簡単な検査と問診では異常なしという診断をもらって、コンラッドはに付添われて部屋に戻ってきた。 ギュンターは陛下のお側にと粘っていたから、今頃アニシナに経過を見るためと研究室へ連行されているだろうと思われる。薬のせいで何かあったときに対処できるにはアニシナだけなので、その大義名分の前では有利もアニシナの強制連行を認めるに違いない。 フォンクライスト卿とは雲泥の差の状況で、ブランケットをめくって寝る準備を整えてくれていた恋人を、ここぞとばかりに後ろから甘えるようにして抱き締める。 「膝枕して欲しいな」 「え?い、いいけど……でも部屋に戻ってきたんだし、膝枕よりゆっくり寝た方が」 「それなら添い寝でも」 クッキーの製作者として責任を感じているは、少しだけ難しい顔をしたけれどすぐに靴を脱いでベッドに上がった。 「膝枕と添い寝とどっちの方がいい?」 アニシナに感謝だ。 幸せについて各々の考察(3) 「昼間からごろごろしていると変な気分だな」 常に有利の護衛として従い、そうでないときも別の任務をこなしているコンラッドは明るい部屋でベッドに入り、恋人を抱き締めているという状況にほくほくとしながら呟いた。 薬付きクッキーを食べた直後は酷い吐き気に襲われたが、現在ではこれといって体調が悪いということもないので余計だ。 「身体のどこかがおかしいとか、ないよね?」 素直に抱き枕になっている恋人が少し心配そうにそっと手を伸ばして頬に触れてきた。 安心させるためにも、そしてこの状況を最大限に楽しむためにも、その小さな背中を抱き締めていた手を下へと滑らせて、スカートの裾をたくし上げつつ太股を撫でる。 「ちょっと!」 「大丈夫、こんなことをしたいくらいには何ともないよ」 「行動に移さなくていいから!ちゃんと大人しく寝てて!」 手を叩かれたが、気にせず指先が触れた下着の紐を解いてしまう。 「わかりやすいかと思って」 「え、ちょ、ちょっとヤダッ」 は慌てて悪戯の過ぎる恋人の手を押さえようとするのだが、力では叶わない。 早々に下着を抜き取ってしまった手が直接撫でてきて、抱き締められた胸から真っ赤になった顔を上げてコンラッドを睨み付けた。 「こ、こんなことするために帰ってきたんじゃないでしょ!?」 「うん、でも大丈夫だとわかるだろう?」 「もうわかったから離してっ」 言われるままに離したとしたら、きっとは怒って部屋から出て行ってしまう。心配する必要はないと証明してしまったから、監視兼看病を放棄することにも躊躇わないだろう。 「大丈夫だけど……より元気になりたいなあ、と」 「やっ……ど、どこ触ってるの!」 柔らかな双丘を撫でていた手を少し下へと滑らせて、指先で後ろから蜜口に触れる。 前からだと足を強く閉じられてしまうと触れないが、後ろからなら比較的簡単だ。 さすがにまだ濡れてはいないが指の腹で優しく刺激すると、は眉をハの字に下げて唇を噛み締める。 「お願い、やめて」 「ごめん、でも我慢できそうにない」 「ちょっとー!」 恥ずかしがり屋の恋人との情事はいつも多少強引に始まることが多い。ちょっとした抵抗は気にも留めずワンピースの留め金を外した。 「だって、にこうやって触るのは六日ぶりだ」 「まだ六日しか経ってませんけど!?」 「もう六日だよ」 見解の相違だね、と笑って柔らかな胸を包む下着の留め金も外してしまう。 「それに、三日もが口も利いてくれなかったら、たくさん声が聞きたい」 「やんっ」 指先だけをほんの少し中に埋めると、はぎゅっと目を閉じてコンラッドの腕を掴む手に力を込めた。 「いや……ま、まだ日が高いのに………」 「だからこそ、滅多にないチャンスなんじゃないか」 昼間から淫行に耽るなど普段ではありえない話だ。ランプではなく、太陽の明かりの元での身体をじっくりと眺めることができるなんて、そうそうない。 「は、恥ずかしいよ……」 の精一杯の抗議は、コンラッドを喜ばせるだけで終わった。 拒む理由が恥ずかしいだけなら問題ない。なぜならが恥ずかしがらない時なんてないからだ。 「拒むから余計に恥ずかしいんだよ。素直に身体を開いて」 「開けるわけないでしょー!?コンラッドのエッチ!スケベ!」 「にだけは、ね」 「ん……」 優しく囁きながら耳朶を唇で挟むと、はきゅっと眉を寄せてしがみついてきた。 本当に何がなんでも絶対に嫌だというときのは、抵抗するのに手段を選ばない。 以前生理中だと知らずに迫ったとき、思い切り腹を蹴り上げてベッドから蹴落とされたことがある。ダメだと言いながら暴力に訴えてこないときは、強引に攻めれば大抵は最終的に流されてくれる。 そのことをが自覚しているかは知らないけれど。 故にコンラッドは少しも怯むことなく恋人を脱がせていきながら、掌や唇で滑らかな肌や柔らかな乳房を堪能した。 「も……やぁ……」 たくし上げられたスカートの下で蠢く指には涙を滲ませながら身を捩る。 弾む吐息、途切れがちの喘ぎ、潤んだ瞳、色を含んだ表情。 ひどく興奮する。 確かに興奮している。 それなのに。 困惑しながらもコンラッドは右手と唇で途切れることなくの身体を愛撫し続け、左手は庶民的下着の中でまだ大人しくしている自分にあてがって刺激してみた。 だが、反応がない。 そんな馬鹿なと焦りながら握り込んだ左手を動かすが、応答がある前にの方が先に異変に気付いた。 「ど……どうかした……?」 シーツを握り締めながら、弾む吐息の合間にそっと窺うように覗き込まれる。 その視線にすごく興奮するのに、やはり勃ってくれない。 病気や怪我、精神的ショックなど、こうなる要因に心当たりはない。 たったひとつの可能性を除いて。 無論、その心当たりとは先ほど不可抗力で摂取してしまった毒女印の薬だ。 もしも本当に原因があの薬なら、アニシナになら治療できるだろう。に責任を感じさせたくはない。 ……それに、勃たないなんて口が裂けても言いたくない。 コンラッドは笑顔で恋人の柔らかな頬に口付けを落とした。 「あまりに可愛いから、このまま食べちゃいたいなあと思ったところ」 「だ、だからダメだってばっ」 「うーん……それじゃあ指だけでも。ダメ?」 「そ、そういう問題じゃ……あっ、いやぁっ」 深く捻じ込まれた長い指に震えながら、はまだ少し乱れているだけだったコンラッドのシャツに顔を埋める。 「う、動かしちゃダメっ」 「ダメじゃないよ。の中、すごく濡れてる。気持ちいいだろう?」 「い……言わないでっ」 重ねた両手で口を塞がれて、微笑みながらも内心では地団駄を踏みたい気分だ。 こんなにもは可愛くて、もうそろそろ素直に応じてくれそうなところまで来ているのに使い物にならないなんて。 「や……い、いっちゃう………」 アニシナの薬に負けるなんて根性なしめ、お前はただの飾りか!? 某医療者の軍曹モードのように自分自身を罵りながら、びくんと大きく震えた恋人の身体を、涙を堪えて抱き締めた。 こういう話は正直、医者にだって話すのは躊躇われる。 それを医者ではなく兄が親しくしているマッドマジカリストの女性に説明すると思うと更に気が重い。 一過性かもしれないと、夜になってが部屋に帰った後も自分で刺激を試みたのだが、やっぱり反応はなかった。 自らできることがないのなら、解決策を打ち出せそうな相手に相談するしかない。 翌朝……というにもまだ早い夜明け前から、恐らく今日も徹夜だろうアニシナがまだ眠りにつかない時間のうちにと、コンラッドは地下の研究室を訪れた。 「おや、ウェラー卿。あなたからやってくるとは珍しいですね。しかもこんな時間に」 徹夜明けとは思えないほど上機嫌なアニシナに招き入れられた研究室では、成人女性の平均身長くらいの長さの横たわった箱の中から、見覚えのある足が覗いていた。 「ギュンター……一晩中ここにいたのか」 「話しかけても無駄ですよ。魔力の使いすぎで気を失ってしまいましたからね。まったく、だらしのないこと」 一晩中魔力を酷使すれば気を失いもするだろう。だが箱が被せてある以上、本当に気を失っているのかは確認しておかなければならない。 もしもこれ以上アニシナのもにたあにならないための気絶している振りだった場合、今からする話をギュンターに聞かれることになる。 そうして、ギュンターに知れたらほぼ間違いなく有利の耳に入るだろう。 いまだに妹と名付け親の関係は健全なものだと信じている有利に、そんなことを知られて懲罰を食らいたくはない。 「ギュンター、起きろ」 箱を蹴るとアニシナが間違いなく怒るので、箱から出ている足を蹴飛ばした。もし本当に眠っていたとしても、起きてくれてまったく構わない。気絶しているだけなら話の最後まで意識を失っているという保証がないからだ。だから、むしろ追い返してしまいたい。 だがギュンターはぴくりとも動かない。 箱はちょうど顔の辺りで両開きになる小窓が付いていた。と有利なら「棺桶?」と顔を引き攣らせたかもしれないがコンラッドは気にせず窓を開けてみた。 白目を剥いて泡を吹いている。 有利のことでしょっちゅう崩壊しているギュンターだが、自分の美貌に対する自覚と自負はある。不可抗力でなく気絶のふりをするのなら、この表情は選ばないだろう。 起こすのは不可能そうだと舌打ちしてアニシナを振り返った。 「昨日の薬のことなんだが」 「なにか不都合が起きましたか?」 不都合が、と言いながらアニシナの目が興味に光る。もしも本当にこのことが薬のせいならば、今の対応を含めて恨んでも仕方がないとすら思う。 「本来の効能は、若返りということだったと記憶しているが間違いないだろうか」 「ええ、そうです。飲んだ者の細胞に直接働きかけるので、同じ濃度のものをあなたが口にしようと陛下が口にされようと、外見的には同じくらい若返るはずです」 「陛下をもにたあにするのは見過ごせない」 「ご心配なく。今のはただの例えです。それで、一体どんな不都合があったのです?」 下手をすれば不敬罪で処罰されてもおかしくないほど、不可侵の魔王をあっさりと例えに引き合いに出す毒女に怖いものなどない。 相談しようと心に決めてきたはずなのに、それでも事態を説明するのに三拍ほど迷いが生じた。 だが背に腹は変えられない。という可愛くてたまらない恋人と出逢っていなければ、そこまで急ぐこともなく、しばらくすれば自然治癒する可能性もあると経過を見ていたかもしれないけれど。 ごほんと咳払いして、傍らの王佐がまだ泡を吹いたままのことを確認してから口を開いた。 「その、勃起障害が」 「なんですって?」 アニシナは最初、意味を測りかねたようで眉をひそめた。一度聞き返し、コンラッドがもう一度説明しようとすると、片手を上げてそれを制する。 「いいえ、結構。わかりました。わたくしの薬のせいでないかと推測したということは、他に現時点では心当たりがないのですね?」 「ああ、まったくない」 アニシナは細い人差し指で顎を撫でて、その活力に富んだ水色の瞳をわずかに細めた。 「確かに、加熱によって薬が変質することは、昨日のうちに判明いたしました。そこにいるもにたあの協力でそれがまったく無害ではないだろうことも、同時にわかりました。ですが勃起不全ですか……そういった症状まで起こるとは」 「……無害ではない?」 「ええ、ギュンターの症状によると、嘔吐と痙攣を繰り返していました」 「待ってくれ、それは無害ではないというより、はっきり有害……」 「あなたがそういった症状に見舞われていないというのなら、おそらく摂取した量が少量だったからでしょう」 幾分顔色を悪くしたコンラッドの制止など聞きもしない。 「分析の結果、変質した薬は丸一日もあれば抜けると予想されています。恐らくあなたも昼過ぎには回復すると思いますよ。もしも薬のせいであるのならば」 よかった。 自然回復するという話を受けて、コンラッドはほっと胸を撫で下ろす。 あの薬を打ち消す薬が必要だと、解毒剤の実験に使われなくて済むようだ。 これで自然回復しなければ、今度こそ医者に相談する必要も出てくるだろう。 「そうか……朝早くから邪魔をした。じゃあ俺はこれで……」 「お待ちなさい」 棺桶の蓋をして帰ろうとすると、がしりと後ろから肩を掴まれた。 「あなたにも薬による症状が出ているというのならば、わたくしの実験に付き合ってもらいます。服をお脱ぎなさい」 「……冗談だろう?」 「症例はすべて研究しておくものです!服を脱ぎなさい!下着も全部ですっ」 「下着も!?」 いい歳をして服を脱ぐくらい今更恥らうようなものではないが、それはあくまで相手が恋人、あるいは医者、あるいはせめて同性の場合だ。 兄の幼馴染みの女性はその枠には入らない。下着姿でというのならまだ我慢はできるが、全裸になれと言われて素直に頷けるはずがない。 「承諾しかねる。実験ならギュンターかグウェンでやってくれ」 「症例が人によって異なる可能性があるのですから、もにたあは多ければ多いほどよいのです!諦めて脱ぎなさいっ」 力強い足払いを食らい、不意打ちだったこともあって床に倒れこんでしまった。 起き上がるより先に、アニシナが馬乗りになって服を剥ぎ取ろうとする。 「アニシナっ!」 いつものことだが、この細い腕のどこにそんな力があるのだろうと思うくらいアニシナの力は強い。いくら武人と誉れ高いコンラッドといえど、簡単には跳ね除けられない。 「お・ぬ・ぎ・な・さ・いっ」 脱がせようとするアニシナとそれを妨害するコンラッドで、お互い相手の力に閉口しながら研究室の中はせめぎあいが続く。 「恥らうような大層なものでもないでしょう!」 「君はもう少し恥じらいを持つべきだ!」 「研究者にそのようなものは不要です!」 いつも半ば強引に恋人を脱がせていたコンラッドは、初めて常に抵抗するの気持ちがわかった気がする。 言い合いながら力比べをする二人は、部屋のドアがノックされた音を聞き逃した。 「往生際の悪いっ」 「いい加減に……」 シャツの釦をすべて外し終えていよいよ脱がせようとアニシナがわずかに体勢を変えた瞬間を、コンラッドは逃さなかった。 床に押さえつけられていた方の腕を引き抜き、アニシナの脇の下を押し上げるようにして小柄な身体を上に浮かせる。こうなれば、体重の軽いアニシナを引っくり返すこともわけない。 「きゃっ……」 「いい加減に諦めて大人しくしてくれ」 一瞬で形勢逆転して、今度はアニシナを床に押さえ込んだ。 「少しは女性としての自覚を持った方がいいだろうね」 の百分の一でいいから恥じらいを持ってくれ。 心の底からそう呟くと、わずかに流れてきたひやりとした空気を不審に思って顔を上げる。 研究室のドアが開いているのかと見たその視線の先に、蒼白になった恋人と幼馴染みが立っていた。 |