結局グレタへのプレゼントは、愛娘の寵を競い合う父親二人ともが渡すということで、有利とヴォルフラムでそれぞれの物を買った。 ベレー帽とパンダを象ったペンダント。 有利のプレゼントは、ヒルドヤードのケイジを意識してのものだとは見ている。親子になった思い出の地とかけているのだろう。 店を出て赤くなり始めた空を見て有利が大きく伸びをする。 「じゃあ、今日のところはもう帰るか。明日のことも考えなくちゃいけないしな」 「ああ、そうだな」 グウェンダルも同意して、また大人数で今度は家路に着くために歩き出す。 は移動始めの混雑に紛れてコンラッドの隣に移動した。 「日本の町はどうだった?」 「楽しかったよ。とユーリの暮らしている場所を見ることが出来てよかった」 「それならよかった」 笑顔のコンラッドに、一旦は喜んだだったが、その笑みが少しだけ曇る。 「……でも、ちょっと複雑かも」 「え?」 「ちゃーん!」 「あん、もうまた。はーい、今行くよ」 恋人と最後尾を行く妹に気付いた勝利に呼ばれて、コンラッドが言葉の意味を聞き返す前に、は離れてしまった。 ふれた指先から(4) 「っだいまー」 「おかえりなさい、みんな。疲れたでしょう、お茶でも淹れるわ」 息子の声に出てきた美子がにこにこと笑顔で出迎えて、眞魔国からの来訪者の三人と村田は丁寧に礼を述べて家に上がる。 息子二人がおざなりの挨拶で帰ってくるのはいつものことで、最後に玄関の鍵をかけてから靴を脱いだ娘に声をかけた。 「どうだった、ちゃん。楽しんでもらえたかしら?」 「うん、それなりにみんな楽しんでくれたと思うよ……でも」 「でも?」 「お兄ちゃんが……」 肩を落として溜息をついたに、美子は笑いを堪えながらキッチンへ向かう。 「しょーちゃんが一緒に行くなんて言うから、そんなことだろうと思ったわ。仕方ないじゃないの。こうなるって判ってても、しょーちゃんにも報告しておきたかったんでしょう?」 「うん、判ってる。でもあまりにも予想していた通りの反応すぎて、もうちょっとましかな……と思ってたのは甘かったとつくづく思い知った」 母は今度こそ遠慮せずに笑いながらキッチンへ行ってしまった。 「笑い事じゃないのに……」 気楽に笑う母に恨めしげな呟きを零してリビングへ移動すると、みんな思い思いの場所で寛ぎ始めていた。 美子が淹れてくれた紅茶やコーヒーなどを各自受け取って、勝馬や美子に尋ねられて今日の感想を話す。話すのは主にヴォルフラムと有利と村田で、コンラッドとグウェンダルはそれを補足する程度で、勝利に至ってはまったく会話に参加せずにお茶だけ飲むと部屋へ戻ってしまった。 「相変わらず協調性のないやつだなー」 有利は兄の行動に呆れていたが、としては少しほっとした。コンラッドの隣に移動しようかと腰を浮かしかけたところで、今度は美子が立ち上がる。 「そろそろお夕飯の支度をしなくちゃね」 「手伝います」 コンラッドが空になったカップを手に立ち上がって申し出ると、美子は頬に手を当ててそうねと首を傾げる。 「じゃあコンラッドさんにはお風呂掃除をお願いしていいかしら?」 「判りました」 母に案内されてリビングを出て行ったコンラッドの背中を見送って、は息を吐き出した。 有利がそれを聞いていたらしい。 「どうした、。ご機嫌ナナメっぽいな」 「別に、そんなことないけど」 「ウェラー卿と話そうとすると、ことごとくお兄さんに邪魔されたからじゃないの?」 「ああ、それで」 「違うよ、そうじゃなくて」 「まあ日本にいる間だけなんだからさ、諦めて我慢しろよ」 「違うってば。わたし、お母さんの手伝いしてくる」 腕まくりをしながらキッチンに移動して、はまた溜息をついた。 勝利の妨害工作には確かに閉口したが、それは母が言ったように仕方がないとも思っている。いつもよりもべったりとくっつかれて疲れたことも事実だ。 だけど、もやもやと胸に溜まっているものは兄のせいではない。……ある意味では勝利のせいだが。 「あら、ちゃん。お手伝いしてくれるの?今日はね、和風ハンバーグにしようかと思ってるの。ちゃん、タマネギを切ってくれる?」 キッチンへ戻ってきた母の要望に、は眉を下げた。 「お母さん……一番やりたくないこと押し付けようとしてない?」 「だってタマネギをみじん切りにしてると泣いちゃうもの」 「わたしだってそうだよ!まったくもう」 「あ、あとシチューも作るから、その分もタマネギを切ってね。ママは他の材料を切っておくから」 大人数の食事の用意は大変だろうと手伝いに来たが、これなら知らないふりをすればよかったかもしれない。 一瞬そんなことも考えたが改めて気を取り直すと、タマネギ切りに取り掛かる。 「それにしても、コンラッドさんはいい人ね。家事を折半してくれる旦那さまって素敵!」 「そうだね。あっちではお城住まいだから家事とか全然ないんだけど、もしするならコンラッドだったら休日とかは手伝ってくれそう」 話の流れで言ってみて、ふとそんな光景を想像すると、ひどくそれに憧れが湧き上がる。 「……ううん、今でも充分じゃない。至れりつくせり、上げ膳据え膳。ありがたいと感謝しなくちゃ」 あちらでは掃除も洗濯も食事の用意もやってもらって、いつも感謝している。けれどこうやって自分の手で料理をしていると、たまにはコンラッドに手料理とかを食べてもらいなんて欲求も出てくる。 「今は、せいぜいお菓子くらいしか作れないしなあ」 「あら素敵。そんな生活にも憧れるわねえ」 「あー……そうだね、うん。やっぱり贅沢だ。ないものねだりというか、隣の芝生は青く見えるというか……」 「ちゃん?」 隣で母が首を傾げていたが、はタマネギを切りながら想像してみる。 血盟城ではなくて、どこか二人で暮らしていたら。 夕飯を作っていたら、ただいまなんて言ってコンラッドが帰って来て、おかえりなさいご飯できるよ、それともお風呂が先?とか聞いて……ううん、コンラッドは忙しいから帰ってくるのは夜中近くとかで、ご飯なんて外で食べてきてるのが大半とかもありそうで……。 想像は眞魔国ではなく日本で暮らしていたらの構図になっているが、はあちらの国の一般家庭を覗いたことがほとんどないのでそれはどうしようもない。 色々考えているうちに、ふと急に正気に返る。 「うわ……」 急に恥ずかしくなって、頬に熱が上がった。 想像が既に新婚生活になっている。一応立場は婚約者とはいえ、そんな話は欠片も出ていないのにと思うと恥ずかしくて仕方がない。 考えながらでも手は動かしてタマネギを切っていたせいで、涙を流して歪んだ視界がますます妄想に拍車をかけていたらしい。 「ちゃん、どうかしたの。手を切った?」 「あ、ううん、違う大丈夫」 手の甲で涙を拭ったら、ますます痛みが酷くなった。 「いたたたたっ」 「まあ、ちゃんってば。基本的なドジを。顔を洗ってらっしゃいな」 包丁をまな板に置いて、涙を拭いながらよろよろと廊下へ続くドアへ向かったところで、自動ドアのように勝手に開いた。 「風呂掃除が終わりましたが、次は……!?」 「え、なに?」 痛くて目が開けられないまま顔を上げると、頬を大きな両手に包まれる。 「どうしたんだ!?手でも切った?手当てならすぐに……」 後ろで美子が大声を上げて笑った。 「違うわ、ちゃんはタマネギを切ってて泣いただけよ」 「え……」 「包丁で手を切ったくらいでそんなに大泣きしないでしょう?」 コンラッドが言葉に詰まる気配に、は申し訳なくなりながらもそっとその身体を押した。 「ごめん、通してー。顔を洗いたいの」 「あ、ごめん」 「いいじゃない、そのまま洗面所まで誘導してもらいなさい」 美子の提案に、コンラッドは即座に行動に移した。 「ひゃあ!?」 浮遊感に悲鳴を上げると、すぐ耳元で声が聞こえる。 「落としたら危ないからじっとしててくれ」 「まあ、素敵!いやーん、そんな抱き上げ方、憧れるわー!理由がタマネギを切ってっていうのが楽しいけれど」 「お母さん……」 そのタマネギ切りを命じたのは誰ですかと心の中だけで言い返しているうちに、コンラッドが洗面所に向かって歩き出す。 「もう少しだから、我慢して」 「いや、そんな大袈裟な」 たかがタマネギを切って泣いているくらいで、抱き上げて運ばれることになるとは夢にも思わなかった。 急いで洗面所までを運んだコンラッドは、丁寧に降ろすと蛇口の栓まで捻ってくれる。 至れり尽くせりは城のメイドさんだけだけじゃないなあと思いながら、まず手を石鹸で洗ってから、目を痛めるタマネギの汁を水で洗い流した。 「はい、。タオル」 おまけにタオルまで差し出される。 受け取ったタオルで手と顔を拭いて、ようやく落ち着いてコンラッドを見上げることができた。 「驚かせてごめんね。運んでくれてありがとう」 「びっくりしたよ。でも慌てすぎて、大袈裟だと呆れられてないかな」 コンラッドは苦笑しながら肩を竦めてキッチンへと目を向ける。 「お母さんなら大丈夫だと思うよ。コンラッドのこと、家事を折半してくれる旦那様って素敵ーなんて言ってたし……」 呆れるどころか好かれていると報告しようとして、はっと口を閉ざして顔を半分タオルに隠した。 まだ恋人なのに、旦那様なんて気が早すぎる。 「そうか、よかった。のお母さんに嫌われたり呆れられたりしたらつらいからね」 けれどコンラッドは特にそこに気付いた様子もなく、普通に安心したように胸を撫で下ろす。 さっき新婚生活なんて考えていたから過剰反応になっているのだろうかと考えつつ、コンラッドと一緒にキッチンへ戻った。 「あら、ちゃん。タマネギはもういいから、大根買ってきてくれない?あると思ってたのにないのよね」 「大根?ああ、和風ハンバーグに使うのね」 「そうそう、おろしハンバーグにしようと思って。でももう外も暗くなるから、コンラッドさん、一緒に行ってあげてくれる?」 「もちろん、喜んで」 コンラッドが快く引き受けてリビングへ上着を取りに行き、は目を瞬いて母親を見る。 「お母さん、ひょっとして」 「だってしょーちゃんに邪魔されて来たんでしょ?ちょっとくらい二人きりにもなりたいわよね」 「さすがお母さん、判ってる!」 いまだかつてお遣いを頼まれてこんなに嬉しかったことはない。 喜んで手を出したに、美子もがっとその手を掴む。 渋谷家の女性陣は、熱い握手を交わして頷き合った。 |
熱い握手を交わす体育会系親子。美子さんは少女漫画の世界も好きだそうですが、 たぶんこういうのも好きじゃないかと。 タマネギ→涙ネタも基本として押さえておきたかったので、非常に満足です(笑) |