コンラッドが大怪我をしたと落ち込んだ有利から聞かされて、慌てて部屋まで駆けつけたは、当の本人から既に治療済みだから心配ないと笑顔で帰還を出迎えられた。 「ごめん、。少し城から遠出していたから迎えに行けなくて」 「そんなこと今はどうでもいいでしょ!?怪我、骨折したって有利が……!」 「ああ、それならギーゼラが治療してくれたらもう骨も繋がっているし、しばらく安静にしていたら良くなるよ……そんな泣きそうな顔しなくても」 苦笑しながら椅子から立ち上がろうとしたコンラッドに、は慌てて駆け寄って押し戻した。 「足に負担かけちゃダメ!」 「体重を乗せなければ大丈夫だから。いくら安静にしろと言われているからといって、身動きひとつできないほどではないよ」 コンラッドは笑っての手を引いて膝の上に座らせると、ぎゅっと強く抱き締める。 「そうでなければ、せっかく久しぶりに会えたのに、こんなこともできないよ」 「……痛くない?」 胸に手をついて、身体を起こしながら心配そうに見上げてくるに微笑みかけて、コンラッドはその頬にキスを落とした。 「傷自体はもう治したからね。お帰り、」 「……うん、ただいま。痛くないならよかった……」 首に手を回して抱きついてきた恋人をなだめるように、コンラッドはその背中をそっと撫でた。 Punish(2) しばらく恋人に抱きついて温もりを分け合っていたが、もぞもぞと動くその手にが目を開ける。 「……コンラッドさん」 「ん、なに?」 「手が、おかしなところにあるんですけど」 「そう?俺はおかしいとは思わないけど」 「どうしてお尻を撫でるんでしょうか!?」 抱きついていた恋人から離れて柳眉を逆立てても、コンラッドは悪びれもせずに尻を撫でる手を止めない。 「久しぶりに会った恋人とのスキンシップじゃないか。不思議じゃないよ」 「いろいろ省略しすぎだと思うんです」 が目を細めて睨みつけると、コンラッドは軽く眉を上げて首を傾げた。 「省略しなければいいのかな?では手順を踏んで」 「待って待って待って!」 近づいてきたコンラッドの顔を両手で押し戻して、その茶色の瞳を覗き込む。 「怪我してるんでしょう?その………するの……?」 昼間からする話題ではないと頬を赤く染めたに、笑顔で応えてその腰を強く抱き寄せた。 「だから傷は癒してあるから、右足に体重さえかけなければ大丈夫」 「あ、会ってすぐエッチってどうかと思うの………それにまだお昼だし」 「昼といっても、もうすぐ日も落ちるよ。外が明るいのが気になるなら、カーテンを引いておこうか?」 首筋に軽く口付けを落として甘く噛み付いてきたコンラッドに、は小さく息を飲んでその頭を抱え込んだ。 こういうことでコンラッドが強引なのはいつものことだが、それにしたって性急だ。いつもは夜になるのを待つくらいはするのに。もちろん、昼間はコンラッドが職務中だということもあるのだが。 軽く天井を見上げたは、舌で首筋を辿られて震えながら、すぐ傍の形の良い耳に囁きかけた。 「ひょっとして、怒ってる?」 抱えていた頭がぴくりと震えて、コンラッドが顔を上げる。その表情は少しも怒りなど見えない。むしろ微笑みさえ浮かべている。 「俺が?どうして。せっかくが傍にいるのに」 「じゃあ焦ってる?」 両手を頬に添えてその瞳を覗き込むと、コンラッドは溜息をついてを抱き締めた。 「……ごめん」 は肩に置かれた恋人の頭を慰めるように撫でて、優しく声を掛ける。 「謝らなくてもいいけどね。有利の傍に行けないのがそんなに不満?」 「……それも少し。残りは、こんな怪我をした己の未熟さに腹が立って」 「でも怪我は、有利を助けるためのものだったんでしょう?」 の肩から預けていた頭を起こしたコンラッドは、もう笑顔で取り繕ってはいなかった。 「それだけギリギリだったってことだ。あと一歩遅れたら陛下に大怪我を負わせるところだった。……でもそれも、言い訳だ」 「有利ならもし怪我してても、この場合は自業自得だと思うけどな……。それと、わたしと気晴らしにエッチしようとしたことなら」 そっと鼻の頭に唇で触れて、目を瞬くコンラッドに微笑みかける。 「そういうことなら、怒んないんだけど」 「え……だけど」 「だって足に体重かけちゃだめだから、ランニングとか汗を流す系統で発散するのは無理でしょ?かといって、お茶を飲んでおしゃべりとかだと、コンラッドのことだからふと有利が気になるに決まってるし。心ここに在らずで一緒にいても、つまんない」 「ごめん」 「だから怒ってるんじゃなくて!」 俯いたコンラッドの頬に両手を添えて顔を上げさせると、腰を浮かして軽く目尻にキスをする。 「今一緒にいるのはわたしなんだから、わたしを見てって言ってるの」 「……」 「でもベッドの中でも有利を気にしたら、怒るからね」 「了解」 それだけは絶対だと強く注意するに苦笑して、その身体を抱き締めた。 窓から夕陽が差し込む赤い天井を見上げて、腕の中のの髪を梳くように頭を撫でながら、コンラッドはそっと額にキスを落とした。 くすぐったそうに笑って身を竦めたは、シーツを手繰り寄せながら身体を起こす。 「少しは満足してくれた?」 「少しどころか、とても」 コンラッドの正直な答えに、は微笑んで解いていた髪を結い上げる。 今日はコンラッドが足に体重を掛けたりしないようにと、普段は恥ずかしがるから色々と積極的にしてくれた。 を愛しいという気持ちが根底にあったとしても、気晴らしというか、気を紛らわせるというか、そんな失礼な理由で抱こうとしたコンラッドに怒りもせずに、それどころか機嫌が良さそうなその様子に、コンラッドも肘をつき身体を起こして背中に口付けをする。 「の機嫌が良さそうで安心した」 「そう?でも怪我のことは心配してるんだよ」 「うん、それは判ってる。たまにはあんなふうにに見下ろされるのも楽しいなと実感したからね」 「またそういうことを言って!」 背中から肩へと唇を移動させて、後ろから乳房へと手を回したが、それは手の甲を軽く叩かれて咎められてしまった。 「もう今はダメ!仕事が終わったら有利がお見舞いにくるよ、きっと」 「……それは大変だ」 窓から赤く染まった空を見上げたコンラッドは、下着を着け始めたに倣って脱ぎ捨てていたシャツに手を伸ばす。 「ホントはお風呂にも入っておきたいんだけどなー」 「湯上りだと逆に陛下に不審を抱かせるかもしれないな。あとで一緒に入ろう」 「……一緒になんだ?」 「が入浴を手伝ってくれると期待してたんだけどな」 悪びれしないコンラッドに、振り返ったはベッドから軽く腰を浮かして頬にキスをした。 「うん、ちゃんとお風呂の中で杖代わりになってあげる」 やはりは機嫌がいいようだ。 お互いに服装を整えて、コンラッドがいつものように自分でしようとしたベッドメイクをが横からシーツを取って先にてきぱきとやってしまう。 座っていろと連れて行かれた椅子から、その背中を眺めていたコンラッドはもう一度同じ事を聞いてみた。 「さっきからいやに機嫌がよさそうだ。いつもの半分もに尽くせなかったのに」 「ま、またそういうことを言う……べ、別にエッチしたから機嫌がいいんじゃなくて……」 ベッドメイクを終えて振り返ったは、ぎょっと驚いた様子で駆け寄ってきた。 「今日のが嫌だったんじゃないからね!?」 あまりにも慌てたの様子に、一体今どんな表情をしてしまったのだろうかと疑問に思って顔を触ったコンラッドには気づかずに、は軽く咳払いして背中を見せる。 「怪我は心配だし、コンラッドがいらいらするのはつらそうだからやっぱり心配だよ。……でもね、いつもいつも頼ってばっかりだから、わたしがコンラッドのお世話できるのが……嬉しいの。……ごめんね、不謹慎で」 唖然としていたコンラッドは、小さく聞こえた最後の言葉にはっとして肘掛けに手をついて立ち上がる。 「いや、そんなこと」 そんなことをが気にしているとは、思ってもみなかった。 の周囲を気にするのは、コンラッドにしてみれば半ば以上自分のための行動でもあったから、して当たり前、しないと落ち着かないくらいであって、が気にする類のものではなかったからだ。 「こんな図体の男に寄りかかられて、面倒だと思うならともかく、嬉しいと思ってくれていたなんて、俺のほうこそ嬉しいな」 後ろからうつむいた恋人を抱き締めると、はその腕に握り締めて仰ぎ見るように振り返る。 「そんなの、恋人だもん。当たり前だよ。それにね、わたしにちょっとだけでも、弱音を見せてくれたのも嬉しかったりして……」 そちらの意見にはさすがに素直に喜べなかったが、苦笑しての頬を撫でて腰を屈める。 「もしかしては情けない男が好みだったのかな」 「コンラッドがいつも完璧すぎるからだよ。だからこんなときくらいは弱音を見せてくれたらね、信頼されてるみたいに感じるの」 も後ろを向いたままで軽く背伸びして、唇が触れかけたそのときノックの音が聞こえた。 「たいちょー。なんか怪我したって軍曹から聞いたんですけどー」 「あ、ヨザックさんだ。コンラッドは座ってて。はーい、今行きます」 は素早く身を翻してコンラッドの腕の中から抜け出すと、怪我人の恋人を椅子に押し戻して鍵を掛けていた扉に向かう。 酒瓶を片手に見舞いにきたヨザックは、扉を開けた予想外の相手に驚いて思わず一歩後ろに下がってしまった。 「うえっ!ひ、姫!?帰ってらしたんですか!?」 「はい、お昼頃に」 にどうぞと促されて仕方なしに部屋に踏み込んだヨザックは、椅子の背もたれに体重を預けて腕を組んで微笑んでいる親友を一目見て、泣きたくなって天井を見上げた。 親友の見舞いにきたヨザックは部屋に踏み込んだ当初からすぐに帰ろうと試みて、ずっと自分と二人だけだとコンラッドも暇だろうからとに引き止められては失敗していた。 それどころか逆に、が気を利かせて席を外そうとしたときは思わず半泣きになって引き止めたほどだ。 だから小一時間と経たないうちに有利が見舞いにきたとき、天の助けを見た思いだった。 これ幸いと有利を部屋まで送るという役目に飛びついたのだが、それが現在護衛業に就けないコンラッドの神経を更に逆撫ですることになろうとは夢にも思わなかったに違いない。 怪我をさせた負い目を感じている有利の手前、コンラッドも笑顔で見送ったものの、扉が閉まった途端に深い溜息をつく。 部屋に留まっていたは、落ち込むコンラッドに部屋を見回して、部屋続きの風呂場に目を留めた。 「コンラッド、ご飯前にお風呂に入ろうか。先にさっぱりしようよ。たぶん今日はもう有利も来ないと思うし、背中を流してあげる」 それがの気遣いだとすぐに判って、苦笑しながら甘えるように恋人に手を伸ばした。 「流してくれるのは背中だけかな」 「……おっきな赤ちゃんじゃないんだから」 杖を手にする代わりにの肩を借りて、一緒に浴室へ向かう。 「じゃあ髪も洗ってあげる」 「後ろからできるものばかりだね」 「他は自分でも洗えるでしょ。言っとくけど、ちゃんとわたしはタオルを巻いて入るからね」 「浴槽にタオルを巻いて浸かるのはマナー違反だと陛下が以前、言ってたけどな」 「コンラッドとわたしの仲だからいいの」 「そういうのは俺が言うことじゃないのかな?」 澄まして答えるに思わず笑みを零して、浴室の扉を閉めた。 |