「あー……ダメだ……わたし今、すごいヤな奴……」 コンラッドに続いて有利も部屋を出て行くと、一人になった部屋でしみじみと溜息をついて呟いた。 コンラッドはあんなに心配してくれているのに、わたしときたら昔の話をいつまでもぐずぐずと考えている。その上、それもあくまで想像なんだから救いようがない。 「……ジュリアさん、婚約者がいたんだよね……でも家に伝わるような魔石をコンラッドに渡してるし、コンラッドもずっとそれを持っていたわけだし……」 おまけに、ジュリアさんのことをしゃべった時のフォンウィンコット卿のあの慌てよう。 「でもなー……元彼女の形見を、有利にあげるかなー?」 考えれば考えるほど判らない。当たり前だ。だって想像でしかないんだから。 本当のことを知りたければコンラッドに直接聞くしかない。 だけど、聞いてどうするの? フォンウィンコット卿の話によれば、付き合ってるみたいな噂があったみたいだし、本当に友達だったとしたらコンラッドは疑われたことに腹を立てるかもしれない。 逆に本当に付き合っていたとしても、亡くした恋人との過去を聞こうとするなんて悪趣味が過ぎる。 どちらにしろ、聞くに聞けない。 「……要は、わたしが気にするかしないかなんだから、疑問自体を忘れちゃえ」 至極まっとうな結論が出たのに、そう呟いて天井を眺めていたら馬鹿馬鹿しくなって寝返りを打って枕に顔を埋める。 「それができれば苦労してない……」 時を紡ぐ風に寄せて(7) ぶつぶつと呟いていたら、離れたところから部屋の扉が開いた音が聞こえた。有利が帰って来たらしい。 うつ伏せに枕に顔を埋めたまま、ベッドの傍まで来た有利に、溜息混じりに愚痴を零した。 「もう寝てるの飽きた。血盟城に帰りたい」 きっとそうだ。ずっとベッドの上で寝転んでいるしかないから、余計なことまで考えちゃうんだ。どうして熱なんか出しちゃったんだろう。 元気だったら身体を動かして気を紛らわせるとかできたし、それ以前にさっさとこの城を出てジュリアさんの話を聞く機会自体がなかったかもしれないのに。 馬鹿なこと言ってないで寝てろとか、さっきのコンラッドみたいに元気になったらなとか、何か返ってくるかと思ったのに有利は黙ったまま水差しをベッドサイドに置いた。 呟きは小さな声だったけど、聞こえていないはずはないから、呆れて返事をするまでもないと思っているのかもしれない。 「ごめんね有利、お水ありがとう」 もう一度ごろんと寝返りを打って、枕から顔を出して横向きに寝直したら、見えたのは黒の学ランじゃなくて、カーキ色の見慣れた軍服……。 「……コンラッド!?」 驚いて起き上がって、激しく目が回る。 「ああ、。急に動いちゃだめだ」 「ど……うして……」 ふらついた身体をコンラッドが支えてくれた。 でも今までぐるぐる考えていたことのせいで、素直に身を任せることができなくて、ビシリと堅く固まってしまう。 そんなわたしの様子はすぐに伝わったらしくて、コンラッドは困ったように苦笑を見せた。 「早く血盟城に帰りたいなら、安静にして早く熱を下げないと」 俯くように頷くと、コンラッドは枕元に腰掛けてわたしをベッドに戻す代わりに、自分をクッション代わりにして胸に抱き寄せてくれる。 「寝てばかりで疲れたなら、ちょっとだけ」 「で、でもコンラッド……」 休憩に行ったはずじゃなかったの。有利はどこに? そう聞こうとして、だけど強く抱き寄せてくれる腕にほっとしてそんな疑問を飲み込んでしまう。頬をつけた胸から布越しに伝わる鼓動に目を閉じた。 「血盟城へ帰ったら、しばらく二人だけで過ごそう。今はの熱を下げることが重要だし、俺もあまり長く陛下から離れられない。だけど血盟城なら、二人きりでゆっくりできるよ」 早く帰りたい。それはわたしの本心で、心からの願いだ。 ……だけどコンラッドも? ジュリアさんのことは横に置いたとしても、しばらく過ごした場所なら知り合いとか友達とかはいないんだろうか。そういえばフォンウィンコット卿とは名前で呼び合ったりして少し親しい様子だった。 ……家族ぐるみのお付き合いだったのかな。 ええっと、変な意味じゃなくて!練兵を引き受けていたっていうくらいなんだから……。 コンラッドに手をついて、急いで身体を起こした。 「?」 戸惑ったようなコンラッドの声が聞こえたけど、情けなくて顔を上げられない。 今までだって情けなかったし、自分が恥ずかしかったけど、ますます居たたまれなくなった。 そうだよ、コンラッドはここに戦いの準備のために滞在していたことがあるんだ。 心を痛めるなら、そんな戦争なんて時代の話のほうであって、この城でコンラッドがどんな風に恋をしていたかだなんて、そんなこと。 いやだ、こんな自分のことばっかり。 「、熱が上がるから今は余計なことを考えずに、身体を休めることに専念してくれ」 コンラッドは、俯いたまま胸に手をついて突っぱねていたわたしの手を取って、優しく背中を撫でてそう言った。 余計なことを考えずに。 「あ……」 恥ずかしくて、かっと一気に熱が上がったような気がした。 コンラッドは、知ってるんだ。わたしが何にぐずっていたのかとか、どれだけ浅ましいことばかりだったのか、とか。 全部、知ってる。 「やだっ!」 力一杯コンラッドを突き飛ばしたら、反動でわたしのほうがベッドから転がり落ちた。 「!?」 慌てたように伸ばされた手を避けて、床を這うように後ろにさがる。 「!」 練兵を引き受けて。戦場へ行く彼に。本当に友人だった。 フォンウィンコット卿から聞いた話が頭の中で巡って、頭が割れそうに痛い。 「落ち着いて……ベッドに戻って。お願いだ、。身体に障る」 そうして今も、そんなハラハラとした表情でわたしの心配をしてくれて。 それなのに、どうしてわたしは、こんなにも自分のことばかり。 戦争の時代の話を聞いたのに、ジュリアさんことばかり気にして、勝手に過去に嫉妬して、思い出すのもやめてと駄々を捏ねて。 どうか、お願い。こんなに醜いわたしを見ないで。 ……ここまできても、自分のことばっかり。 ここから消えてしまいたい。 泣きたくなって、でも涙だけでも堪えて、コンラッドのことをまっすぐに見れなくて。 強く床を踏む音が聞こえて、はっと顔を上げて後ろに逃げようとした。 そのときにはもう遅くて、一歩で距離を詰めたコンラッドに軽々と抱き上げられてしまう。 「や……やだっ」 「そんなに俺に触られたくない?」 「だって!汚いからっ」 「きたな……」 絶句したコンラッドに手をついて、出来るだけ身体を離そうとする。落とされたっていい。 ううん、落としてくれたほうがいい。だって。 「わたし……っ……きたな……っい、からっ……こんな風に、してもらえな……っ」 「……汚いって、俺のことじゃなくて?まさか、何を言ってるんだ」 呆れたように笑われて、涙を堪えて首を振りながらコンラッドを突っぱねる。 だって判ってるくせに。わたしがどれだけ自分のことばっかりなのかとか、全部判ってるくせに。 「……ッお願い……見ないでっ」 こんなにずるいわたしを、見ないで。 堪えきれなくて涙が零れて、両手で顔を覆う。とにかくコンラッドには見せたくないものが多すぎて、全部知られていても、それでも見せたくなくて。 溜息が聞こえた。 「余計なことは考えるなと言っているのに」 呆れられた、嫌われた。 ずっしりと胸に重い石を乗せられたような息苦しさを覚えて、小さく喘ぐことしかできない。 コンラッドにベッドまで連れ戻されても両手で顔を覆ったまま。コンラッドに見られたくない。コンラッドを見ることができない。 「汚いなんて言うから、てっきり俺のことかと思ったら……が汚いなんてはずはないだろう」 スプリングが沈んで、コンラッドがベッドに腰を掛けたのが判った。大きな手が優しく頭を撫でてくる。 「……キアスンから余計な話を聞いて色々考え込んでしまったんだろうけど……どこをどうしたら、俺を怒るんじゃなくて自分を怒ることになるんだ。……それだって誤解だけど」 最後に小さく呟いて、コンラッドは上から覆い被さるようにして抱き締めてくる。 びくりと震えて身を竦めるわたしの髪に、キスをした。 「話なら後で聞く。熱があるときにものを考えたってろくなことはないんだよ、。今はもう何も考えないで、ただ眠るんだ。いいね?」 考えるなと言われて考えずに済むのなら最初からそうしてる。 だけどさっきからわたしは結局コンラッドの手を煩わせてばかりで、困らせてばかりいる。 とにかく言う通りにしようと頷いたら、わたしを抱きすくめていた腕が解かれた。 「考えるなと言ったのに、また余計なことを考えて、気を回してる」 「だって……」 他にどうしたらいいのか判らなくて、言葉に詰まった次の瞬間、身体が小さく震えた。 「え………あの……コン……ラッド?」 コンラッドの手が、ネグリジェを捲り上げて足を伝うように上へと太腿の内側を撫で上げる。 「口で言っても無益なようだから、強制的にの思考を奪うことにした」 「え?……あ、え、な……なに?」 わけが判らないまま、とにかくコンラッドの手を止めようと両手で右手を押さえたら、今度は胸の上のリボンが解かれて、緩んだ襟元にキスをされる。 「ちょ……まっ……待って!」 「熱が上がりそうかな。それが少し心配だけど……これ以上が悩むくらいなら」 「コンラッド!」 し、し、信じられない。 だってここは人のお城で、しかもコンラッドの元彼女の実家じゃないの!? 「余計なことは考えないでと言っただろう?」 「んぅっ」 キスで口を塞がれて、制止の言葉も、反論の文句も飲み込まれてしまった。 戸惑っている間に口内に舌が入り込んできて、身を竦めて逃げようとしたら頭の後ろに大きな手が回されて、逃げられないようにと押さえ込まれる。 冗談?それとも怒ってるの? わけが判らない状況にパニックになっているうちに、唇を放したコンラッドは上からわたしの両手を押さえ込んで、真剣な目で見下ろしてくる。 「今だけで良い。全部忘れて。ここがどこだとか、今の状況とか、何もかも忘れるんだ」 「わ……忘れるって……言われて、も」 ここは、元彼女さんの実家……。 コンラッドは僅かに目を細めて、わたしの手首を掴んだ手に力を込める。 「いっ……」 「まだ考えてる。何も考えないでくれ。は俺だけを見て、俺だけを感じていれば良い。心も身体も、境界線がなくなるくらいまで俺に蕩けて」 驚きで瞬きすらできないわたしに、コンラッドは目を閉じて触れるだけの口付けを落としてくる。 「の心も身体も、俺で満たしてあげるよ」 もう一度降ってきたキスは、わたしの息も意識もすべてを飲み込んだ。 |
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