「えー、今朝になっても地球の魔王ボブさんには連絡が繋がらなかったということで、今日は日本観光ってことになったわけだけど、どこか行きたい希望はある?」
朝食の席で有利が来訪者である眞魔国の三兄弟に意向を訊ねるが、具体的な希望は当然ながら出てこない。
「どこでも。ユーリやが普段すごしているところを見られるなら」
「どこでもっていうのが一番困るんだよなあ」
「今日の晩ご飯なにがいい?って聞いたら『なんでも』って答える有利と変わらないよねー」
「うぐ……だって急に聞かれたってさあ」
和洋折衷の食卓にサラダボウルを置きながらに言われて、有利は箸を咥えて小さく零す。
それまでまったく会話に参加せず納豆を混ぜていた勝利が急に顔を上げた。
「目黒の寄生虫館はどうだ。はあまり虫が得意じゃないから留守番してもらって……」
「なんでが留守番になるセレクトなんだよ」
「じゃあ久伊豆神社なんてどうだ?」
どこだろうと顔を見合わせた有利とに、昨日は渋谷家に泊まった村田が白菜の漬物を齧りながら笑う。
「ああ、霊験あらたかって話の縁切り神社ですね」
「いい加減にしろよ勝利!」
「大丈夫だ、そこは縁結びの神社でもあるから、もっと良縁に恵まれますようにと」
「そりゃ今の縁を切ること前提だろうが!」
有利が席を立って怒鳴りつけ、目玉焼きを切っていたヴォルフラムが首を傾げる。
、エンキリジンジャとはなんだ?」
「……えーと……なんだろう……」
「お兄さんも必死だよねー」
楽しそうに笑う村田に、は溜息をついて肩を落とす。救いは、サラダを受け取ったコンラッドには、まったく意味が判っていないようだということくらいだろうか。



ふれた指先から(2)



「大体さ、コンラッドのことを正直に話したら、勝利がああなることくらいは判ってただろ?なんで言っちゃうんだよ」
勝利の意見はすべて却下して、とにかく街をぶらつくということで家を出た。ボブと連絡が取れるのがいつになるか判らないし、そんなに遠出するわけにもいかない。今日はとにかく日本がどんな様子かを見てもらうくらいでもいいだろうという話になったのだ。
絶対に自分もついて行くと言い張って同行した勝利を盗み見ながら、有利が不平を零す。
「黙ってたら今日もついていくなんて言い出さなかったかもしれないのに」
「だって、お母さんたちにもコンラッドのこと知っててもらいたかったんだもん。こんなチャンス二度とないかもしれないし」
「だとしてもさあ、帰るときになってから言うとか、帰っちゃってから『実は』とかでもよかったんじゃねえ?」
「それじゃ意味ないよ。それに有利だって、彼女の家族に会ったのに付き合ってるのを隠されたらいやだと思わない?」
「そりゃまあ……」
、チケットの買い方なんだけど」
駅について、物珍しげに券売機を眺めるヴォルフラムの横で、コンラッドがそれを指差して振り返る。
「あ、うん、今行く」
が駆け寄ると、その間に急に勝利が割り込んで券売機に腕を伸ばした。
「券なら俺が買ってやろう」
「……だからさあ、おれとしては、勝利にだけでも黙っとくとかいう方法はなかったのかと言いたいんだけど」
間に勝利に割り込まれて、目を瞬くコンラッドと、溜息をつくと、そんなやり取り気にも気付かず五千円札を飲み込む券売機を眺めるヴォルフラムと、改札向こうでプラットフォームに入ってくる電車を眺めて動力を気にするグウェンダルの姿を後ろから眺めながら有利が呟くと、隣で村田が小さく笑う。
「僕から見れば、どっちもどっちだけどねー。だってフォンビーレフェルト卿と違ってウェラー卿は地球にいたんだから、乗車券の買い方くらい知ってると思うけど?」
「あ」
勝利より早く、出てきた乗車券を横からさらってコンラッドに嬉しそうに手渡すを見ながら、有利はやれやれと肩をすくめた。
「おれ、口出しするのやめとこ」
「懸命だね」


「え、それは誤解ですよ。俺がチキュウにいる間の移動は車がほとんどでしかたから。他にもチケットの手配なんかは同行者任せでした」
「そうなの?」
村田の話は言いかがりだったのかと驚きつつも納得した有利は、前を歩く集団に目を向ける。
「つまり、基本はデンキというものが動力になっているのだな?魔力ではなく」
「そうです。こういう大きなものを動かす電気っていうのは人力で作ってるものじゃないから、供給者の心配はいりません」
マッドマジカリストの実験において、主に動力源とされがちなグウェンダルが電車から照明から、稼動のための供給源を気にしていて、それをが説明している。
有利は隣を歩くコンラッドを見上げた。
「いいの、と一緒にいなくて?」
「その辺りはそのうち自然に。無理に二人になることにこだわることもないかと思って」
「こだわらないと、勝利の隙は突けないと思うけどな……」
グウェンダルやヴォルフラムに街の様子の質問を受けながら歩くと、有利と一緒に歩くコンラッドの間には、村田となにやら白熱した談義をしている勝利がいた。何が何でもコンラッドとの距離を開けておきたいらしい。
袴はやっぱり巫女さんの緋袴がいい……いやいや、それは正道すぎて面白味に欠ける。弓道衣の紺の袴のほうが……と聞こえてくる会話に、有利はげっぞりとして空を見上げる。
「さっきからすごい視線を感じる集団で歩いてて、なんで会話は袴についてなんだよ」
眞魔国からきた三兄弟はそれぞれタイプは違うが、一人で歩いていても人目を引く容姿をしている。それがまとめて三人いる集団で歩いていて目立たないはずがない。
外国のモデルか、俳優かと囁く声が男女に問わず聞こえてきたりして、なら一緒に並んでいる自分はどう見えるのかと思うと、有利は微妙に落ち着かない。
「あっちでは今さら気にしたこともないのになあ」
「何がですか?」
「視線だよ、視線」
だがグウェンダルもヴォルフラムも、そしてコンラッドもその辺りはまるで気にしていない。眞魔国から来た兄弟は、それぞれ身分が高かったり人の上に立つ指揮官であったりと、人の注目を浴びることに慣れている。
「大丈夫ですよ、敵意はありません」
「思い切り好奇はあるだろ!?」
「それは仕方がないですよ。ユーリとと猊下とショーリが一緒なんですから……」
「基本ボケかよ!目立ってるのはあんたらだよ!」
有利もそれなりに慣れてきたつもりだったが、それはあくまで魔王業のときであって、一高校生でしかない日本では、日常の延長の風景の中なだけにむず痒い。
「駄目だ!おい!どっか店に入ってコンラッドたちに帽子とサングラスでも買おう!」
前を歩く妹のところまで駆け寄って肩に手を掛けると、返事は溜息で返ってくる。
「それはわたしも考えた……けど有利、想像してみて。サングラスをかけたグウェンダルさんとヴォルフラムとコンラッドの姿を」
ヴォルフラムの格好は有利の服の中から、コンラッドの服装は勝利の服の中から母、美子のセレクトしたものでカジュアルに纏まっている。グウェンダルは勝馬の服で比較的ラフな色合いの背広。それに似合うサングラスをそれぞれ考えてみた。
「………お忍びの外国の少年モデルと、遊びに出たスポーツマンと、休日のマフィア?」
「ね、余計に目立つでしょ?」
「一体おれたちはなんの集団なんだ……」
有利が眉間を指先で押さえて肩を落とした。後ろを歩いていた村田が追いついて、その肩を叩いて横を指差す。
「そんなに人目が気になるならさ、どっか店に入るといいじゃないか」
「ウィンドウショッピングでも目立つと思うけど」
「違う違う、それぞれ皆、自分のことをやってる店だよ。あそことか」
有利とは同時に村田が指差す騒音の方向を見て、やはり同時に手を叩いた。


「ここはなんだ!?耳がおかしくなりそうだ!」
「ゲーセンだよ、ゲーセン!ゲームセンター!こっちでの遊技場の一種!」
それぞれのゲーム機匡体から上がる大音量が重なり合って、耳に痛いほどの騒音の中、両手で耳を塞ぎながら大声で訊ねるヴォルフラムに、有利も負けず劣らず大声で返す。
「しばらくいると慣れるよー!そうだな、格ゲーとかパズルとかはやり方が判んないだろうから、キャッチャー系とかシューティングとかで遊ぶといいんじゃないかな!」
店先では人を集めてしまうということで、村田は店の奥にあるコーナーを指差して案内する。
ゲーム機の合間の狭い通路を歩きながら、勝利はコンラッドの肩を叩いた。
「あんたには別にお勧めのゲームがあるんだが……」
「え、俺に?でもあまり陛下やから離れるわけには」
「大丈夫だ。ここは日本だ。他にも一緒にいる奴がいるから心配はいらない」
奥に進んでいた村田は、騒音に顔をしかめるヴォルフラムやグウェンダルの後ろで、二人で離れて行く勝利とコンラッドに気付いて思わず吹き出す。
「あははー渋谷、お兄さん本当に必死だよね」
「なにが?」
「ウェラー卿だけをアダルトゲーのコーナーに誘導しているよ。に幻滅される作戦でも狙ってるのかな」
「勝利―っ!!」
椅子を蹴り飛ばす勢いで有利が駆け戻り、ヴォルフラムとが驚いて振り返る。
「なに?」
「いいからいいから。あ、ちょうどエアホッケー台が空いてるよ。あれなら単純だからフォンビーレフェルト卿たちでもすぐに遊べるんじゃない?」
有利が事情の判っていないコンラッドと、舌打ちをする勝利を連れて帰ってきた頃には、ごく簡単なルール説明を終えて、村田とヴォルフラムで対戦を始めようとしていた。
「あ、よかったら渋谷代わるー?」
「おれは勝利を見張ってる」
横目で弟に睨み上げられて、勝利はグウェンダルとUFOキャッチャーを始めているを確認すると、近くの別の匡体を指差す。
「心配するな。俺はガンシューティングでもやっている」
「いっそそのまま別行動で秋葉原にでも行ってくれて構わないんだけど」
「何を言う。俺はちゃんを悪の魔の手から護らなくてはいけないという使命がある」
「それでおれはコンラッドを勝利の魔の手から護らなくちゃならないのか……」
本来なら勝利に近い立場のはずなのに、あまりにも兄の手段を選ばない低次元なやり方に、コンラッドを保護せざるを得ない自らの立場を有利が嘆いた。
「悪いなコンラッド。勝利が大人げなくて」
「え、何がですか?」
敵意は感じているはずなのに、具体的に何をされているのかをあまり判っていないコンラッドからはとぼけた答えが返って来て、有利はさらにどっと疲労を覚える。
「違う、おれはこんなことをするためにこっちに戻ってきたはずじゃないのに……って村田、お前エアホッケー弱いなー。初プレイのヴォルフに負けてるぞ……」
最初は未知のものに戸惑ってたヴォルフラムだが、身体を動かす系統のゲームだけに慣れて来るのも早い。有利が呆れて言っている間にも、また一点ヴォルフラムが取った。
「そんなこと言ったってさー、僕だってそんなにゲーセンなんて来ない、し!ああ!また取られた!渋谷、バトンタッチ。君ならいい線行くんじゃない?」
「おれもあんま来ないけど、お前よりかマシだよ。よし選手交代!」
「む、交代か?いくらユーリでも手加減はしないぞ!」
「言ってろ!」
村田が空けた場所に腕まくりしながら有利が移動する。
それを微笑ましく眺めていたコンラッドは、横に移動してきたに気付いて腰を屈めて、騒音に邪魔されないように耳元で話し掛けた。
「グウェンは?」
「あっち。マスコット取りが面白いみたい」
「ああ……なるほど」
欲しいものでもあるのか、真剣な様子の兄の背中を見て笑うコンラッドに、はその腕にぎゅっと抱きつく。
「このまま、ハグレちゃおうか?」
から聞くには珍しい提案に、腕に抱きついた恋人を見下ろすと、コンラッドの視線に少しだけ頬を膨らませる。
「だってせっかくコンラッドが一緒なのに、お兄ちゃんが邪魔ばっかりするし」
コンラッドは驚いたように目を瞬いて、それから笑みを零す。
はそれで平気なのかと思ってた。ヴォルフやグウェンとばかりいるから」
「コンラッドの傍に寄ったら、お兄ちゃんが警戒するし。油断させておいてチャンスを狙ってたんだけど……コンラッドは行く気ないみたいね」
「わざといなくなったら、陛下にも怒られそうだしね。無理に二人きりになることにこだわることもないかと思っていたんだよ」
「今だったら、有利も応援してくれると思うけどなあ……」
は溜息をつきながら、けれどコンラッドの腕を離して両手を後ろに組んだ。
「うん、でも今回はやめる。そんなことしたら、またお兄ちゃんがコンラッドにかかって行きそうだし、コンラッドはお兄ちゃんには反撃しないでしょ?」
「もちろん。や陛下の大切なお兄さんに暴力なんて、俺にはとてもじゃないけどできないよ」
「じゃあ今は諦める。あーあ、せっかくコンラッドが日本にいるのに、うちじゃ狭すぎて二人きりになれる機会がないなんて」
コンラッドはグウェンダルと一緒に客間に寝泊りしているし、の部屋に連れて行こうにも隣には有利とヴォルフラムがいて、それにやはり勝利の見張りがあって、その隙はほとんどない。あってもすぐに邪魔されるだろう。
「国に戻ればまたいくらでも。……それもあまり度がすぎると今度は陛下に怒られるけど」
肩を抱き寄せてそう囁くと、は身体を預けてコンラッドを見上げる。
「そうだね。もうずっと、傍にいるもんね。……血盟城でなら……いつでも一緒に」
頷きながらぎゅっと服を握り締めてくるの手に、何を思い出しているのか気づいてコンラッドは僅かに眉を寄せて、の額と額を合わせて約束する。
「ああ、ずっと一緒だよ」
もう二度と、離れたりはしないから。
言葉には出さず誓いを胸に、肩を抱き寄せた手に力を込めた。








どこまでも勝利が大人げないので、いつも大人げないコンラッドが目立ちません(笑)
「魔族地球へ」はコンラッドの「帰還後」の話ということで、ここぞとばかりにマニメ要素
を盛り込んでみました(^^;)


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