「やあ、ユーリ」
ウェラー卿はいっそ爽やかに、そうのたまった。



EXTRA4.強情なわがまま(3)



「な……なに……やって……る、わけ……?」
なにって聞くまでもない。
ここからコンラッドの乗っかってるソファまでは三メートルほどしかない。
ほどしかないわけで、なにをやっているかはありありとわかる。
ここはコンラッドの部屋なんかじゃなくての部屋で、人の部屋のソファでうつ伏せに寝ているなんておかしな話で、その前にコンラッドの下にはがいるわけで。
……服なんてもう捲くれ上がっちゃって、可愛いピンクのブラジャーもろ見えで、腹の上をコンラッドの大きな手が覆ってて、ズボンまでずらされてて、おまけにコンラッドの顔は、ついさっきまでの足と足の間……太股に埋もれてた。
は涙をいっぱいに溜めた目でおれを見て、大きくない手はコンラッドの髪を鷲掴みにしている。
なにって聞くまでもない。
「今日、に剣術の訓練をしてね。痣になってないか、チェックしてたところだよ」
に髪を引っ張られていたたと呟きながら、簡単に状況説明をしてきた。
どこの馬鹿ならそれを信じるというんだ。
「なにをやっている!この色情狂っ!」
入り口で固まったおれを突き飛ばして部屋に一歩入ると、その状況を見たヴォルフラムが逆上して咆え猛った。
コンラッドは素早くのシャツを引き下げて、ヴォルフラムの視界からを隠すようにソファから降りて立ちふさがる。
「酷い言われようだな。あくまで俺は、に怪我がないか見ていただけだ」
あっさりとそう言うコンラッドの後ろでは、慌てて起き上がったがズボンを引っ張り上げているのが見えた。
「どこの馬鹿ならそんな言い訳を信じるというんだ!」
おれに代わって、ヴォルフラムが全部代弁してくれた。
そう。だれがそんな無茶な話を信じる。
「コココココンラッド!」
ビシッと追及するヴォルフラムと比べて、どもりまくってカッコつかないことこの上ない。
それほどおれは動揺していた。
今までだって、結構気になる発言をかましまくってくれていたコンラッドではあるが、それでもおれは信じてた。
はまだ十五歳で……地球では七月二十八日のままだから、あくまでおれもも十五歳……眞魔国でだって成人していない。
成人もしていない子供相手に、百歳前後のじじいが盛って襲うなんて……!
「おれ……あんたを信用してたのに!いいいいい今すぐこの部屋から出てけっ!」
「だからユーリ……」
「ぼくのユーリに穢れた口で話しかけるなっ!」
「いいわけなんか聞きたくないっ!とにかく今は出て行けよっ」
おれとヴォルフラムの剣幕に、をちらりと振り返ったコンラッドは小さく「驚かしてごめんね、そんなつもりはなかったんだ」と謝ってから大人しく部屋を出て行った。
そんなつもりがないって、じゃあどんなつもりだったんだ。
おれは憤慨しながらその背中を見送り、呆然とソファから落ちるようにして床に座り込むに駆け寄る。
後ろでは、同じく怒髪天を突いたヴォルフラムが荒々しく扉を叩きつけるように閉めてコンラッドに呪いの言葉を吐いた。
「大丈夫か、?」
「有利……」
は目に一杯涙を溜めて、床に膝をついたおれを見上げる。
可哀想に。あんな大きな男に押し倒されたら怖かっただろう。
あいつがこんなに我慢できないやつだとは思わなかった。見損なった。
おれの大切な宝物であるを預けるほど信頼していたのに。
その信頼を裏切られたことにも、を泣かせたことにも腹が立つ。怒りに眩暈を起こしそうなったおれに、が飛びつくように抱きついてきて、涙を堪えてしゃくり上げる。
「いやだって……イヤだって……言った…のに……」
「うん…………つらかったな……」
なんであんなやつ信じちゃったんだろう。おれの目が節穴だったばっかりにこんなにを傷つけた。
抱き締めたのシャツは、汗で濡れていた。どうやら剣術の訓練をしていたというのは本当らしい。
は確かに居合いなんてやってるけど、そんな危ないものを教えた挙句にこんなに泣かせるなんて!
後ろではヴォルフラムがまだコンラッドに呪詛の言葉を吐いている。の様子を見て内容がさらに過激になっているようだけど、それはおれも同じ気持ちだ。
煮えくり返った腸で、コンラッドのことをどうしてくれようと思っていたおれの耳に信じ難い続きが流れ込んできた。
「わ、わたし、ま、まだシャワーも浴びて、なくて……っ」
そうだろう。シャワーも浴びてないのにヤッちゃおうなんて、なんて酷い奴……。
「はい……?」
の顔を見ようにも、おれに抱きついて離れない。
「わたし、まだ汗クサイからイヤだっていったのにぃー!」
泣き崩れたを前に、おれとヴォルフラムは怒りの矛先を失って、大口を開けたままそろって天井を見上げた。


ちょっとだけ落ち着いたをソファに座らせて、その向かいにおれとヴォルフが並んで座る。馬鹿馬鹿しいと吐き捨てて帰ろうとしたヴォルフの服の裾を、おれががっちりと掴んで離さないので、ふて腐れながらそっぽを向いている。
「つまり、そのーなんだー……はー……コンラッドと……」
「交渉を持つのが嫌なわけではないんだな。なら解決だろう」
言い淀むおれとは違い、明け透けにズバリと言い切るヴォルフラムにおれが慌てる。
「ヴォ、ヴォルフラム!お前もうちょっと、こうソフトに……」
「なにがソフトに、だ。も面倒な泣き方をするな!」
おれたちの言い争いに、向かいでハンカチを握り締めて浮かんでいた涙を拭いていたは、きょとんと目を瞬く。
「交渉って?」
小首を傾げる様子は可愛らしいものの、話の内容はちっとも可愛くない。
「だ、だから……」
「大体、ぼくたちよりも先にことを成そうなどとどういうつもりだ。ユーリの妹ならユーリの婚姻を待て。それよりユーリが悪いんだ!ぼくとあんなにも寝所を共にしておきながら、なぜなにもしない!」
怒りの矛先がおれに向いた。
先も何も、これからもおれとヴォルフラムの間にあるのは友情のみだ。広いベッドに雑魚寝でなにがあるというんだ。プロレスか?
ヴォルフラムの話でようやく意味が分ったのか、は瞬時に赤く染まった。
いや、これで分られるのは、おれ的にすごく嫌なんだけど。
「ち、違うよ!コンラッドとはそんなことしてないもんっ」
「なら先ほどのはなんだと言うんだっ!」
「傷の具合をチェックしてただけだよ!」
コンラッドと同じことを言う。
そんな言い訳あるかよ、と思うのに。
思うのに、憤慨しているの目に嘘偽りの様子はない。
なんだよ、コンラッドは嘘なんてついてなかったのか。
ありえないと思っていた言い訳が真実だなんて、だれが想像つくんだよ、一体。
だけど、それならコンラッドにはちょっと悪いことした。
「って……傷!?、怪我したのか!?」
の嘘を暴こうと畳み掛けようとしたヴォルフラムを押さえ込んで、おれが悲鳴を上げて立ち上がる。
「怪我だなんて!い、医者!ヴォルフ医者を!」
我ながらギュンター並みの取り乱しようだ。さすがに色んな汁は垂らしてないけど。
「落ち着け、ユーリ。医者が必要なほどの傷ならコンラートが手配している」
「違った、有利落ち着いて。コンラッドが傷とか言うからつい、つられただけだから。傷でも大した怪我でもないよ。痣になってるだけだから」
前と横から宥められて、おれはようやくソファに座り直した。
「ほんとに、ほんとに怪我してないんだな?」
「痣というと打ち身か?本当に剣術の訓練をしていたのか?」
「ホント、ホント」
はおれをちらりと窺ってから、腕を捲くった。
おれがまたソファから立ち上がる。
「ひ、酷い痣じゃないかっ!氷、氷で冷やしてっ」
の折れてしまいそうなか細い腕…というのは言い過ぎだが、脂肪なんて見られないような腕の肘の近くが、青黒く変色していた。結構広範囲で、おれは息を飲む。
「ふうん……本当らしいな」
おれほどではないとはいえ、贔屓のヴォルフラムがなぜか落ち着いている。
「本当って、これコンラッドがやったのか!?お前にこんな酷いこと!」
「酷いって、真面目に鍛錬すればこんな痣くらいあっちこっちにできるよ」
「あっちこっち!?」
「当たり前だろう。生ぬるいやり方では剣の腕は向上しない。それにしてもコンラートならもう少し上手く手加減しそうなものを」
「あー……わたしがね、もっと厳しくしてくれって頼んだから……」
「だからってをこんなに酷く殴りつけたのか!?」
体罰だドメスティックバイオレンスだと騒ぎ立てるおれに、ふたりはそろって溜め息をついた。
「だってわたし、最近鍛錬を怠っていたから、キリキリ締め上げてもらったの。有利、コンラッドを怒っちゃダメだよ。コンラッドはわたしに厳しい稽古をつけるの、すごく嫌がってたのに無理に頼んだんだから。ヨザックさんにも隊長をあんまりいじめないでねって、釘差されちゃった」
「むう……まあ、確かにコンラートにを打ち据えろというのは酷だろうな」
「でも、他の人に頼むのも止めてくれって、コンラッドが言うし」
「……あいつ、を打つことに楽しさでも覚えたか?」
ヴォルフラムがとんでもないことをいう。
も慌てて否定した。
「そういうことじゃなくて!剣術の鍛錬は嫌みたいだけど……その、ほら、他の人に頼んだって、痣とかはまあ絶対できるじゃない」
「当然だろうな。教えを請う相手がより弱いはずもない」
「うん、だから…その……」
ちょっと赤くなって俯きながら、は小さく早口に説明した。
「他の人が、わたしの身体に痣をつけるの、嫌なんだって」
ヴォルフラムは金髪を掻き毟り、おれはがくりと肩を落とした。
このバカップルめ……。
「それにしてもさあ、コンラッドのあれはやり過ぎだろ?痣のできた箇所をチェックって、ふ、太股に、あんなに顔寄せなくても!」
途端にの顔の赤みが五割増しになって、両手で頬を覆った。
「それはわたしも言ったんだけど!……なんか、コンラッド悪ノリしたみたい……」
悪ノリって……そんな問題かよ……。
「ではなにか?はあくまで汗臭いことだけが嫌だったと、そういうのか?」
「だって!だって、コンラッドはきれいさっぱりになってきたのに、わたしだけ汗だくのシャツのままだったんだよ?コンラッドにクサイとか思われるのヤダ!」
ヤダじゃない。ヤダじゃ。それはおれのセリフだ。
とコンラッドのまさかの進展具合が気になったおれの心配は、があっさりと否定してくれた。
「コンラッド、待つって言ってくれたから」
やっぱりコンラッドは信頼できる男だ。
……悪ノリにも限度はあるけどな。








……なんて言うか。
有利、ヴォルフラム。お疲れ様。


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