お兄ちゃんがあまりにわからず屋な態度を取るものだから、頭にきてコンラッドを無理やり引っ張って二階に上がると、自分の部屋に立て篭もった。 ドアを閉めて鍵をかけると、すぐに向こうからガンガンと壊れそうな勢いで叩いてくる。 「、開けなさい!ここを開けるんだ!」 「絶対にいやっ!」 わたしが断固拒否の態度を取ると、驚いたことにコンラッドは困ったように眉を下げて鍵を開けようとする。 「、お兄さんが可哀想だ。ちゃんと話し合おう」 「開けちゃダメ!お兄ちゃん、また絶対にコンラッドのこと悪く言うもの!コンラッドは腹が立たないの!?」 「腹は立たないよ。だってあんなに怒るのは、お兄さんがのことを心配しているからだ。初対面なんだから信用ならないのも不安なのも当然じゃないか」 「そんな……でも……わたしはコンラッドが悪く言われるのはいや」 本気で心の底からそう思って言っているのに、コンラッドは軽く苦笑するとゆっくりと首を振る。 「がそう言ってくれるだけで勇気が湧いてくるよ。俺は今日、の家族に怒られに来たんだ。だから、お兄さんともちゃんと話したい。駄目かな?」 「怒られに?そう言えばコンラッドの用事って……」 「君のご家族に挨拶をしに」 幸せですか?(4) 「挨拶?挨拶って、わざわざそれだけで!?」 本当はこの用事のついでに、という返事が返ってくると思っていたら、コンラッドはこくりと頷いた。 「もちろん、とても大切なことだから。ウルリーケを説得するのに母上も協力してくれたよ」 「ツェリ様が!?」 「母上はとても喜んでいたよ。なにしろ恋愛至上主義の人だからね。しっかり許可をいただいてきなさいと激励も貰った」 「待って、許可って……」 まさかとは思うけど、まさか……。 「ご両親に結婚の許可を。に相談する方が先だったのはわかっているんだけど、本当にこちらに渡れる可能性は低かったから、ウルリーケを説得してからと思っていたんだ。それが思いがけず許可が降りて、おまけに即日そのまま送ると言われてね」 コンラッドはそれまで見せていた微笑を消して、急に真剣な表情になってわたしの両肩に手を置いた。 えっと……つまり、その……。 最初から一足飛びで婚約から始まったお付き合いなんだけど、好きっていっぱい言って、愛してるって何度も言われて、でも本格的にそういう話をしたことって、なかったかも。 「……」 強い意志を込めた瞳でじっと見つめられて、期待で胸が高鳴る。 「俺は、君と共に生きていきたい」 ずっとそのつもりでいた。 今までコンラッドのことが好きで、大切で、一緒にいたいと、一緒に生きていきたいとは思っていた。 でもそれは、願望の要素が強かった。きっとコンラッドだって同じように感じてくれていると思いながら、それでもやっぱり少しの不安はあった。 だけど。 「………許して、くれるかな?」 断られるなんて思ってないはずなのに、息を詰めて真剣な面持ちのコンラッドに苦笑と涙が零れそうになった。 ぎゅっと一度強く目を閉じて、そしてその銀の光彩の散る茶色の瞳を覗き込む。 「……わたしの方こそ……一緒に、いたいよ……」 「」 ぱっとコンラッドの表情が明るくなって、わたしの肩を掴んだままゆっくりと腰をかがめる。 「、愛してる」 「わたしも……」 目を閉じて、わたしも少し爪先立ちをしようとしたときだった。 「男と昼間から二人きりだなんて……っ!そんなふしだらなことをする子を産んだ覚えはないぞ!ちゃん!ここを開けなさい、っ!!」 ずっと外で怒鳴っていたお兄ちゃんの一言に、コンラッドが顔を背けて吹き出した。 「ご、ごめん……」 どこがコンラッドのツボだったのか。お兄ちゃんの言うように部屋に篭ってキスをしようとしたことか、それともやっぱり産んだ覚えはないと言ったこと? わたしの肩に手を置いたまま、コンラッドは顔を背けて肩を震わせて笑っている。 ………お兄ちゃん………。 すごくいいところで邪魔されて、外から有利に泣きついている声が聞えたことにまで腹が立ってきた。コンラッドはどうにか笑いを堪えてわたしの頬に軽く口付けをする。 「ね、。お兄さんと話しをさせてくれないか?」 「コンラッドがそこまで言うなら……」 渋々ドアを開けて廊下を窺ったら、お兄ちゃんが有利に抱きついて、二人で廊下に座り込んでいた。 落ち着いて話し合うという約束で、わたしはコンラッドと一緒にお兄ちゃんについて一階のリビングに降りた。有利と、なぜか村田くんまで一緒についてくる。 お兄ちゃんがソファーに座ったので、わたしはコンラッドと並んでその正面に座った。 「距離が近い!」 「隣に座っただけでしょ!?」 「、落ち着いて」 「ちゃんを呼び捨てにするな!」 「婚約者なんだから、呼び捨てでなにもおかしくないよ!」 「こっ………」 お兄ちゃんが絶句すると、有利が急に間に割って入ってきた。 「とりあえず、は人数分のお茶をいれてこい。な?」 コンラッドが隣でやっぱり困惑の表情をしていたので、仕方なく有利の提案に従ってキッチンへ移動した。 薬缶に水を入れて火にかけていると、リビングから話し声が聞えてくる。 「なあ勝利、お袋は?」 「今日は主婦仲間と食事会だそうだ。いつ頃帰ってくるかは話の弾み具合だろうが……ところでゆーちゃん、さっきはお兄ちゃんと呼んでくれたのに……」 「あー、えー、それは忘れろ。ただコンラッドはさ、うちの母親と会うのはまずいだろ?」 「え、駄目ですか?困ったな」 「お袋に会う気だったの!?だってあんた、二十年近く前と外見はほとんど変わってないだろ!?」 「陛下の母君でしたら、笑って受け入れてもらえるかと思っていたんですが」 「うわ、ありえる」 「ママさん、大らかだもんねえ」 村田くんまで同意しているけど、わたしもやっぱり同意見だった。 うちのお母さんなら、驚いたとしても嫌な驚き方じゃなくて、嬉々として若さの秘訣とかを聞きそう。 コンラッドが地球にいる頃、コーヒーにはまったという話を聞いたことがあったので、顆粒のインスタントじゃなくてドリップのコーヒーを入れる。豆から挽いたものがあったら一番良かったんだけど。 「待て。お前らさっきから変なこと言ってるな。二十年近く前というのは何の話だ?そういえば、ゆーちゃんさっき名付け親がどうとか……」 「えーあーそのーえー………」 有利がごにゃごにゃと言葉を濁す。お兄ちゃんに眞魔国とか異世界とか言ったとしても、鼻で笑われるのがオチだもんね。おまけに今の状況でそんなこといえば、真面目に話すつもりがないのかと怒り出しかねない。 だけどコンラッドの目的の話をするためには、包み隠さず本当のことを告げなくてはいけない。だって、どうせ出身はどこだとか、職業はなんだとか、お決まりの質問が出てくるはずなんだもの。 「だから、そのままだよ。コンラッドは有利の名付け親。お母さんがいつも言ってる……昨日も言ってた爽やかでカッコいいフェンシング選手の人」 五つのカップを載せたお盆を持ってリビングに戻ると、お兄ちゃんは明らかに不審を顔に貼り付けて眉を寄せた。 「……何を言ってるんだ、ちゃん」 予想通りの反応なので、気にせずコーヒーをみんなの前に配る。 「そのまま、本当のこと」 「、もうちょっとこう、オブラートに包んでだな……」 「包んだって包まなくたって一緒だよ。ちゃんと一から話すなら眞魔国の話も出さなきゃ」 「勝利が異世界とか魔王とか信じるわけないじゃん」 「魔王だと!?」 お兄ちゃんが鋭く目を光らせて、有利がコーヒーカップを持ち上げたままソファーの上で身を引いた。 「な、なんだよ……」 「いい歳してゆーちゃんまで魔王ごっこなのか!?この男といいボブといい……」 「え、勝利もサップの知り合い!?」 「ボブ?」 有利の驚愕に村田くんが額を押さえて溜息をつき、コンラッドは苦笑で訂正を入れた。 「ボブはチキュウの魔王だよ。俺がチキュウにいる間、ずっと世話になっていた。今回も、のご両親に挨拶をするためならと協力してくれたんだよ」 「待て!コンラッド、両親に挨拶ってなに?ひょっとして用事ってそれ!?」 「ええ、そうです。は王の妹ですからね。挨拶はとても大事なことだと、母もボブも賛成してくれましたよ」 「そんなことで行き来できるのか異世界って!……あ、あれ?でもなんで勝利が地球の魔王と知り合いなんだ!?」 「陛下の兄君はチキュウの次期魔王なんですよ」 「なんだとー!?」 「受けるなんて言ってないぞ!俺は都知事になるんだよ!」 突然の話に驚いて、有利とお兄ちゃんが言い合いに参加できずにわたしはそれを呆然と見ているだけだった。 ……なんだ、お兄ちゃんはもう魔王のことを知ってたんだ。 異世界じゃなくて、地球のだけど。でも、魔族の存在を知ってるんだ。 「なぁんだ……」 思いもかけない話を知って、いま一番重要なことは何一つ解決していないのに、ちょっと気が抜けてしまった。少なくとも魔族という存在は一から説明しなくていいんだ。 「とにかく!俺はそういう魔王だとかトンデモ話を聞く気は……っ」 「お兄ちゃん、ちゃんと話を聞いてくれる約束したのに」 「う……」 言葉に詰まったお兄ちゃんがソファーから立ち上がりかけた中腰のままで固まったとき、家のチャイムが鳴った。 「客だ!」 そのまま弾丸のような勢いでリビングから逃げ出してしまう。 「お兄ちゃん!」 「ま、予想できた反応だよねー」 村田くんがコーヒーをすすりながら肩をすくめた。 「あの超絶シスコンのお兄さんだよ?恋人なんて連れてきただけで過剰な拒否反応が出るに決まってるじゃないか。そこにプラスして異世界と魔族の話が絡むわけだしさあ」 「しかも勝利は油断してたしな。男嫌いのに恋人なんてできるはずがないってさ」 「そんなこと言ったって!」 「陛下も、反対されますか?」 コンラッドがコーヒーを片手ににこにこと訊ねると、有利は渋い顔でカップをソーサーに戻した。 「嫌味なやつだなあ。今更反対したりしないよ。もうちょっと、人前でのスキンシップは慎むようにとは言いたいけどね」 「失礼しました。努力します」 「努力しなきゃいけないことか……?」 有利が肩を落としたとき、廊下からお兄ちゃんの焦った声が聞こえてきた。 「だから!まだもうちょっと遊んで来たらいいんじゃないかと……」 「まあ!なに、しょーちゃんってばひょっとして彼女でも連れ込んでるの?いやねえ、だからってママを追い出さなくてもいいじゃない!ちゃんと挨拶ができる子ならいじめたりしないわよ」 お母さんが帰ってきたんだ。 玄関先で押し問答している声が聞こえて、有利が青褪めてソファーから立ち上がる。 「や、やばいよ!お袋帰って来ちゃったよ!?コンラッド、ホントに会うつもりか!?」 「そのつもりです。ですが、事情を知っているショーマと一緒にお会いした方がよかったかもしれませんね」 「大丈夫!お母さんなら問題なく味方になってくれるよ!」 わたしは急いでリビングを飛び出して、玄関先でお兄ちゃんに背中を押されて家から追い出されてかけているお母さんに抱きついた。 「お帰りなさい、お母さん!待ってたの!」 「ちゃん!」 「まあどうしたの、ちゃん。靴も履かないで玄関に降りちゃだめよ」 「会って欲しい人がいるの」 「ちゃん!いけませんっ」 「お兄ちゃんは黙ってて!」 「だまっ……」 ガーンという効果音を背負いそうな顔色でよろよろと壁に縋りついたお兄ちゃんの横を素通りして、お母さんの手を引っ張ってリビングに向かった。 「会って欲しい人って……それでしょーちゃんがあの態度ということは……ちゃん、ひょっとして」 お母さんが驚いたような、今にも笑いそうなにやけた顔で口元に手を当てて、わたしは頷いてドアを開けっ放しにしていたリビングにお母さんを引っ張り込んだ。 「あのね、わたしの恋人」 ソファーから立ち上がって待っていたコンラッドを見て、お母さんはにやけ顔から唖然と大きく目を見開いた驚愕の表情に変化する。 「あ……あなたは……」 「お久しぶりです。あの頃と変わらずお元気そうで」 「やっぱり!ゆーちゃんの名付け親さん!?」 「コンラート・ウェラーと申します」 胸に手を当てて自然な動作で頭を下げたコンラッドに、お母さんの反応はちょっとズレていたというか、予想通りというか……。 「え、え?ちょっと待って、あの頃とほとんど変わってないわ!どういう美容法なの!?いやーん、羨ましいわっ」 聞くとは思ってたけど、真っ先に訊ねるのがそれなの? 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