重ねた唇の間から湿った音が部屋に響き、は恥ずかしそうに身じろぎする。 だが舌で小さな唇を割って口内に入るとおずおずとそれに応えてくれる。 腰を抱き寄せていた手を少しずつ下へと移動させて、あまりいやらしくならないように気をつけながら尻に触れる。 腕の中の小さな身体は少し震えたけど、逃げることなく俺の服を握り締めるだけだった。 熱に溺れる(8) 「―――大丈夫?」 それでも風呂場のことがあるので、訊ねずにはいられない。今度は向かい合っているのであのときのようにの恐れを滲ませた表情を見逃すことはないとは思うけど。 「うん、平気。……ううん、嬉しい。すごくすごく嬉しい」 は頬に添えていた俺の手を取って、指先に口付けをする。 「コンラッドの手、大好き。そう感じられることが嬉しいの。ちっとも怖くない」 ふわりと微笑んだの笑顔に、ついつい尻を撫でていた手は更に下へさがっていってしまう。 ……どうしてそう可愛いことをするんだ。 もっと触れたくなるじゃないか。 「よかった。……でもそこまで信頼されるのもちょっとつらいかもしれないな」 「どうして?」 俺の指を握り締めたまま小さく首を傾げて、はどれだけ自分が凶悪な仕草をしているかまったく自覚がない。 下へ降ろしていた手でにはわかりにくいようにスカートの裾の少しずつまくる。 「少しは警戒してもらわないと……言っただろう?はの気持ちを素直に俺にぶつけていいんだ。だって俺も自分の気持ちを素直にさらけ出しているから」 裾から差し入れた手で膝裏を撫でると、は小さく震えて俺の肩に頬を押し付ける。 「あ………っ」 僅かに漏れた声に不快の色はなかったが、風呂でのことを思うと俺も不安半分だったので少し自信が持てない。 「……嫌かな?」 「…………イヤじゃ……ない」 腕の中のは赤く頬を染めながら上目遣いで見上げてくる。 可愛すぎだ。 「本当に?」 「今度は本当、だよ……無理してな……やんっ」 掌を少し浮かせて指先だけで足を辿ると、は震えて俺にしがみついてきた。 目を強く瞑って、一見すると嫌がっているように見えるが恐れているのとは別だとわかる。 「これも嫌じゃない?」 「べ、別の意味でイヤ!くすぐったいっ」 「じゃあはこっちの方がいいということかな?」 触れられることではなくて、指先での接触が嫌だと言ってくれたので、また掌全体で往復するように太腿の裏側を撫でると、は口ごもりながら俺の服を握り締めた。 「あの……い、イヤじゃないけど……平気というわけでも……ないんだけど……」 「恥ずかしい?」 「うん………でも、怖くはないよ?」 「どこまでなら大丈夫そう?」 「え……わ、わかんない……」 戸惑うにように俯いて、俺の胸に顔を埋める。 「でももうちょっと平気」 「本当に?顔を見せて」 もう今夜は無理に我慢したりはしないだろうとは思うけど、お願いするとは恥ずかしそうにだが顔を上げてくれる。 漆黒の瞳は濡れて潤んでいるが、これは怯えてではなくて羞恥でだ。頬がほんのりと赤い。 安心できると、俺としてはもう少し先に進んでおきたい。なにしろ今夜ならが無理をしないとわかっているし、その上で俺に触れられることを望んでいる。 は恥ずかしがり屋だから、こういう体勢に素直に応じてくれる事態を見過ごすことは、なかなかに難しい。 「じゃああと少し。いい?」 「………うん」 の許可を得て、そうは言ったもののこれ以上足を撫でる手を上にあげると即、中断の声が掛かるだろう。 そうなると足ではなく上にしておく方が賢明か。の気持ちと身体が追いついてくれることを待つつもりはあるが、その上でできるだけこの芳しい身体を堪能したいのは俺の本音でもある。 形の良い耳朶にごく弱く歯を立てるとが小さく震える。 「ん………」 目を瞑って俺の服を握り締めながら、まだだめだとは言わない。 ワンピースの紐を解いた。 舌で弄っている耳の方に意識が向いているらしく、に止められることなく簡単にすべて解くことができた。 俺が肩を撫でるように服をずらして初めて気がついたようだ。 「え……あ、あの………」 「怖い?」 「まだ……大丈夫……だけど……」 少しが逃げ腰になったので、宥めるように肩を撫で続ける。急がば回れだ。 肌の上を俺の手が滑ることに気持ちが集中しないように肩より下には降りない。下へではなく首を辿るようにして上にあがると頬を撫で、逆に唇は下へと滑らせて頬に、そして首筋にキスをする。 「あ………」 俺の服を握っていたの指が震える。 すぐ耳元で小さく漏れた喘ぎはかなり効いた。 「……怖い?」 「へ……いき……」 少し強めに肩口に吸い付くと、は俺の頭を抱え込むように髪に指を差し入れてくる。 「や……」 まずい。 の途切れた息遣いにだいぶ俺も煽られてきた。 肩と首の付け根の間につけた赤い跡を確認するとそれがますます顕著になってくる。 確かに今までずっと堪えてきたとはいえ、今夜は一度手厳しい事態にもなった。今更これくらいでここまで興奮するとは思わなかった。 異性に興味を覚え始めたばかりの子供でもないだろうに。 だが欲求は増すばかりだ。の身体をもっと味わいたい。もっと先まで暴きたい。 だめだ。また怯えさせる気か。 理性的に振舞えるところで引き返さなくてはいけない。 そう思うのに、俺の意志で手を止めることは難しく、に止めてもらうしかないと頬を撫でていた手を滑らせて僅かに肌を見せていた肩から衣服を払い落として背中を撫で下ろした。 「あ……っ」 指先を下着に掛けると、が大きく震える。 風呂場でのことを思い出させる、ここがの限界だと思ったのだ。 だが俺が指先で下着を弄んでいる間も、は浅い呼吸を繰り返して一向にストップを掛けてこない。 「……?」 ひょっとしてもう声も出ないくらいに怯えているのだろうかと顔を上げると、頬どころか耳まで真っ赤に染めて俺から目を逸らす。 怯えてはいないようだが、止めるタイミングがわからないのだろうか。 「………今夜はここまでに……しておこうか」 断腸の思いでどうにかそう提案すると、俯いていたが驚いたように顔を上げる。 「え………で、でも……」 迷うように視線を彷徨わせて、それからまた俯いた。 「い……いいの……?」 「え?」 「だ……だって………あの…コ、コンラッド……の…あ……当たってる……んだけど」 気付かれているとは思わなかった。 余裕を持って相対するつもりだったから、決まりが悪くて俺も視線を逸らして暖炉の炎を見る。 いくら服を隔てているとはいえ、膝上に跨っていればさすがに気付くか。 「その……」 声が掠れてしまって、誤魔化すように一度軽く咳をする。 「その、は気にしなくていいから。後で自分で鎮めるよ」 「え、それって」 が顔を上げたのでつられて俺も見下ろすと、目が合った瞬間に大きく首を振って、ついでに顔の前で手も振った。 「う、ううん!な、なんでもないっ!」 大きく否定しながら仰け反るように身体を反らしたので、が膝から落ちないように慌てて背中を支える。 「危ないから、ゆっくり降りて」 「う、うん」 俺が払い落とした服を肩まで引き上げながら、は俯いたまま、もじもじと俺の服に指先を絡める。 「?」 急にどうこうというほど切羽詰っていないとはいえ、あまりこの態勢のままで可愛い仕種をされると、こう……理性にかなり痛いのだが。 「あの、あの……あの…ね……?」 ちらりと上目遣いで俺を窺って、すぐにまた俯いてしまう。 だから……理性にも下半身にも痛いんだよ……。 「あの……な、なにか、お手伝い……できる?」 「………は?」 間の抜けた声を出してしまった。 手伝いって……なんの? は恥ずかしそうに指先を絡めていた俺の服をぎゅっと握り締めた。 「あの……だ…だって……い……今、コンラッド……よ、喜んでくれてるんでしょ?」 「え、まあ……その………かなり」 あまりのプレッシャーになることは言わない方がいいだろうかと思っていたのに、つい本音が漏れる。 言葉で誤魔化したところで身体が反応しているのだからわかりきったことかもしれないけれど。 「コンラッドが喜んでくれるの……嬉しいから……で、できること、ないかなって……」 ………さっきが反応した意味がようやくわかった。 自分で鎮めるって、俺が自慰をすると連想したのか。 確かに手っ取り早い方法といえばそうなのだが、俺としては精神を落ち着けるという意味だったんだが。そうでなければどうやってを部屋まで送れるんだ。 にここで待ってもらって隣のトイレに篭ってというのはいかにも間が抜けているし、夜の廊下をひとりで帰らせるなど以ての外だ。 赤くなって俯いている横顔に、一瞬浮かんだ不埒な想像を慌てて思考から追い出す。 に口や手でなどお願いできるはずがない。 第一、そんなことはにはできないだろう。できることはないかと訊ねてきた手前、どうにかしようと努力するかもしれないが、それではまた同じことの繰り返しだ。 に無理をさせたいわけではない。 「気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ。は心配しなくていいから」 右の頬に手を添えて、左の頬にキスをするとは途端に悲しげに眉を寄せた。 「それで、またコンラッドだけが我慢するの?」 「にはまだ無理だよ。俺が遥かに年上なんだから、俺が慎重でなくちゃね」 「でも……!」 「はまだ怖いだろう?」 セックスも、それに準ずる行為もこの辺りがの限界のはずだ。 そう言うとは困ったように俯く。 「こ……怖い……けど……」 「無理しなくていいんだ。ゆっくりでいいから」 「怖いけど……コンラッドが喜んでくれるのは、嬉しいよ?」 頬を撫でていた俺の手を取って、握り締めるその手は震えている。 「コンラッドが……こ、こんな風に……わ、わたしに反応したの……怖い、けど……嬉しいよ。もっと側にいたいの……ど…どうしても……ダメ?」 だめだと、俺にそう言えと? 震える手は、だけど俺の指をしっかりと握り締めている。この手を外すには俺が明確な意思を以って力を込めなくてはいけない。 難しいことを要求してくれる。 「……怖いんだろう?まだ無理だよ」 俺からはどうしても手を外すことができず、に引いてもらおうともう一度繰り返すと、は泣き出してしまいそうな表情で顔を上げて俺を見つめる。 「怖いのは、ずっとだよ。だって初めてなんだもん。男の人とこんなことするの……初めてなんだもん。怖いよ。でも……わたしが怖くなくなるの待ってたら、ずっと何もできない…」 「……」 どう宥めるべきなんだ。 怖いことはずっと怖い。それは本当のことだろう。 いつか怖くなくなる日がくるというのは嘘にしか聞こえないだろう。 今で十分に満足なんだ。 ……これもきっと通用しない。俺の今までの行動がそれを物語っている。 迷いながら口を開いたら、宥めるどころかまったく逆の言葉が口をついて出た。 「ベッドに行ける?」 ははっと息を飲んで、俺の指を更に強く握り締める。 それから、おずおずと戸惑うように、だがはっきりと頷いた。 「うん………」 頷いたまま俯いてしまったの髪に、そっと口付けを贈る。 「はなにもしなくていい。でも、触っていいかな?」 「え……なにも……?」 「君の肌を、身体を、隅々まで俺に見せて。それから触らせて。それだけで十分すぎるほど興奮する。もちろんこれ以上は無理だと思ったらちゃんと教えて欲しい。決して我慢しないと約束してくれ」 は真っ赤に顔を染めて、握り締めていた俺の手を胸に抱き込んだ。 「……本当に……嫌なら、言うよ。約束する。だから……どうかわたしばっかりを気遣わないでね?……コンラッドが喜んでくれたら、それがわたしは嬉しいから……」 「じゃあお互いに約束だ」 一度の手を握り返してから引き抜くと、膝の上の小さな身体を抱き上げて椅子から立ち上がった。 |