小さなコンラッドの仕種が色々とわたしの心を鷲掴みにする中、小さな拳で目をごしごしと擦る動作にもかなりよろめきました。 「可愛いっ!……じゃなくて、コンラッド眠いの?」 「……うん」 割と早い時間から街に降りて来て買い物をして、ご飯も食べたし、満腹になった子供にはお昼寝の時間かもしれない。 そういえば、繋いだ手もちょっと熱くなっている。 「じゃあ、今夜の宿をもう取っちまいますか」 ヨザックさんと相談の結果、アニシナさんの命令を受けた捜索の手が街に降りてこないとも限らないということで、貴人が泊まるような豪勢な宿は避けて、ごくごく一般的な宿屋に部屋を取った。わたしに角部屋、コンラッドとヨザックさんはその隣という部屋分けだったけど、まずはコンラッドの昼寝ということで、わたしもコンラッドたちの部屋の方へ押しかけていた。 can I kiss you?(4) コンラッドを寝かせる時、少し迷ったのが大人のコンラッドのシャツを寝間替わりに着せるかどうか、だった。 「わたしのときは寝ている間に元に戻っちゃって、それはもう大変なことに……」 コンラッドの上着は掛けられていたけど、目が覚めてほとんど裸の状態でコンラッドに抱えられていた時の衝撃と言えば……筆舌に尽くしがたし。 「ですが、隊長はまだ半日程度でしょう?大丈夫じゃないですか?」 大人二人の馬鹿馬鹿しくも真剣な悩みなんてもの、眠気がピークに達している子供にはまったく関係がない。 コンラッドはこっちが迷っている間に靴を脱いでさっさとベッドに潜り込んでしまった。 「……しっかりしたお子さんで……待ってコンラッド。こっちのシャツに着替えて」 寝転んでいたコンラッドを抱き起こして釦を外していく。 「一応、用心しておくに越したことはないでしょう。せっかくツェリ様が大事にとっていた服を拝借したんだから、破れたら酷いじゃないですか」 「……確かに。姫には怒んないでしょうけど、美熟女戦士を怒らせたらグリ江は恐ろしいことになるかもしれませんしねー」 わたしが上着を脱がせたところで続きはヨザックさんが引き取ってくれて、残りも脱がせてコンラッドにシャツを羽織らせた……のだけど。 「着ている……というより、埋れてる?」 わたしのシャツでも大きかったコンラッドは、大人の自分のシャツだともはや服というより大きな布を巻きつけているのと変わりない。 「どうも寝てる間に抜け出しちゃいそうですね……もういっそ裸で寝かせてもいいんじゃないですか?」 「風邪でも引いたらどうするんですか。さ、もういいよコンラッド。眠かったのにごめんね」 眠かったせいかなすがままだったコンラッドをベッドに寝かしつけて、さらりと髪を梳くように頭を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じる。 「おやすみなさい、コンラッド」 額に軽くキスを落すと、そのまま眠ると思っていたコンラッドが逆に目を開けた。 「様は……」 「コンラッド?」 「おれや……ヨザックみたいな混血が、平気なの……?」 混血……ねえ……わたしだって混血なんだけど。おまけに地球産という異世界人。 だけどコンラッドは双黒のわたしを純血の魔族だと信じている。 まあ、本当のことを言う必要もないだろう。だって本当は混血も純血も関係ないはずだ。 その人はその人で、人柄に流れる血で違いが出てくるはずがないのに。 「敬称はいらないって言ってるでしょ。あのね、コンラッド……どうか自分から線を引いてしまわないで」 コンラッドは眠そうな目のままで首を傾げる。 「ちゃんとあなたを愛してくれてる人が、血盟城にだっている。ツェリ様やグウェンダルさんヴォルフラムだって本当はあなたが大好きなんだよ。アニシナさんだって混血だからって差別する人じゃないしね」 「あの方の基準は魔力ですけどね」 「混ぜっ返さないの」 軽く後ろにいるヨザックさんを睨みつけると、笑いながら両手を挙げて降参ポーズで一歩後ろに下がる。 「ヴォル……誰?」 「今のあなたはまだ出会っていない人。いつかあなたの近くに現れる人。なかなか素直になれなけど、本当はあなたをとても愛している人」 こんな話をしたとヴォルフラムに知られたら激怒させそうだけど、まあいいでしょう。血盟城に戻る頃には、もうコンラッドは大人に戻ってるんだし、ヴォルフラムの耳に入らなければ、コンラッドの記憶にだって残らない話だし。 コンラッドの記憶にだって、残らない、話だし。 「……あのねコンラッド、わたしも双黒だなんて言われてるけど、色なんて関係ない、黒でも赤でも青でも紫でも色なんてどれでもいい。わたしの強い目が好きなんだって……そう言ってくれた人がいるの」 じっと見つめてくる茶色の瞳は眠たいからか、少し鈍い光で虚ろになりかけているのに、必死に瞼を上げようとしている。 「目を瞑って。話を聞きながら眠っちゃっていいから。……双黒だからじゃなくて、わたしがわたしだから好きになったって言ってくれた人がいるの」 まさかそれが大人になった自分だなんて思わないよね。 コンラッドは髪を梳くように撫でられることが気持ちがいいのか、うとうとと目を閉じた。 「ねえコンラッド、大切なのはそういうことじゃないかな?心で感じること……わたしはそれを大事にしたいの。わたしは、コンラッドのことが好きだよ。だからあなたを大切にしたいの」 「……おれも……」 小さく喘ぐように呟いたコンラッドに、耳を寄せる。 「髪とか……目とか……色じゃなくて……優しいが……好き……」 そのまま後は、寝息に紛れてしまった。 すやすやと健やかに眠るあどけない寝顔をじっと見つめる。感動に打ち震えて、だけど大声を上げるわけにはいかなくて、ヨザックさんを勢いよく振り返る。 「ヨザックさん……っ」 「はいはい、そのネタはもういいですから」 「ネタじゃないのにー」 コンラッドを起こさないように声を潜めてその寝顔を眺める。 「だってあんな小さなコンラッドが、眠りに落ちる間際に好きって……可愛い!」 ぐっと握り拳で喜んでいると、後ろでヨザックさんが苦笑を零した声が聞こえた。 「混血の劣等感ってやつは、相当根深いですよ。特にコンラッドは貴族に囲まれて育ってますからね、民間で紛れてる奴より素性がはっきりしてる分、逃げるところもなかった」 眠っているコンラッドは何の苦悩もなく、穏やかな寝顔。だけど子供になったとき、最初に血盟城にいるとわかったコンラッドは確かに青褪めた。 「この頃って、コンラッドは血盟城じゃなくてルッテンベルクにいたんですね」 「人間のダンヒーリー様には風当たりがきつかったでしょうからね。ツェリ様としても夫と子供を避難させたかったんでしょう。小さい頃はときどき会う程度だったと聞いてます」 「聞いてということは、ヨザックさんがコンラッドと知り合うのはもっと後ですか?」 「ええ、そりゃあもう、こんな素直じゃなくて小憎らしいガキでしたよ」 嫌そうな口調で言うくせに、振り返って見るとヨザックさんの表情は懐かしいことを思い出しているように穏やかだ。 「小さい頃のコンラッドを知ってるなんて、いいなあ」 「姫、オレの話聞いてました?小憎らしいガキの何が羨ましいんですか!……まあでも、今よりはマシかなあ、今よりは……」 うふふ、と笑って呟くヨザックさんは何故か更に遠い目になってしまう。遠い目というよりはどこかのお花畑にでも飛んでいってしまっている感じ。 「大変ですねぇ、ヨザックさん」 「そう思うなら、姫がどうにかしてくださいよ。あいつ、姫のことだと最近徐々に心が狭くなってきて……っ!」 「わたしにどうにかできると思いますか?」 わざと真剣な表情で見上げると、ヨザックさんも深刻そうに溜息をついた。 「無理ですね」 二人で顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。 ベッドの中で穏やかに眠るコンラッドの前髪を指先で払いながら、もう一度呟いた。 「いいなあ……ヨザックさん」 「小憎らしいガキが恩人の息子なんですよー?腐れ縁でエライことにも巻き込まれるし」 「だって、ヨザックさんは信頼されてるから」 大人になった今ではすっと直線的なラインの頬も、子供のものだとぷにぷにと柔らかい。 指先で突いてその感触を楽しんでいると、後ろでヨザックさんが呆れて笑った。 「信頼ですか」 「信頼ですよ。だってコンラッドはわたしのことは大事にしてくれるけど、信頼してはくれないもの。危ない事はしないか、無茶はしないか、怪我はしないか、いつも心配してる」 「そりゃ、姫が危なっかしいことばっかりするからですよ」 「それはそうかもしれないですけれど……ちゃんと信頼してもらえてたら、あれはダメ、これもダメなんて言われないはずです。もっとコンラッドが安心して、わたしがすることを黙って見ててくれるようになりたいって思います」 「いやー、それは難しいんじゃないですか……?」 「酷いなあ、ヨザックさん。わたしが成長しないとでも?」 「姫のせいじゃなくて、こいつの性格上」 「そうかな……ねえコンラッド、ヨザックさんの言うとおり?」 眠っているコンラッドは答えない。子供の状態では起きていても答えられないだろうけど。 軽く上体を伏せて、ベッドの上に置いた自分の手の上に顎を乗せて至近距離で眠るコンラッドを見つめる。 「……本当は今回はちょっとラッキーって思ってたりするんです。小さいコンラッドを見ることができたのも楽しいし……最終目標とは違うけど、コンラッドのためにできることが、わたしにあるのが嬉しくて」 「だから街について来たんですか。ちっさいコンラッドの面倒を見たくて」 「だってこんな機会、二度とないですよ」 大人のコンラッドに釣り合うような頼り甲斐のある大人の女に成長することが、本当の目標なんですけどね。 「……子供の世話でお疲れでしょう。茶の準備をさせてきます」 ヨザックさんは軽くコンラッドの頭を撫でてから、部屋を横切って入り口に向かった。 「姫」 「え?」 振り返ると、ヨザックさんはもうドアを開けて廊下に出ている。 「オレは……オレだけじゃない多くの者が……もちろんコンラッドも、姫にはもう、色々なものを貰ってますよ」 言うだけ言うと、音を立てずに静かにドアを閉めて行ってしまった。 「……色々なものって?」 コンラッドに視線を戻しても、やっぱり答えなんて返ってこない。 「頑張って王様をやってる有利ならともかく、血盟城では単なる居候のわたしがねえ?」 もう一度ベッドに伏せると、子供の穏やかな寝息を聞きながら、そっと目を閉じる。 「本当にそうだったら、いいのにな……」 せめて、今ここで眠る子供コンラッドの安らぎだけでも、守ることができたらいいのに。 |