有利はギュンターさんと執務中。
この日は、ヴォルフラムが一緒にフォローをしているので、コンラッドに暇ができたという話を聞いた。
以前の約束を果たしてもらおうとコンラッドを探しに出ると、すぐに見つかった。
コンラッドもわたしを探してくれていたらしい。
「ああ、よかった。今、迎えに行こうと思っていたんだ」
「わたしも!コンラッドを探してたの。今日なら約束を実行できるでしょ?」
「本当に?でも、約束って」
わたしが探していた、と聞いて顔をほころばせたコンラッドは、次の言葉を聞いて笑顔を引き攣らせた。
「剣術を教えてくれる約束だよね!」
「それは今度にしないか?せっかくふたりきりになれたんだから、今は……」
もともと乗り気じゃなかったコンラッドは、微笑みながらわたしの髪にキスを落す。
この天然ホスト体質の笑顔に顔を赤くしながらわたしは一歩飛びずさった。
「い、いいですよーだ!コンラッドが約束守ってくれないなら、こっちにだって考えがあるんだから!」
「守らないとは言ってないよ。それは今度にして、今日はデートしないかって提案しているだけで」
わたしは、目を細めてコンラッドを睨み据えた。
「さっき、血盟城に来たヨザックさんを見つけたの。頼んでくる」
「わかった。練兵場へ行こう」
打てば響くほど明快に、コンラッドの答えは百八十度転換した。



EXTRA4.強情なわがまま(1)



そのまま練兵場で訓練するのかと思ったら、わたしがいたら一般兵士が恐縮するというコンラッドの意見に従って、刃引きしてある訓練用の剣を取って裏庭に移動した。
それにしてもサーベルって本当に日本刀に比べると軽い。刃渡りが同じ長さだと軽すぎるし、重さを日本刀に合わせると長すぎる。困ったものだ。
軽さに慣れようと二、三度素振りをしてみるけれど、やっぱり軽ければいいというものではない。
「じゃあ。剣の持ち方はわかるね?」
「日本刀とサーベルの差はあるけどね」
「ああ、大丈夫。そうだな、もう少し握りをまっすぐに。そう」
横に立って細かく握りを指導してから、コンラッドは数歩の距離を取る。
「まずは、がどれくらいできるのかを見たい。刃は潰してあるから思いきり打ち込んできてくれ。受け損なっても打撲程度だから心配はいらない」
そうは言うものの、受け損なうなんて少しも心配していないくせに。
八十年も剣の道に生きた達人なんだから、当然と言えば当然だろうけれど。
「……慣れたやり方でいい?」
「構わないよ」
コンラッドの許しを得たので、サーベルを鞘に戻した。
そのまま、腰を落として態勢を低くする。抜刀の構えだ。
コンラッドが片手で前に出すサーベルに目標を定め。
「――――やぁっ!」
刃引きされていたせいで抜刀速度は落ちていたものの、まずまずの居合い切りになったと思う。
金属音が庭に響いて、コンラッドが目を張った。
やっぱりサーベルは軽い。
自分の振りに引っ張られるようにちょっとだけ体勢が崩れて二太刀目の動作が遅れる。
ただでさえ体重の軽いわたしとしては、日本刀の重さも武器のひとつだ。
居合いの遠心力も半減されてしまった。
続けて二撃、三撃と剣を振るう。
コンラッドはそれに合わせて悠々と受け止めながら、感心したように頷いた。
「わかった。とりあえず一旦引いてくれ」
わたしが剣を引いて鞘に戻すと、コンラッドは眉を寄せて苦笑した。
そんなちょっと困った様子の表情にも見惚れてしまいそうで、内心で気合いを入れる。
それどころじゃないんだってば。集中ですよ、集中!
「驚いた。これほど鋭い打ち込みができるとはね。ちょっと予想外だったよ」
「抜刀の初速くらいは。居合いが本業だから」
「そのイアイだっけ……?どういうものなのかな?」
「さっきみたいに剣は鞘に収めた状態こうやって」
サーベルをゆっくりと抜きながらコンラッドの方に潰れた切っ先を向ける。
「刃を滑らせる速度で、一太刀の元に斬りつける剣術のこと。本来は日本刀で行う剣術だから、もっと初速が付くんだけどね」
「その剣は軽い?」
そんなこと、一言もコンラッドには言っていなかったので驚いて見上げる。
「剣を選ぶとき、重さを随分気にしていただろう?剣の軌道も少し上滑りしていた。自分の愛剣でないから、というだけではなさそうだったからね」
なるほど。たった二、三太刀でそこまで見抜かれるものなんだ。
さすがこの道八十年の剣豪。
「日本刀はもともと、重いものだから。刃もサーベルよりもずっと鋭く研いであるから抜刀術に向いているの。わたしの場合、腕力がなくて体重が軽いから、刀の重さも大事な要素だし」
「そうか。けど重さを合わせると刃渡りが長くなるな。ならもう少し重い剣を……鋼を鍛えた剣の方がいいか。でも鋼はには向かない」
「切れ味が悪そうだもんね……」
「鉄よりは断然ね。それには自分で言ったように腕力がないだろう?鋼で力任せに斬るよりは、鉄で技巧を凝らす方がにはいいだろう」
「同感。とういうことは、サーベルの軽さに慣れるしかないわけね……」
「そうだね。まずはそこからだ。さあ、もう一回打ち込んできて。今度は途中で止めないから」
「わかった。いくよ」
コンラッドから一歩数歩離れて、また抜刀の構えで腰を落とした。


「―――っと、こんなところでだれが訓練しているのかと思えば」
上から声を掛けられて、わたしとコンラッドは同時に剣を引いて一歩後ろに下がった。
「……ヨザック……」
額から流れるように汗をかいて肩で息をするわたしとは大違いで、コンラッドは僅かに流れ落ちた汗を肩で拭って上を見上げた。息だってそんなに乱れていない。
「練兵場も使わずに、なんで裏庭なんかでやってんです?」
二階の窓から気軽に手を振っているヨザックさんにわたしは苦笑した。
「練兵場にがいると兵士たちの気が散るだろう」
「と、いうのは建前なんだよね?」
わたしが腰に突っ込んでいたタオルで汗を拭って言うと、コンラッドが弾かれたようにこちらを見る。
剣を合わせてみて、改めてコンラッドの魂胆が見えた。わたしを心配してのことだとはわかっているけれど、バレないと思ったのだろうか。馬鹿にしている。
「ヨザックさん、お仕事が終ったなら降りてきて、コンラッドと交代してくれない?」

「オレより隊長の方が強いですよー?」
「でもコンラッドは本気で教えてくれるつもりがないみたい。わたし、道場剣術じゃなくて実戦で使える剣を学びたいと頭を下げて、コンラッドもそれを了承したのよ?なのに、全然そのつもりがないんだもん!」
練兵場を使わなかったのはそのためだ。
戦闘のための剣を訓練されている人たちなら、コンラッドがわたしに手習い剣術を教えているとすぐにわかるだろうから。
つまりは、わたしには判別なんてつかないだろうと思っていたわけで!
、俺は」
「信用できない」
言い訳をしようとしたのか、やっぱり考え直せと言おうとしたのか、どちらにしても聞きたくない。
きっぱりとコンラッドの言い分を切り捨てて、もう一度二階の窓を見上げる。
ヨザックさんは、ロジャーラビットみたいな笑いで眉をひょいと上げた。
「オレぁ、隊長みたいに優しくないよ?姫が怪我するかも」
「怪我しないで武術が身につくわけないでしょう!?刃引きした剣なら、当たり所が悪くない限り死なないし、打撲、骨折くらいどんとこい!」
!」
「姫のその男前なところは好きだねえ。オレでよければ……」
笑って了承しようとしたヨザックさんに、コンラッドが鋭い視線を投げつける。
「馬鹿を言うな。そんなことになるくらいなら俺がする」
「だったら真剣に教えてよ!わたしは有利とは違うわ!自分の身が守れたらいいだけじゃないの。相手を打ち倒さないといけないの!」
「ユーリがそうそう危険を犯して国外に出ることなんてない。戦いになっても、前線に出ることなんてない」
「やっぱり教える気なんてないんじゃない!大体、有利がずっと大人しく国に篭ってると思う?有利の目標は他国との国交の友好化なのに?本気で言っている!?」
「友好を目指すなら、戦いになるはずがないだろう?」
「ああ、そう。もういい。コンラッドには頼まない」
「はい、はーい!オレ次のお相手に立候補しまーす」
「ヨザック、黙れ」
コンラッドが低く押し殺した声で釘を差し、ヨザックさんが青褪めて口を閉ざすと触れるだけで切れてしまいそうな鋭い視線でわたしを睨みすえた。
「わかった。他の男に任せるくらいなら、俺がする。本気で、いいんだね?」
「だったら、わたしの覚悟、試してみたら?」
気圧されて逃げ出しそうになる足を叱咤して、剣を構え直した。








今回ばかりはコンラッドに同情……。


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