おれもお年頃だし、オトコノコだし、興味がないとは言いません。
そういう本を一冊も持っていないかと聞かれたらノーコメントだが、それは明らかにおれのものじゃない。
だってクラスの大半の男子で回し読みしてたんだぞ!?
おれは一応断り続けていたんだぞ!?
けどさ、根性なしまでは我慢できても、オカマと言われるのは我慢ならなかったんだよ!
でも中身はよく判ってなかったんだ!
本当だって!頼むからそんな目でおれを見るなーっ!



事、すべからく愛のせい(1)



「なるほど、それで今に至るわけか」
村田はおれの鞄を漁って、明日こそ絶対に持ち主に返すと決めて厳重に封をしていた袋をあっさりと開ける。
「ああっ!おい、こら待て!」
勉強会と称して村田を招いたときは一緒に部屋に来るが、今日はいない。
原因は、村田が広げたブツにある。
「ふーん……洋モノ無修正かあ」
「おまっ、お前、そんな無感動に眺めるなよ!驚くとか、にやつくとか、興奮するとか、もっと高校生男子として正しい反応はないのか!?」
「ここで僕が興奮したら渋谷が嫌だろー」
もちろん嫌過ぎる。
でもだからって、ノートや教科書の上にエロ本広げて頬杖ついて、余裕の態度でペラペラと適当にページを捲られるのも悲しい。おれがオーバーで情けないみたいじゃないか。
「これが鞄から零れちゃって、妹に『いや!不潔!』とか嫌われちゃったわけかー。うーん、渋谷を男とは認識してなかったにはキツイかもね」
「いやその、表紙を見たときはそこまででもなかったんだ。むしろ慌てるおれに、お袋みたいに『ゆーちゃんもお年頃だもんねー。普通普通』とか嫌な宥め方をしてきた」
「……うん、それは僕でも嫌かな」
村田ですら遠い目をしてるぞ、
「けど……落ちた本を拾って中身が見えたときに固まった」
「無修正じゃねえ……」
「でもおれのじゃないんだ!クラスで回し読みしていて、おれだけ断り続けたら、オカマじゃないのかとか、シスコンが高じて女に興味がないんだろうとか謂れのない言い掛かりをつけられてだなあ!」
「それで、押し切られて借りてきちゃった挙句に、使う前に妹に見つかって、白い目で見られてもうこりごりーと厳重に封をしたわけだね」
「使うとか言うなーっ!」
村田が溜息をついて本を閉じると、おれはわっと机に泣き伏した。
「直前まで理解あるようなこと言ってたのに、すっごい嫌なものでも見るような目をおれに向けたんだよ!おれのじゃないのにーっ」
「うーん……ひょっとしたら、その白い目は渋谷に向けたんじゃないかもよ?」
「なに?」
他に何があるんだと突っ伏していた机から顔を上げると、村田はブツを片手にひらひらとさせながら、嫌な笑みを見せる。
「ウェラー卿の蔵書が気になったんだったりして」


村田がおかしなことを言うから、久々に名付け親に会った時、思わずその顔をまじまじと眺めてしまった。
「おかえりなさい、陛下」
「ただいま名付け親。それで陛下って言うな」
「失礼、ついくせで」
にっこりと、爽やかに笑うこの男も部屋のどこかにR指定な本を隠し持っていたりするのだろうか。いや、同じ男として持っていても全く不思議ではないんだけど。
「どうかしましたか?」
到着点に先回りしていたコンラッドは、じろじろと無遠慮に眺めるおれにタオルをかけながら首を傾げる。
「いや……」
コンラッドってエロ本持ってる?なんて聞けるものじゃない。第一、名付け親のそっち系の蔵書なんて知るもんじゃない。生みの親の蔵書も知りたくない。
それにコンラッドなら、と付き合う前はそんな物に頼る必要なんてなかったかもしれないじゃないか。そんな答えを聞いたら色んな意味で立ち直れない。
そもそもこっちの世界でイケナイ本というと、何になるんだろう?写真は一般的なものじゃないし、小説とか春画みたいなのだろうか。
そんな非常にくだらない疑問を抱きながら、血盟城の外にスタツアしたおれはコンラッドに連れられて城へ帰りついた。
まず風呂に入って身体を温めてから部屋で落ち着いていたら、どこかへ行っていたヴォルフラムが帰ってくるなりキャンキャンと吠え付いてきた。
曰く、ヴォルフラムは別のおれの出現候補地で待っていたのに、なぜコンラッドの前に出たのかということらしい。
そんなもん、おれの責任じゃない。
だがそう反論するより、本日のおれは別の問題を引き摺っていた。
こんな顔だがヴォルフラムは立派な男だ。そう、実年齢八十二歳とはいえ、魔族は寿命が五倍なんだから青春まっさかり。
果たして日本の男子高校生よろしくほにゃららな本を隠し持っていたりするだろうか、という疑問が頭の中を渦巻いていたのだ。
見た目が同じ歳くらいだから、コンラッドよりは遥かにそういう質問もしやすい相手なんだけど、聞けばまた怒り出しそうな気がする。それに、夢って大事なんじゃないかと思うんだ。
だって、それこそこんな顔の男だぞ?
天使のような美少年がそういうものを持っていたら、なんというかこう、とても悲しいというか儚い気分になりそうな確信に近い予感がある。
でもヴォルフだってオトコノコだ。持っていても悪くはないどころか普通だろう。むしろ健全だ。
だから、聞かないほうがいいだろう。持っていると言われても、そんなもの見たこともないと怒鳴られても、精神的にダメージがきそうなので。
「……どうしたユーリ、気分でも悪いのか?ずっと黙りこくって」
「え、あ、いいいや、なんでもない。なんでも……平気だって!」
いつもなら負けじと怒鳴り返すおれが、黙ってじっと顔を見ているだけなのが気になったらしく、ヴォルフラムは一転して心配そうに熱を測ろうとおれの額に手を伸ばしてくる。
自分の疑問を思うと、そんな心遣いに非常に申し訳ない気分になってヴォルフラムの手を遮ったところで、部屋の扉が激しい音を立てて開いた。
「陛下ーっ!ギュンターがただいま帰参いたしましたーっ」
長い髪を棚引かせて息を切らせる勢いでギュンターが登場した。
「あれ、帰参ってどこか行ってたの?」
そういえばこっちに到着した時にはいつでも鬱陶しいくらいに構ってくるギュンターの登場が遅かったと首を傾げると、途端にぎょっと引きそうなくらいの表情で滂沱の涙を流して崩れ落ちる。
「私も陛下がご到着される予定地へ赴いておりましたのにーっ!誰も陛下にご説明しなかったのですか!?それでは私が陛下のご帰還される際に城を空けるような不忠者のようではありませんか、コンラート!ヴォルフラム!」
「自分で今説明したんだから充分だろう」
ヴォルフラムは一言で切り捨てたけど、その兄貴はもうちょっとだけ優しかった。
「そう悲観することはないだろう。もし本当にお前が城を空けて不在でも、陛下はそれくらいで不忠者だなんて言うはずがないとは思わないのか?」
「そ、そうでしょうか……」
ギュンターに涙の残る目で縋るように見つめられ、おれはちょっと引きつりながら頷いた。
「もちろんだろ。ギュンターだって里帰りすることもあれば、ちょっとした休暇ってこともあるし、仕事で城を空けることだってあるだろ?ちゃんと信頼してるからさ」
「陛下っ!!なんと嬉しいお言葉を!私の忠誠はもちろん陛下の御元にございます!」
……ギュンターは別のことで十分エネルギーを発散してるから、そういう本とか一切持ってなさそう……。
床の上からにじり寄ってきて、ヴォルフラムに遮られて喧嘩になっている二人を眺めながら溜息をついていると、開いたままだった扉の向こうに見慣れた長身の男が現れた。
「お帰りならさっそく執務室へいらしてもらいたいものだな、陛下」
う、目の下に隈を作ったグウェンダルは不機嫌全開だ。その言葉遣いが苛立ちの度合いを物語っている。
「グウェンダル、お帰りになったばかりでそう急かさなくてもいいだろう」
いつでもおれの味方のコンラッドがそう口添えをしてくれるけど、あんな様子を見るとさすがに申し訳ない。だっておれの仕事をしてるから寝不足なんだろう?
「いいよ、すぐ行く。グウェンはちょっと寝たら?隈がすごいよ」
「いや、気遣いは無用だ」
グウェンダルは軽く手を振って、さっさと先に立って執務室へ戻っていく。
言い争いをするヴォルフラムとギュンターを置いて、おれがコンラッドとその後に続くと、後ろからコンラッドがそっと耳打ちしてきた。
「あの隈は、昨日アニシナの実験に付き合わされたせいですよ」
そうか、おれのせいじゃなかったのか。でも毒女のせいというのはよかったのか悪かったのか。
「ちょうど新作の製作中で、ほんの少し睡眠時間を削っているときにきたものだから、余計に凄いことになっちゃったみたいで」
新作のあみぐるみをちまちまと製作中のグウェンダルを想像して、そのままさっきまでしてた考察をグウェンにも伸ばしてみる。
もしグウェンダルが部屋になにかの本を隠しているとしたら、子猫とかの小動物図鑑みたいなもののような気がする……。


「陛下〜、お疲れ様でーす」
日も暮れて仕事が終わり部屋に戻ってひとり寛いでいたら、ワゴンを押して入ってきたのはグリ江ちゃんだった。ちなみにコンラッドは用事があるとかで、部屋の外に護衛を置いてどこかに行っていた。
ヨザックの女装は趣味と実益を兼ねていると言っていたけど、今は確実に趣味だけだろう。
なんで自国でメイドルックなんだ。
「夕食前ですけど、喉を潤すくらいなら大丈夫でしょう?お茶をお持ちしましたわん」
微妙に語尾を上げるのはやめてくれ。
臙脂色のワンピースとエプロン姿のグリ江ちゃんが紅茶を淹れて差し出してきて、礼を言いながら受け取る。
……こういう倒錯的な趣味のあるヨザックになら、聞けるかもしれない。いや、そうでなくてもこんな俗っぽい話をしやすいのはヨザックがもっとも適任だった。
「あのさヨザック……落ち着かないから、まあ座ってよ」
おれの隣に立って、両手を揃えて軽く握り合わせてメイドさんの待機姿勢を取るのも遠慮してほしい。なりきりちゃんはいいから!
おれの勧めで向かい側のソファーに腰掛けたヨザックに、ちょっと身を乗り出した。
「あのさ……」
「なんでしょう?」
おれに合わせてやっぱり身を乗り出したヨザックに、何と言って聞くべきかそこで迷ってしまった。
黙ったおれをどう思ったのか、ヨザックは頭につけていたカチューシャを取ってようやく男らしい表情に戻る。
「何かお悩みでしたら相談に乗りますよ?ウェラー卿に言えないことを、オレごときでお応えできるか判りませんが」
「え、コンラッド?」
なんで突然コンラッドの名前が出るかと目を瞬くと、ヨザックは手にしたカチューシャを弄びながら軽く肩をすくめる。
「陛下に何かお悩みがありそうだと、隊長が気にしてましてね」
「え、コンラッド気付いてたの!?」
「到着されてからずーっと、目の前の相手の顔を無言で見つめているって」
「あちゃーバレバレかよ」
額に手を当てて天井を仰ぐ。非常にくだらない疑問でコンラッドに心配をかけていたとは、なんとも申し訳ない話だ。
「悩みじゃないんだ。単なる疑問で……あー、非常に馬鹿馬鹿しい疑問なんだけど、笑わずに聞いてくれる?というか答えてくれる?」
コンラッドが心配していると言いながら、どうやらヨザックだって心配していたようで、単なる疑問と聞いて安心したように息をついて、どんと答えちゃいますよなんて笑顔を見せる。
なんだか今から聞くのが居たたまれなくなってきた。
「……えーと、あのさ、ヨザックってその……えっちな本とか持ってる?」
盛大な溜息をつかれるか、いっそここまでくだらないとは思わなかったと大笑いされるかと覚悟して聞いたのに、ヨザックは何故か申し訳ないような顔をした。
「すみません陛下、エッチってなんですか?」
ごめん、それ日本語だった。






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