「本どころか、望めばどんな女でも引く手数多の方なのに、かぁわいいよなー」
ユーリから質問を受けたというヨザックの話で、気がかりが杞憂と判ってほっとした。
それは年頃の男の悩みとして、とても健全なものだったからだ。
「それで、まさかお前の蔵書を貸して差し上げたわけじゃないだろうな」
「血盟城にその手の物をオレが置いてるわけないだろー?じゃあせめて調達してきましょうかって言ったら断られちゃってー。持っているのが標準だと判ればいいって。でも今度こっそり差し入れしようかと考えてる。陛下も必要だろうに、あちらで借りた物を姫に見られちゃって、軽蔑の眼差しを向けられたのが大層堪えたそうだ」
「それはお気の毒に」
はそういう方面に関してだけは至極狭量だから、例えユーリでも受け入れられなかったか。
そう考えていると、向かいに座ったヨザックは困ったような表情で俺を見ている。
「なんだ?」
「……それでひょっとしたら姫が隊長の持ち物にも疑惑を抱いているかも……と陛下が大変恐縮されてたぞ」
おやおや、それは大変だ。



事、すべからく愛のせい(2)



ユーリから遅れること二日。
ようやく久々に会えたは最初から酷く緊張していて、お帰りのキスすらユーリの前だからと断られてしまった。
その後も、どこか俺の前ではぎくしゃくとぎこちない。
恐らくユーリの懸念が当たっていたのだろうと思うと、溜息をつくしかない。
が望むなら俺の部屋を隅まで家捜ししてくれても構わないのだが、そういうことを俺から提案してもも居心地が悪いだろうし、家捜しされるほうからの申し出では信用しきれないだろう。
ともかく昼の間は無難に大人しくして、夜になりユーリの部屋を辞去してから久々の夜を期待しての肩を抱き寄せた。
すると判りやすく、飛び上がりそうなほどに震える。
……」
笑いそうになるのを堪えて誘うように耳元で囁くと、は急に青褪めた。
久々の逢瀬だ。俺の囁きの意味は理解したのだろう。青褪めるほど嫌がるなら、それは緊張よりも拒絶に近い。
それほどの拒否反応が出る、というのは寂しいけれど、無理強いをするはずがないのだから、そんなに怯えなくてもいいのに。
「気分じゃないなら、今日は大人しく帰るよ」
できるだけ気軽な調子で肩を放すと、は指先を俺の上着にかけて、申し訳なさそうな顔で遠慮がちに見上げてくる。
「ご……ごめんね?」
大人しく帰したいなら、二人きりのときにそんな顔をしないで欲しい。
傍にいながらの禁欲生活は拷問に近いな。
が早く気持ちを切り替えてくれることを祈るしかない。いっそ思い切って俺に正面から持ち物について訊ねてくれないだろうか。……無理か。
を部屋の前まで送って、ドアを開けながら腰を曲げて屈み込む。
「もう陛下の目もないから、おやすみのキスだけでも」
「えっ!?」
驚いたように声を上げたけど、今度は青褪めたりせずに僅かに赤くなっただけだったので、ドアに手をついたまま更に顔を近づけてみる。
これでも逃げられたら、きっと時間がかかるだろうなあと覚悟していたが、は目を閉じてキスを受け入れてくれる。
口付けを交わしながら、これならきっとすぐに解禁もあるだろうと楽観視していた。


「……甘かった」
あれから五日。できるだけ昼間も過剰に触ったりしないように心がけていたというのに、夜になるとは逃げるようにして俺に誘いかける暇すら与えてくれない。
今日なんて就寝の挨拶をしてユーリの部屋から出ると、俺を置いていきなり走リ出して、叫ぶようにおやすみと言うと部屋に飛び込んでしまった。
とうとうおやすみのキスすら拒否された。
少々強引にでも、ベッドに入ってしまいさえすれば流されてくれないだろうかとも考えるのだが、ひょっとすると「男は不潔」とまで感じてしまっている可能性を考えると、逆効果だろう。
「困ったなあ……」
閉じられてしまった扉を前に唸っていると、後ろから不審そうな声をかけられた。
「そこでなにやってんの、コンラッド?」
振り返るとすでに夜着に着替えたユーリが、いかにも疑わしげな目で立っている。
「ユーリこそどうしたんですか。もうお休みだったのでは?」
「うん、そのつもりだったんだけどがこれを落としていってたから追いかけてきたんだ」
ユーリが手にしていたのは、が今日つけていた髪飾りの一つだった。落としていたなんて気付かなかったな。
「部屋まではコンラッドと二人きりだから、てっきりゆっくり歩いてて廊下で追いつくと思ったのに。そんでコンラッドはの部屋の前にへばりついてなにやってんの?」
「へばり……」
とんでもない言われようと、疑いの眼差しに溜息が漏れる。
「ゆっくりどころか、は走って部屋に帰って閉じ篭ってしまいました」
「走って!?喧嘩でもしたの?」
「喧嘩……だったらまだいいんですけれど」
首を傾げるユーリにどう説明しようかと考える。
婚前交渉大反対のユーリに、がさせてくれないなどと言えるはずもない。
「喧嘩じゃないならなんで?まさか『待てこいつぅー』『追いついてごらんなさーい』なんて遊びじゃないんだろ?」
「ええ……その……おやすみのキスが嫌だったのかもしれません」
途端にユーリの顔に呆れた色が浮かび、俺を半目で睨みつける。
「あんたなあ……」
「でも、この前まではさせてくれたんですよ?それが今回、こちらに帰って来てからは、二人きりになる時間すら作らないようにしているみたいで……どうして避けられているのかさっぱりなんです」
「い、今までおやすみのソレは標準装備だったのかよ、お前らは……」
させてくれないのはキスということにしておくと、ユーリは呆れはしても怒りはしなかった。
額に手を当てて溜息をついたあと、ふと気付いたように俺を見て、そして青褪める。
「あ……も、もしかしておれのせいかも……」
「ユーリの?」
俺としても同じ答えだったけれど、首を傾げて疑問で返す。
少々わざとらしかっただろうかとヒヤリとしたものの、慌てたユーリはそれには気付かなかったようだ。申し訳なさそうなユーリには悪いが、大袈裟な態度で挑ませてもらう。
なにしろに逃げ回られている状況で、ユーリにまで邪魔をされると大変だ。協力とまではいかなくても、多少のことは見逃してもらいたいゆえの、苦肉の策というやつだ。
「その……え、えーと………に、日本でさ……に見られちゃって……ヨザックから聞いてない?」
「ヨザックから……ああ、あの手の淫らな本」
今気付きましたというふうに手を叩いて納得してみせると、ユーリは真っ赤になって両手を振り回す。
「そそそそそんな単語、廊下で大声で言うなって!」
「別に大声では」
「そ、そうか。……えーと、なんの話だったっけ?あ、そ、そうだ、それでひょっとしたらの奴『コンラッドもこんなの持ってるかも!不潔!』とか思ってるかもしれないなーって……」
俺も被害をこうむっているので、演技でなくても深い溜息を漏れた。ユーリはやはり小さくなって恐縮する。
「そうですか……俺はとばっちりなんですね……」
「ご、ごごごごめん!でもあれも元々おれの物じゃなかったんだよ!」
「いいえ別にユーリのせいでは……あなたもお年頃なんですから」
と同じ宥め方すんなよ!」
頭を掻き毟って叫ぶユーリに驚いた。
「え、がそんな理解あることを言ったんですか?」
話が違うと今度は本当に驚くと、ユーリは廊下の左右を見回して、誰もいないことを確認してから真っ赤になって俺の袖を引く。
引っ張られて腰を屈めると、俺の耳に手を当てて小さく呟くように告げた。
「その……ブツが無修正だったから……」
「無修正というと……ええっと」
「……そ、そうか、あんたは外国で暮らしてたから判んないか。あ、あのさ、日本のそーいう本やビデオは、肝心なところは機械処理で見えなくすんの。法律で決まってるんだよ」
「そういうものなんですか」
「そういうものなんだよ。だから……外国からこっそり輸入された修正処理されてない本は、普通は手に入りにくくてだな……」
「つまり、ユーリがかなり頑張って手に入れたように見えたんですね」
「すごい嫌なことをキッパリ言うな!だからおれのじゃないんだって!友達から押し付けられたやつだったの!」
ユーリは頭を抱えて廊下にしゃがみ込んでしまった。
も男がそういう本を持っているのは仕方がない、とまでは思っていたらしい。
それを持っていたのが俺なら、もしかしたらそこまでは嫌悪感を覚えなかったかもしれない。なにしろ俺はには色々としているから。
だがユーリみたいにそういう方面には奥手なはずの男が、手に入りにくいものを努力して入手するほど、とは思っていなかったと……そういうことなんだろうか。
「うーん……そういうことなら、男が獣に見えても仕方ない気がしますね」
「あ、あんたのせいじゃないけどさ……そういうわけだから、その手のものは一切合財処分しちゃって、それからにアプローチをかけたらどうかなーって……」
頭を抱えたまま見上げてくるユーリを真似て、俺も膝を抱えるほどの体勢で廊下にしゃがみ込む。
「ですがユーリ、処分と言われても、持っていない物は処分できないんですが……」
「えええ!?うそっ!あ、ありえねえ!またまたそんな爽やかぶった嘘言っちゃって!」
「いえ、本当に」
疑惑の眼差しを向けていたユーリは、俺と膝をつき合わせるほど距離を詰めて声を潜める。
「それって、と付き合うようになったから捨てたってこと?」
「いえ……俺はもうユーリみたいに若くはないですから、多少そういう気になってもやり過ごせるんで、必要がなくて」
「嘘だぁー!だったらなんでにセクハラしまくってるんだよ!」
途端に鬼の首を取ったように指を突きつけて叫ぶユーリに、俺は一体どんな目で見られているのだろうと生温い笑みが漏れる。
「それは、好きな相手にだったら触りたいですよ。そこまで枯れてませんから。となら色々したいとは思いますが、不特定多数の別の女性には興味が持てないだけです。そういうのに頼るくらいなら、想像の中のに頼ったほうがよっぽど気持ちいいです」
「そ……!?待て!あんたで何を想像してんの!?」
「……それはまあ、男ですから色々と」
「うわーんっ!このドスケベ!おれのを汚すなーっ!!まだ十六歳なのにーっ」
ユーリが頭を抱えて泣き叫んだ途端、俺の背後のドアがものすごい勢いで開いた。
「廊下でなんて話してるのよ!」
振り返ると、開けたドアの先で真っ赤になったが怒りの形相で仁王立ちしていた。






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