風呂に入って身なりを整えて、一休みしたら眞王の晩餐とやらに連れてこられた。 風呂場で遭遇した超ナイスボディの絶世の美女がコンラッドたちのお袋さんだなんてびっくりだ。しかも父親が違うだけで、似てない四人の兄妹を産んだのはみんなこの美女らしい。 辛うじて親子に見えるのは三男と末っ子だけで、後の二人は年下の恋人と言っても納得されそうなほどの若い母親ときたから魔族って……。 「……って、本当にみんなあの美女の産んだ子なんだよね?も?」 「ええ、そうですよ。とヴォルフラムだけは父親も同じです」 二度も同じことを、それも妹のことだけ聞き返されてコンラッドは首を傾げた。俺のことならともかく、と顔に書いてある。 おれも何だってそんなことを聞き返したのか不思議だったけど、なぜか聞かずにはいられなかったんだ。 沈黙の花(2) 母親を侮辱されて堪えきれずにヴォルフラムを平手で叩いた有利は、それが求婚の行為だと教えられ、頭を抱えて床にしゃがみ込んだ。 おまけに申し込まれた決闘まで受けてしまって頭が痛い。 「でも求婚って……おれ達、男同士なのに!」 「同性同士でも珍しいことではないんですよ」 はい、と立ち上がるように差し出された手に、驚いて顔を上げる。 「うっそぉ!?こっちはそんなところまで違うのかよ!」 「チキュウでも同性婚を認めている国はあるでしょう」 「確かあることにはあるけど……その国でも同性夫婦は絶対数が少ないと思うけどなあ……ん?あれ、何でコンラッドは地球の……」 差し出された手を握って引っ張られる力で立ち上がると、プラチナブロンドに映える青いドレスを着たが心配そうに傍らに立っていた。 「申し訳ありません陛下……兄のご無礼を代わってお詫びいたします」 「あ……いや、いいよ。が謝ることじゃないさ。短気だったのはおれもだし」 親を侮辱されてカッとなったとはいえ、先に手を上げたのは自分だと有利は髪に手を突っ込んで掻き回す。 彼女から笑顔ではない表情を向けられて、ふと湯殿の前で見た様子を思い出した。 あのときコンラートを見上げた彼女の目は、確かに何かを期待して、そして何かに失望していた。 一瞬浮かんだ疑問を傍らに立つ男に向けようとして、思い直して口を閉ざす。 「そうだ、それより明日の決闘だよ!どうしよう、おれ明日あいつに殺されちゃうの!?」 「まさか!」 が驚いたように首を振って否定する。 「いくら兄が無礼を働いたとはいえ、陛下のお命を脅かすような真似はいたしません」 「そ、そう……?でも決闘っていうとなんかそういうイメージが」 「の言うとおりですよ。決闘といっても、訓練での真剣勝負のようなもんです。ですが、少しくらいは今夜のうちに練習しておきましょう。命には関わらなくても、大怪我に繋がったら大変だ」 「爽やかに大怪我とか言うな……」 溜息をつく有利に、コンラートは訓練に使う剣を選んできますと先に部屋を出て行く。 は末の兄を叱ってくると、怒って握り拳を見せる姿も愛らしい身を翻し、有利は残った王佐をちらりと見上げる。 「あのさ、ギュンター」 「はい陛下……」 城に到着したその日に、求婚・決闘と相次いで問題行動を起こす有利を心配してさめざめと泣いていたギュンターは、名前を呼ばれて涙に濡れたハンカチから顔を上げた。 せっかくの美形が鼻の頭を真っ赤にして台無しだ、と少々引きながらも申し訳ない気持ちになる。 「この国では同性で結婚するのも珍しくないって、コンラッドは言ってたけど……」 先ほど、コンラート本人には聞きたくても聞けなかった質問を、もう一人の自分に好意的な男に尋ねた。 「兄妹間でも珍しくないの?」 ギュンターは両手に濡れたハンカチを広げたまま、驚いたようにぽかんと口を開ける。どうしてそんな質問が出たのか、さっぱり判らないという顔だ。 その顔を見るとまったくの的外れなことを聞いたのかと恥ずかしくなる。 「いいえ、陛下。兄妹間での婚姻は我が眞魔国でも禁じられております。……はっ、もしや兄妹間とは義兄妹間という意味でしょうか!?ま、まさかにも求婚なさるおつもりで!?」 「なにっ!?」 後ろから上がった重低音に有利が怯えて振り返ると、少し離れたところで母親と何かを話し込んでいたグウェンダルが、射殺しそうな目で睨みながら早足にこちらに向かってくる。 「貴様、まさか我が妹にまでよからぬことを企んでいるのではあるまいな!」 「い、妹どころか弟にだって企んでないよ!会ったその日のお嬢さんに何かを申し込むような甲斐性はないって!」 両手で肩を掴まれて、必死に否定する。 グウェンダルはギュンターに邪魔されながら有利の目を覗き込み、偽りがないと判断したのかようやく詰め寄っていた身体を引いてくれた。 「会ったその日の男には求婚しておいて、説得力のないことこの上ない」 「あれが勘違いによる事故だったのはあんたも見てただろ!?」 求婚する意図なんてあってたまるかと慌てて否定するが、グウェンダルは鼻を鳴らして何も言わずに背を見せた。 「陛下」 その背中を見送ることなくうな垂れる有利の肩に、そっと白魚のように細く白い優雅な指が触れる。 「うおっ!っと、ツ、ツェリさま?」 「陛下、グウェンダルとヴォルフラムのこと、どうか許してくださいね。悪い子たちではないの」 母親としては当然の心情だろう。こんな風に見えてもこの人も母親なんだなあと感心しながら頷くと、ツェリは頬に手を当て微笑を浮かべる。 「あの子たちもきっとすぐに陛下のお力になるために、誠心誠意お仕えするようになるでしょう。もちろん、コンラートもも。兄妹ですもの。力を合わせて、必ず」 美しい母親の顔に、有利はもう一度、今度は深く頷いた。 この世界のことはまだ何も知らない新しい魔王に、兄妹間で婚姻できるのかと尋ねられた時、ギュンターはその真意が判らず即答できないという無礼なことをしてしまった。 陛下はお咎めにならなかったけれど、こんなことはないようにしなければと廊下を歩きながら気持ちを引き締める。 それにしても明日の決闘のことを思うと頭が痛むというのに、唖然としたあの瞬間に思い出した、遥か昔の光景が脳裏に甦ると苦笑が漏れる。 青い宝石のような瞳に涙を一杯に湛えて、縋り付いてきた小さな少女。 「ねえギュンター、わたしがお兄様と結婚できないって本当?お母様がそれだけはできないって言うの」 まだ本格的な戦争など始まる影もなかった、平和な時代の頃の話だ。 夜になりそろそろベッドに入ろうとしていたギュンターの私室に、小さな影が飛び込んできた。 書類を伏せ、眼鏡を外して立ち上がったところだったギュンターの足に縋りついた小さな少女は、今にも泣き出しそうな表情で自分の教育係を見上げてそう尋ねてくる。 ノックもなしに乱入してきた小さな侵入者に、その旨を叱ろうとしていたギュンターは目を丸めて驚いた。 彼女には三人の兄がいて、その三人ともを彼女がとても愛していることは知っていたので、それがどのお兄様を指しているのかは判らなかったけれど、腰をかがめて白金色の髪をそっと撫でる。 「そうです。陛下の仰るとおり、兄妹間での婚姻は許されていません。あなたはお父上とお母上、そしてグウェンダルとコンラートとヴォルフラム。この方々とだけは結ばれることは決してありません」 優しく、だがはっきりと真実を告げると、青い大きな瞳から真珠のような涙が後から後から零れ落ちる。 「お……お兄様と……ずっと……一緒にいた……」 「、そう嘆くことはありません。確かに婚姻は結べませんが、家族だからこそ切れない絆があるのですよ」 もうすぐ成人を迎えるというのに、まだまだ家族が一番恋しい歳なのだろう。 微笑ましく教え子の涙に濡れる頬を拭う。 「きず……な……?」 「そうです。どんなに遠くに離れていたとしても、どんなにすれ違おうとも、血の繋がりだけは否定されることはありません。あなたとあなたの兄上たちは、みな兄妹ということだけは不変なのです」 振り返ってみれば、の母ツェツィーリエは既に三人目の夫を迎えている。夫より家族のほうが不変だという確信を新たにしながら、さすがにそれを言うわけにはいかないので心の中だけで頷く。 まだ幼いには不変を説いてもよく判らなかったようで、ギュンターの服を握り締めて首を傾げる。 「ずっと一緒?」 「ええ。家族はずっと家族ですよ」 柔らかな髪を優しく撫でると、はようやく安心できたかのように微笑んだ。 |
有利が僅かに覚える違和感とギュンターの回想。 |