれど。
「普段行くところって、雑貨屋さんとか、CDショップとか、服とか靴とか鞄とかのウィンドウショッピングとか」
「ああ、女の子だなあ」
友人の夢に拍車をかけてしまった。
「カラオケとか行かないの?」
「制服だとそういうところは禁止されてるから」
なるほど、それはそうかもしれない。何しろ近辺で有名なお嬢様なイメージのある学校で、あまりそういったことに興味のなさそうな友人ですらその制服を知っている。
「ちなみに、登下校中の異性との立ち話も禁止なの」
「え、じゃあマズくない!?」
慌てた友人に、は小さく笑う。
「大丈夫です。健ちゃんがいるから」
「え?」
「健ちゃんは親類だから。家族とか親類とかは例外なの」
「ああ、血縁はテリトリー内に入れてもいいってことか」
納得する村田に、は首を傾げる。
「でも、この間健ちゃんに会ってから、ちょっと変だなって思うようになったよ」
「なにが?」
「だって、従兄妹同士は結婚もできるんだよ。伯父さんとか伯母さんとか、おじいちゃんとかと一緒にしたらおかしくない?」
「―――――っ」
「ああ、そう考えると線引き曖昧だよな」
息が詰まった一瞬、名前を呼ぶのが遅れた。
その間に、何も気付かなかったらしい友人が納得したように腕を組んで頷く。
聞きたいことを聞きそびれた。
僕に会ってその疑問が出たことに、意味はあるの?
友人の納得に「でしょう?」なんて同意を求めていたは、右手に鞄を握り直して半歩後ろに下がった。
「じゃあ、呼び止めてごめんなさい、渋谷さん、健ちゃん」
「いやいや、別に。ご丁寧に挨拶してもらっちゃったくらいだし。なあ村田」
「え、あ、ああ、うん」
ぺこりと頭を下げてから、また横断歩道を渡って行ったは、道路の向こう側から手を振った。
友人と一緒に手を振り返す。
にっこりと最後に笑顔を残して、髪を風になびかせて従妹は歩き去ってしまった。
「愛嬌があっていい子だな」
「え、あ、うん」
「『え、あ、うん』ばっかりだぞ。どしたの、ムラケン?」
「別に……。それで、スティーブンがどうなったか聞きたくないのかな?」
「あ、聞きたい!なんでラストにエミリーと組んでたのか、さっぱりなんだよなー」
「途中で寝るからじゃないか」
映画の続きを語りながら、ちらりと振り返るがもう従妹の姿はどこにも見えない。
次に会った時、わざわざ話を掘り返して従兄は一緒にできないと疑問を持った理由を、聞くことがあるだろうか。
軽く頭を振って、次のことは次に考えようと気を取り直した。








鈍い友人と、判って言っているのかどうか判別できない従妹に挟まれて
少し考えすぎている十六歳。


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