眞王廟から来た村田くんが、不機嫌なわたしを見て疑問を持ったのは判る。 判るけど、本人に聞こえてるところでわざとらしく話をしないでくれないかな!? 自分でも、自分に腹が立ってるんだから! それは、前触れもなく唐突に(2) 「ふーん、でもあそこでイライラしてるということは、もう相手の告白が、敬愛する隊長さんにじゃなくて、愛する男性へ向けてのものだったんだって判ってるんだね」 村田くん。何でもないよう話してるけど、声が笑ってます。 「ええ、オレが説明しました」 ヨザックさん。しみじみ溜息をつかない! 二人の声が聞こえるたびにイライラが大きくなって、窓枠を掴む手に力が入って、指先が白くなっている。 「あーあ、それはウェラー卿も気の毒に。今頃、自棄になってなきゃいいけどねえ。でも、どうして勘違いに気付いた時点で止めなかったの?」 「いえ、姫は止めようとしたんですけど……」 後ろからちらりと窺ってくる気配がして、頭の中で何かが音を立てて切れた。 「間に合わなかったんだからしょうがないじゃない!」 椅子を蹴倒して立ち上がりながら振り返ると、思った以上に二人はひどかった。 だって二人とも、声の調子からはそうとは思えないほど、顔は思いっきり笑っていた。 よく吹き出してなかったねとさえ言いたくなるくらい。 だから二人はわたしが振り返ったとたん、これで我慢する必要がないとばかりにお腹を抱えて笑い出した。 「あはははーっ!酷いなー!付き合ってあげて、だって!付き合って!?あの、のことしか頭にない男に、他の男とデートを勧めるなんて鬼だー!」 「信じらんないですよねー!?だってお慕いしてましたってハッキリ言ってんですよ!?」 「男の人同士の好意なんだから、勘違いするじゃない!」 「えー、でもさあ君、渋谷とフォンビーレフェルト卿の関係は推奨してるじゃないか」 「うぐっ……」 村田くんは笑い転げていたソファーから起き上がり、さっきまでわたしに差していた指先で浮かんでいた涙を拭いながら首を傾げる。 それは確かに、ヴォルフラムのことは好きだし……有利には内緒で応援はしてるような気もするけど……。 ヴォルフラムのことは魔王陛下の婚約者として公式に公表されているし、男同士の恋愛も珍しくないというのは、確かに知識としては知ってはいたけど。 「それに、間に合わなかったっていうのは?」 「……コンラッドを見つける前に、その人に会っちゃって……お礼を言われたの」 そう。 やっぱりダメ、他の人とデートなんて行っちゃダメと、コンラッドを引きとめようと城の中を探していたら、コンラッドにデートを申し込んでいた当の本人に会って……非常に喜んで頭を下げられてしまったのだ。 隊から辞める者が出るなら、わたしよりそちらを優先して欲しいと予定をわたしからキャンセルしたという風にコンラッドから聞いていたらしくて、殿下の深いご厚情に感謝いたしますとか……それはもう、とても嬉しそうに。 「はあ……それで、ウェラー卿に取り消しは言わず?」 村田くんが呆れた声を出す横で、ヨザックさんはまたプスッと息を漏らすようにして笑いを噛み殺している。……ヨザックさんはずっと側にいたから。 聞いたら、村田くんは絶対に笑う。ヨザックさんみたいに。 「………あんまり嬉しそうに言われて、つい勢いに押されて……」 嫌なのに、頷いてしまったのだ。 ヨザックさんは、堪えきれない様子でボハッと大きく吹きだした。 「姫がつい、首を前に倒したら、実はその現場のすぐ傍に隊長がいたんですよ!」 一瞬の間のあと、村田くんとヨザックさんの大爆笑が部屋の中に響き渡った。 部屋どころか、窓が開いてるから城中に響いたかもね! その場に居合わせたコンラッドは、それはもう見たこともないほど他人行儀な笑顔で、きっぱりと言い切った。 「では、明日は楽しんできますから」 と。 「へ……へぇ〜……で、でも、じゃあなんで大人しく城で待ってるの?」 後を尾行すればいいのに、と村田くんはひくひくと笑いながら不穏なことを言う。 「べ、別に。街に降りて他の人と遊ぶのくらい、見張らなくても……」 「違いますよ。姫は追っかけようとしたんですけど、隊長が先手を打って、門番に絶対に姫を通しちゃいけないって言い含めてるんです。だから追えなかったんです」 「ヨザックさん、バラさないでよ!」 また二人は大爆笑。 笑い殺される〜と村田くんのお腹を抱えた悲鳴のようなか細い声に、とうとう耐え切れずに村田くんが寝転がるソファーを蹴飛ばした。 「今日は村田くん、有利の手伝いに来たんでしょ!?なんでここでくつろいでるのよ!」 「え〜、だってこんな面白い話をうっちゃって、面白くない仕事したって」 ねー、とヨザックさんと二人で顔を見合わせて息ぴったりで頷き合う。 わたしにソファーから蹴り落とされて床に寝転んだままで。 「くっ……」 拳を握り締めて、村田くんを殴りたい衝動を堪える。 勘違いは自業自得で、だから殴ったらただの八つ当たりになっちゃう。 「それにしてもさあ、ウェラー卿が恋人公認だからって、浮気に走らないといいけどね」 「コンラッドはそんなことしません!」 「判らないよー?だってデートは君が勧めたんだし、むしろそのせいで自棄になってさあ、ほらときどき聞くじゃないか。恋人に腹を立てたから、自分を傷つけることで相手に痛手を負わしてぎゃふんと言わせてやるっていうタイプの浮気」 「そんな!まさかコンラッドがそんなこと……」 「そりゃ普段ならね。でも、恋人に見捨てられて傷心のところに自分に好意を寄せてくる相手が傍にいて……恋なんて突然芽生えたりするもんだし」 自分を傷つけることで、相手に痛手を負わせるタイプの浮気で……傷心の中で、恋が芽生えて……ということは。 「―――コンラッドが、あの人に押し倒されちゃうってこと!?」 真っ青になったわたしに、一瞬の沈黙の後、笑っている人数が二人だけだなんて信じられないくらいの大音量が響き渡った。 「なんだよ、人が働いているのに随分楽しそうにさー」 ドアが開いたと思ったら、仕事着の学ランで有利が入ってくる。 「あ、ムラケン。なんでお前、の部屋でくつろいでんだよ」 「ゆ……有利ぃ」 入ってきた有利に駆け寄って泣きつくと、有利は驚いたようにわたしを抱き締めてくれて、部屋の中の二人を見る。 「え、な、なに!?どうかした!?ムラケン、何かした!?」 「僕じゃないよー。簡潔に言うと、の自爆」 「じ、自爆って……」 「ウェラー卿がいなくて、寂しいんだってさ」 よしよしと頭を撫でてくれる有利に抱きついて甘えていたら、村田くんの説明でぽいっと放り出された。 「なんだ」 「有利、ひどい!」 「だってお前、自分でコンラッドに勧めたんだろ?」 「なんで有利まで知ってるのー!?」 有利に放り出されてヨザックさんを見ると、ふるふると首を振る。 「え、コンラッドが昨日、明日は城下に降りるからっておれに説明を……」 「コンラッド、他の人とデートする話を有利にしたの!?」 「は?デート?」 有利がぱかりと口を開けるの見ながら、わたしはドアに張り付いた。 確かにコンラッドにデートを勧めたのはわたしだということになるけど、だからってそんな話を有利にまで報告するなんて! まさかコンラッド、本気で他の人と……。 「そ……そんなのいやーっ!」 部屋を駆け出すと、わたしを呼び止める有利の声と、間延びしたヨザックさんの声が一緒に聞こえた。 「姫ー、お外に出ちゃダメですよー。木に登ったりなんか、もう絶対ダメですー」 村田くんの爆笑がさらに続いた。 街に行こうと思っても、門番の人に止められる。まさか城壁を乗り越えられるわけもなく、運んでもらおうと骨飛族の人を捜しても、こんな日に限って運悪く一人も見つからない。 居ても立ってもいられないのにどうすることもできなくて、部屋で大人しくコンラッドの帰りを待つしかなかった。 コンラッドが城から出て行ったのはお昼前で、帰ってきたのは日が落ちそうになる頃。 赤い夕陽が差し込む部屋でベッドの上にあがって、膝を抱えて頭から毛布を被ってじっと待っていた。 ドアノブが回る。 抱えていた膝をぱっと離して駆け出したら、かぶっていた毛布ごとベッドから飛び降りてしまった。 毛布をベッドに戻すのももどかしくて、そのまま駆けて部屋を横切り、ドアが開いた瞬間に廊下にいた人影に飛びつく。 「コンラッド!」 「!?」 コンラッドは驚いて上擦った声を上げながら、だけどちゃんと抱き留めてくれる。 「ごめんなさい!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!わたしが馬鹿だった! お願いだから他の人のところになんて行かないで!」 「え、、ちょっと……」 抱きつくというより体当たりだったわたしの突撃に、コンラッドはちょっと息が詰まったようで、軽く咳き込む。 「ご、ごめんなさい!で、でも嫌なの。コンラッドが他の人とデートするなんて嫌だよ……きょ、今日は……わ、わたしが勘違いしたけど、でも他の人に目移りしちゃいや!」 ぎゅっと隙間なくコンラッドに抱きついて、一気に言い募る。 コンラッドからは、お酒の匂いがした。 そんな大人なデートコース、わたし相手じゃありえない。 やっぱりお子様相手は面倒だ、なんて今日で実感したとかだったらどうしよう。 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ!どうしてコンラッドを追いかけなかったんだろう。どうして、どんなことをしても城を出るコンラッドを引き止めなかったんだろう。 コンラッドが他の人と……他の人と……。 じわりと涙が滲んで、コンラッドの背中に回した手で服をぎゅっと握り締めたら、咳払いが聞こえた。 「……俺がいなくて、寂しかった?」 「寂しかったよ!それに嫌なの!」 「でも、俺がばかりだと困るのはだって」 「あんな話とは思わなかったの!わ……わたし以外の人とそんな風な意味で仲良くするのはいやっ!」 コンラッドの服を掴んで胸に額を押し付けると、上から小さく笑う声が落ちてくる。 「昨日はあっさり他の男の下に行けというから、悔しかったけど」 「だから、それは勘違いして……」 「ちょっと仕返しのつもりでいじわるをしたけど、まさか俺の部屋で待ってるとは」 コンラッドは喉の奥で笑いながら、わたしをぎゅっと抱き締めた。 「しかも毛布まで被って。ということはベッドに上がって待っていたのか。ああ、裸足じゃないか」 自分の部屋でじっと待つことなんて出来なくて、帰ってきたコンラッドに真っ先に会えるようにとコンラッドの部屋で、だけど椅子に座って待つと貧乏ゆすりみたいに床を足踏みしてしまうので、ベッドに上がっていたんだけど……。 コンラッドは両手でわたしの頬を包んで顔を上げさせると、嬉しそうに微笑んで額にキスをくれる。 「やっぱりこれからは、との約束を反古してまで、送別会に行くなんてなしにしよう」 うん、と頷きかけて、頭の中でコンラッドの言葉を繰り返した。 「……送別会……?」 「今日は街の居酒屋で、参加できるだけの俺の隊の者で送別会を」 「………送別会?」 「そうだよ。陛下に事情を話したら、快く俺の隊の一部の者に一日の、大部分の者には半日の休暇を下さった」 「送別会……」 繰り返すわたしに、コンラッドはにこにこと昨日の不機嫌なんてまるで見えない笑顔で頷く。 「うん、送別会」 「…………騙したー!?」 コンラッドに手をついて、身体を離そうとするとぎゅっと抱き締められる。 「騙したよ。だけど、あいつに礼を言われて頷いただろう?勢いに押されたら、俺を誰かに譲るのかと心配したよ」 「そ……んなつもりじゃ……」 絶対に譲りたくない。だけど昨日、頷いたすぐ後にコンラッドに駄目押しされたからって、あの場でやっぱり行かないでと言えなかったのは、わたしの弱さだ。 コンラッドを想う気持ちが、一瞬でも負けたんだ。 顔を上げると、コンラッドは寂しそうに微笑んで、わたしの頬を撫でた。 「……どうか俺のことを、捨てないで」 「捨てるなんて!」 逆のことならいつだって、心配になるけど。わたしから、コンラッドの手を離すなんて。 「わ、わたしこそ……コンラッドに嫌われたら……」 想像したくないことを口にしたら、それだけで涙が滲んできて、コンラッドの指が目尻を撫でるようにして拭ってくれる。 「それこそありえない。君は突然俺の前に現れて、俺の心を奪い去ったほどの人なのに」 コンラッドは目尻に、頬にとキスを落としてきて、わたしの目をじっと覗き込む。 「恋に前触れなんてないって、俺に教えたのは君だよ」 それは、わたしのセリフだ。 有利以外の人なんて好きにならないって、有利以上に好きになる人なんていないって、ずっとそう思っていたわたしの心の中に、いつの間には入り込んでいたのは、コンラッドなのに。 「この手を、離さないでくれ」 「離さない!離したくない!」 「本当に?」 「本当に!」 「じゃあキスしてもいい?」 コンラッドが両手でわたしの頬を包む。 わたしは、コンラッドの服を掴んでいた手を下に引いて、コンラッドを引き寄せる。 「キスは、わたしがするの」 コンラッドを引っ張って、唇を重ねた。 すぐに離れて、その銀色の光の散る瞳を見つめる。 「他の人に目移りなんてしないでね?」 「それは不可能だから、大丈夫」 コンラッドがにっこりと微笑んで、お互いを引き寄せるようにして、もう一度唇を重ねた。 |
結局バカップルの話になるのでした……。 さすがに今回は散々いじられた後だったので、恥ずかしいよりベタベタしたい 気持ちが強かったようで……。 おまけ小話で、ヨザック視点で部屋に残っていた人たちの会話が少しあります。 |