「いやあ、相変わらず渋谷のお兄さんは見ていて飽きないなあ」 「おれは見てると疲れるよ……」 ゲームセンターで寄り添っている妹とその恋人に気付いた勝利は、高速で駆け寄ってくるとその間に割り込んで、油断した自分を悔いた。 それぞれ別のゲームに向かっているからといって安心してはいけなかったのだ、と店を出てからも妹の隣に張り付いて手を繋いで離さない。 それまで平然としてたコンラッドさえ、さすがに呆れたのか半ば引きつった笑いを見せて、兄に張り付かれた本人は疲れたように肩を落として溜息を吐いていた。 それを後ろで見ている有利も、身内として恥ずかしいしコンラッドとに同情する。 「こう言うとなんだが、ショーリはギュンターと話が合うかもしれないな。貞操観念が古そうだ」 「八十二歳に古いと言われる勝利って」 「僕はお兄さんの場合、貞操観念が古いんじゃなくて、妹べったりな超シスコンなだけだと思うなー。大体、そんなこと言う君たちだって、グレタが『恋人が出来たの』って男の子を紹介してきたらどうさ?」 「グレタにはまだ早い!」 「そうだ!好きな子がいるとか、甘酸っぱい初恋なら通過点だけど、恋人はまだ早いぞ!」 「……大して変わらんな」 まだ見ぬグレタの未来の恋人に憤然と怒りを見せる父親二人を、グウェンダルが端的に評した。 ふれた指先から(3) 「あ、失礼だなグウェンダル。おれはまだ早いって言っただけだぞ。おれだってグレタが十六歳になってから、相応しい恋人を連れてきたらあそこまで邪魔したりしねーよ」 「わあ、微妙。理解のある父親のようなことを言っておきながら、こっそりと『相応しい』なんて条件付け足してー。そしたらあれだろ、どんな立派な相手を連れてきても『貴様なぞグレタには相応しくない!』なんて言ってダメ出しする気なくせに」 「だ、誰もそんなこと言ってないだろ!?」 「え、言わないのかユーリ。大切なグレタの相手だぞ。当然それ相応の相手でなければ認められないだろう!」 明らかに過剰反応な二人をからかって楽しんでいる大賢者に、グウェンダルは息を吐きながら一歩距離を開けた。他人のふりを決め込んだのではなく、単に大声での会話が耳に痛かったからだ。 その隣に数歩前を行っていたはずの弟が並んできて、僅かに首を動かした。 「いいのか、は」 「俺が今近づくと、ショーリの気に障る。それに、ニッポンは安全な国だからこのくらいの距離なら空いていても大丈夫だろう」 肩を竦めたコンラッドは、有利たちのグレタの話に小さく笑った。 「いずこも娘は大変かな」 「これは単に陛下の一族の悪癖なだけのような気がするが」 「ヴォルフも?」 グレタの相手となるなら、家柄もしっかりしていて、父である自分よりも強く、威厳があり、頼りになって……と愛娘の伴侶になることが許される条件を列挙している末弟に、長兄は黙り込んだ。 「家柄はどうでもいいんだよ、家柄は。でも頼り甲斐があるっていうのは重要かもしれないな」 「でも頼り甲斐があるって、一歩間違えると関白宣言みたいになったりしてね。俺より先に寝るな、とか」 「それは駄目だ!家庭円満の秘訣は妻を立てることにあるんだぞ!親父がそんなことを言っていた。……なぜだろう、言ってて悲しくなってくるのは」 「ではグレタが手綱を握れるような相手ということか?しかしそれはそれで今度は優柔不断だとか気弱だとかの心配も出てくるような気もするが……」 村田に煽られてどんどん想像という名の話が広がってくる年少者たちに呆れながら、グウェンダルは辺りを見回した。 「しかし……陛下の育った場所が豊かで安全だというのは判ったが、やはり腰の物がないといささか落ち着かんな」 「気持ちは痛いほど判るけど、仕方がない。こんなところで剣を佩いていたらすぐに連行されてしまうらしいから。俺が見たニッポンの映像では、辻斬りなんて物騒なものも流行っていたんだけどな」 「そんな物騒なものが流行ったことなどあるか!」 「ショーリ」 手を繋いだに止められて後ろを歩く一団との距離が詰まるのを待っていた勝利が、噛み付くようにコンラッドの言葉を打ち消す。 「もう、そんなこと言ったって仕方ないじゃない!コンラッドは日本には馴染みがないんだし。フジヤマ、ゲイシャガールとか言わないだけマシだよ」 に注意されて、勝利は少々引きつった笑いで妹を見下ろした。 「ちゃん……お兄ちゃんはそっちのほうが、辻斬り文化よりましな誤解だと思うんだが」 「どっちでもいいから、いい加減に手を離してよ。兄妹で手を繋いで散歩なんて目立つし」 に繋いだ手を振り払われて、勝利は寂しそうな顔で空いた手を見る。 「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。ゆーちゃんとなら」 「いくら有利とでも手なんて繋いで歩きません!」 これ以上妹を怒らせたくないのか、とりあえずコンラッドと二人きりでなければいいのか、足取り荒く弟たちの方へ行くを、勝利が無理に止めることはなかった。 「本っっ当にもう!コンラッドが言わなきゃお兄ちゃんのこと、振り切ってまくのに」 「あの様子だと、まいたって根性で捜し出しそうだけどね。いっそ秋葉原を今日のルートに入れたら?自然に脱落してくれるかもよ」 楽しそうに笑いながら提案する村田に、は一瞬本気にしたようで、腕を組んで唸る。 「それいいかも」 「……わあ、今初めて、今日のお兄さんに同情したなあ」 「そう苛立つな。ショーリは兄としてお前が心配なのだろう。これをやるから落ち着け」 グウェンダルが宥めるように差し出したものを受け取ったは、吊り上げていた眉を下げてグウェンダルの言葉通り笑みを零す。 「ヒヨコのマスコットだ」 「先ほどのげーむせんたーとやらで取ったものだ。よろしければ猊下にもこれを」 「ああ、ありがとう。なんと言うか、はともかく僕だと傍からみるとシュールな絵かもしれないなあ」 フクロウのマスコットを受け取った村田は笑いながら、有利と勝利と弟達にもマスコットを渡すグウェンダルの様子を見ていた。 勝利もコンラッドはともかく、その兄まで邪険に扱うつもりはないらしく、素直にマスコットを受け取っていた。すぐにポケットに入れてはいたが。 「こうして見てると、お兄さんが大人げなくなるのは、渋谷とが関わってるときだけだね」 「いつもあれだと困るよ。一応あれでも都知事になるんだーって言ってるくらいなんだし」 「うん、埼玉県民だけどね」 と村田が顔を見合わせて、思わず吹き出したところで二本の手が横から伸びてきて、それぞれと村田の距離を空ける。 「猊下、人が通ります」 「ちゃん、横に避けないと邪魔になるぞ」 後ろからコンラッドに肩を掴んで後ろに下げられた村田は、人が通った向かい側で兄に引き摺られるを見て唸った。 「うーん、こういうことだとウェラー卿とお兄さんはナイスコンビネーションだね」 昼食にと入ったファーストフード店で午後の予定を考えていて、ポテトを摘みながら有利がふと手を叩いた。 「そうだ、せっかく今回は向こうに戻るタイミングが判ってることだし、グレタにお土産を買っとこうか。観光土産というと、おれたちは違うけどそんな感じで」 「我々は遊興に来ているわけではないぞ」 紅茶カップを手に有利を睨みつけたグウェンダルに、コーヒーを片手にコンラッドが笑って取り成す。 「グウェンダル、そんなに急いだって今はどうせ連絡待ちの状態だ。それに今日はユーリやの暮らす場所を見に来ているわけだから、色々な店を覗いたっていいじゃないか」 「さすがコンラッド!いいこと言うな!あれだったらさ、グウェンダルもアニシナさんにお土産買ったら?」 それならグウェンダルも暇ということはないだろうと気軽に提案した有利は、先ほどよりも数倍鋭い眼光で睨みつけられて息を止めた。 「土産?アニシナに、このような奇怪な文化のものを?そしてアニシナの研究意欲を刺激したらどうする!?」 「あ、ハイ、すみません。ごめんなさい……ヴォ、ヴォルフはツェリ様になんかどう?」 「母上に?しかし母上に贈る物となるとそれ相応のものが必要だぞ。グレタへの贈り物とはまったく別の店を回ることになるんじゃないか?」 「そ、そうか……確かにツェリ様に下手なものは渡せないな……すごくそぐわなさそう。だったら村田はヨザックにどうよ?お前があっちいくといつも扱き使うだろ?」 「えー、そう?僕は優しいと思うけどなあ。でもそうだね、ヨザックに土産というと……そうだ、せっかくがいることだし、変装時の女性用下着なんて見繕ってもらうのはどうだろう」 「お前それセクハラだぞ!?」 「貴様はをどこへ連れて行く気だ!」 席を立った有利と、眦を上げた勝利に対して、名指しされた当人は愉快犯だと判っているので肩を竦めるだけだった。 左右から怒られた村田は、手で押さえるようにとジェスチャーをしながら首を振る。 「そんなに怒らなくてもさ。にヨザックのために選んでもらった下着が、ヨザックの手に渡るなんてことになったら、愉快かなと思っただけなのに」 「何がどう愉快なんだよ」 「え、愉快だよ。ねえウェラー卿?」 話を持ちかけられたコンラッドは、飲み終えたコーヒーの紙コップを握り潰しながらにこりと爽やかな笑み浮かべる。 「そうですね、愉快ですね」 「だからー、何がどう愉快なんだよ」 納得できない有利の横で、ヴォルフラムはふむと顎を軽く撫でて頷く。 「、判ったぞ」 「何が?」 食べる速度が一番遅く、ようやく最後のポテトを口に放り込んだがナプキンで手の油を拭きながら聞き返すと、ヴォルフラムはコンラッドと勝利を交互に見る。 「お前が狭量なコンラートの束縛に気詰まりしない訳をだ。こいつと会う前から、ショーリで鍛えていたからだな」 自信満々に観察結果を報告されて、はばたりとテーブルに倒れ伏した。 「どうした?」 不思議そうな声で揺すられながら心の中でコンラッドに、否定できない許しを請うことしかできなかった。 昼食を終えると、目的のない散策にグレタへのお土産を買うという目的が加算された。 目的があれば、多少の注目を浴びていようと向かう場所がある程度絞れているだけ人目を気にしないように努めることはできた。 問題は、その目的の場所で、魔族三兄弟がよりそぐわなかったことだ。 「いや、ここではコンラッドたちだけじゃなくて、おれと村田と勝利もそぐわないか」 女の子向けの小物が揃ったファンシーショップに入った有利は、当然ながら店員以外は同年代からもう少し年下の少女しかいない店内に尻込みする。 勝利とグウェンダルは揃って店外で待つと言って、早々に出て行ってしまった。 「何言ってんの。グレタへのお土産を言い出したのは君じゃないか」 「お前、居辛くないの?」 「そういうときはね……」 村田は、俯き気味に陳列台に目を向ける有利の横から手を伸ばして、蝶の形をしたブローチを取って違う棚へ向かう。 「、これなんてどう思う?」 「あ、可愛いかも。そっかーブローチもいいよね。でもこっちのバレッタも可愛いと思うんだけどなー……ちょっと大人っぽくネックレスとか。こういうお店のアクセサリーだったら、変に背伸びしたデザインじゃないから、グレタにも似合うと思うんだよね」 「ああいいね。こっちの簪もどきみたいなのも面白くないかい?こうやって」 「ああ、いいかも。簪なんてあっちにないし」 手にした簪をの髪に当てて、村田は普通に会話を続けている。 「と……溶け込んでる……」 あれだこれだと並んで商品を手に取っていると村田に、有利は愕然として呟いた。 「な、何となくコンラッドには見せないほうがいい光景に見え……あ!?」 ようやく村田の意図を察した有利は、慌てて陳列棚の間を抜けて二人の間に割り込んだ。 「このリボンなんかグレタに似合うような気がするなあ!」 「びっくりした。急に後ろから無理やり手を伸ばさなくたって、言ってくれたら場所空けるのに」 強引な有利にが目を瞬いて陳列棚の前を空けると、割り込んだ有利はとは反対側に立つ村田に顔を近づけてひそひそと話す。 「お前、恋人同士の買い物風味を装おうとしたな!?」 「だってそれなら、女の子しかいない店でも居辛くないよ」 「やっぱり狙ってたのか!コンラッドが見たらとんでもないことになるだろ!?」 「大丈夫だよ、ちゃんと彼が奥に行くのを先に確認してたからさ」 「周到すぎる」 「俺がどうかしましたか?」 あくどいと決め付けた有利に、失礼だと村田が肩をすくめたところで後ろから声をかけられて、何故か有利だけが飛び上がった。 「い、いやなんでも!」 「奥にいいものは何かあった?」 どもる有利とは対照的に、村田は平然と何事もなかったかのように、簪を陳列台に戻した。 「奥は香水やかつらなどの装飾品や、もう少し細工の凝った指輪なんかでした。少しグレタには大人っぽいかもしれませんね」 「ユーリ、これなんてどうだ?グレタにきっと似合うぞ」 「へえ、白いベレー帽ね」 「白いぼんぼりがついたケープとかと合わせたら、もっといいかも」 ヴォルフラムが探し出してきた品に、有利とが頷いて、ヴォルフラムが胸を張る。 「美的感覚はユーリよりぼくのほうが優れているからな」 「なんだよそりゃ。まあいいけどさあ」 「あー、ベレー帽ね。はいはい。フォンビーレフェルト卿、自分とお揃いの物だね」 村田が軽く手を叩いて頷いて、有利はそのベレー帽に視線を落とす。 絵画を描く趣味があるヴォルフラムは、趣味の時間には確かにベレー帽を被っていることが多々ある。 「なんだよお前、そういうことかよ!ずるいぞ!それだったらおれはキャッチャーミットを推すね!」 「有利……グレタへのお土産なんだから」 自分の趣味を押し付けてどうするんだとが額を押さえて溜息をついた。 |
ふと、グレタも将来大変かもしれないと思いました……。 (罠女か軍曹に憧れているので、大変なのは父親たちかもしれませんが) |