「っだいまー……あれ?」 炎天下の中、汗だくになりながらチャリを漕いで家に帰ると、友人が母親と一緒にアルバムを広げてはしゃいでいた。 「何やってんだ!村田にお袋!!」 「あ、渋谷お帰りー」 「おかりなさい、ゆーちゃん。それとね、お袋じゃなくてママでしょ!」 「ただいま……じゃなくて!なんで村田とお袋がアルバム広げて騒いでるんだよ!?」 「渋谷が留守だったから、美子さんが話し相手をしてくれたんじゃないかー」 「そりゃどうも……って言うと思うか!?お袋もなんでよりによってアルバムなんて出してくるんだよ!そういう場合は、おれの部屋に案内して飲み物でも持っていって待っててもらえばいいだろ!」 「ゆーちゃん!ママでしょ、ママ!」 さっきから会話が成り立たない。村田とも微妙にずれている気がしてならない。 疲れ果てそうになったおれの前に、村田がひらりと一枚写真を取り出した。 思い出にさよなら(1) 「ほら、これなんて最高のワンショットじゃないか?ビニールプールで戯れる渋谷との一枚」 そこには、ライオンズルーよりは色の薄い青のビニールプールに浸かった4、5歳頃のおれとが写っている。この頃はまだそっくりで一卵性の双子かと思われたくらいだった。 この写真みたいに着てる服が同じだと、お袋と勝利にしか見分けがつかなかったほど……。 「って!なんでおれまで女の子の水着を着てるんだ!?」 村田から写真を奪い取る。 片方……たぶんがゾウのジョウロで喜んで遊んでいる横で、片方……たぶんおれが嫌がって仏頂面で水着を腰まで降ろして半分脱ぎかけている。 「だって、ピンクのワンピースがお揃いで可愛いかったんだものー」 「この肩の小さな花飾りがポイントですよねー?」 「嫌がってるだろ!?おれが嫌がってるだろ!立派な幼児虐待だぞ!!」 「まあ!虐待だなんて酷いわ、ゆーちゃん!ママはゆーちゃんとちゃんを一生懸命におしゃれにしたのよ?しょーちゃんも大喜びだったのに!それにね……」 「勝利のやつ、こんな頃からヤバ気な趣味が……?あ、いや兄貴はこの際どーでもいい!お・れ・の!おれの気持ちが問題なんだろ!」 「今、小声でかなりお兄さんに失礼なこと言ってたね」 「とにかくこれは没収!」 村田から奪った写真の他に、それが入っていたと思われるミニアルバムごと取り上げると、ファイリングせずに挟んでいただけのものが結構あったらしく、写真がバラバラと落ちた。 「ああん!ゆーちゃん、横暴よ!」 「こんなもん本人に無断で友達に見せるなよ!」 友達じゃなくても嫌だけど。 今すぐ全部捨てようかと思ったけど、だけの写真とか、あとはおれが一緒に写っててもまともな写真は置いておこうと、床に落ちたものも片手で拾えるだけ拾ってミニアルバムと一緒に小脇に抱えてリビングを出た。 「手を洗ってから上がるから、村田はこれを……」 先に部屋に持って行ってくれとミニアルバムを渡そうとして、にこにこと笑顔で両手を出す村田を見て気が変わる。こいつは絶対に中身を見るか、お袋に返しに行く。 「……先に部屋に行っててくれ」 「ちぇー。はーいはい」 村田が大人しく階段に昇り始めてから、突き当りの洗面所のドアに手を掛けた。 「あ、言い忘れたけど、君より先に帰ってきたが今、お風呂に入ってるよー」 後ろから注意が聞こえたときにはもうドアを開けていた。 「きゃっ……!」 すでに風呂から上がっていたはまだ服を着てなくて、バスタオルを巻いただけの姿で髪を拭いていて、ノックもなしに開いたドアに驚いて振り返る。 「ごめん。いるの知らなかった。手を洗わせてくれよ」 「うん。どうぞ」 ドアを開けたのがおれだったことにほっとしたらしく、は髪を拭きながら場所をずれて洗面台の前を空けてくれた。 「もう、開けたドアは閉めてよ」 「悪い、でもすぐ出てくから」 に抗議されながら写真を洗面台の端に置いて蛇口を捻ったところで、真横から突然悲鳴が上がる。 「き……きゃあああぁぁーっ!!」 「え、なにどうし……」 が悲鳴を上げて横に置いていたミニアルバムを掴んで投球フォームに入って、それを止めようとしたときだった。 「うわっ!?す、吸い込まれ……っ」 「有利!?」 こんなタイミングでスタツア!? 流れる水の渦に引き込まれる寸前、後ろに思い切り引っ張られたけど結局、眞魔国行き超特急は止まらないのだ。 「………ぷはっ!今日はまだスタート地点が家なだけ、マシって言えばマシか!?」 いつもの急な呼び出しに、半ば諦めの心境で呟きながら水面に顔を出すと、そこはおれの部屋の風呂だった。 魔王専用プライベート風呂はプライベート風呂でも、あのでっかいところじゃなくて、寝室の横についているやつ。それでも充分広いんだけどね。 とにかく到着点も良い場所だ。 服を引っ張られて振り返ると、がしっかりとおれのシャツを握り締めていた。 「……咄嗟に掴んだら、一緒に連れてこられた……」 しかもミニアルバムも掴んだままだったらしく、湯に浮かんだ写真が流れてくる。 拾ってみるけど、普通の紙みたいにしわしわということもなく、インクが流れ出るでもなく。 「あー……写真って丈夫だな」 せっかくダメになったかと思ったのに。 「それなんの写……」 ミニアルバムを開こうとしたは、突然それを放り出して巻いていたバスタオルを押さえつけた。 そのの後ろで水面が盛り上がって、見慣れた眼鏡くんが顔を出す。 「うわー苦しかったー」 「ちょっと村田くん!引っ張ってる!バスタオル引っ張ってるっ!」 「ああ、ごめん」 どうやらスタツアするおれをが掴んで、そのを村田が引っ張ったらしい……って。 「お、おま、おま、お前っ!むむむ村田、お前、洗面所を覗いたのか!?」 「違うよ、人聞き悪いなあ。洗面所で風呂上がりのと渋谷が鉢合わせたはずなのに、悲鳴も罵声も聞こえなかったから、タイミングを外したかと階段からちらっと顔を出しただけだよ」 「がいるって言い忘れたのはわざとかよ!」 「そんな話は後でいいから、二人ともさっさと出て行ってよっ!」 湯に浸かったままバスタオルを押さえて村田から距離を取ったが、厳しい顔でビシッと浴室の入り口を指差した時に、ちょうどそのドアが開いた。 「陛下、いらっしゃいますか?」 「げげっ!コンラッド!待て、ちょっと待っ……」 バスタオルを片手にドアを開けたコンラッドは、おれを見つけて笑顔を見せようとしたところで、一緒にいると村田に気付いて中途半端に表情が固まる。 半笑いが恐い、恐いって! 「コンラッド、そのタオル貸して!有利には別のを持ってきてあげて、お願いっ」 「村田!後ろ向け!後ろっ」 「そんなにピリピリしなくても、はタオルを巻いてるじゃないかー」 村田にはあのコンラッドが目に入らないのだろうか。呑気なことを言いながら、おれに押されるままにに背中を見せるように方向転換した。 「はい、。すぐに上がって」 「コンラッドも後ろ向いて」 背後でが風呂から上がった音がして、何やらバサバサと布をやり取りする音が続く。 「え、待ってコンラッドの服まで濡れちゃ……ひゃっ!」 「!?」 小さな悲鳴に何があったと振り返ると、見覚えのある上着にくるまれたをコンラッドが抱き上げたところだった。 「濡れる、コンラッドまで濡れちゃうよ!」 はコンラッドの上着ですっぽり包まれて膝まで隠れていたけど、タオルは拭いたんじゃなくて身体を隠しただけなんだろう。足からも髪からも水が滴り落ちている。 「いいからじっとして。陛下は申し訳ありませんがギュンターとヴォルフがすぐに来ると思いますから、着替えは彼らに手伝わせてください」 「い、いや、大丈夫!一人で着替えられマス!」 びしりと手を上げて宣誓体勢で言うと、コンラッドはまだ暴れるにもう一度「じっとして」と強く言い放ち、借りて来た猫みたいになったのを確認してから風呂を出て行った。 いつもの「陛下って言うな、名付け親」を言う隙さえありゃしない。 「あー、恐かった。おれだけでもコンラッドは怒るのに、村田も一緒なんだもんなあ」 しかもはあのカッコだったし。 「恐い?恐いねえ……」 湯船にぐったりと倒れていると、後ろで村田は呑気なものだ。 「お前恐くないのー?眞魔国の夜の帝王だぞ。絡みだと本気で怒るんだぞ!?」 「夜の帝王が怒っても恐くないけどさー、ウェラー卿の嫉妬は『面白い』」 「おもしろいーっ!?」 声が裏返った。 村田の含み笑いすら混じった評価に驚愕して振り返ると、大賢者様は湯に散らばった写真をかき集めて一枚一枚眺めているところだった。 「あっ!村田、お前っ」 「これいいねー。コンセプトは鏡の国のアリスってところ?」 写真をめくっていた村田がこちらに向けた一枚は、どこぞのアイドル二人組みたいにおれとが頬をくっつけながらカメラ目線で、両手の平をぴったりと重ねて微笑んでいた。 服は紺色のエプロンドレスとかいうやつ。 「なんっじゃー、こりゃー!?」 「お、いつも渋谷が言ってくるけど、今日は僕が言っちゃうよー。渋谷ってホントは何歳?」 「有名なこのシーンは何度もテレビでやってるだろ!じゃなくて、本当になんだよこれ!おれは女装ばっかさせられてたのか!?」 村田の手から奪い返した写真を適当にめくると、出るわ出るわ、恥の集大成とも言うべき女装写真の数々。 「ギャ―!どれがでどれがおれか判んねーっ」 しかも大抵は二人一緒に写ってる。 が一人の写真があるかどうか……いっそ全部燃やしてやろうか。 「すごいなあ。の分はともかく、渋谷の服まで一体、何着買ったんだろう?美子さんの執念恐るべし……ひょっとして大半が手作りだったりして」 「どれだけ暇だったんだよ、お袋ーっ!」 思わず写真を湯に叩きつけたところで、また後ろのドアが開いた。 「ユーリ!来たかっ」 「おのきなさいヴォルフラム!陛下のお出迎えは私の役目と相場が決まっているのです!」 「いつそんなものが決まった!?……な……なな………なんだユーリ!なぜ猊下と一緒に入浴など……し、しかも服を着たまま!?その斬新な方法はぼくと試すつもりじゃなかったのか!?」 「どこから突っ込んだらいいのかさっぱり判んねぇけど、とりあえず全部違う!服を着たまま風呂に入るわけないし!斬新な方法とやらがなんのことか判んないし!」 湯船の中で立ち上がって抗議していると、村田が先に風呂から上がった。 「まあまあ、二人とも喧嘩なんてするものじゃないよ。いいものを貸してあげるから、仲良く観賞しておいでよ。でもいいかい、これは僕のものじゃないから、貸すだけだよ。特にフォンクライスト卿は血で汚さないようにね」 そう言って、村田が渡したのは写真がはみ出たミニアルバム……。 「あ!え、嘘、いつの間に!?」 振り返って湯船を見回しても、写真は一枚も残っていない。全部村田が回収していた。 「こ……これは!?」 「わあーっ!見るな、見るなあーっ!」 渡されたミニアルバムを開いたギュンターとヴォルフが絶句する。 「渋谷のお母さん秘蔵のゆーちゃん&ちゃんのプレミアムフォトアルバムだよ。渋谷のお母さんのものだから、一枚だけとか言って隠匿しちゃだめだよー」 「へ……陛下と殿下のご幼少のみぎりの似姿ですか!……し、しかもこのように精巧な!」 「見るなってば!」 「ほらほら二人とも早く。湿気で写真がこれ以上ヨレヨレになる前に」 おれが取り返そうと慌てて湯船から上がると、ギュンターとヴォルフラムは村田に促されて、二人で写真を回し合って「ふむふむ」「ほぉー」なんて言い合いながら、大人しく出て行ってしまう。 「待てよ!ヴォルフ!ギュンター!」 「はぁーい、渋谷はちょいと待った。先に着替えないと部屋中水浸しだよ。侍女の人たちの掃除が大変になっちゃうよー。可哀想に……」 「判った!判ったから放せ!早く着替えて写真を取り戻さないとっ」 なんで村田だけじゃなくて、こっちの世界でまで恥を振りまかなくちゃならないんだと泣きたくなった日だった。 |