の看病をおれに任せることに散々ごねたコンラッドだったが、に「なにかあれば呼んでくれ」と念押ししてようやく気が済んだのかと思った。
だけどが頷いたのを確認して振り返ったコンラッドは、おれと目が合うと視線を入り口の方へ向けて、またおれを見る。
そしてそのまま何も言わずにドアへ向かって歩いて行って、最後の最後にもう一度、にだけ言葉をかけた。
「じゃあ、また後で」
「……うん」
が弱々しく頷くと、コンラッドは心配そうに眉を下げながら静かに扉を閉めた。
おれには一言もなし、ね。
、おれちょっと水を持ってくるよ。眠れるならお前は寝とけ」
「うん」
濡れた絨毯には乾いたタオルを被せておいて空になった水差しを掲げると、は小さく頷いてベッドに潜り込む。
元気がない。熱があるからかと思ったけど、どうもそれ以外にもなにかありそうな、そんな感じで。
コンラッドなら何か知っているんだろうか。
空の水差しを手に提げての部屋の寝室から出て、リビングを抜けた先の廊下でコンラッドが待っていた。



時を紡ぐ風に寄せて(6)



に聞かせたくない話?」
コンラッドはおれの手から水差しを取りながら難しい顔で首を捻る。
「判りません」
「判りませんって……なんだそりゃ」
「ええ……何と言っていいか、俺にもよく判らなくて。けれどどうもに直接訊ねても答えてくれそうもないので」
コンラッドは首を捻りながら、疑問を載せた顔でおれを見下ろした。
の様子がおかしいんです」
「ああ……それはおれもちょっと思った。でも熱のせいじゃなくて?」
並んで厨房に向かって歩き出して、きっとそれだけじゃないと思いながらもそう聞き返してみる。
コンラッドはすぐに首を振った。
「俺も最初はそうかもしれないと思っていたんですが、それにしても妙なんです。元気がなくて」
「いや、高熱なんだから元気がないのは当然で」
「全然俺に甘えてくれないんです」
………今おれは、猛烈に隣の男の背中を蹴り飛ばしたくなった。
「なんだそりゃ!ノロケ?ノロケか!?」
看病はコンラッドがいいーとか、傍から離れないでーって約束したとか。
あれが甘えてないというなら何だって言うんだ。
「俺がの傍から離れないのは当たり前じゃないですか。そんなのは甘えや我侭のうちに入りません。それに、俺を見ようとしないんです」
「……えー……それは、オカシイことなのか?ひょっとしたら昨日の騒ぎで気まずいとかじゃなくて?」
「それは……判りませんが……」
コンラッドは左手に空の水差しを持って、右手を軽く顎に当てて少し考える。
「でも、俺から触れることを怒らないし拒まない。昨日の俺の狭量さに怒っているわけじゃないと思うんです」
「だからあんたに、男を部屋に招きいれたーって責められて気まずい……」
しまった、投げやりに答えたらコンラッドが途端に落ち込んでしまった。人のミスをほじくり返すなんて、最悪だ。
「いや、まあ、でもあれは昨日解決したんだけどさ」
「ええ……でもそれなら、確かに昨日の言葉には繋がるかもしれない……」
「昨日のって、どの?」
「陛下が出て行かれた後です。早く血盟城に帰りたいと、つらそうにそう呟いて」
「早く元気になりたいって意味じゃないの?」
「それならそう言うと思いませんか?」
確かに。
キアスンとベッドの上にいたところをコンラッドに見られて気まずいから帰りたい、ならつじつまは合うような気はするけど……。
「んー……でもそりゃやっぱり違うんじゃないか?その話はコンラッドが引いたことで一応は解決したんだし、気まずいなら看病はコンラッドを避けておれに頼むだろ」
昨日の夜、コンラッドに看病して欲しいと言ったのは自身だ。昨日の事故が気まずいなら、それこそおれを指名しただろう。
考え込んでいるおれの横で、やっぱり考え込んでいたコンラッドは顎を撫でていた右手を降ろした。
「昨日の夜、俺が食事で席を外している間に何かありましたか?」
「いいや、別に。目を覚ましたら、あんたじゃなくておれがいて、あからさまにがっかりしてるくせにしてないとか言ってたくらいで……」
昨日の会話をどうにか思い出そうと腕を組んで首を捻る。
「ああでも、熱が下がるまで二、三日ゆっくりしてろって話をしたら、素直に頷いてたよ」
「帰りたいって言わなかったんですか?」
「うん……そんなことは一言も。それからおれはトイレに行って、その帰りにを心配したヴォルフに捕まって、猛スピードでメシ食ってきたあんたとも行き会って」
「帰ってきたら、キアスンがいた……ですね」
コンラッドの声色が一オクターブ下がった気がして、背筋にぞっと悪寒が走る。
「待て、待て待てコンラッド。刃傷沙汰はダメだぞ!殿中でござる!殿中でござる!」
思わず隣の長身に飛びついたら、コンラッドは驚いたようにおれに押されるままに壁まで後退した。
「誰もキアスンに刃を向けようなんて言ってませんよ、陛下」
「そ、そう?あ、でも締め上げるのもだめだぞ!?」
「ですから、そんな乱暴な真似もしません」
疑わしい。非常に疑わしい。
日頃のコンラッドは、に近づく男には容赦がない。例外はおれと、手出しできない村田くらいのもんで、ギュンターはもちろん、グウェンダルやヨザックや場合によっては超安全パイのヴォルフラムまで強制排除するくせに。
「大体さ、なんて言って聞くわけ?が血盟城に帰りたがってるけど、心当たりは、とか?そんな話、めちゃくちゃ失礼だろ」
昨日のなにかと謝り倒しだったキアスンの様子を思い出すと、そんなことを言えばがご立腹だと泡を食ってまた謝り倒しそうな気がする。
「キアスンが原因なら、仕方がないでしょう」
「黒っ!ちょ、待て、待った。なんかそれだとが超失礼な我侭っ子みたいだからやめてくれ!」
うっすらと笑みを浮かべたコンラッドの目は全然笑ってなくって、慌ててその腕を力一杯に掴む。
の名誉のために止めてくれとお願いすると、コンラッドは目が笑ってない笑みを消して頷いた。
「では、あれからの様子がおかしいということで心当たりを聞いてみましょう。返答によっては……」
「よっては!?」
殺人はダメだと止めようとしたら……なんだろうな、昨日から間が悪いのは、ひょっとしたらじゃなくて、この人なんじゃないの?
「これは陛下、おはようございます。もうお目覚めですか」
お早いですね、と笑顔も爽やかにフォンウィンコットの青年が廊下の向こうに現れた。


キアスンは、今そこにある危機も知らずに、おれがコンラッドの両腕を掴んで壁に押し付けているという妙な構図に、首を傾げて疑問を浮かべながら歩いてきた。
「お、おお、おはよう、キアスン!いい天気だな!」
そう言って廊下の窓に目を向けると、途端に太陽に雲が掛かって外が薄暗くなった。
間が悪いのは、おれもか。
おれが両手を放してキアスンと正面から向き合うと、コンラッドがゆらりと壁から起き上がる。
慌ててコンラッドを背中で抑えようと、キアスンのほうを向いたままコンラッドの前に回り込んだら、胸のところで青い魔石が跳ねたことに気がついた。
うっかりだ。ここでは必ず服の下に入れておこうと決めたのに、忘れていたのかいつの間にか抜け出していたのか。
「どうかなさいましたか?」
おれたちの奇妙なやり取りに、キアスンは首を傾げるだけだった。なんて呑気な男だ!
コンラッドのドス黒い笑みを見ても何も気付かないのか。けどここでおれが逃げろと言うわけにもいかない。
そんな葛藤をするおれの肩に、コンラッドが軽く手を置いた。
「いや別に」
意外と平静な声だ。振り返るとコンラッドの顔はなんでもないときと同じ表情で、キアスンを威嚇してもいないし、睨みつけてもないし、不自然な笑顔でもない。
だけどものすごく直球だった。
「だが聞きたいことがある。の様子が、昨夜からおかしいんだ。何か心当たりはないか?」
「殿下の様子が?何か至らぬ点がありましたでしょうか」
思ったとおり、慌てておれとコンラッドを交互に見たキアスンに、おれは違う違うと手を降る。
「キアスンにも、この城の人たちにも良くしてもらってるよ。そういうことじゃなくて、こう、感覚っていうのかな」
「昨日、陛下を待っている間、と何をしていた?」
おれが必死にオブラートに包もうとしているのに。コンラッド、あんたストレートしか投げられない投手になっちゃったのかよ。変化球は大事だぞ?せめてカーブくらい覚えてくれよリードしづらいんだよ!
おれがそんな風に頭を痛める前でキアスンは首を傾げ、それからさっと青褪めた。
「ち、違います、コンラート!」
何か心当たりがあるのかと思ったら。
「殿下になにかしようなどと、そんな畏れ多いことは考えてもみません!」
「いや、それは判ってる。そうではなくて……」
昨日の話の再燃だった。
「第一、殿下はあなたの婚約者ではないですか!」
「判ってる、そういうことを疑っているんじゃない」
コンラッドもあまりその話は蒸し返したくないのか、落ち着けと手をかざして止めようとする。
でもおれとしては、キアスンが焦る気持ちはちょっと判る。人の婚約者、おまけにコンラッドの婚約者に手を出しただなんて勘違いをされたら、名誉よりもなによりも命に関わりかねない。
「その話以外で、何か心当たりはないかと聞きたいんだ。ないならないでいいから、少し落ち着いて思い出してみてくれ」
「そ、それ以外でですか?」
コンラッドに疑われているとまだ少し心配しているのか、キアスンは不安そうな様子でしばらく考え込んだ。
「……あ」
ふと、何かを思い出したように小さく声を上げて、今度は酷く申し訳なさそうな顔でコンラッドを見る。
「姉の話を少し」
おれとコンラッドは同時にぎょっと身を竦ませた。
キアスンの姉というと……他に兄弟がいるかもしれないけど、キアスンが申し訳なさそうにするなら……ジュリアさんで間違いない。
うわちゃー……コンラッドの昔の恋人の話を聞いちゃったかあ……。
ヴォルフに言わせると、そんな関係じゃなかったという話だったけど、ヴァン・ダー・ヴィーアで偶然盗み聞きしてしまったヨザックとの会話からは、ただの友人だとは思えなかった。
おまけにこの魔石の、前の持ち主だ。
ということは、おれに渡すまでコンラッドがこれをずっと身につけていたということで、やっぱりだたの友人とは到底思えないよな……。
「魔石の話で少しだけ……ですが!口さがない噂にすぎないと殿下には申し上げましたし、殿下もご理解くださって」
「キアスン」
コンラッドは深い溜息をつきながら、右手で額を押さえて俯いた。
その気持ちは判る。そうか、魔石のことも言っちゃったか。今の彼女に昔の彼女の話をされるのはつらいだろう。彼女いない歴十五年のおれには想像でしかないけど。
きっとキアスンは、この調子で必死ににも言っただろう。ただの噂だと。
必死に言えば言うほど、うそ臭くなるのに、真面目だから。
は、その口さがない噂自体を、知らなかった」
ちょうど雲が晴れて窓から差し込んだ光がおれの胸の魔石に反射して、キアスンは絶句した。







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