しんみりとした気分を振り払いたくて、コンラッドと握手した手をぶんぶんと上下に振る。
「でね、お友達になったところでコンラッドにお願いがあるの」
「待って、お友達って!?」
「だって握手してくれたでしょ?それでね、もし街に下りるなら一緒について行っていい?」
!」
「姫!?」
、ずるいぞっ」
有利だけ、微妙に文句の角度がずれている。
「何言ってんですか姫、街で寝泊りするんですよ!?」
「ヨザックさん、小さいコンラッドをこれ以上独り占めする気ですか!」
「したくてするわけじゃないでしょう!?」
ヨザックさんの涙の抗議を無視して笑顔でコンラッドに視線を戻す。
「大丈夫ですよ、髪とか目は色を変えますし。ね、コンラッド、いいかな?じゃなくて、殿下、お供をお許し願えますでしょうか?」
「で、殿下なんて……」
「それならコンラッドって呼んでもいい?じゃあやっぱり友達だよね?一緒に遊びに行きたいなー」
……」
グウェンダルさんは額を押さえて溜息をつく。
「あの……じゃあやっぱり……」
まずい、やっぱり行かないと言いそう。城にいるとグウェンダルさんと今のコンラッドではアニシナさんから逃げおおせるとは思えない。
「ダメ?だってずぅーっとお城から出してもらえないんだもん。コンラッドのお供なら許してもらえるんじゃないかなって思ったんだけど……」
落ち込んで見せると、コンラッドは困ったようにわたしとグウェンダルさんを見比べる。
小さなコンラッドから窺うように見上げられて、グウェンダルさんはうっと返答に詰まって視線を逸らした。
「……好きにしろ」
「閣下ぁ」
「やったぁ!ありがとうコンラッドのお陰だよ!」
深い溜息と一緒にグウェンダルさんの許可が降りてわたしが喜び勇んで抱きつくと、コンラッドは驚いたように硬直してしまった。
あらら……なんというか……小さいコンラッドって、新鮮で可愛い。



can I kiss you?(3)



門衛の人はグウェンダルさんの手形を見ると、フードを深く被って顔を隠してるわたしと、血盟城にいるはずのない子供という怪しげな二人組を連れているヨザックさんをあっさり通してくれた。
コンラッドの服とこの手形を用意するとき、お父さんの方だと勘違いされているグウェンダルさんがコンラッドに独り言のように呟いていたのが印象的だった。曰く。
「グウェンダルのことは、兄上と呼んでやると喜ぶだろう」
実はお兄ちゃんと呼んで欲しかったんですね、グウェンダルさん。ところであれって小さいコンラッドと大人のコンラッドとどっちに言いたいことだったんだろう?
それにしても言い方を変えるだけでこんなにも印象が違うんだと、お兄ちゃんにも教えてあげたい。
兄上と呼べ、ゆーちゃん。
……だめだ、余計に有利に馬鹿にされるお兄ちゃんが目に浮かぶよう。
気を取り直して、城から出た開放感に大きく両手を広げる。
「わー、こんなホントのお忍びって初めてかも。楽しいなあ」
門をくぐって少し歩くと、わたしが鼻歌でも歌いそうな上機嫌でフードを取ったのでヨザックさんは苦い顔で振り返る。
「お気楽なこと仰いますねー。お願いですからそのカツラは絶対に取らないでくださいよ」
「カツラっていうか、ウィッグと言ってください。だーいじょうぶ!わたしだって黒髪を街中でさらすほど無茶な真似しませんよ。コンタクトだって取らないですって!」
「じゃあフードもなるべく被っててください」
落したばかりのフードを引っ張り上げられてしまった。
「髪は隠れているんだからいいじゃないですか」
「馬鹿言わんでください。姫みたいな美少女がウロウロしてたらそれだけで悪目立ちです。隠密行動には目立たないのが一番なんですからね」
「美……少女って……ああ、こっちの美的感覚は違うんだっけ……」
げっそりと呟くと、服を引っ張られた。
見ると、コンラッドが指先でわたしの服の裾を摘んでいる。
「か……可愛い……」
「ホントに骨抜きですね、姫……」
小さいコンラッドにメロメロのわたしと、それに呆れたようなヨザックさんにコンラッドは意味がわからないように首を傾げると、それから気を取り直したように頷いた。
「おれもそう思う」
「え?」
様……みたいな綺麗な人、見たことないから……」
コンラッドは小さくてもコンラッドでした。
そんなこと、普通こんなちっさな子供が言う!?
「姫……真っ赤ですよ」
「だ、だって!普段言われるより、なんていうか、その、か、かなり照れマス!」
普段のコンラッドなら、きっとフィルターの二、三枚は掛かってるんだとか、二枚舌が標準装備だとか思うけど、子供のコンラッドに言われると飾り気がないだけに、本気で照れる。
「コンラッドだってすごく男前だよ……そのセリフ、子供とは思えない……」
そんなキザなセリフを吐く子供がいるなんてさすがはコンラッド、侮れないと思ったらコンラッドは驚いたように服を摘んでいた手を引いて、真っ赤になって俯いてしまった。
「え、な、なにかマズイこと言いましたでしょうか?」
慌てるわたしに、ヨザックさんがぷっと吹き出す。
「そりゃあ子供だって男ですよー?可愛いより男前って言われた方が嬉しいでしょうよ」
「あ、そ、そういうもの?え、って……照れてるの、コンラッド!?」
思わず大声を上げてしまったのがまずかったのか、コンラッドは間に挟まれていた位置から迂回して、ヨザックさんの向こうに逃げてしまった。
ああ、失敗。面白そうに笑うヨザックさんを、思わず恨めしげに睨みつける。
「オレのせいじゃないですよー」
ご自分の失敗でしょうとヨザックさんはコンラッドと手を繋いで、一回大きく前後に振って笑った。
ううう、羨ましくなんてないもん。


普段はコンラッドがわたしの速度に合わせて歩いているから、わたしがコンラッドの歩く速度に合わせて歩くというのは新鮮だった。
コンラッドの一挙手一投足に喜ぶわたしに、城下町でも大通りの商店が並ぶ繁華街に出る頃になると、周囲を物珍しそうに見回して少しずつ前のめりになっているコンラッドの襟首を摘みながらヨザックさんは呆れたように肩を竦める。
「姫って案外、豪胆と言うか……つわものですよね……」
「意味、ほとんど変わりませんよ、それ」
「だってこの隊長を見て、不安がるより喜ぶ方が多いってどうなんですか」
この隊長、と一緒に下を見るとコンラッドは賑やかな街並みを忙しく見回していた。
「コンラッド、楽しい?」
「うん、ルッテンベルクはここまで大きくないよ。王都に来るといつも街は素通りだから」
ルッテンベルクというと、コンラッドの故郷だっけ。そういえば、行ったことないなあ。
いつも有利が血盟城で仕事だから、コンラッドと遠出なんてしたことないし、コンラッドがいないのに一人で遠出しても意味ないし。それ以前にコンラッド以外の人の護衛で遠出なんてコンラッドが許してくれないけど。
「人通りが多いね。コンラッド、手を繋いでいい?」
「おれ、はぐれないよ」
コンラッドが子ども扱いされて不満そうな顔をしたので、違う違うと手を振って否定する。
「わたしがはぐれないように、手を引いて欲しいの。いい?」
は大人なのにはぐれるの?」
「時々ね」
コンラッドは小さく笑って、仕方ないなあとわたしと手を繋いでくれる。
どうしよう、本当にもう可愛すぎて……!
「姫、顔が緩んでますよ……」
ヨザックさんは断りもせずにコンラッドの空いている方の手を握った。自然にそんなことができるなんて羨まし……いいえ!今はわたしも手を繋いでいるもの!
妙な対抗意識ができている。
コンラッドもこの両手を繋いだ状態に異論はないようで、そのまま左右の露店を覗こうと身を乗り出して、わたしとヨザックさんは引かれるままにそちらに向かって歩いて行く。
「だってコンラッドが可愛……素直なんですもの!」
可愛いと言うと不機嫌になるかと思ったけど、コンラッドはこっちの話なんて聞いてない。
興味深そうにあっちこっちの露店を見ている。
「やっぱり姫って大物……」
「言っておきますけどね、わたしはアニシナさんの薬がちゃーんと、二、三日で切れると信じているから、せっかくの状況を楽しんでいるだけです!わたしが前に子供になったときも、一日で元に戻ったって話でしたし!」
コンラッドと繋いでいない方の手を胸に当てて言い切ると、ヨザックさんはそんなものですかと肩を竦めた。ヨザックさんだって深刻になってないと思うけど。
「小さいコンラッドにメロメロな点は、わたしだけじゃなくてグウェンダルさんもでしたよ。きっとツェリ様だって、今いらっしゃれば」
色とりどりのガラス細工が並ぶ露店を覗き込むコンラッドに聞こえないように声を潜めて囁くと、腰を曲げて耳を近づけていたヨザックさんが苦笑する。
「まあ確かに……ですが閣下の小さくて可愛いもの好きは今に始まったことじゃありませんしねえ」
「気に入ったなら、後ろで仲睦まじく内緒話しているお父さんとお母さんにおねだりしてごらんよ」
店番のおばさんの声に目を向けると、おばさんとこちらを見ていた。コンラッドも困ったように振り返る。
内緒話のお父さんとお母さんって。
「違う違う!よしてくれ!この人の前でそんな恐ろしい勘違い!」
ヨザックさんは音がするくらいに見事に青褪めて力一杯に首を振る。
この人の前って今のコンラッド相手に?と、その必死さに思わず笑いそうになったけど、ふとコンラッドが俯いてしまったので気になって横にしゃがむ。
「どうかした?」
「別に……」
別にという顔じゃない。俯いている様子はどこか寂しそうなのに。
「……あ」
そうか、寂しそうじゃなくて、本当に寂しいんだ。
それはお父さんがいないことか、ツェリ様がいないことか、それともこんな風に親子で手を繋いで買い物なんて縁がないせいか、その全部かはわからないけれど。
コンラッドの視線が青いガラスの猫の上にあったので、わたしはそれを手に取った。
「……猫、買う?」
「ううん、いらない」
「じゃあ何がいい?」
「何も……」
「コンラッドは何もいらないの?じゃあツェリ様とお父さん……ダンヒーリー様になにかお土産買って行こうか?」
コンラッドは驚いたようにわたしを顧みる。
「だ、けど……母上に……お渡し、できないし……」
「そんなことないよ。ツェリ様が帰ってきたら、一緒に渡しに行こうよ」
お仕事じゃなくて、自由恋愛旅行からだけどね。
そのときにコンラッドが小さくなった話をすれば、きっとツェリ様は会えなかったことを悔しがるだろうなあと思いながら、小さい頃のコンラッドの話を聞けることも期待していたり。だって実物を見た後にそんな話を聞ければ、きっと臨場感たっぷりだわ。
「うん……じゃあ」
コンラッドは頬を染めて、ヨザックさんと繋いでいた手を離して羽ばたく鳥のガラス細工を手に取った。
「母上にはこれを……」
「ダンヒーリー様には?」
「父上はきっとガラス細工じゃ、割っちゃうから別の」
はにかんだコンラッドが可愛くて、思わず頬摺りしたくなる。
ダメ、我慢よ。これ以上危ない行動を取れば、コンラッドに警戒されてしまうわ。
変な堪え方をしながらおばさんに声をかける。
「これくださいな」
コンラッドが手にした鷲のような鳥の細工に、おばさんは嬉しそうに笑って商品を受け取る。
わたしがさっさとお金を払ってしまったので、ヨザックさんが上から慌てて声を上げた。
「姫……じゃない、お嬢様、オレが払いますよ!」
「いいんです。これはコンラッドと一緒にわたしが渡しに行くんですから。ね?」
覗き込んで確認すると、コンラッドは頬を薔薇色に染めて、包んでもらった商品を両手に持って頷いた。
「どうしよう、ヨザックさん!今のわたし、ギュンターさんにも劣らないかも!」
「……負けてください。心からお願いします」
振り仰いで力説すると、ヨザックさんは疲れたように肩を落して呟いた。
心配しなくても、街中で色んな汁は垂らしませんよ。
その後、近くのお店でお昼を取って、コンラッドのお父さんには短剣を服に掛ける剣帯を買った。
実用的すぎると思ったけど、ヨザックさんもあの方への贈り物なら実用的な物が一番でしょうと頷いて、コンラッドはそれにまた満足したようだった。








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