「あたたた……」 自分で挑発しまくったとはいえ、コンラッドにさんざんしごかれて身体中がギシギシと悲鳴を上げている。 有利の執務時間が終わるまでの間、たっぷりとしばき倒され続けて口の中は大惨事。 今日の食事はつらいに違いない。 結局仕事は終っていたのだろう。 最後まで見学してたヨザックさんは、わたしを称えて拍手を贈ってくれた。 EXTRA4.強情なわがまま(2) 部屋に戻って痣になっている腕の上に濡らしたタオルを当てていたら、ノックがあった。 慌てて袖を下ろして体裁を取繕うと、入ってきたのはヨザックさんだった。 なんだ、気にすることもなかった。 「氷の配達ですよ〜。痣だらけっしょ?」 「ああ〜助かります〜」 わたしは拝みながら袋に入っている氷を取り出して、タオルに包んでまた袖を捲くった。 「うわぁ。姫ってば細いから野郎どもと違って痛々しい〜」 「別にこれくらいの打ち身、日本の道場でも日常茶飯事なんですけどね」 道場剣術なんて言ったりしてはいるけれど、日本の居合いを疎かに考えているわけではない。あくまで、実戦が必要とされるこちらでは、コンラッドに教えてもらえる剣術の方が実情に即しているというだけの話だ。 「……それにしても驚きましたね。姫があんなにお強いとは」 「一対一でのみなら、少しだけは」 ヨザックさんは苦笑して、軽くわたしの頭を撫でる。 「ま、そんな焦んなくてもいいでしょうに」 「わかってはいるつもり、ですけど」 「……あんまりうちの隊長をいじめないでくださいね」 どういう意味ですか、と聞き返す前にヨザックさんは反転して手を振りながら出て行ってしまった。 いじめるなって、叩きのめされたのはわたしの方なのに? ヨザックさんがいなくなってすぐにまたノックがあって、わたしは再び袖を降ろしながら氷の入った袋もテーブルの下に隠す。 今度はコンラッドだった。 部屋に帰ってきてまず打ち身を冷やそうとしていたわたしとは違い、既に汗に濡れたシャツを着替えて身なりも整えている。 実力だけでなく体力の差も歴然なんだから、この違いも当然なんだろうけれど、ちょっと悔しい。 というか、好きな人の前で汗だくのシャツのままってどうなの、わたし? コンラッドが清潔感を見せているせいで余計に居たたまれなくなって、ヨザックさんの時とは違い、安心して痣を冷やし直す気になれなくてソファから立ち上がった。 「、傷の具合は……」 「大丈夫、平気。傷なんて大袈裟だよ。ごめんね、無理言って。でも、ありがとう」 後半は、ちゃんと教えてくれた。少なくとも、型なんて気にせずになんとしてでも相手の懐に刀を捻じ込むなどというのは、道場では絶対にやらない。だからってコンラッドがめちゃくちゃに剣を振れと言ったわけではない。 より無駄なく、より正確に、急所を狙う癖をつけろと何度も打ち込みされて、何度も必死で防御した。 「傷を見せてくれないか?」 「だから傷ってほどじゃ……」 反論しようとしたのだけど、あまりに心配そうなコンラッドの視線に諦めて袖を捲くった。 コンラッドは嫌がっていたのに、無理やり実戦剣術を教えろと捻じ込んだのだから、それ以外のことであまり駄々を捏ねたり、手を煩わせたりしたくないし。 時間が経って赤みが引いた代わりに青黒く変色した痣をそっと撫でるコンラッドに、ちょっとだけ罪悪感を覚えた。 ああ、ヨザックさんが言っていた「いじめるな」とはこういうことか。 コンラッドには、つらいんだ。 わたしを鍛えるのが。 「ねえ、コンラッド……わたし、やっぱり別の人に頼んだ方が良い?」 気を遣って尋ねたつもりだったのに、コンラッドは弾かれたように腕から顔に視線を移す。 「どうして?俺では駄目だった?」 「そ、そうじゃなくてね……ヨザックさんにさっき言われたの『あんまり隊長をいじめないでくださいね』って」 わたしだって、これは有利のためになるんだと思ったとしても、有利の身体に思いっきり打ち込んで青痣だらけにするのは心が痛む。 大事だからこそ、身を守る術を覚えて欲しいのだけど。 それでも。 「でも、剣の訓練は止めないんだろう?」 「うん。必要だと思うから」 コンラッドは眉を寄せて、悲しそうな表情で腕の上の青痣に唇を落とした。 「なら、俺は降りないよ。の身体に跡を残すのは俺だけだから。他の男がにこんな跡を残したりしたら、怒りと嫉妬で気が狂いそうだ」 わたしは今、自分が真っ赤に染まっているという嫌な自信がある。絶対、トマトか茹蛸かというほど赤くなっているに違いない。 そんなセリフを恥ずかしげもなくよく言える。 「あ、あのねえコンラッド……」 「他の場所も見せて」 「他の場所って……っ」 反論するよりも早く、ソファに押し返されていた。 今日の鍛錬で疲れきっていた身体は、あっけなく崩れてソファに座ってしまう。 コンラッドが上に圧し掛かるようにして手を伸ばしてきて、慌てて上から押さえた。 「ダ、ダメ!」 「……」 そ、そんな切なげな顔したってダメなものはダメなんだから! 力いっぱい拒んでいるというのに、もともとの力の差に加えてやはり今日の疲れは大きい。 コンラッドの手を下に押し返しているわたしの手はぶるぶると震えて、すぐに力負けした。 「やっ」 するりとTシャツのようなデザインの服を捲り上げられて、わたしは真っ赤になりながらそれを拒んだ。 「やだっ!コンラッド!」 「、頼むから素直に見せてくれないか。誓ってそれ以外のことはしないから」 そう言いながら、コンラッドの手は既にお腹の上を這い回っている。そこに痣があるのは確認済みなんだけど、やらしい動きなんかじゃ一切ないんだけど、コンラッドはわたしの婚約者なんだけど、それってやっぱり抵抗がある! 「やだ……お願い…コンラッド……」 これだけ嫌がっていると言うのに、コンラッドはいきなり前言撤回した行動に出た。 「ひっ……!」 ぬるりとした生暖かいものがお腹を這って、思わず息を飲んだ。 コンラッドの舌が。 「み、見るだけって!」 「だって、こんなに痛々しいのに……」 「切り傷でも擦り傷でもないんだから!舐めたって治らないー!」 切り傷だって擦り傷だって、舐めても治らない。 それよりも……。 それよりも! わたし、シャワーひとつ浴びてない! 汗臭いし汚いし、こんなままでコンラッドの側にいるのはイヤ! どれだけ抗議したって、コンラッドは舐めたり他の箇所を撫で回したりするのを止めてくれない。 もう全身が痛みよりも熱で支配されていて、気が変になりそう。 痛いよりも熱い。 申し訳ないより恥ずかしい。 それに、くすぐったいより。 「っ……ぁ……」 変な声が出て、思わずコンラッドの頭を押し返していたはずの両手で口を押さえた。 今までどれだけ大声で嫌がったって無視し続けたコンラッドが、ぴたりと止まった。 なんでこんな声で反応するのよ! 見るなと心で叫んでいるのに、コンラッドは顔を上げてしまう。 目が合った。 驚いているような、そんなコンラッドと。 恥ずかしくて情けなくて、涙が滲むわたしに一瞬だけコンラッドが笑った……気がした。 「もう……やだぁ……」 「……俺が君にどれだけのことをしたのか、ちゃんと知っておきたいだけなんだ」 「見たって見なくたって一緒でしょ!」 というか、もう見るだけじゃなくなってるし。 「でも、ちゃんと冷やさないと」 「コンラッドが帰ったら冷やすからっ」 このままでは寧ろ暖めているだけだと主張しても、全然上から退いてくれる気配はない。 逆にそのまま横倒しにソファに押し倒された。 「コンラッド!」 「だから、確認したいだけだから」 「もうしたでしょ!?」 「まだだよ。足だってけっこうあちこちぶつけたはずだろう?」 「足って!」 恐怖にズボンを押さえ込むよりも、いつの間に紐を解いていたのかコンラッドが引き下げる方が早かった。 「――――っ」 「ああ、こんなところにも痣が」 と言いつつコンラッドは、太股の内側に舌を這わせる。 「嘘ばっかりー!そんなところぶつけてないっ!!」 膝とか脛とか、太股の外側ならわかるけど。 唇を押し付けられて小さな痛みが走った。 コンラッドの手が、まさぐるように太股を撫でながらまた上に上がってきて。 息も絶え絶えのわたしは、泣くわけでもないけれどしゃくり上げで苦しくなる。 喘ぐように喉を反り、舌で辿るように上に上がってこようとするコンラッドの頭を懸命に押し返しながら、その短い茶色の髪を思いっきり鷲掴みにした。 た、ただでさえ汗臭いはずなのにそれ以上、上がってきたりなんかしたら……! 「いたたた、、いたい……っ」 「だっ……った…ら…もう……やめ……っ」 掠るように脇腹を撫で上げられて、呼吸困難におちいる一歩手前まで追い詰められて、最後の力を振り絞って悲鳴を上げた。 「も……もう……やだぁぁあああ!!」 「どうした!!?」 部屋に飛び込んでいた有利は、そのままの姿勢で硬直した。 |
……転んでもただでは起きない男。 |