気持ちが悪くなるくらいに考え込んでいたはずなのに、コンラッドの腕の中で何がなんだか判らなくなるまでたくさん抱き締めてもらったら、いつの間にか眠ることができた。
次に気がついたらもう日が暮れかけていて、赤い光が差し込む部屋のベッドの傍でコンラッドが椅子に座って本を読んでいた。
「……コンラッド」
「ああ……、気がついた?気分はどう、身体の具合は?」
本を閉じて椅子から立ち上がって、わたしの額に触れる。
「うん、朝よりは熱も大分下がったね」
「ずっとここにいたの?休憩は?」
それはそれでちょっと嬉しいけど、やっぱり丸二日も休憩無しなんてよくないと眉をひそめると、コンラッドは困ったように苦笑する。
「ごめん、ずっと傍に居たかったけど、ドクターストップが掛かってね。午前は傍にいられなかったんだ」
「謝るのは変だよ。コンラッドだって休まなくちゃ」
「あー……いや、まあ……うん、すまない」
気にしないでとちゃんと言えたはずなのに、コンラッドは何故か謝りながらぎこちなく目を逸らした。


時を紡ぐ風に寄せて(9)


コンラッドは咳払いですぐに気を取り直したようで、優しく微笑みながら指先でわたしの額に掛かっていた前髪を横に流す。
「それより、ほぼ二日近く何も食べていないだろう?いつ目が覚めても口にできるよう冷めても美味しい豆スープを用意してあるよ」
「……あんまり食べたくないかも」
「駄目だよ。食べないといつまで経っても回復しない。の熱が下がらないとまた俺が出入り禁止に……いやとにかく、スープなら飲むだけだから頑張って。なんなら口移しで」
「飲みます。食べます」
サイドテーブルに置いていたお盆に手を掛けたコンラッドに、慌てて上半身を起こした。
身体の節々が痛い。そ、そんなに激しいエッチだったっけ?
わたしったら熱があるのに、なにやってるんだろう。それも……。
コンラッドが腰の後ろにクッションを置いて座りやすく整えてくれている間に、はっと眠る前の状況を思い出した。
そうだ、コンラッドがいきなりああいうことをしてきたのは、わたしがぐずぐずと考え込んでしまっていたからだ。
コンラッドとジュリアさんの仲を疑って、過去に嫉妬して、自分のことばっかりで一杯なったそれを隠したかったのに、全部コンラッドに知られていたんだと、それが恥ずかしくて……。
かあっと頬が熱くなって、また逃げたくなる。
おまけに、こんな状況なのに、こんな場所なのに、コンラッドを欲しがっていっぱい強請ったりしてしまうなんて。
どこまで恥知らずなんだろう!

ベッドに潜り込もうとしたのに、コンラッドに先を制された。
クッションから身を起こしたわたしの腰に手を回して、ベッドに乗り上げてきたコンラッドの膝の上へと引っ張り上げられる。
「コ、コンラッド!」
「落ち着いて。の聞きたいことを言ってくれたら、ちゃんと話すよ。心配するようなことはないんだって話も含めて」
「で、でも……」
聞きたいような、聞きたくないような……。
はっきりしない状態は嫌だ。だけど元彼女の話なんて聞いてももやもやするだけの気もするし、だからって付き合っていなかったとか言われたとして、素直に信じられるかどうか。
それにそんな自分の狭量さでコンラッドにとって大切かもしれない思い出を聞き出すようなことをして、本当にいいの?
「一人で考え込まないで、ちゃんと俺に聞いてくれ」
先回りするように言われて、一人よがりだったことにも恥ずかしくなる。
「うん……」
「でも先にスープを飲もう。熱がある上に空腹だとろくなことを考えないからね」
そう言って、コンラッドはわたしを抱えたまま後ろから手を回してお盆ごとスープのお皿をわたしの膝の上に置いた。そのままスプーンまで握ろうとしたから、慌ててそれを取り上げる。
「じ、自分で食べるよ」
「そう?遠慮しなくても」
「遠慮じゃないです……」
大体、この体勢もどうかなあとか思ってるんですけど。
コンラッドは片手でわたしの膝に置いたお盆を支えながら、片手はお腹の上に置いてしっかりと後ろから抱き締めたまま放さない。
暴れてもスープが零れるだけだし、早く飲んで解放してもらおうとスプーンを動かす。
室温で温くなったスープは、それでも確かに美味しかった。食欲はまったくないのに、食べるのが苦痛じゃない。
「まだ食べるならおかわりも持ってくるよ。別の料理でも……」
「ううん、それはいい……」
美味しいけど、量はこなせないと首を振ると、コンラッドは空になったお皿をお盆ごと膝から降ろしてベッド脇に避けて、手を置いていたわたしのお腹をさする。
「本来の食欲には程遠いな。この様子だと、まだしばらく動けそうもないね」
「ちょ……へ、変なトコ触んないでっ」
「ここはいや?じゃあ別の場所を……」
「だからって胸を触らないでっ」
暴れて手の中から抜け出そうにも、まだベッドの上に置いてあるお盆とお皿が気になって思うように動けない。
服の上からとはいえ、ブラもつけてない胸を揉まれて半泣きになりながらコンラッドの手を掴む。
「やだ、もう!コンラッド、最近セクハラが酷いよ!」
ふと気付くと、当たり前かもしれないけどエッチの前とはネグリジェも変わっている。もちろんこれも、コンラッドが着替えさせてくれたんだろう。し、下は下着を着てる感覚があるけど、これだってコンラッドが紐を括って履かせてくれたんだよね!?
「あ……穴があったら入りたいーっ」
「何を今更。俺との仲じゃないか」
「親しき仲にも礼儀あり!い、今までもコンラッドってこんなことしてたの!?」
今までも。
つい口を突いて出た言葉は、わたしとの時間での意味じゃない。
今まで付き合った、他の恋人にも。そういう意味だ。
わたしが自分の言葉でピタッと止まったからか、そうじゃなくても判ったのか、コンラッドは小さく笑って後ろから、耳元に息を吹きかけるように囁いた。
「してないよ」
「うそ……」
耳を押さえて後ろを振り向くと、コンラッドは笑顔で首を傾げる。
「してない。着せることまで楽しみに思えるなんてしかいなかった」
「……それ、すっごい微妙……」
わたしが特別みたいに言われても、以前恋人がいました、してましたって宣言にもなるし。
そんなの判っていたことで、ぐちぐち言うことじゃないって思っていても、それでもなんというか、やっぱり……。
わたしが狭量にも口の中で愚痴らしきことを捏ねていると、コンラッドは楽しそうに声を出して笑いながらぎゅっと抱き締めてくる。
「な、なに?」
が嫉妬してくれてるのが嬉しいんだよ」
「嬉しいの!?」
普通、嫉妬なんて鬱陶しくない?
「嬉しいよ。だっては、俺に甘えてはくれるけど、あまり嫉妬はしてくれないじゃないか」
「そんなことないと思うけど……」
わたし結構嫉妬深いよね……と過去のことを思い出そうとしたら、コンラッドが後ろから隙間なく抱き締めてわたしの肩に頬を寄せる。
「そんなことあるよ。俺のことで嫉妬するより、陛下のことで嫉妬するほうがずっと多い。ヴォルフとか、猊下とか、ときどき俺にも陛下とずっと一緒だって羨むじゃないか」
「そ……そんなこと……」
「あるよ」
はっきりと言い切られた。心当たりがあるので、反論の声もつい小さくなる。
「そんなことないもん……」
それは確かに、コンラッドばっかりずるいとか言ったことはあるけど……有利にだってコンラッドを独占しないでって訴えることだってあるし。
「ゆ、有利のことは独占しようとする人が多いから、回数が多いように見えるだけだよ」
「陛下を独占しようと目論むのはヴォルフとギュンターくらいものだ。それなのに俺より陛下のことばっかり気にして……だから、俺のことを考えて、俺のことだけでいっぱいになってくれたのなら嬉しいんだ」
「……嫉妬でも?」
「嫉妬でも」
わたしの肩に頬をつけて、斜め後ろの下から覗き込むような視線と目が合った。まっすぐに、銀の光が散った茶色い瞳を見た。やっと見ることができた。エッチの最中のドサクサとかじゃなくて、本当にちゃんと。
「……聞いていい?」
「何なりと」
答えられることなら、と言われなくて、少しだけ戸惑う。本当に、いいんだろうか。無理やり聞き出すような、そんなの。
「……言いたくないことなら、言いたくないって、ちゃんと言ってね」
コンラッドは驚いたように目を瞬いて、それから我慢できないような様子で吹き出す。
「ことここに至っても、まだそんなことを気にして」
「だって……それでわたしがすっきりしても、コンラッドの思い出を土足で踏み荒らすようなことしたくない……」
それはきっと、誰もが傷つくから。
コンラッドも、わたしも。……それに、もう一人の当事者も。
「それは大丈夫」
身体を起こしたコンラッドが妙に力強く断言して、怪訝に思って振り返る。
なら、思うままに振舞ってもそんなことできるような人じゃないからね」
それは買いかぶりすぎ……。


ちゃんと話をしようとベッドから降りようとしたコンラッドの服を掴んで、残ってもらった。
甘えていいと言われたんだから、最大限に甘えようと足を開いてもらって、その間に座って背中からもたれ掛かる。今から他の女の人の話を聞くんだから、せめてベタベタしたいと思うのは、やっぱり心が狭いというか、余裕がないというべきか……。
コンラッドはそれには何も言わず、代わりに黙って後ろからぎゅっと抱き締めてくれた。
「何を聞きたい?」
真正面から聞かれて、色々考えて、結局わたしも真正面から質問を投げかけた。
「フォンウィンコット卿のお姉さん……ジュリアさんと、付き合ってた?」
「いいや、そんな事実はない」
「でも……」
「一部でそんな噂は流れた。キアスンが言ったのはそれだろう。だけど俺と彼女は最後までいい友人でしかなかったよ」
じゃああの石はなんだろう。伝統ある家に伝わるような品を、ただの友人に贈るんだろうか。それともそういうのを重んじるというのは、わたしの貴族の人たちに対する偏見?
、聞きたいことは言って」
気楽に気楽と言いながら、コンラッドはわたしのお腹の上で組んだ手で軽く叩く。
せっかくコンラッドが話すと言っているのに、溜め込むほうが失礼になる……のかな。
どこまで踏み込んでいいのか迷いながら、コンラッドの手をぎゅっと握る。
「じゃあ……魔石、は?大切な品物……だよね?お守りだって……」
「うん、それが引っ掛かっているんじゃないかと思ってた。あのね、彼女が俺にあの魔石を贈ったのは、俺が激戦区へ出陣する直前なんだ。生きて帰って来いという激励だ」
心臓が大きく跳ねた。
ああやっぱり……なんて無神経なことを聞いちゃったんだろう。
頭の中を、有利の持つ青い魔石や、魔石を見て由来を語ったフォンウィンコット卿の懐かしそうな表情や、コンラッドの身体中に残る傷痕がぐるぐると巡る。
大切な思い出と、そしてきっとつらいだろう記憶に、土足で踏み込んでしまった。
、聞いてくれ。後悔しなくていいんだ。あれはウィンコット家に伝わる古い品だから、誤解されるのも仕方ない。だからが疑問に思うのは当然だろう?」
「でも……」
それは、ジュリアさんの純粋な気持ちに失礼な疑惑を掛けたことになる。
「由来のあるものだ。だからこそ、色々な意味があるように見える。至って普通の心理だよ」
「でも……だからって、聞いて良いことと悪いことが……」
「良いに決まってる。俺が聞いてと言ったんだから」
大きな手が頬に触れて、促されるままにゆっくり振り返るとコンラッドの優しい瞳と目が合う。
「大切な友人との、大切な思い出だ。それは確かにそうだけど、そのためにを悩ませるのは、俺が嫌なんだ。それだけは判って欲しい」
「勝手に悩むなって、思わないの?」
「思わない。俺だって、のことをたくさん知りたいと思う。の十六年を知りたい」
わたしの肩を抱き寄せて、今度は身体ごと反転させながらコンラッドはおどけたように付け足した。
「それに俺の場合は、に他の男の影なんて心配がないから、余計に聞きたいな」
「ジュリアさんは違っても、コンラッドはたくさん女の人の影がありそう……」
わたしの呟きに笑いながら、コンラッドの手が腰に回って抱き寄せられて。
「懐かしい話をに話すことができてよかったよ。……だから、聞いてくれてありがとう」
それがわたしを気遣っての嘘や誇張じゃない、コンラッドの本心の言葉なんだと、その笑顔が教えてくれる。
無理やりコンラッドの思い出をこじ開けたんじゃないと判ってほっとしながら、降りてくるコンラッドに合わせて目を閉じて、そっと唇を重ねた。







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