服を脱いでいたら、今更ながらに自分の行動に自信がなくなってきた。
コンラッド、本当に喜んでくれるかな。
一緒に入ったって精々コンラッドの背中を流すくらいしか出来ることないし。
……スタイルがすごくいいわけでもないし。
首の後ろで水着のブラの紐を固く蝶々結びして、深呼吸をする。
大丈夫。そこまで喜んでもらえなくても、少なくとも一緒に入るだけで怒らせるようなことにはならないし、傷がないことを確認してもらうことも目的のひとつなんだし。
何かの拍子に解けたりしないように、水着の紐は本当は固結びしたいくらいだったけど、それはお風呂から上がったときに大変だよね。下手なことして、逆にコンラッドに解いてもらわなくちゃならなくなったら大変だ。
バスルームのドアを開いたら、脱衣所まで湯気が漂ってきた。
逃げ出しそうになる気持ちを、胸に手を当ててもう一度深呼吸することで落ち着かせようとしたけれど、その胸では心臓がバクバクいっていることが掌から伝わって余計に緊張してしまった。
頑張れわたし。あんまり遅くなったらコンラッドに変に思われる。
浴室に入って、もう半分ほどドアを閉めてから顔だけ脱衣所のほうに出して声を掛ける。
「もういいよ、入って」
声だけ掛けると、慌てて扉を閉めた。同時に脱衣所の向こうの扉が開いた音が聞えた。
もう口から心臓が飛び出そう。
お互いに水着なんだからそんなに緊張しなくたっていいのに!
ちょっと自分で自分に腹を立てながら、急いで浴槽に向かう。
脱ぐにも着るにも男の人は早いから。
入浴剤入りの乳白色のお湯に浸かったところで、扉がノックされた。



熱に溺れる(4)



扉が開くと同時に、思わず視線を落としてしまった。肩までお湯に浸かったまま、湯船の奥の方に移動する。
ぺたりと素足でタイルの上を歩く音が近付いてきて、お湯に浸かったばっかりなのにもう湯あたりしたいみたいに眩暈がする。
し、しっかりしないとー!
「入っていいかな?」
「ど、どうぞ!」
声が裏返ってしまった。ものすごく恥ずかしい。
小さくコンラッドが吹き出す声が聞えて、ますます居たたまれない。
「そんなに緊張しなくても、とって食べたりしないから」
「う、うん」
乳白色のお湯を見つめて湯船の奥に移動しながら頷くと、視界の端にコンラッドが湯船に入ってきたところが見えた。
「そんなに離れてたら、湯気もあるんだからの身体がよく見えないよ」
「う、うん」
一応目的の要は傷や痣がないことを見てもらうことでもあるから、それが見づらいと意味がない。
「少し湯が熱めかな。ゆっくりと浸かった方がリラックスにはいいから水を足そうか」
「う、うん」
さっきから同じ返事しかしていない。自分から誘っておいてこれはどうなの!?

今にも笑い出しそうな声で呼ばれて、そろりと顔を上げたら笑いを堪えているコンラッドと目が合った。
「そんなに緊張されると俺にも移りそうだ」
嘘ばっかりー!緊張のきの字も見えないよ!
乳白色のお湯からコンラッドの手が伸びてきて、わたしに差し出された。
「もう少しこっちに。右肩を見せて」
「……うん」
それが目的なんだし。
そう自分に言い聞かせてドキドキする胸を押さえながら湯船の中を移動した。
差し出されたコンラッドの手に、そっと手を置くと柔らかく握られる。
「大丈夫、ヒルドヤードと一緒だよ」
あのときはふたりきりじゃなかったもん。
引かれるままに近付いて、すぐ側で腰を降ろす。
「ああ……赤くなってるな」
コンラッドは少し眉を寄せたけど、わたしの痣なんてコンラッドの肩の傷に比べたら目じゃないんですけど。
「こんなのすぐ治っちゃうよ。それよりコンラッドの方が痛そう……」
刀傷だった。
わたしも本物の日本刀を居合いで扱うこともあるけど、こんなに大きな刀傷を見たのは初めてで、この人は本当に戦いに出ているのだと実感してしまった。
ヒルドヤードの温泉ではコンラッドから目を逸らしてばかりであまり見ていなかったから、傷があるんだとわかっていたくらいだった。
でもちゃんと見るとそれは鎖骨近くまで届く斜めに刻まれた大きな傷で。
「これ?こんなの昔の傷だからね。でもの怪我は今のものだろう?」
「……さ、触ってもいい?」
「もう痛むわけじゃないから、気兼ねなくどうぞ」
恐る恐ると手を伸ばして、コンラッドの左肩の傷跡を触る。
「そんなに泣きそうな顔をしないで」
「だって……」
「大きな傷はこれと脇腹のやつがあるかな。触ってみる?こっちははみ出しそうになった腸を押さえながら歩いたくらいだったよ」
手を取られて気楽に言ったコンラッドに導かれるままに触ったところは、不透明なお湯で見えなくてもその傷の大きさと深さがわかった。肌が捩れるように少し抉れた跡がある。
肩の傷よりも数段酷い怪我だったんだろう。
「俺は武人だからね。大きなものは数えるほどでも、傷跡自体はあちこちにある。だからそんなに気にしないで。やられた跡だから格好悪くて自慢にもならないけど」
「そんなことない!」
なんてことはないんだと笑顔で言い切ったコンラッドに、身を乗り出して訴える。
「格好悪くなんてないよ。コンラッドが頑張った証拠だよ。眞魔国の、大切な人のために戦った跡だもの」
コンラッドは驚いたように目を丸くしたけれど、わたしは脇腹の傷を掌で撫でてコンラッドを見上げた。
「生きて、今ここに……わたしの側にいてくれる……傷が治ったから、生きているから、コンラッドと一緒にいられるの。だから、わたしには大切な跡だよ」
……」
コンラッドの濡れた手が頬を撫でて、柔らかな微笑が端整な顔に浮かぶ。
「で、でも治った跡だからだよ。もう傷なんて増やしちゃいやだからね」
頬を撫でてくれる手にわたしの手を重ねてコンラッドの目を見つめると、銀色の光彩の散った瞳が嬉しそうに眇められた。
「俺も今、君と共にあることがとても嬉しいよ」
ゆっくりとコンラッドの顔が近付いてきたけれど、さっきまでの緊張はいつの間にかなくなっていて、わたしも目を閉じた。
コンラッドが今、側にいてくれる。
それがなにより嬉しい。
触れ合った唇が温かい。お湯の中でコンラッドの左手がわたしの右手をぎゅっと握り締めてくれて、わたしも強く握り返した。


「んっ………」
何度も重ね合わせた唇が離れるとき、湿った音が耳に聞えた。お風呂場だったから音が反響して、いつもよりずっと大きく聞えて途端に恥ずかしくなる。
こ、こういうことをするために一緒に入ったんじゃなくて……。
半ばコンラッドの腕の中に抱き込まれた体勢に今頃気付いて、少し後ろに下がる。
……下がろうとしたのに、コンラッドに腰を抱き寄せられた。
「ちょ……ど、どこ触って……」
「だって、まだ傷がないかのチェックは終わってないよ」
「で、でも……その……ち、近すぎるし、お湯に浸かったままだとどうせ見えないし……」
忘れてた。ヒルドヤードの温泉でもコンラッドは有利にはわからないようにこうやって湯船の中であちこち触ってきてたじゃない!
おまけにワンピース型の水着で布地を隔てていたあの時より、直接肌を触られている分だけこっちの方が恥ずかしい。
「じゃあ湯から上がろうか」
ひょっとしなくても墓穴ですか。
ううん、傷なんてないって確認してもらうことが目的のひとつだったんだから、これは予定のうちだよ。
「あのでも……さ、触っちゃダメだからね」
「そんな厳しいことを言わなくても」
「だって見るだけでわかるじゃない!」
「じゃあ確認した後での背中を流すくらいはいいよね?」
「え……背中……?」
「そう、背中。せっかく一緒に入っているんだから、後でも俺の背中を流してくれたら嬉しいんだけど」
コンラッドの背中を流すのは予定のうちだったけど。
わたしの方は考えてなかったんだけどな。
有利とも一緒に入れば背中は流しっこするけど……いまいちコンラッドだと信用できないというか……。
「へ、変なことしない?」
「しないよ。変なことはね」
「水着の紐とか解いちゃだめだからね」
「わかってる。解かないよ。事故を装ったりもしない」
コンラッドが胸に左手を当てて、右手を上げて宣誓する。
わたしから一緒に入ろうって誘っておいて、これ以上疑うのも失礼な気がするし……少しコンラッドから離れて、そろりと湯船から上がった。
「よく見せて」
う……じっと見られると水着を着ていてもやっぱり恥ずかしい。
そういえば、水を足してお湯の温度を下げたせいでいつの間にか湯気が薄くなっている。
ツェリ様みたいなセクシーな身体だったら自信を持てるかもしれないけど、水着でも見せられるだけの身体じゃないのにー!
い、いやいや落ち着いて。これは傷跡がないかのチェックであって、ボディーラインのチェックじゃないんだから!
顎に手を当てて、じっとチェックしていたコンラッドは少しすると頷いて立ち上がった。
「確かに、今日は肩をぶつけたくらいみたいだね」
「ね、そうでしょ?」
ようやく終わったとほっと胸を撫で下ろして湯船から上がったコンラッドと浴室の中を移動する。
「じゃあ、コ……」
の背中を流してあげるよ」
先手を打たれて口の中に言葉が引っ込んでしまった。
ま、まあ約束だし。
「後で交代するね」
「そうだね……交代する気になってくれればね」
「え……?」
コンラッドがなにか小さく呟いたような気がして振り返ったけど、すぐに軽く肩を押して椅子に座らされた。
「さ、は前を向いて」
「う、うん」
後ろでスポンジを泡立てている音が聞えるけれど、妙に落ち着かない。
家のお風呂みたいに前に鏡があればコンラッドの様子も見えるのに。
「力が強かったら言ってくれ」
そう言いながらコンラッドが背中をスポンジで擦り始めたのだけど。
「ちょっと!コ、コンラッド」
強いどころか、肌の上にどうにか触れているくらいの弱々しさでスポンジが背筋を通って、くすぐったさに身を捩る。
「やだっ!もうっ……ふ……っちゃ……ちゃんと……してっ」
笑い出しそうになりながら抗議すると、今度はちゃんと力を込めて背中が擦られた。
「も……もう……」
「笑うとリラックスできるかと思って」
後ろからは楽しそうな声が聞えてくる。
確かに、変な硬直はなくなったけどさ……。
気持ち的には楽になったけど後で仕返ししてやると心に決めていると、軽く腕を持ち上げられる。
「はい、腕上げてて」
「え、あ、うん……って!脇はいいですっ!脇腹も普通に自分で手が届くから!」
「いや、でも楽しくて」
「わ、わたしは楽しくないっ」
コンラッドの手からスポンジを取り上げようとしたら、少し強めに擦られてつい息を詰めてしまった。
「ごめん、強かった?」
「もういいから交た……」
コンラッドの手からスポンジを取り上げたら、そのまま大きな手が肌を擦るようにお腹の上にまで回ってきた。
「ちょ、ちょっとっ!」
「まだ途中だよ」
「やっ……」
耳のすぐ後ろからコンラッドに囁かれて、小さく震えてしまった。
「スポンジだと強く擦りすぎるみたいだから」
どんな言い訳ですか!?
ボディーソープがついたコンラッドの手は滑るみたいに肌の上を行き来して、腕を捕まえようとしてもぬめってすぐに逃げられてしまう。
「へ、変なことしないってっ」
「変じゃないよ。だって身体を洗っているだけだろう?」
「や、やだ……」
「………どうしても、だめ?」
そんなこと言いながらボディーソープの泡に濡れてぬるぬるとした片手はお腹の上を、片手は太腿を撫でている。
「だ………」
勢い込んでダメと言おうとしたのに、こんなときに限ってよせばいいのにヴォルフラムの言葉を思い出してしまった。
「拒絶していれば、ぼくにだって非があることになる」
笑顔で、にこやかに女の人と廊下で立ち話しているコンラッド。
全然浮気なんかじゃなくて、よくある風景で、でもコンラッドともう少し進めたら、あんなところを見ても変な不安になるようなこともなくなる……?
「ほ……ほんとに洗う……だけ、だよね?」
「いいの?」
コンラッドから言ってきてのに、驚いたような声が聞えて恥ずかしくて涙が滲んだ。
「や、やっぱり……っ」
「うん、洗うだけ。だからさせてほしい」
後ろから抱き締められて、背中に感じるコンラッドの体温に眩暈がしそうだった。








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