目を覚ますと、美少女が同じベッドで眠っていた。 「うわっ!?」 そんな男のロマンが、おれに広がるわけがない。 金髪の美少女は、少女ではなく少年だった。 「……もー……こいつのこの女顔、どうにかなんねえの?」 目が覚めたらヴォルフラムのドアップ、というのにも最近は慣れてきたと思っていたのに、エロ本騒動のせいで久しぶりにビビってしまった。 まだ起きるには早い時間だったけど、完全に目が冴えてしまってもう一度眠れそうにない。 しかも一連の騒動の余波なのか、妙に下半身がうずうずする。 「……いやだ、ヴォルフがいるところでなんてぜってぇー嫌だ。水でも飲んで……」 気を落ち着けようとしたら、水差しは空っぽだった。そういえば昨日の夜、怒りのから逃走して来た後に、やっぱり気を落ち着けようとして飲み干してしまったんだった。 仕方なしに水を取りにいこうと寝間着からジャージもどきに着替えていて、いっそこのまま走りに出ようかという気になってきた。 一人で出歩くなとはコンラッドに口を酸っぱくして言われているけど、血盟城の中なんだからちょっとくらいはいいだろう。 後で怒られるかもしれないけど、とにかく今さっぱりしたい。 おれの健気なデジアナGショックによると、名付け親が起こしに来るまでまだ一時間はあったので、帰って来て鉢合わせはあっても、魔王様行方不明という事態にはなるまいと部屋を出た。 ……ら、廊下の向こうで同じくドアの開閉した音が聞こえた。も起きたのかな? 事、すべからく愛のせい(5) も起きたのかと廊下の向こうに首を巡らせたおれは、驚いたことに名付け親とばっちり目が合った。 どうしてこんな時間にコンラッドがの部屋から出てくるんだろう。 おれと同じで、コンラッドもも揃って早起きしたとか? ……だったらなんでコンラッドが一人で出てくるんだ。 コンラッドもおれを見て酷く驚いているようだった。 「コ……」 「陛下、そのお姿は?」 こっちが質問する前に、コンラッドから先に疑惑をぶつけられた。 「いや、それよりあんたなんでこんな時間に……」 「まさかお一人で走りに出るつもりだったんですか?いくら城内とはいえ、ランニングコースには人気の少ないところもあるから、絶対に誰かをつけてくださいとお願いしているでしょう。それとも、コースに出る前に俺を起こしに来てくださるおつもりだったんでしょうか?」 こちらに向かって歩きながら、子供を「めっ」と叱るようにちょっとだけきつめに怒ってくる。 なんだか出鼻を挫かれたが、そうは問屋が卸さないぞ! 「悪かった。もう勝手にロードワークには出ないよ。それで、あんたはなんでこんな時間にの部屋から出てきたんだ!?」 間に説教や質問を挟ませないように勢い込んでおれからも距離を詰める。 ちょうどおれとの部屋の中間地点で正面対決になった。 「まさか、ま・さ・か!お泊りだったなんて言わないよな?」 「陛下、俺の話を……」 「質問に答えろ!」 なおも説教を続けようとするコンラッドを睨み上げると、コンラッドは溜息をついてセット前というか、セットが乱れたように見える髪を掻き上げた。 「……一晩中の部屋にいた、ということならその通りです」 「あんた……っ」 「話し合いが難航して」 コンラッドはもう一度深く溜息をついた。 「結局夜明けまで。は先ほど疲れて眠ったところです」 「話し合い……って、一晩中!?」 まさか、いくらなんでも何時間争っていたんだと唖然とすると、コンラッドは疲れたように肩を竦めながら腕を組んで頷いた。 「ええ、どうも俺も陛下も勘違いしていたようです」 「勘違い?」 聞き返すと、ここでようやくコンラッドは困ったように眉を下げて苦笑した。疲れが滲んだその苦笑は、女の子が見たら黄色い悲鳴を上げそうな様相だ。 「男を不潔と感じたわけではなくて、我が身に振り替えて見てしまったようで」 「は?我が身って………ええ!?チョ……ちょっと待て、それって」 「あんな格好は恥ずかしい、と」 「気が早いだろ!?」 の思考はどうなってるんだと焦ってコンラッドに掴みかかると、落ち着いてと宥められる。 「頭に浮かんでしまったものは、意識してではありませんからね。としても不本意だったようで。ともかく、それで俺を避けていて」 「………あー……なるほど……」 おれも、ヴォルフラムをそんな風には見ていない。見ていないけど、寝起きとか咄嗟のときには、ドキっとする瞬間がある。 それなら、村田の言っていたことは半分当たっていたのだ。 コンラッドの持ち物を気にしたわけじゃないけど、あの嫌そうな目はおれに向けたわけでもなかったんだ。いつかくるコンラッドとの初体験が頭に浮かんでしまった、と。 気が早い、早すぎるぞ。 「それで……じゃあ話し合いが難航って」 コンラッドは肩を竦めて部屋を振り返る。 「俺を前にすると恥ずかしかったそうです。特に二人きりだと」 「じゃあ平行線?」 「いいえ。一晩中かけて、どうにか今までと同じラインにまでは戻ることはできたようです。俺としては、もう少しから大胆になってほしかったんですけれど」 同じラインというと、おやすみにちゅーとかしちゃう、あのラインか。 「もう少し大胆とか、言うな……充分だろ」 朝からドッと疲れが両肩に掛かったようだった。 「じゃあコンラッド、ひょっとして全然寝てないの?」 「も今眠りましたから。今日は起きてこないと思いますよ」 「……今日のロードワークは中止にするから、ちょっとでも寝て来いよ」 「そんな、俺の個人的なことで陛下の予定を変えるなんて」 「いいよ、なんだかおれも話を聞いただけで疲れた。お陰でスッキリはしなくても、うずうずもどこかへ消し飛んだし」 「うずうず?」 「なんでもない!」 まさかあんたの弟さんを見て、ちょっぴり、寝惚けが入って僅かにほんのちょっとだけとはいえ、みたいに一瞬にして妄想が入りそうになったなんて言いたくない。 元通りということで、取りあえずは満足いく結果になったらしいコンラッドを羨みながら見上げて、その胸のポケットから黒く細い紐が下がっているのを見つけた。 「あれ、ポケットからなんか出てるぞ?」 何気なく紐に手を掛けようとしたら、コンラッドは驚くべき速さで紐を指で掬い、胸のポケットに突っ込む。 宙に浮いた手に、おれが目を瞬いて見上げると、コンラッドは笑顔で首を傾げた。 ……けど、なんか今のおかしくなったか? じーっと見上げるとコンラッドの笑顔がどことなく引きつっているのは判ったけど、その理由が判らない。 「……今の、何か触ったらまずかった?」 「内緒です」 コンラッドは右手の人差し指を立てて口に当てると、保育士はかくあるべしというような笑顔全開で、左手でおれの頭をいい子いい子と撫でた。 「うわっ、やめろって!子供じゃねーんだからさっ」 髪を掻き回されて後ろに逃げると、コンラッドが先に立っておれの部屋までの短い距離を歩き出す。 「部屋に戻られるまで、お送りしますよ」 「すぐそこじゃん」 過保護がすぎると呆れながら、コンラッドの手によって部屋へと送り返された。 コンラッドの言うとおり、はその日一日部屋から出てこなかった。朝まで生討論で次の日は寝て過ごすだなんて、不健全な生活だ。討論の内容は、もっと不健全だけど。 更に翌日、そう説教してやろうと思ったのに、一日寝て過ごしたわりにははなんだか憔悴していた。 「ど、どうかしたのか?」 思わず心配しちゃったほどで。 「……なんでもない」 は、どこかを庇うような動きでソファーに沈み込む。どうも、みたところ腰かな? 「腰を痛めたのか?」 何気なく聞くと、がソファーから跳ね起きた。 「そ、そんなことない!」 「一日中ベッドにいたから、筋が凝っちゃったんじゃないですか?」 コンラッドはの隣に腰を降ろすと、優しい笑顔で少しでも楽に座れるようにとを引き寄せてクッション代わりの役になる。こういうところ、本当に気が利くよなあ。 だけどはむずがるように嫌がって、コンラッドに手をついて離れようとする。 「、じっとして」 そう言ったコンラッドが耳元で何か囁くと、は真っ赤になって大人しくなった。 何を言ったんだ、何を。 目の前でいちゃいちゃされるのは呆れるばかりなんだけど、おれが押し付けられた例のモノのせいで、一時的に二人がギクシャクしていたらしいので、仲が良くて結構だと今回ばかりは諦めることにする。 そのとき、部屋のドアが騒々しく開いた。 「ちゃらーん!陛下、差し入れよん」 「あれ、ヨザック……またグリ江ちゃんか。差し入れって?」 またまたメイド服で登場したヨザックは、にやにやと笑いながら何かを載せた盆を片手に入ってきて、唐突に硬直したように立ち止まった。 「あれ!?姫はお部屋で休養中だってギュンギュン閣下がご乱心で暴れてたのにー……」 「それ、昨日の話だろ。今日も調子悪いらしいけど……」 コンラッドが抱き寄せているから、陰になって見えなかったんだろう。テーブル横まで来てから、ヨザックは突然挙動不審に横歩きで入り口へ戻り始めた。 「え、あれ、ヨザック。それ差し入れだったんじゃ……」 「あーははー!お疲れになってからのほうがよかったかなーって思い直しましてー!」 なんだそりゃ。妙にわざとらしい。 コンラッドは何か判ったのか、溜息をついてヨザックを睨みながら、の肩をぎゅっと抱き寄せる。 がコンラッドの様子に首を傾げて見上げた時、また部屋のドアが開いた。 問題は、その時ドアの前にヨザックが立っていたことだ。 「おわっ」 後ろからドアに激突されたヨザックがよろめいて、傾いた盆からバサバサと音を立てて数冊の本が落ちる。 「む、グリエか。こんなところに突っ立っているな。邪魔だ」 「え、おれに差し入れって本?」 ひょっとしてギュンターの使いだったのだろうかとおれが及び腰になると、加害者のヴォルフラムは相変わらず尊大な態度で、だけどヨザックが慌てて拾い上げている本のうち一冊を拾って差し出そうとした。 けど、急に眉を吊り上げる。 「なんだこれは!?……待て、今ユーリに差し入れだと言ったな?」 ヴォルフラムの怒りの双眸がおれに向いて、いつもなら助けてくれなくてもせめて横で見てるコンラッドが、突然を抱き上げて部屋から出て行こうとする。 「え、あれ、コンラッド?ちょっと、おい見捨てるのかよ!」 「すみません、陛下。俺もさすがに一昨日頑張ったばかりなんで、今日もというわけにはいかなくて」 「え、頑張ってって、何が?」 そう訊ねて追いかけようとしたのに、ヴォルフラムに行く手を阻まれた上に胸倉を掴まれた。 「ユーリ!お前、グリエに何を調達させているんだ!」 「何をって、何が!?」 「陛下、すみませーん。グリ江ってばちょっぴりドジっ子だから」 何がなんだか判らないおれを残して、コンラッドはやっぱり真っ赤になって黙りこくったを連れて部屋を出て行き、ヨザックもかき集めた本をテーブルに置くと軽い足取りで消えてしまった。 「……なに?」 「聞いているのかユーリ!」 「だから何を怒ってるのか、理由を言えよ!」 急にシャッフルされてもわけが判らないと怒鳴り返そうとして、ヨザックがテーブルに置いていったものが目に入った。 わー、カラフルな表紙だなー。裸のお姉さんの絵が表紙だなんて、教育的に問題あり……。 「あ!?ち、違う!おれが頼んだわけじゃないっ!」 ヨザックは持っているかとか、どんなのが一般的かという話は聞いたけど、おれも欲しいとは一言も言ってない!むしろ断った! どんなにそう言い張っても、ヴォルフラムは聞く耳を持たない。 コンラッドは自分だけ逃げちゃうし、とんだ兄弟だよ……。 |
……ということで、渋谷兄妹がイケナイ本を巡って振り回される話でした。 次男の名誉のためにひとつだけ。あの黒い紐(恋人の下着)はわざと持ってきたわけ じゃなくて、ポケットに入れていたのをうっかり忘れてただけですから! でないと紐もしっかり入れてます(笑) |
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