濡れた服は張り付くので脱ぐのに手間取る。
おまけに村田が「どの服なら借りていい?」とかいつもなら聞きもしないことを聞いてきて邪魔するし!
どうにか着替えてリビングに移動すると、机一杯に写真が広がっていた。
「だああああーっ!なんの嫌がらせだっ」
「いきなりどうした、何の癇癪だ」
「ああっ陛下、御髪がまだ濡れております」
ギュンターが持っていた写真をそっと机に置いておれの後ろに回り込むと、肩に掛けてたタオルで髪を拭き始める。
「いつもこのようなお世話はコンラートに先に取られてしまいますが、本日は私が」
ギュンターが置いた写真は、寝ているおれかを、おれかが後ろからぎゅっと抱き締めて眠っているところのものだった。やっぱり自分でも見分けつかないし。



思い出にさよなら(2)



「なんで目一杯に広げてるんだよ!」
写真を回収しようと手を伸ばしたら、ヴォルフラムに叩き落された。
「濡れているから、乾かしているんだろう!」
「そうかよ、サンキュー。あとはおれがやるから、もうこれ以上広げるな」
気のない礼の言い方が気に入らなかったのか、ミニアルバムを取り上げようとしたら抵抗された。
「まだ全部見てないぞ!」
「見なくていいんだよ!つーか見るなっ」
「渋谷ぁー、そんなに目くじら立てなくても、子供の頃の可愛い話じゃないか」
諸悪の根源が呑気に髪を拭きながら登場して、ヴォルフとミニアルバムを引っ張り合いながら振り返る……と、おれの髪を拭いていたギュンターの幸せそうな顔があった。なんでそんな嬉しそうなんだ、ギュンター。久々に会った孫の世話を焼くのが嬉しくてたまらないおじいちゃんの心境なのか。
「ギュンター、もういいよありがとう。それより写真を乾かすのはいいとして、表じゃなくて裏を向けてくれないか!?」
「そんなっ!せっかくの陛下と殿下の愛らしいお姿を伏せてしまうだなんて!」
「恥ずかしいと思うから、余計にそう感じるんだよ。懐かしいなあ、くらいに気楽に考えなよ」
「懐かしくねえよ!こんなことさせられてたなんて覚えてないし!それにしても、なんだっておれは素直に女装してるんだーっ!?」
それが一番の問題かもしれない。親に言われるがままこんな格好をしているなんて、主体性がないにもほどがある!
「おっとフォンビーレフェルト卿はお目が高いねー。それは二人が簡易プールで遊んでいた一枚で……」
「なんで商売人調なんだよ、村田!見るなって!女装を嫌がって脱いでいるおれに免じて見ないでやってくれっ!」
結局三対一では勝ち目がなく、写真はすべて公開されてしまった。もしもそこに救いがあるとすれば、全部が全部女装写真ではなかったことと、女装写真はおれとの見分けがつかないことくらいだろうか。
「く……くそ……いっそ全部燃やしたい……」
諦め悪く乾かし中の写真を裏返していくと、順次ギュンターと面白がってる村田がまた表に裏返していく。
「お前らなあっ」
ヴォルフラムだけが我関せずとソファーに座ってお気に入りの一枚を探している中ノックがあって、が一人で入ってきた。
「あれ、何の騒ぎ?」
怒っている様子もないので、コンラッドを振り切って置いてきたわけじゃないんだろう。
それでも一応、試しに聞いてみる。
「コンラッドは?」
「うん、濡れた服を着替えに部屋に戻ってるよ。すぐに来るんじゃないかな」
ちょっと疲れたように肩を竦めたところを見ると、短時間で宥めたようで実は納得させるのに苦労したのかもしれない。
「で、何の騒ぎ?」
ヴォルフの肩越しにテーブルを覗いたは、驚愕で目を見開いた。
「なにこれー!?」
「やっとおれの味方が来たか。も写真の回収を手伝ってくれよ!お袋が村田に見せたやつなんだよ!」
「お母さん!なんてことを!」
がテーブルの上の写真をさっとさらうと、目の前の数枚を持って行かれたヴォルフラムがその手を掴んで引き止める。
「おい、!」
「だってコンラッドが来る前に隠さなきゃ!」
「なんだ、も婚約者に幼い姿を見せるのは恥ずかしい口か」
「恥ずかしいよ!しかもなぜかカタログ風に有利とポーズを決めてるのまであるし!」
そうだよな、子供服のチラシでも作りたかったのかと聞きたくなるようなショットがいくつかあって、それなんかは日常のスナップ写真の三倍くらい恥ずかしい。
「きゃー!プールに入ってた時のまでっ」
はヴォルフと、おれはギュンターと村田の妨害に遭いながら格闘していたから、ノックの音がさっぱり聞こえなかった。
「大騒ぎですね」
入り口から聞こえた声に一斉に振り返ると、コンラッドがドアを閉めながら苦笑していた。
その苦笑を、そのままに向ける。
「特に
ソファーに座るヴォルフラムが写真を一枚持った手を伸ばして逃げていて、はそれを追って半分くらいヴォルフに乗っかっているような状況だった。
コンラッドに指摘されてちょっと青くなったは、跳ねるようにソファーから飛び降りて、ジリジリと移動するとおれの後ろに隠れた。さっき一体なにがあったんだ、お前ら。
「で、何の騒ぎなんですか?」
コンラッドはおれと、おれの後ろに隠れてシャツを握りながらコンラッドを伺っているを見て、説明がないと判ると、わざわざヴォルフラムが手にしていた一枚を取り上げた。
「コンラート!」
「あっそれは……っ」
がおれの後ろで肩に手を掛けて背伸びしたけど、すぐにまたおれの背中に隠れる。
写真を見ていたコンラッドは、にっこりと笑ってそれを胸のポケットに入れた。
「これは没収」
「それはダメ!」
「なんの権利があってそんなことが言えるんだ!」
は必死に、ヴォルフは憤って、二人が同時に叫ぶけど、コンラッドはパチンと音を立てポケットの釦を留めてしまう。
のセミヌードを見ていいのは、例え幼い頃の写真といえど俺だけだからだよ」
「恥ずかしい言い方しないでよ!」
がおれの背中から飛び出して、コンラッドの胸ポケットに手を伸ばすけど簡単に手を掴まれる。
「セミヌード?そんな写真あったっけ?」
さっきも言ったけど、どちらかというと子供服のチラシ風の写真が多い中で、脱いでるようなものなんてあったか?
所詮小さい頃の写真なので、のヌードと言われても、さすがのおれも過剰反応せずに首を傾げていると、村田が手を叩いた。
「はいはい、ウェラー卿の気持ちは判るけど、写真は戻すように。裏向けててもいいからさ」
「そうです、コンラート!これらの絵姿は全て、陛下の母君のものだと猊下が仰いました!あなたがどんな理屈をこねようと、個人的に持ち帰ることは許されません!」
ギュンターが髪を振り乱して力説する。だからなんであんたがそんなに怒るんだ。
「それは大変残念です」
他にもいくつか欲しい写真があったんですけど、なんてさらっと言いながら肩を竦めてコンラッドが取り出した写真を、が奪っておれのところに戻ってくる。
その写真を覗いておれは首を傾げた。
例のビニールプールで遊んでいる一枚だ。
「……コンラッド、ゾウのジョウロで遊んでいるの水着姿がセミヌードなのか?嫌がって腰まで水着を脱いでるおれならともかく」
が驚いたように振り返り、ヴォルフとギュンターは怪訝そうにコンラッドを伺う。
「お前はそこまで狭量なのか?」
「それとも、陛下と殿下を間違えたのですか?」
「なに言ってるの、有利?」
「へ?」
「あのねえ、渋谷。間違ってるのは君。正しいのはウェラー卿」
村田が軽く、が取り付いているのとは逆のおれの肩を叩く。
「君のママさん曰く『ゆーちゃんは何でも喜んで着てくれたのに、ちゃんは時々、気に入らない服は脱いじゃって、撮影が大変だったのよー』だって」
「は?」
「有利……あの、これ、ご機嫌で遊んでるほうが有利だよ……?」
「なにぃーっ!?」
つまりおれは嬉々として女装していたと、そう言うのか!?
「そんな馬鹿なっ」
から写真を引っ手繰ってまじまじと眺めるけど、どっちがおれかなんて……当事者のと事前説明をもらっていた村田はともかく、なんでコンラッドは判ったんだ?
ヴォルフラムがテーブルを叩いて立ち上がる。
「ユーリ!お前は自分と妹の区別もつかないのか!?」
「そ、そう言うお前は判ってるのかよ!」
一瞬答えに詰まったヴォルフラムは、すぐに握り拳で身を乗り出した。
「も、もちろんだとも!」
「わ、私も判ります!」
「じゃあこれはどっちが渋谷?」
村田が指差した写真は、白いレースの服でレンゲ畑で戯れているおれとの写真。
「頼むから女装写真を例に使うな!」
「右だ!」
「ひ、左の花冠をつけているほうです!」
ヴォルフとギュンターの意見が割れた。村田はコンラッドを見上げる。
「はい、正解は?」
「右ですね」
を振り返って確認すると、も目を丸めて頷いた。
「なぜコンラートは判るのです!?」
もだよ」
「普通、自分と兄妹は判るでしょ」
どうせおれの記憶には何も残ってませんよ。
おれとを間違えたギュンターが崩れ落ち、に呆れられておれは拗ねる。
からは寂しい答えが返ってきたけど、コンラッドの答えに比べれば遥かにマシだったかもしれない。
「愛、でしょうか」
にこにこと笑顔で告げたコンラッドの答えに、部屋にいた全員で溜息をついた。


その晩、コンラッドは見分けがついた種明かしをこっそりおれにしてくれた。
ただし、さっき部屋に送ってきたには、そこで先に種明かしをしてきたらしいけど。
は首の左少し後ろに小さな黒子があるんです。ユーリにはありません」
ここ、とコンラッドが自分の首の付け根近くを指差した辺りを目安に写真を凝視すると、確かに小さな黒子が見えた。
「よくこんな小さいのに気付いたなあ」
「そのつもりで写真を見れば判りますよ」
「そりゃそうかもしれないけど…………あ、れ……?こんなとこに黒子があるなんて、なんでコンラッドが知ってんの?」
不審に思って思わず疑いの眼差しを送ると、コンラッドは笑って首を傾げた。
「やだなあ、何かお疑いのようですが、今日こちらに到着したときに、を部屋まで運んだのは俺ですよ」
「ああそうか」
あのときはバスタオル一枚だった。
納得ー、と笑ったおれは、ミニアルバムを閉じながら笑いを消した。
「で、その頬にくっきりついた掌の跡はなに?」








女装写真があるということで、有利のほうが特に嫌がってはいましたが、
自分の子供の頃の写真は照れくさいものかと。
今回、愛らしい子供の写真の話でグウェンを出せなかったことがなにより
悔やまれます(笑)
ちなみに携帯公式サイト掲載の小説で、魔動写真機があるという話が
あったのですが、まだ普及してないということにしておいてください(^^;)


BACK 長編TOP NEXT(おまけ)