母の気遣いでようやくコンラッドと二人きりになれたことに、は上機嫌だった。
家を出てすぐにコンラッドが自然に手を繋いできたこともあって、近所のスーパーに向かう足取りは軽い。
「よかった」
「え?」
繋いだ手をゆっくりと揺らしながら歩くコンラッドの嬉しそうな声に首を傾げる。
「だって、なにか怒ってなかった?」
「怒ってなんてなかったよ」
「そうだな……寂しそうだった、かな。町にいたときはあんなに楽しそうだったのに」
「そ、そんなことないよ」
見抜かれていたのが恥ずかしくてすぐに否定すると、コンラッドは少し困ったような笑みを見せて、言葉に迷っているようだった。
「……俺のせいかな」
「え?ち、違うよ、あの、そうじゃなくて!」
うっかりゲームセンターで、離れ離れになって寂しかったときのことを口にしてしまったせいか、コンラッドが誤解しているようで慌てて首を振る。
「えーと……その……コ、コンラッドが日本観光を楽しんでくれてよかったなって……それは本当だよ……その、でも……」
は言い難そうに口ごもると、繋いでいた手を離した。
コンラッドが何か言う前に、手を離した腕に今度はぎゅっと両手で抱きつく。
「けど、お兄ちゃんに邪魔されて、わたしとほとんど話せなかったのに……コンラッドは満足してたみたいだから……」
真っ赤になった顔を見せないように俯きながら、小さく最後の言葉を呟いた。
「コンラッドの傍に行けないことに、わたしだけが不満だったみたいなんだもん」
拗ねたような、照れたような小さな声で言うと、突然立ち止まったコンラッドに抱き寄せられた。



ふれた指先から(5)



「コ、コンラッド?」
片腕にはが抱き付いているので、右腕だけで抱き締められた格好だが、それでも充分恥ずかしい。ここは自宅近くの道端で、いつどこで顔見知りと会うか判らない。
があまりにも可愛いことを言うから」
「う……だ、だって」
「俺もと二人きりだったらと、まったく思わなかったわけじゃないよ。だけど俺は、ここがたちの暮らしている町だと思ったら、それを見るだけでも充分に意義のあることだったんだ」
「うん……ごめんね、子供っぽいことですねて」
そっとコンラッドの腕を離して納得したと言おうとしたのに、今度は自由にした左腕まで背中に回って強く抱き締められる。
「違うよ、嬉しいって言ってるんだ」
「……うん」
コンラッドに抱き締められて、寂しいような、物足りなかったような、そんな気持ちがすっかり消えて、は嬉しそうに目を閉じて身を預けた。やっぱりお遣いに出してくれた母には感謝しなくては。
抱き返そうと手を上げたところで、背後の家の窓が開く音が聞こえた。
ぎょっとして慌ててコンラッドから離れて振り返ったが、どうやら道路にいるたちには気付いていないようで、雨戸を閉めているだけだ。
「い、行こうか!大根買って帰らなくちゃ!」
家の近くの往来だと判っていてこんなところで抱き合うなんてと慌ててコンラッドの腕を取って引っ張って歩き出す。
日も暮れかけた薄暗い中でも、が真っ赤になっているのがはっきりと判って、コンラッドは笑顔で頷く。
「そうだね、あまり遅くなると夕食に間に合わない。それに、心配を掛けてしまうから」
「コンラッドが一緒なんだから心配なんてしないでしょう?」
むしろあの母なら、早く戻ればもっとゆっくりしてきてよかったのに、くらいは言いそうだ。
「同行したのが俺だからこその心配はあるかもしれないよ」
「コンラッドだから?」
首を傾げて振り返ったに、コンラッドはにっこりと笑みを浮かべてとんでもないことを言う。
「……このままをさらって今夜は帰らない……なんてことをね」
「なっ……」
夕日よりも顔を赤く染めて絶句したに、一歩踏み出して横に並んだ。
、これを」
「な、なに!?」
またからかうのかと赤くなった頬を隠すように両手で押さえたは、差し出された包みに目を瞬いた。
コンラッドの掌に軽く納まるほどの小さな四角い箱に、赤いリボンがかけられている。
「……ホントになに?」
に贈り物」
「え!?で、でもなんでいきなり?」
「ヴォルフがこちらに来た記念にと、グレタに贈り物を買っていたじゃないか。俺もにそういった贈り物をしたいなと思って、昼間の店で」
「いつの間に!」
昼間の店というと、グレタへのプレゼントを選んでいたあの店だろう。ほとんど一緒に行動していたというのに、コンラッドが買い物をしていることにまったく気がつかなかった。
「ありがとう……でもわたし、何もお返し用意してない」
驚きながらも喜んで包みを受け取り、ふと気付いて慌てるにコンラッドは苦笑する。
「お返しなんて。これは、俺の独占欲だから」
「独占欲?」
どうして贈り物が独占欲になるんだろうと首を傾げるの手を取って、今度はコンラッドが先に歩き出す。
「だってそれを見れば、俺のことを思い出してくれるだろう?こちらの世界で一緒にいた今日のことを。向こうにいる、俺のことを」
振り返ったコンラッドの表情は、夕闇で半分ほど見えなかったけれど、笑っているのは見えなくても判る。
「こちらでのの日常に、俺を残しておきたいだけだよ」
やっぱりコンラッドはキザだ!
跳ね上がった鼓動に、は包みを手にした拳を胸に当てて言葉を探す。
「えっと……あの……あ…ありがとう……すごく、すごく嬉しい!」
胸に込み上げる気持ちを表す言葉がどれだけ考えてもうまく出てこなくて、至極当たり前のことしか言えない。
ふと、道の先に公園の入り口が見えて、そこを指差した。
「あそこ!公園にちょっとだけ寄っていい?」
「え?」
「プ、プレゼント、今すぐ開けたいなって……」
お遣いの途中で寄り道を言い出したに目を丸めたコンラッドは、けれどその理由に柔らかい笑みを見せて頷いた。
「ああ、喜んでくれて俺も嬉しいよ」


夕暮れ時の街灯が灯った公園は、ほとんど人の姿が見えない。
向こうに見えるベンチではなくて、ほぼ中央に位置する噴水の端に腰掛けて、はどきどきと胸を高鳴らせて赤いリボンを解く。コンラッドからプレゼントをもらったのは初めてではないけれど、やっぱり嬉しいし緊張する。
丁寧に包みをはがしながら、正面に立つコンラッドに声を掛けた。
「コンラッドも座ったら?」
「俺まで落ち着くと、ますますゆっくりしたくなるからやめておく。さっきは町を見るだけでも充分だなんて言ったけど、二人きりになれた今は俺には誘惑がいっぱいなんだ」
「ど、どうしてコンラッドってそういうことを恥ずかしげもなく言っちゃうのか……な……わあ、香水だ」
小さな箱に収められていた薄い青色のミニボトルを手にとって、は弾んだ声でコンラッドを見上げる。
「つけてみていい?」
「もちろん。貸して」
差し出された手にミニボトルを手渡すと、コンラッドは蓋を開けて腰を屈めて、の首筋にほんの少量、香水をつけた。その際に頬にキスを贈ることも忘れない。
「……コンラッド」
キスされた頬を押さえて、怒るべきか嬉しいのか、困ったように唸るに小さく笑ってしまう。
「いや、香りと一緒にこれも覚えておいてほしいなと思って」
「そしたらつけるたびに、は……恥ずかしいじゃない!」
「恥ずかしいだけ?」
返してもらったミニボトルを箱に直して、包装紙とリボンも丁寧に畳んでポケットに入れる。
つけてもらった香水の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
柑橘系のフルーツの香りがベースになっているらしい香水は、大人びてはいないが、子供っぽくもない。今のにはちょうどつけやすいものだろう。
「……嬉しくも、なっちゃう……」
正直なの呟きに、コンラッドは笑顔で手を差し出した。
「それは重畳。光栄です。俺の姫様」
差し出された手を取って、上に引かれて立ち上がりながらほんの少しの恨みも付け足しておく。
「でも、そしたらコンラッドと会えないことが寂しくもなるんだから」
「それなら、次に会った時に寂しかった分だけ俺に甘えて」
どう言っても勝てない。
は熱くなった頬に手を当てながら噴水から離れ、軽く爪先で地面を蹴った。
「あのね、この公園、コンラッドにとって特別な場所なんだよ」
「俺の?」
コンラッドは不思議そうに首を傾げて、ぐるりと公園を見回した。当然見覚えなんてあるはずもなく、すぐにを見下ろす。
「あとね、ゆーちゃんにとっても特別な場所」
「ユーリの?」
「スタート地点なの」
はちらりと公衆トイレにも目を向けたが、そこまで説明することはないだろうとそこは省略した。有利の名誉のためとか、コンラッドの感動を壊さないためとか。
「この公園から、有利は初めて眞魔国に行ったんだよ」
コンラッドは驚いたように目を見開いて、それからもう一度公園を見渡す。
その目は、今度はとても優しい。
「そうか……ここから……」
コンラッドの嬉しそうな様子がも嬉しくて、そっとその手を握り締める。
コンラッドも公園を見渡したまま、握り返した。
は?」
「え?」
のスタート地点はどこだろう?今からでもいける場所なら、見に行きたい」
「いいけど。でもこの公園みたいに感動に浸れるような場所じゃないよ」
が初めてあちらへ渡ったのは自宅の風呂場だ。具体的な場所さえ言わなければ情緒浸れる有利とは大きな差だ。交代したかったとは思わないが。
見たいどころかコンラッドも既にそこを通って来ているのだと言おうとして、ふと考える。
が初めて眞魔国に出たのは、ヴォルテール城の大浴場だった。こちらではどこにいたのかはともかく、コンラッドも入浴中に移動したと判っているはず。
「できれば状況を再現してくれると、より感動に浸れると思うんだけど」
「確信犯!」
せっかくコンラッドには馴染みのない日本でも、いい印象を持てる場所に連れてきたのに、どうしてそっちに話がいくのかと、繋いでいた手を離して公園の出口に向かって歩き出す。
「そんなに怒らなくても」
すぐに後ろからコンラッドもついてくる。
「コンラッドが変なこと言うからでしょ!エッチっ」
「だって、俺にとってそれが特別なのは本当なのに」
笑いながら手を取られて、一人で怒っているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
せっかくコンラッドと日本で過ごせる貴重な時間に怒っているのは、もったいない気もする。
握られた手を握り返して、コンラッドを振り返ると首筋につけた香水のほのかな香りがした。
「再現はしないけど、案内はしてあげる。今夜コンラッドもそこに行くから」
それだけで場所がどこだかも判っただろう。コンラッドは笑顔での肩に触れて、頬にキスを落とす。
「再現はしてくれないのか。それは残念」
「そんなことしたら、お兄ちゃんもお父さんも有利も大変なことになるよ」
肩に置いた手でそっと押して、を身体ごと反転させると頬に手を添える。
「そうしたらは庇ってくれないのかな」
「きっと庇いきれないよ。特に有利とお兄ちゃんからは」
「残念だな。なら再現はまたの機会に」
街灯に照らされた影が、そっと静かに重なった。
重ねた唇も、握り合った手も、とても温かい。
香水の香りと夕暮れの公園と、コンラッドを思い出すものが増えていく。
それがくすぐったくて、とても嬉しいのだと、コンラッドの手を強く握った。








ということで、ようやくいつものようにイチャつけたところでマニメ沿い地球番外編は
完結です。お付き合いありがとうございましたv


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