「……頭痛い……」
そよそよと気持ちのいい風が横から送られてくる。
「気持ち悪い」
「すみません……」
額から目元までを覆うように乗せていた濡れタオルを少し上げると、ベッドサイドには宿のフロントから借りてきたという団扇でわたしを扇いでいるコンラッドが叱られた子犬みたいにしゅんと反省して小さくなっていた。
それくらいは反省してもらわないと困る。
「コンラッドのバカ」
「一言もありません」



唇から魔法、指先から愛(7)



コンラッドが深く頭を下げたので、また濡れタオルで視界を覆った。
何しろまだちょっとくらくらする。
コンラッドにお風呂場でエッチなことをされて……湯あたりを起こしてひっくり返った。
完全にグロッキーだったのは湯船から脱衣所までだったけど、ぼんやりして立つのも難しいということで、水着を脱ぐのも、身体を拭くのも、服を着るのも……全部、そう全部コンラッドにやってもらった。
……泣きそう。
言いたいことならそれはもう色々と山ほどあるけど、コンラッドが暴走した原因の一端は、わたしが余計な手出しをしてコンラッドを煽る結果になったことにもある……らしい。
小さな親切大きなお世話という言葉を心の底から実感しました。
だから百パーセントコンラッドだけが悪いとは言わないけどね。
コンラッドは水のもらえない萎れた花ように首を落として謝りながら、ずっと団扇で扇いでいる。
「……お水飲みたい」
「ちょっと待って」
コンラッドが扇いでくれていた緩やかな風がやんで、すぐに用意していた水差しからコップに水を注ぐ音が聞こえる。
、起きられるかな?無理なら……その触っていいのなら……」
「起きられない。起こして」
両手を宙に上げると、視界を覆っていたタオルがずれてベッドに落ちた。
驚いたような顔をしていたコンラッドが、表情を緩ませて小さく息をつく。
「ああ、ちょっと待っててくれ」
コップと団扇をサイドテーブルに置いて、コンラッドの手がわたしの腕を掴み、もう片方の手は肩の下に回された。
簡単に抱き起こしてもらう。
ベッドに起き上がって座るわたしに、コンラッドが微笑みながら覗き込んでくる。
「グラスは手に持てる?力が入らないと落としてしまうから」
……もう復活しちゃった。
抱き起こしてと言ったのはわたしだけどね。
「ううん、持てない」
緩く首を振ると、コンラッドはますますにっこりと微笑んで、ベッドの上に上がってきた。
クッションを背中に当てて足を開いて座ると、足の間にわたしを引き寄せて後ろから覆い被さるようにして抱き締める。
「まだ気分は悪い?」
「ちょっと」
「本当にごめん」
コンラッドは後ろから回した手で、いい子いい子というように額を撫でてくる。
「水だったね」
「うん。喉渇いた」
「湯あたりだからしっかり水分を取っておかないと」
大きな手に掴まれたコップが後ろから回ってきて、わたしの口元に当てられる。
ゆっくりと傾けられて、少しずつ冷たい水を飲む。
「んっ」
「ああ、ごめん、早かったか」
コンラッドはゆっくりと傾けたけど、それでも自分のペースで飲めないので少し零してしまう。
コップを持たないほうの手の親指が濡れた唇から頬をなぞるように拭って、伝い落ちた水の跡を辿る。
頬から顎へ向かい、そこから首筋へと降りて、楽なように緩めに開けていた胸元に入って。
「コンラッド、お水」
「あ、ああ」
服の下に入りかけていた手がぱっと出てきた。
もう一度コップが口元に当てられたので、コップを握ったコンラッドの手首を軽く押す。
?」
「これだとまた零すから」
まだ少しフラフラする身体をコンラッドから起こして向かい合うように座り直す。
目を瞬くコンラッドの唇に、人差し指で触れた。
「飲ませて?」
軽く首を傾げてお願いすると、コンラッドは一度大きく目を見開いて、唇に触れるわたしの手を握って頷いた。
「いくらでも」
コンラッドはわたしの目を見たまま、コップに口をつける。
一口より軽く口に含んだのは、わたしに合わせたためかもしれない。
わたしの目を見つめたまま顔を寄せてきて、わたしもその茶色の瞳をじっと見つめる。
銀の光彩が大きくはっきりと見えて、ランプの明かりに揺らめいたところで目を閉じると、すぐに柔らかい唇が重ねられた。
「ん……」
温めの水が流れ込んできて、結局やっぱり唇から零れてしまった。まあ、口移しなんてこうなるよね。
水を流し込んでしまうと、一緒になって舌が差し込まれた。
「ふ………ぅ……」
逆らわず受け入れて、伸ばされた舌に応える。水の味が混じったキスをじっくりとして、ようやく二口目。
同じことの繰り返しで、こんな時間のかかる飲み方はやってられないので、次も口にしようとしたコンラッドの手を止めた。

わたしが水はもういいと意思表示すると、コンラッドはコップをサイドデーブルに置いてわたしの腕を引きながら、手ぶらになった右手を腰に回して抱き寄せて、頬にキスをしてくる。
「コンラッド……」
長い指がわたしの服の下に滑り込んできて素肌に触った。
「……まさか、『する』つもりじゃないよね?」
「う………」
されるままに抵抗はせずに、そう口にするとコンラッドはぴたりと手を止めた。
「だ……」
「ダメ。まだくらくらするって言ってるのに!」
「はい」
服の下からさっとコンラッドの手が出てきて、無抵抗を表すように両手を万歳する。
「でも、は許してくれたわけじゃ……」
「だから怒ってないじゃない。エッチなことするのはだめって言っただけ」
「……なるほど」
コンラッドは頷きながら、溜息をついて肩を落とす。
「てっきり誘ってくれたのかと……」
「お水が飲みたかっただけだもーん。それに」
「それに?」
顔を上げたコンラッドににっこりと笑う。
「ちょっとだけ意地悪を」
……それはちょっとじゃない」
「だってコンラッド、避妊してくれなかったもん」
「それは、風呂場じゃさすがに持ってなかったから」
「持ってないなら我慢するの!我慢ができない子供じゃないんだから!」

急にコンラッドは真顔になって、わたしの両肩に手を置いてまっすぐに覗き込んできた。
「子供じゃないからできない我慢もあるんだよ?」
その顔に、思い切り枕を叩きつけた。


なんだかんだ言いながら、結局その日はコンラッドも大人しくしてくれて……と言っても、話し合った時点でもう真夜中を過ぎていたんだけど……次の日は起きたらお互いに笑顔で挨拶を交わした。
髪をコンラッドに染めてもらってから、ヒルドヤードの街に遊びに出かける。
輪投げとかアーチェリー式射的とか、縁日みたいなラインナップからウィンドウショッピングなんかもして。コンラッドは好きなものを買ってあげると言ったけど、旅行に来てなくてもいつも色々買ってもらっているから遠慮した。
それからライアンさんとケイジのショーも見に行った。
客席から見ただけで挨拶には行かなかったけど、コンラッドには気付いたようでライアンさんは嬉しそうに笑って頭を下げていた。
「……どうしても、今日は宿じゃなくて温泉の館の方に行くの?」
夕方頃、今日は貸切風呂はいらない、ヒスクライフさんの経営するお店のほうに行こうと主張すると、コンラッドが残念そうに何度も聞き返してきた。これで五回目。
「どうしても行くの!」
「反省したから今日は何もしないよ」
「昨日もそう言って一緒に入ったのに、結局なし崩しにエッチまでしちゃったじゃない!」
「あれは俺も予想外で」
いけしゃあしゃあと笑顔でそんなことを言う。確かに半分くらいはわたしの責任もあるけど。
「元はほら、もしもあちらに呼び戻されたら大変だからと貸切温泉にしたんじゃないか。ね、今日は本当に何もしないから。それに、もう今日の予約も入れたし」
「いつの間に!?」
「遊びに行く前に」
そういえば、あの時フロントに寄ってたなあと思い出してがっくりと肩を落とす。
別に宿泊自体じゃなくて、お風呂の貸切だけキャンセルしちゃえばいいんだけど……。
「本当に、なんにもしない?」
「しない。俺がとの約束を破ったことがある?」
「割と」
特にいやらしいことに関しては。
わたしが即答すると、コンラッドはごほんと咳払いして、聞かなかったことにした。
「しないよ。今日もしたら本当にに嫌われるから」
コンラッドが胸に手を当てて宣誓までしてくれたので、信用して一緒に入ったわけだけど。
次の日はヒスクライフさんのお店に行きました。
コンラッド曰く「ああ、俺はキリスト教徒じゃないから」
宣誓は無効だそうです。
なら、宣誓なんてしないでよ!


「だってが、俺のこと下手みたいな言い方をするから、どうしたら満足してもらえるかいろいろと試したいんだよ」
ヒルドヤード最寄の港について、船に乗り換えるために馬車から降りながら、コンラッドが昼間からとんでもないことを言う。
「ちょっと!もう外なんだから!」
慌ててコンラッドの口を塞ぐ。
旅行に来て、日頃の疲れを癒すどころか余計に疲れた。
ヒルドヤードの滞在は三泊四日の日程で、昼間はわたしの遊びにコンラッドが付き合って、夜はわたしが欠かさずコンラッドに付き合わされました。あははー……笑えない。
ここからまた二日間の船旅が待っている。
「コンラッド」
「なに?」
「先に言っておくけど、船では駄目だからね」
「いつもと違う状況はそれだけで楽しかったりするものだろう?それともは安定を求めるタイプかな?」
「そういう問題じゃなくて!」
頭が痛い。
子供がいるのか騒がしい船に乗り込むとき、海を見て「ここから日本に帰してください」と眞王陛下にお願いしながら飛び込んでみようかとか思ってしまう。
「まあ……どうしても駄目だとが言うなら我慢するけど……」
未練だらけの口調でコンラッドが引くようなことを言ったので、おやと肩越しに振り返る。
そういえばコンラッドが約束を破る時は、大抵その前に禁欲を誓う時に神妙にしたり、笑顔で強く約束するんだと今気がついた。
だったらどうして今日は引いたんだろうと不思議に思って、タラップを上がりきって呆然と立ち尽くした。
「わー、お船やっぱり広いねー」
バタバタと甲板を走り回る子供。
「こら、待ちなさい!走ったら迷惑だよ!」
追いかけるお父さんの姿。
………どーこーかーで、見た人だぁー……。
行きの船でコンラッドと乗り込んでさっそくいちゃいちゃしているところを見られた親子がいる。
行き先とか、日程までそっくり同じだったのかしら。
「……行こう、
コンラッドが肩を叩いて促して、わたしは泣きそうになりながら斜め後ろを見上げた。
「今度こそ、本当に駄目。絶対ダメ!」
「承知しました」
コンラッドは、瞑目して溜息をついた。







……婚前旅行するほどということで、まあ色々と大胆になれるくらいには
お付き合いも進んでいる……模様。いいのかそれでというようないちゃ
付き具合になりました。有利もヴォルフも出ない話って非常に珍しかった
です。誰も止めてくれる人がいないから困りましたけれども(^^;)
一応話はお終いですが、一ヵ月後の小話があります。


                                
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