もう一度行かないでと言って振り払われることが怖くて、傷ついた顔をしたコンラッドが出て行くのを黙って見送ってしまった。 どうしよう。 どうしよう、こんなつもりじゃなかったのに。 水着の下を直接洗いたいと言われたとき、せっかくここまで我慢したのに、ここで嫌だと言ったらきっとコンラッドは興醒めしてしまうと思って、だから頷いた。 でもあんな風に怯えて傷つけるくらいなら、これ以上はだめと言った方がずっとよかった。 熱に溺れる(6) 泣いてたって仕方がないと思うのに、身体に萎えたように力が入らなくて湯船で膝を抱えてひたすら零れる涙を拭う。 どうしよう。馬鹿なことをやって、今度こそ本当に呆れて嫌われてしまった。 「……っ……コ…コンラッド………ごめ……なさい……ごめん、なさい……」 触られて怯えるくらいなら、最初から誘わなければいいのに、あんな風に期待させて余計に気を悪くさせてしまった。 疑ってるわけじゃないとか自分に言い訳していながら、コンラッドが浮気したら嫌だと勝手に不安になって、勝手に焦って、それでコンラッドを傷つけた。 馬鹿だ。本当に馬鹿だ。 泣いたって仕方ないのに。 謝るならコンラッドに謝らないと意味がない。 だけどもし、何しに来たって言われたらどうしたらいいの? 「どんな形でも拒絶というのは突き放されたと感じるものだからな」 ヴォルフラムが言ったことを、胸に刺さるような痛みと一緒に実感する。 コンラッドに拒絶されたら、どうしよう。 怖い。 立たなくちゃと思うのに足は少しも言うことを聞いてくれなくて、とうとう湯船の底に両手をついて本格的に大声を上げて泣き出してしまった。 「……コンラッドぉ………」 「!?」 脱衣所に続くドアが開いて、一瞬コンラッドが帰って来てくれたのかと期待した。 だけど、驚いたように立ち尽くしているのは有利で。 「気分は大丈夫かなって、寝顔を確認に来てみれば……ど、どうしたわけ!?なんで風呂場で泣いてんの!?」 「……何でもない」 鼻を啜りながら目を擦ると、有利は慌てたように濡れたタイルの上を駆け寄ってくる。 「なんで何でもないのに風呂場で泣くんだよ!コンラッドの名前が聞こえたけど……」 「コンラッドは関係ない!」 わたしが勝手にしたことでコンラッドが有利に怒られたらと思うと、血の気が引く思いだ。 必死に否定したけど、湯船のすぐ横まで駆け寄ってきた有利は一瞬でわかってしまったようだった。 「……一緒に入ってたのか?」 「ちが………」 有利が無言で湯船から出ていた肩を撫でて、水着の紐を軽く摘む。 「じゃあなんで水着で風呂に?」 頭が真っ白になって、何の言い訳も出てこなかった。 「……コンラッドが無理やり言ってきたのか?一緒に入りたいって」 「違う!」 「だってじゃあなんで一緒に入ったんだ!?なんでが泣いてるんだよ!」 「わたしが誘ったの!一緒に入ってってお願いしたの!」 「庇うことないだろ!?」 「本当だもんっ!わたしが誘ったの!」 ふたりで怒鳴りあって、声の反響する浴室では耳が痛い。 有利の憤慨した顔を見ていると、コンラッドもこんな風に怒っていたらどうしようと悲しくなってきて、止まっていた涙がまた零れる。 「わたしが誘ったの……そ、それなのに………」 「……?」 「コ……コンラッドに……嫌われちゃったよぉ………」 湯船の縁に手をついて、有利は怪訝そうにわたしを覗き込む。 「コンラッドがさあ、を嫌いになるはずないじゃん」 「だって、わ、わたしから誘ったのに、ずっと怖がってたんだよ……い、いいって……自分で言ったのに……」 「……いや、その。おれとしてはそもそもお前がコンラッドを自分で誘ったってことからして信じらんないんだけど、本当にコンラッドを庇ってるわけじゃないんだな?」 「違う。わたしが誘ったの」 「なにも調子の悪い日に誘わなくても。コンラッドも受けるのはどうなのさ」 「調子悪くないよ。ずっとどう言ってコンラッドを誘おうか考えてたの」 有利は両手をタイルについてがくりと項垂れた。 「昼間水着選びしたの……おれじゃなくてコンラッドと入るためだったのか」 「ご、ごめん……」 ダシにしたことを謝ると、有利は服が濡れるのも構わずにタイルに座り込んで湯船に肘を置いて頬杖をつく。 「じゃあほんとにが誘ったんだなー……でもなんで急に」 「………喜んでほしかったの」 「コンラッドに?でもなんで風呂なんだよ。いつものコンラッドの様子から言って、ちょっとそれは危険すぎる選択だろ?」 「だって…午前中に有利と一緒のお風呂を反対されたとき『そんなに誰かと一緒がいいなら俺と入る?』って言われて、絶対イヤって言っちゃったから……絶対だなんて……」 「だからさあ、それでも別のことでフォローすればいいじゃん!風呂はやばいでしょ!?しかも水着もビキニの方だしさ!」 むっと顔をしかめて咎める有利に、わたしはまた涙が滲む。 「やっぱり……お風呂だと、コンラッド期待したかな……?」 「嫌われたって…ひょっとして、触られんの拒否したとか?それでコンラッドが怒ったの?」 「そうじゃなくて……あの……が、我慢したの」 「はあ?」 有利は怪訝そうに眉をひそめて聞き返してくる。その声の大きさに、居たたまれなくなってお湯の中で拳を握り締めて俯いた。 「コンラッドがわたしの身体を洗いたいって言うから、我慢したの。恥ずかしかったけど……こ、怖かったけど……それでコンラッドが喜んでくれるならって……。何度も本当にいいのかって聞かれたけど、大丈夫って答えて、それなのに本当は怯えていたの……コンラッドがそれに気付いて、それで……」 「それで怒ったのかあ………」 有利は深く深く、溜息をつく。 「や…やっぱり傷つくよね……?こ、恋人なのに、あんなに怯えて、嫌がって、自分から誘ったのに………っ」 涙が零れそうになってぎゅっと目を瞑ったら、同時に頭に衝撃が落ちてきた。 「なっ!?」 驚いて頭を押さえながら顔を上げると、右手を手刀の形に構えたまま真剣な表情で有利がわたしを睨みつけている。 「ゆう………」 「お前さあ!」 わたしが戸惑いながら声を掛けようとすると、それに被せるように有利が大声を上げた。 「なんでコンラッドが怒ったのか、傷ついたのか、ホントにちゃんとわかってる?わかってないだろ!?」 「わ、わかってるよ!」 「お前が怖がってたことに怒ってたわけじゃないだろ!?」 「……え?」 言われて思い出す。 確かにコンラッドは最後にそう言っていた。 「だから、俺は君が怯えたことには怒ってないんだよ」 そう……言っていた。 有利はもう一度溜息をつきながら構えていた右手で顔を覆う。 「そりゃさすがに堪えるよ。なんで我慢なの?」 「だ……だって……コンラッドはずっと我慢してたんだもん。わたしともっとエッチなことしたいの……ずっと……だ、だからわたしも……」 「あのなあ……エッチなことしない我慢と、エッチなことされる我慢は全然別物だろ?我慢してる相手にエッチなことしたって楽しいわけないじゃん!」 「だ、だから……怯えたりしなければ……」 「違うだろ!?なんのためにコンラッドが我慢してたわけ?お前に我慢させないためだろ?お前を大事にしたいからだろ?お前が成長するのを待っててくれたんだろ?お前はそれを全部無駄にしようとしたんだぞ!」 有利は両手でわたしの顔を掴むと、まっすぐに怖いくらいに真剣な目で見据えてくる。 「大事にしたいって、一緒に幸せになりたいって、だからずっと待ってたのに、我慢だって?じゃあコンラッドの今まではなんだったわけ?一緒に前に進もうって努力じゃなくて我慢!大事にしてる恋人を、自分の手で傷つけそうになったコンラッドがどんだけつらかったか、お前わかってる!?」 「わ………」 わかってなかった。 コンラッドはわたしが安易に誘ったことでも、そのくせ怯えていたことでもなくて、我慢していたことに傷ついたんだ。 「……怖いって………言えば……よかったの…かな……」 「そうだよ!我慢じゃなくて、お前もしたいとかコンラッドがしてもいいと思えるところまでで止めればよかったんだ。今日は一緒に湯船に浸かって混浴。それだけって言えばよかったんだ。そしたらコンラッドだって傷つかなかったよ。きっと楽しかったよ」 「わ……わたし……馬鹿だね……」 「本当に馬鹿だよ。焦りすぎなんだよ。はまだ十六歳で、コンラッドも気長に待つって言ってるんだから待たしておけばいいの!」 「……ヴォルフラムと同じこと言ってるー」 ぐずぐずと泣いていた涙を拭いながらそう言うと、有利は難しい顔をして眉間に皺を寄せる。 それがグウェンダルさんそっくりの表情をしているときのヴォルフラムに似ていて、ちょっと笑ってしまった。 「あのね、有利……明日のロードワーク中止してくれる?」 「は?……な、なんで?」 「コンラッドに謝りたいの。出来るだけ早く、ちゃんとお話ししたいの。ロードワークを中止してくれれば、その時間が空くはずだから」 「ああ、そういうことか。わかったよ。可愛い妹と日頃世話になってる名付け親のためだ。ロードワークくらいは一日休むよ。その代わり、ちゃんとしっかり謝るんだぞ?」 「うん」 「それから、お前はまだ高校生なんだから、節度ある付き合いを心がけるように!さっきは混浴って言えって言ったけど、本来それだって以ての外だからな!」 「うん、ごめんなさい」 人差し指を上げて難しい顔で禁止事項をひとつひとつ増やしていく有利に、苦笑しながら残っていた涙を拭った。 |