の抵抗を押さえ込み、ネグリジェを脱がせながら考える。 それにしても、どこまでしたものか。 いくら俺でも、高熱のを相手に最後までするわけにはいかない。 「んっ……」 口付けを交わし、下着の上から指で辿る。抱きすくめていたの身体が震えた。 ……落ち着け、俺は興奮するな。 これはあくまで、に余計なことを考えさせないための応急処置だ。このまま悩み続けていたら治る病も治らないから、一時的に何もかもどうでもよくなるようにしてしまおうという、そういう試みだ。 我ながら頭の悪いやり方だとは思うが、今の聞く耳を持たないにジュリアのことを説明しても聞き入れてはもらえないだろう。それどころか、下手にその話題に触れるだけで余計に傷つけてしまいそうだ。 それにしてもキアスンめ、余計なことを。 「や……だ……」 キスの合間に息を切らせたは、俺の胸に手をついて弱々しく押し返した。 抵抗が弱いのは、も心の底から拒む気がないのか、熱で力が入らないのか……恐らく後者だろう。 弱い抵抗、熱で上気した頬、潤んだ闇色の瞳、濡れた赤い唇、途切れ途切れの吐息。 ……いやいや、俺は興奮するな。ここは我慢のしどころだ。 が元気になってからなら、手加減なんてしないのに。 ……キアスンめ、つくづく余計なことを。 時を紡ぐ風に寄せて(8) 「お、ねがい……や……だぁ……」 「駄目。拒む羞恥心が残っているうちは、まだまだ」 「そ、んなこと、言っても……あっ!」 下着の横から爪先を滑り込ませると、は大きく震えて俺の服を握り締めた。 一瞬、頭の隅に昨夜見た光景が掠めて手が止まる。 ベッドの上のに覆い被さっていたキアスンと、その服を握り締めていたの緊張に震えた手。 ムッと湧き上がりかけた不愉快を押し込めて、指を先へ進めた。 「あっ……ダメっ!」 「、大人しくして。暴れると余計に熱が上がる」 「だ、だったらコンラッドがやめてっ」 「それは出来ない相談だ」 がとにかく悩みを収めて、まず熱を下げることに専念してくれるなら俺もやめるけど。 あの様子では、熱が下がるまでにどんどん悪い方向へ意識が向かいかねない。一体どうして、が自分自身を責めるようになったのか。 のことだから、恐らくちょっとしたことで自分を責め始めたらあとは一気に嫌悪感が膨らんだんだろう。困ったものだと思いながら、でもそんな手の掛かるところが愛しい。 「やっ!」 指先が秘所に触れると、は怯えたように俺にしがみついた。 「大丈夫、まだ入れないよ」 いくらなんでもそんな性急な。目的はに余計なことから目を逸らさせることだが、だからといって別の形で苦痛を与えるつもりなんてない。 指先で入り口を優しく撫でながら、胸を押し上げ首筋を舐める。 「あ……」 俺を押し返そうとしていた手は、何かに耐えるように必死に服を掴むだけになっていた。 ……可愛い。 駄目だ、危ない。危うく流されかけた。 これはあくまでの気を逸らさせるための行為。逸らさせるための行為……。 「お願い……ダメ……」 首筋に舌を這わせていたら耳元でそんな声を出すなんて。それは最後までするつもりがない俺の忍耐を、試すようなものだ。 くっ、キアスンめ! そもそもの原因に悪態をついたら、少しだけ興奮が冷めた。これは中々有効な手段かもしれない。 の唇に口付けを落とす。それから耳元で甘く囁いて、掌で胸の頂を掠めるように柔らかな乳房を包み込み、一方で下着の下に割り込ませた指先は入り口を優しく刺激し続ける。 の吐息や、熱や刺激に上気した頬、俺のすることに反応して小さく震える身体。 それらの誘惑を振り払うのに、キアスンへの悪態はとても役立った。 ……役立ちはしたが、同時にダメージも深い。 なんだって恋人の身体を可愛がっているときに、友人のことを思い浮かべなければならないんだ。 を蕩けるほどに感じさせるにはじっくりと時間を掛けて身体中を愛撫したいところだが、身体への負担を考えればあまり長引かせるわけにもいかない。 下着の下に滑り込ませた指先が僅かに濡れて、入り口が解れてきたところで人差し指を少しだけ入れた。 「あっ……!」 閉じようとするの足を膝でこじ開けながら、いつもより熱いそこに軽く鼓動が上がる。の手が拒むように、誘うように俺の肩を掴む。 早く終わらせる必要があるが、それでを傷つけては意味がない。慎重に指を進めながら、撫で上げた胸の頂を口に含んで舌で転がした。 「やっ……んっ………!」 指を包んだ熱が上がる。濡れた音を立てるそこに二本目の指を入れると、指先から伝った熱い水が掌までを濡らす。 「ふっ……ぅ……」 肩を掴んでいたの手が離れて、快楽の滲む吐息に混じって、小さな嗚咽が聞こえたような気がした。顔を上げて見えたの様子に驚愕して、重ねていた身体を起こす。 「!?」 は両手で口を押さえて声を殺して泣いていた。後から後から、闇色の宝石のような瞳から透明の涙が零れ落ちる。 しまった、身体の負担を考えたとはいえ、性急すぎたか。もう少し理性が飛ぶのを待ってから先に進めばよかった。 余計なことから気を逸らさせようとして、それ以上に苦しませてどうするんだ。 慌てて口を押さえる両手を外させようとしたが、は力を入れてそれを拒む。 「、手を。そんなに強く押さえたら苦しいだろう?」 秘所を探っていた指を抜くと、が大きく震えて手の下で声を漏らした。 「お願いだ。そんなに声を殺さないで……一人で泣かないで」 首を振って拒むに困惑しながら、髪を撫でて頬や額にキスを繰り返して、できるだけ優しく囁く。 「そんなに俺がいや?」 あまり褒められた方法でないことは最初から判っていたが、いよいよ失敗したかもしれないと不安になって訊ねると、は首を振って口を覆っていた手を外した。代わりに、両手で目を覆って闇色の瞳を隠してしまう。 「嫌なのは……わた……し……」 「どうして……俺のすることが嫌なんじゃなくて?」 また俺に気を遣っているのだろうかと眉を寄せたが、手で目を覆っているには見えなかったはずだ。は首を振って、掠れた声で呟いた。 「汚いから……」 「また……そんなはずないと言っ……」 「だって!」 両手で目を覆ったまま、更に俺の視線から逃れようとするかのように、身体ごと横を向く。 「こんなのダメなのに!こんなところで、こんなこと……いけないのに……」 「……」 いけないことをしているのは俺であって、じゃない。そう言ってなだめようとする寸前、は両手を降ろして、泣き腫らした目で俺を見上げた。 「コンラッドが欲しいの……」 心臓を、射抜かれた。 「血盟城じゃなくて……ウィンコット城で……こんなのいけないのにっ」 今までの俺の努力を一気に押し流したは、そんなことには気付いてもいないように苦しそうに強く目を閉じて両手を握り締める。 「ダメなのに、身体が喜んじゃう……コンラッドが欲しくて……こんなの……ずるいのに……」 震えるの唇に指先で触れる。 確かにずるい。の言うような意味ではなくて、だが確かにずるい。 たった一言で、目線一つで、俺の理性を砕いてしまうなんて。 「……」 強く握り合わせた両手を上から包み込み、涙に濡れた頬にキスを落とす。 「ごめん、。熱があるのに……」 は熱があって、悩みも深くて、ブレーキを踏むのは俺の役目だというのに。 「はずるくない。ずるいのは俺だ。こんな風に、の不調が判っていて、その言葉を免罪符にしようとしてる」 下着の紐を引いて、ベッドに落とした黒い布を取り去ることすらもどかしく、耳朶を甘く噛んで囁いた。 「俺を受け入れて、受け止めて」 は頷いてくれた……と、思う。 後になって自信がなくなったのは、すっかり準備が整っていた俺が性急過ぎたからだ。 「つっ……」 指を入れたときも感じたが、やはりの中がいつもより熱い。手早く終わらせなくてはと思うのに、同時にいつまでも中で繋がっていたい欲求が湧き上がる。 「は……ぁ……」 震える手が俺の背中に回って服を握り締めた。 「、つらい?」 高熱を出した状態でのセックスなんてつらいに決まっているが、恐る恐ると訊ねるとは緩く首を振る。 「ううん……すごく嬉しい……こんなの、いけないのに……でも」 「いけないことなんてない。はもう何も考えなくていい」 いけないのは俺のほうで、の危惧は無用のことだ。そう言いながら軽く突き上げると、息を詰めて強く俺に抱きつく。 「あっ、や、やぁ……」 「何もかも真っ白にして、俺を感じて」 「ん……コンラッド……コン……ラッド……っ」 腰を擦りつけると、掠れた声で俺の名前を繰り返し喘ぐように囁いて、ますます俺を煽る。 「俺だけを感じて、俺のことだけを考えて」 きつく抱き締めて、細い身体を揺さぶりながら耳元で囁くと、は小さく頷いて俺の肩に顔を埋めた。 「気持ちいい?」 「ん……すご……く……」 「じゃあその快楽だけを追って。どうして欲しい?」 「もっと……あっ……奥……に……っ」 「もっと奥に、深く、入っていいね?」 「うん……きて……っ」 の足を膝の裏から抱え上げ、更に深く入るように挿入角度を変えながら、とりあえず当初の目的だけは果たせたと思うことにした。 ……、俺は君ほど自分に厳しくないみたいだ。 「面会謝絶ー!?そ、そんなに熱上がっちゃったの!?」 の病状の説明に訪れた医師の報告に、ユーリは驚いて椅子を蹴って立ち上がった。 医師は言いにくそうに湿った咳をひとつする。 「熱は、はい、確かに昨日より……ええ、多少……本当に多少のことでして」 後ろからチクチクと背中に刺さる、キアスンの視線が痛い。 「面会謝絶なのは、殿下の安静のためです。感染症による熱を下げるには、安静にすることと同時に」 そうして、医師は先ほどキアスンと三人だけだったときに言ったことと同じことを、声を大にしてユーリにも告げた。 「清潔にすることも、重要ですから!」 キアスンはその一言で俺がに何をしたか察したが、幸運なことにユーリは心配そうに腕を組んで唸っただけだった。 「そっかー、清潔か……無菌室とかがあればいいのに。なあコンラッド?」 「……はい、そうですね」 そう小さく返すことしかできなった俺に、ユーリはが心配で堪らないのだろうと、共感してくれる。 後ろからはキアスン、前からは振り返った医師。冷たい視線を受けて、非常に居たたまれない。 すべてが終わったあと、力尽きて泥のように眠りに落ちたを起こさないように細心の注意を払って完璧な後始末をした。シーツも寝巻きも替えて身体も拭いて、が冷えてしまわないように気をつけながら部屋の空気も入れ替えた。 痕跡はすべて消したつもりだったが、身体につけた痕跡までは消せなかった。 おかげで朝の診察に訪れた彼女には、あっさりと事が露見した。不覚だ。 「本当は、閣下さえ締め出せば解決なのですが」 医師が小さく呟いて、キアスンは溜息をついた。 |