おれたち五人は考えた末、とにかく今日のところはおれが体調不良だということにして
仕事を休むことにした。はその看病。
つまり、がベッドに寝転んでおいて、おれが横に座っておけばいいという寸法だ。
一応それっぽくギーゼラにも来てもらった。でも実際にギーゼラにしてもらったのはおれとの治療じゃなくて、コンラッドに蹴り飛ばされたギュンターの治療だ。
頭と鼻から出ていた血を義娘に止めてもらうと、ギュンターは資料室に過去に同じような事件が起きていないかと解決方法を探しに行った。
「じゃあ俺は眞王廟とグウェンに遣いを出してきます」
「え?グウェンにも?」
「ええ。眞王廟やギュンターで解決方法を探し出したとしても、一日や二日でおふたりが元に戻らないこともありえますからね。一応グウェンにはこっちに来てもらいましょう」
「あー……またなんか嫌味言われそう……」
「まさか。きっと心配して駆けつけてくれますよ」
それはあんた、自分の兄貴を優しく見立て過ぎだと思うけどなあ。



I‘m here(3)



「健康なのに一日ベッドにいるのって暇……」
病気ということで、再び寝巻きに着替えたはおれが以前グウェンダルからもらった白いブタ……じゃなかった鬣の無いライオン、ライナちゃんを腕にゴロゴロと広いベッドの上を転がる。
「隣に座ってるだけも暇だよ。おい、おれの顔であみぐるみと戯れるな。頼むから」
「本当に……不思議な光景ですね」
ギーゼラが頬に手を当ててしみじみそう言うと、ヴォルフラムはどこか遠い目をしておれとを視界に入れないようにしていた。
「まったく……どこまでへなちょこなんだ……お前たちは」
「おれのせいにすんなよ!朝起きたらこうなってたんだからさ!」
「ゆーりー、いくらズボンだからって足開いて座らないでよー」
「それならお前だっておれの身体で内股で歩くなよ!おれがオカマみたいじゃん!」
それもあって、をこの部屋に閉じ込めているのだ。あんなナヨナヨしたおれを他人に見られるなんて冗談じゃない。
ならそれらもすべて愛らしい行動に見えるのに、それをおれがすると本当に泣けるほど気持ち悪いのだ。
「とにかくあみぐるみを離せ!」
「だから暇なんだって」
「じゃあ本でも読んでろよ」
おれが以前アニシナさんにもらったまま、まだ目も通していない毒女アニシナシリーズの第一巻を本棚から探し出すと、なぜか反応したのはじゃなくてギーゼラだった。
「まあ陛下。そのような効果の怪しげな書籍などをご愛読で?」
「え、いや、もらったまま読んでないんだけど。効果って……確か、どんな子供でも数ページでころりと寝てしまう、だっけ」
「ええそうです。ですが、読み物としては悪くはないと評判ですけれど、そんな効果がたかが本ごときににあるはずありませんわ。子供は内容ではなく、読んで聞かせる親の心地よい声に眠るのでしょう」
な、なんだろう。ギーゼラの笑顔がいつもとちょっと違うような。
ヴォルフラムを横目で見やるが、目を逸らされる。なんだ、何かおれが悪いことでもしたのか!?
「じゃ、じゃあこれはグレタが帰ってきたときに読んであげようかな」
「そうなさいませ。それにしても、この度はフォンカーベルニコフ卿が血盟城に滞在中でなくてせめてもの幸いでした」
「ど、どうして?」
「アニシナ閣下がおられれば、きっと大喜びで実験に取り掛かられると思いますよ?」
「……確かに、不在でよかったかも」
グウェンダルの普段の怯えようを思い出すと、毒女の実験に付き合いたいとは思えない。
本を元の場所に戻すと、すぐに手詰まりになる。つまり、だけでなくおれも暇なのだ。
「せめてロードワークに行くとかコンラッドとキャッチボールするとか」
「ゆーちゃんが仕事もできないくらい寝込んでいるのに、呑気に走りこんでるわたしは変だよ」
「変だよなあ、確かに」
かといって、筋トレしてもこれはの身体だからおれにはなんの意味も無い。
「ならばぼくの絵のモデルでもするか?」
「やだよ!あの強烈な匂いのする絵の具なんて、本当に気分が悪くなる!」
「なんだと!何度も言うが、あれはお前のために取り寄せた最高級の顔料なんだぞ!」
「というかね、それってわたしの絵を描くってこと?」
ベッドの上であみぐるみを膝に抱いたがおれを指差した。確かにそうだ。今のおれがモデルになるということは、結局描くのはの姿だということになる。
一旦黙り込んだヴォルフラムは、だけどすぐに腰に手を当てて胸を反らした。
「別に問題ないだろう。も容姿には優れているからな。むしろ芸術に相応しいくらいじゃないか」
「じゃあ有利、モデルになれば?」
「なに言い出すの、お前!?」
「だってそうしたら、わたしは楽して肖像画を描いてもらえることになるし」
「な、なんてずるい考えだ……。い、いやそれよりお前ヴォルフラムの絵なんて欲しいのか?見たことあるのかよ。あの信楽焼のタヌキを」
「タヌキとはなんだ!ぼくが芸術的に描いたものを」
ぱんっと大きな乾いた音がして、おれたちが一斉に音のした方を見ると、両手を叩いたポーズのまま、ギーゼラが笑顔で言った。
「ご病気の陛下の枕元で騒いではいけませんわ」
「ハイ……」
大声で騒いでいるのが外に漏れたらおれの仮病がばれてしまう。正確には仮病じゃないけど、本当の事態が漏れる方が大変だ。


ギーゼラさんに注意されたとき、ちょうどコンラッドが帰ってきた。
「暇だろうと思って、お茶の用意をしてきましたよ」
さすがによくわかっている。有利もわたしも部屋で大人しくじっとしているのはどちらかというと苦手な性質だ。本当に病気でもないのに、することもなしに部屋に閉じ込められるというのは苦痛でしかない。
「まあ、閣下ご自身でお持ちになられたのですか?」
「今は極力この部屋に人を入れない方がいいだろうと思ってね」
コンラッドがサイドテーブルにカップとポットを載せたお盆を置いたので、わたしはベッドから飛び降りて側に寄る。
「わたしが淹れる」
「殿下、そのようなことわたしが」
「暇なんですよう」
ギーゼラさんは苦笑して差し出した手を引いてくれた。
わたしがお茶を入れている間に、有利はベッドに置いておいたライオンのあみぐるみを取り上げてクローゼットに押し込んでいた。そんなに嫌がらなくてもいいのに。
五人にお茶が行き渡ると、それぞれ思い思いの場所でしばらく黙って喉を潤す。
「それにしても一体なにが原因なんだろうな?」
根本的な問題をヴォルフラムがぽつりと呟く。
それがわからないから困っているのだ。
「昨日、陛下と殿下の周囲でなにか変わったことはありましたでしょうか?」
「さあ……特に記憶がないけどなあ。いつもみたいに走り込みから始まって、午前の謁見に午後の書類仕事だろ?文字の勉強して、夜はコンラッドとキャッチボールだ」
「わたしは朝起きていつものようにコンラッドと有利を迎えに行って、走り込みをした後、行儀見習いと歴史の勉強をして、休憩時間のときはヴォルフラムとチェスをして……
やっぱりいつも通りだね」
「あ、おれを迎えにと言えば、にコンラッド。お前ら毎朝あんなことしてんのか?」
有利がこれ以上はないというくらい眉間に皺を寄せて不審そうな目をわたしとコンラッドに交互に向けた。
「あんなことって?」
朝コンラッドがわたしを迎えに来る時間はほどんど一定だから、いつもすぐに出て行けるように準備を整えて待っている。
有利の部屋に着くまでは手を繋いでいることも多いけど、有利はともかくコンラッドも、朝この部屋にきたときには中身が入れ替わっているともう信じていたのに、手を繋いだんだろうか。それこそ癖で。
でも手を繋ぐくらいそんなに目くじら立てなくても、とコンラッドを見上げるとちょっと苦笑して指先でわたしの頬を掠める。
「珍しくが寝坊したのかと思ってね。起こしにベッドルームまで入ったから、陛下はそのことを仰ってるんだと思うよ」
「……ってことは、はいつもコンラッドが来る前に起きてんの?」
確認するようにコンラッドを見て、そして有利は溜息をつきながらわたしの肩を叩いた。
「絶対寝過ごすなよ」
さっき指先で頬を触ってきたし、悪戯で頬にキスでもして起こしたということかな?
有利はよく人のことをバカップルとかいうけれど、これでも有利の前では極力押さえているわけだから、目覚めに名付け親からの軽い悪戯というのはちょっと衝撃があったのかもしれない。
目覚めに衝撃と言えば、わたしもちょっと今朝のショックは忘れ難い。
ヴォルフラムのことは他の人よりもずっと平気な方だけど、やっぱり朝のあれはさすがにきつかった。
コンラッドとなら好きだと気付く前から怖くなかったけどね。
ヴァン・ダー・ヴィーア行きのヒルドヤード船で、コンラッドに抱き寄せられた状態で目が覚めたときのことを思い出す。
「……あれ?」
そうだ、あのときわたしは驚いたし恥ずかしかったけど、怖くはなかったんだ。
その前にコンラッドとはダンスも踊れたし、そこまでおかしいとは思わなかったけど、ダンスホールで手を取られるのと、目が覚めたら腕の中というのは驚きも怖さも全然度合いが違うはずなのに。
「あれれ……?」
今ならコンラッドは恋人だからとか、好きな人なんだから特別だというのもわかるけど。
……だとしたら、わたしは一体いつからコンラッドのことが好きだったんだろう。
「なに、なんか心当たりあった?」
「あ、ううん、違う。別のこと」
「別のこと?」
「……何でもない、気にしないで」
今はそれどころじゃない。早く元に戻れるようにしないといけないというのに、コンラッドの顔を見たら初めて好きなのだと気付いたときのような落ち着かなさを覚える。
「………
横からヴォルフラムの手が伸びてきて、両手で頬を押さえ込んで無理やり首を回された。
「いたたっ!」
「ユーリの顔でコンラートに対して頬を染めるな!ぼくを見て染めろっ!」
「そんな無茶な!」
とはいえ、ヴォルフラムはまるで芸術の粋をこらしたように整った顔立ちをしている。
間近に顔を寄せられるのは確かに心臓に悪い。
その前に、わたしコンラッドを見て赤面してたの?それはそれで恥ずかしい。
「う……」
自分の行動が恥ずかしくて顔に熱が篭ったのかと思った瞬間。
「ヴォルフ」
コンラッドの低い声がしたかと思うと、ヴォルフラムが急に後ろに下がった。
下がったんじゃなくて、襟首を掴まれて引き摺られたのだとわかったのは少し距離が空いてから。
「俺の婚約者に詰め寄るのはよすんだ」
「だがユーリの顔でだな!」
よくわからない兄弟喧嘩を始めてしまったふたりに呆然としていると、後ろから目を覆われた。この手はわたしのもので……つまり有利だよね。ややこしい。
、頼むからコンラッドでもヴォルフでも、赤くなるのは止めてくれ。ホントにおれが泣きたくなるから」
「や、止めてって言われても」
「だからこうやって目隠ししてやるからさあ……」
「………皆様方、話が段々ずれてきていますよ」
この場で冷静なのはギーゼラさんだけでした。








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