本当に、今日という日そのものが夢かもしれない。 身体を洗うという名目で、掌で直接の肌を撫でる。 それもの許可を得て。 「このままだと洗いにくいからね」 そう言うと、は素直に俺の膝に座ってくれた。 最初は緊張で身体中の筋肉が強張っていたけれど、首から肩へ肩から両脇を滑るように腹へ、そして足へとスポンジ代わりに泡をつけた掌で擦っていくと、ときどきぴくりと震えて耐え切れないように小さく声を漏らす。 「っ………ん……」 これは……興奮する。 丹念に洗うほどにの息が上がり、段々と前のめりになっていく身体を抱き直して俺にもたれるようにさせる。 「ちゃんと俺にもたれて。じゃないと落ちるよ」 そっと後ろから囁いて唇で耳を挟んで舌でその形をなぞると、は弾んだ息の合間に艶を含んだ声を上げた。 「やぁ………だ……」 そんなことを繰り返して、足の先まで洗い終わる頃には息も絶え絶えになっていた。 熱に溺れる(5) 決して俺のすることに怒らないし逃げることもない。 滑らかな手触りの肌を楽しみながら、足の指先から腹の上まで掌を滑らせて戻るとはびくびくと震えながら俺の腕に爪を立てた。 の腹の上で指を組んで俺に細い身体をもたれさせると、そっと窺うように顧みてくる。 「も……終わり、だよね?」 どこか懇願するような響きがあって、頷いてあげたくなった。それに嘘はない。 だががこんなに触らせてくれることなんて滅多に……いや、初めてのことでここで引くのは惜しい気がしたのも事実だ。 その潤んだ瞳も上気した頬も、それから抑えようとし続けたために掠れた声も俺にとってはひどく蟲惑的で。 ずっとキス以上は拒み続けていたが、俺の手に感じていると思うとそれがまた嬉しくもあり興奮もする。 もう少し……がいいと言ってくれるのなら、もう少し楽しみたい。 「大体はね」 「だ、大体……?」 は首をかしげて他にどこか洗うところがあるだろうかと考えたようだ。少し不安そうな顔をしたが、俺が指を滑らせて爪先を水着のブラジャーにかけると、大きく震えた。 「ここが、まだ」 「やっ………」 息を詰めて小さく悲鳴を上げる。 がどうしてもだめだと言えば引く気はあった。嫌われたくはないし、に不快を押し付ける気もない。 「で……でも……紐……解かない、約束……」 「紐は解かなくても、ほら」 「あっ!」 爪先だけ水着の下に潜らせると驚いたように俺の腕を押し返そうとする。 やはりこれ以上は無理か。水着じゃないと一緒には入れないと言っていたくらいだし。 半ば諦めて、ここまでが俺と触れ合ってくれたことに満足すべきだと指先を水着の下から抜きながら、そのくせ最後に諦め悪く訊ねてしまった。 「……だめ?」 後ろから甘えるように囁く。 ダメ!と強く否定が帰ってくると予想していたのに、すぐには返事がない。 「……?」 「う、上だけ……なら……」 自分でお願いしておいて、一瞬なにを言われているのかわからなかった。 「む、胸だけ……なら……いい、よ……?」 浮かれていた気分のどこかが一瞬だけ冷静になる。 が許可をくれるなんて、本当に? だがそれも一瞬だけだった。 「無理……してない?」 「………ちょっと……で、でも平気」 平気なはずはないだろう。今まであんなに恥ずかしがっていたのに。 だけども歩み寄ろうと努力してくれているんだ。 そう思うとどうしようもなく幸せで、それでももう一度だけ確認する。 「本当にいい?」 は俯きながら黙って頷いた。本当に恥ずかしいのだろう。 「やっぱりだめだと思ったら、言っていいからね?」 何度も肯定させる方が可哀想かもしれないと、最後に一言付け足してが頷くのを確認すると水着の下へ指先から掌を滑り込ませた。 「……っ………」 は声を押さえるように両手で口を塞ぐ。 泡が口に入りはしないか気になったものの、そう訊ねても首を振るだけだ。それ以上に声を漏らす方が嫌なんだろう。 直接に触れたの胸は、心地いいほどに柔らかく温かく、掌全体で包み込むようにゆっくりとその感触を味わった。 早鐘のような鼓動が直接掌に伝わってくる。 可愛い頂を軽く指で挟むと、腕の中の身体が大きく震えた。 「怖くないよ」 小刻みに震えているを宥めるように囁いて、優しく揉みしだく。 つい力が入りそうになるところを、自分自身で宥めながら下半身が反応しないようにと頭の中ではできるだけ別のことを考えるようにする。は膝の上に座っているから、水着一枚では反応したときすぐに伝わる。これはさすがに怯えさせてしまうだろう。 ああ、けれどがこうやって俺と先に進みたいと思ってくれるなんて。 「……」 幸福に酔いしれながらどうにかにも緊張よりも快感を覚えてほしいと、そっと俯いた横顔を覗き込んで、まるで冷水でも浴びせられたように急激に頭が冷えた。 即座に水着から手を引き抜くと、は両手で口を押さえながらも明らかにほっと息をついた。 俺が手を引いたから、安心したんだ。 覗き込んだの顔色は、全身を洗っていたときの上気したほのかな赤みなど完全に引いて蒼白になっていた。 両手で口を押さえて、俺が覗き込んだことも気付かないほどに強く目を瞑って、目尻には涙が滲んでいた。 手で無理やり押さえ込んだ声は、感じている喘ぎではなくて嗚咽だったということか。 なんて愚かなんだ。 も俺とステップアップしようと努力してくれているのだと、そう考えたのだ。 あのが、段階も踏まずにこんなに急に。 十分に浮かれておめでたい頭になっていた証拠だ。 「……」 俺の声色が明らかに変わったことに気付いたらしく、は怯えたようにびくりと震えた。 腹が立つのは、俺自身に対してなのかに対してなのかわからない。 にこんなに無理をさせたことを、そしてそれに気づかなかったことも。 泣くほどに嫌ならはっきりとそういってくれればよかったのに。 嫌々の身体を差し出されて、が傷ついても俺が楽しめると、そう思ったのだろうか。 溜息が漏れる。 いや、違う。だからは悲鳴を堪えたんだ。俺が楽しむように、嫌なことを嫌と言わず、怖いことを怖いと言わず、ひとりで嫌な思いを抱えて済ませようとした。 桶に湯を張って、抱えた小さな身体の泡を洗い流しながら、もう一度溜息を漏らす。 「泣くほど嫌ならはっきり言えばいいんだ」 思ったよりも刺々しい声が出て俺自身が驚いた。 自分に対する苛立ちまで込めてしまった責める言葉に、は小さく消え入りそうな声を上げた。 「だ……だって……」 だって。 『違う』ではなくて『だって』。 そうか、やはりつらかったのか。 「どうしてこんな馬鹿なことを」 こんなを傷つけるような言い方はしたくないと思うのに、声は冷たく凍えてしまい、とうとうが嗚咽を漏らす。 「ごめん……なさ………」 必死に涙を堪えようとしているらしく、背中を丸めて両手で再び口を押さえる。 小さくしゃくり上げる声が浴室に響いて、腹が立つのに胸が痛む。この矛盾が更に俺の不快を煽る。 だけど、が泣いている。 「……どうして、が謝るのかな」 「ごめ……」 「じゃあ悪いことをしたと思っているのか?なにが悪かったと」 「わ…わたし……こ、怖がる…つもり……じゃ……ち、違う、の……」 「ああ………」 そっちか。 泡をすべて洗い流すと、うずくまるを抱き上げて浴槽へと連れて行ってそっと中へ降ろした。 「血の気が引いて身体が冷えてる。ゆっくり温まってから上がってくるんだ。いいね」 両手で顔を覆っていたは、驚いたように顔を上げて俺を見る。 「コンラッドは?」 乳白色の湯の中に隠れてしまった身体に目をやって、それからに視線を戻すと頬を撫でた。 「今日はもう帰るよ」 途端にの視線が怯んで、両手で頬を撫でる俺の手を掴む。 「い…行かないでっ」 何度目かの溜息が漏れた。 「どうして伝わらないんだろう。君がこういった行為に怯えることは、俺だって最初からわかっているんだ」 最初からわかっていたのに、浮かれて忘れて……いや、都合よく解釈しただけで。 「だから、俺は君が怯えたことには怒ってないんだよ」 怯えられたのはつらいけど、そんなことは俺が浮かれたりせずにをしっかりと見ていれば、様子がおかしいことには気付けたはずだ。 まだ涙の残る漆黒の瞳は不安そうに俺を見上げる。 どうして、わからないんだろうね。 俺はただ、悔しいだけなんだ。 |