「ええっとなんだっけ。そうだ、昨日の出来事だったっけ」
ギーゼラに冷静に止められて、おれは何か変わったことがなかったか必死で記憶を探った。
とにかく早く元に戻らなくては、これ以上不気味なおれを見ていたくない。
「でも、わたしと有利でこうなったなら、ふたりで同じようなことをしていたってことだよね」
「ああ、そうか、そうだよな」
おれに目隠しされたままが首を傾げて、おれも天井を見上げる。
「でも昨日はとふたりだけでなにかした覚えはないな」
「有利忙しかったもんね。一緒にしたことといえば、朝のロードワークと食事の時くらいで」
「なんか変なもん食ったっけ?」
「そんなこと言えば料理長さんが泣くよ……」
「食事に特に問題はなかったと思いますが」
ようやく喧嘩が収束したのか、コンラッドとヴォルフラムはおれたちから微妙に距離を取って立っていた。どうやらお互いに牽制というか、おれたちと距離を空けることで決着がついたらしい。ホントになー、コンラッドもが絡むと大人気ないときがあるよなー。
この距離なら大丈夫だろうとの目を隠していた手をどける。
「有利が強く押さえたから目がチカチカする」
「わりぃわりぃ」
瞬きをするに軽く謝ったとき、チカチカという単語に反応したように頭の中で光が瞬いた。



I‘m here(4)



「星に願いを」
突然有利がそんなことを呟いたので、わたしは思わずその額にそっと手を当てる。
「落ち着いて有利。こういうこときこそ錯乱しちゃだめだよ」
有利、と呼びかけながら目の前にあるのはわたしの顔で、なんだかこう背中がむず痒い。
「スタツアといい、有利がディズニーを好きなのはよくわかってるから」
「いや待てよ、スタツアは好きでやってんじゃないだろ?昔さんざん親父に乗せられたのだって、おれはちっとも希望してなかったぞ!……じゃなくて」
さんざん激しく反論してから、有利は箱を挟むようにした手を横にずらした。
「その話は置いといて」
懐かしいリアクションだねー。
「ピノキオじゃなくて、昨日のおれの願いごと」
「願いごと?」
何か有利にお願いされた覚えはないと首を傾げると、ヴォルフラムが手を叩いた。
「ああ、あの休みがほしいというやつか」
「そう、そっち。おれ、流れ星に言ったような気がする。休みがほしいって」
「そういえばそんなこと言ってたね」
「うん。王様じゃなくなって、ゆっくりコンラッドとキャッチボールでもしたいなって」
「……………………………………」
ほんの数秒沈黙が部屋を支配する。
「………まさか、そんなはずないよな」
言い出したのは有利なのに、有利が真っ先に否定した。
「……いくら何でも、それはないよ」
「そうですよユーリ。星が願い事を叶えてくれるのはニッポンの風習でしょう?」
「いや風習じゃないけど」
「まったくだ、馬鹿なことを。だからなぜ星が願いを叶えてくれるのか、そのカラクリもわからないくせに」
「だから、空想だからカラクリもなにもないんだって」
あははーとみんなで笑って、有利は髪をかき上げた。
「そうだよなー。剣が喋ったり骨が飛んだりしてもそれはないよなー」
わたしと有利の笑いだけ、乾いたものになる。
「で、でも、だって」
「いやまさか……」
「モルギフと骨飛族ですか?確かにチキュウにはいませんよね。でもモルギフは魔王陛下の剣で骨飛族はそういう種族ですから。なにも不思議じゃありませんよ」
不思議じゃないのが不思議なんだよ!とはわたしも有利も言えなかった。


結局この日、日が沈んでもギュンターは膨大な資料からこういった先例を見つけることはできず、眞王廟からも対処不明という答えが帰ってきた。グウェンダルからはふざけるなというお叱りとともに、こちらに来るという返事がきた。この事態を目で見ていないグウェンにはおれが仕事を放り出して逃げ出したくらいにしか思えないんだろう。気持ちはわかる気持ちは。
こうなると、馬鹿馬鹿しいと思いつつももう一度星にお願いしたくなるのは人情というものだと思う。とにかくなんでもやってみたいのだ。関係ないならないで、別に星にお願いをしたって実害があるわけじゃない。
ギュンターは徹夜で資料庫に篭るとランプと燃料を大量に持っていき、コンラッドとヴォルフラムはおれとに付き合ってバルコニーで星見ということになった。
「まったく、こんなことをしてなんになる」
「だから無理に付き合わなくたっていいってば。おれだって無意味だろうとは思うけど、もう今は何でも試してみたいんだって」
「都合よく流れ星があればいいんだけどね……」
が深く溜息をついた。
「……最悪アニシナさんに相談するしかないかな」
こんなことをギーゼラに言えば、科学的(魔術的?)医療者には止められそうだが、彼女にはもう職場に戻ってもらっている。
「それは最終手段だ。というより、いくらアニシナでもこれはどうしようもないだろう」
ヴォルフラムがつまらないことのように言い捨てた。
「そりゃそうだ。……ああ、でも今日は流れ星のひとつも見えないよなー」
目的が目的なので、四人でずっと空を見上げている。もういい加減首が痛い。
「いっそ寝転びますか?」
コンラッドの提案は、正しかったし間違ってもいた。
バルコニーにマットを持ち出して、四人で寝転んでしまうと確かに星を見るのは楽にはなった。楽にはなったけど、代わりに睡魔も襲ってきたのだ。
特にヴォルフラムはもうそろそろ就寝時間だったこともあって、おれの隣でもう半分眠りかけている。かく言うおれも、だいぶ眠たくなってきた。
「うー……いかんいかん」
一旦強く目を瞑って軽く首を振る。だが瞼が重い。
「今日は珍しく一日中頭を使いっぱなしだったしなー……」
「まるで普段なにも考えていないような意見だね」
反対側のおれの隣でが笑った。
ちなみにコンラッドはヴォルフラムの向こうにいる。寝転ぶ順番ですら揉めかけたけど、多数決の結果1対3でコンラッドはともの身体(つまりおれ)ともを離しておくことが決まった。もちろん1がコンラッドだ。
「いくらなんでも、ユーリとわかっていての身体に触ったりしませんよ」
とコンラッドは苦笑したが、朝なにをしたのか忘れたわけじゃねーよな。
思い出したら気分が悪くなったので、強く目を閉じて念仏のように心の中で唱える。
「あれは夢、あれは悪夢、あれは忘れろ、あれはなかった……」
「有利、あれって?」
どうやら口に出していたらしい。
「……いや、何でも」
妹に、そしてコンラッドの恋人に、朝のあれを知られたいとは思わない。そりゃあもう、二重三重の意味で知られたくない。その後おれが何をしたのかということも、二重三重の意味で知られたくない。妹の胸を揉んだとか、それをコンラッドに見られていたとか。
笑顔で木刀を担ぐが脳裏に浮かんだ。
「……こんな目に遭うような悪いことなんてしてないぞ」
思わずメソメソと泣きたくなった。


何かが身体に被さる感覚で意識が浮上した。
いかん、流れ星を捜している間に眠っていたらしい。
目を開けなければという思いと、もうこんな馬鹿馬鹿しいことは諦めてこのまま寝てしまえという誘惑の狭間でうつらうつらとする。
だって、流れ星が本当におれとを戻してくれるというのなら、何が何でも起きてやるという気も湧いてくるけど、単に藁にもすがる思いというだけのものだし。コンラッドもヴォルフラムも、こっちの世界の人間がまったく信じていないし。
「………もうベッドに運んだ方がいいかな?」
「明日になったら、どうして起こさなかったんだって怒るかも」
ぼそぼそと隣から話し声が聞こえてきた。右側ということはか。
「でもこのままだと本当に風邪を引くかもしれない」
相手は……コンラッド?
おい、あんたはヴォルフの向こうだろ。言葉は頭の中だけで、むにゃむにゃと篭るだけだった。
「大丈夫じゃない?心配ならもう一枚毛布を掛けてあげたらいいと思うよ」
がそう言うと、ふわりと何かが掛けられた。ここでようやく、さっき被さったものが毛布だったのかとわかる。
なんだ、コンラッドは風邪を引かないように毛布を持ってきてくれたのか。
朝の悪夢のこともあるのでどうも警戒してしまったけど、疑って悪いことをした。
安心するとまた眠たくなってくる。
あーもういいや、このまま寝ちゃえ。
どうせ星がどうにかしてくれるなどと、おれも信じちゃいなかったので眠気に任せて眠ろうとしたら、の消え入りそうな弱々しい声が耳に流れ込んできた。
「………このまま戻らなかったらどうしよう……」
その泣き出してしまいそうな声に、眠りに落ちかけていたおれの意識が引っ張り戻される。
そんなこと一言も言わなかったし、おれも自分のことでいっぱいいっぱいだったけど、が不安を抱えているのは当たり前だ。
おれも一気に不安になった。
そうだよ、このまま元に戻らなかったらどうなるんだ?
の身体で魔王業するのか?それともがおれのふりをし続けるのか?
それに日本に帰ったらどうするんだよ。お袋や親父や兄貴なんて家族を騙し通せるはずはないし、その前に一生女の身体で生きろってそりゃ無茶ってもんだ。
同じことをだって考えてるだろう。
本当になんでこんなことになったんだ。
眠気は吹っ飛んだけど、今度は泣きたくなって寝返りの要領でに背中を向ける。
おれが起きたのかととコンラッドが黙り込んだけど、眠っているふりを続けた。
せめて涙が完全に引っ込むまでは、寝たふりをしないと。おれまで泣いたりしたらの不安が膨らんでしまう。
で、おれの不安を煽らないように我慢していたんだろう。
「そんなことには絶対ならないよ」
おれが眠っていると確信したのか、コンラッドが優しく語りかける声が聞こえた。
「でも……どうしてこんなことになったかもわからないのに……」
「そうだよ、だからひょっとしたら明日には元に戻っているかもしれない」
「だったらいいけど………」
も寝返りをうったようだ。そういう気配と僅かにマットから震動が伝わる。
「ゆ、有利のことは大好きだけど、でもこれは怖いよ……」
……」
涙の滲んだ声が聞こえて、が泣いているのかと思ったら、それがおれの声だということはもう気にならなかった。それよりが泣いている方が問題だ。
大丈夫だよ、おれが何とかしてみせるから。
そう言いたいのに、おれの中の不安も大きすぎて指一本動かせない。
おれはおれなのに、でもこの身体はおれのものじゃない。
それがどうしようもなく不安で、いつものおれの無茶で根拠のない力が湧いてこない。
きっとだって同じなんだろう。
で、という意識しかないのに、でも身体はのものじゃない。
「………あのね、。元に戻ることが一番いい。それは絶対だと俺も思う。こんなこと言うと君は怒るかもしれないけど……でも俺にとって一番重要なことは、と陛下が無事でいてくれることだから」
この事態が既に無事ではないと思うぞ、コンラッド。
でも、を励まそうとしてくれているその心遣いは嬉しいよ。
や陛下にとって、それでは済まないこともわかってる。でも俺は、ふたりが側にいてくれさえしたら、究極的には願いが叶っているんだ」
「……で、でもそしたらわたし男のままだよ?」
が泣きながら笑った。コンラッドの気遣いがおかしくて嬉しかったんだろう。
「それはそんなに重要なことじゃない。俺はなら、容姿にはこだわらない。
言っただろう?容姿は好みだけど、本当に好きなのはここにいる君のその心だから」
懐の広い男だな、コンラッド。容姿と言うか、それは性別まで替わってるだろう。おれは男は無理だよ。ホントに無理。ヴォルフが女の子だったら性格のちょっとした難くらいは目を瞑るのにと考えるくらい、男は無理だ。
ああ、でも今ならおれが女になっているからヴォルフでも大丈夫ってこと……?
って、そう言う問題じゃない。身体は女でも、おれはおれなんだし!やっぱり男は無理だ。
おれの背後でくすくすとが笑う。
「でもただ男なだけじゃなくて、大事な名付け子の顔だけど、いいの?」
あ、元気になったみたいだ、よかった。
の声が元気になると、おれもちょっと気が楽になった。おれも大概現金だな。
「うーん、それは俺より陛下の方が複雑なんじゃないかな」
複雑と言うか、嫌だ。見たくない。おれの顔がコンラッドといちゃつく姿……。
それこそ風邪でも引いてしまったのかというような、すさまじい悪寒が背筋を駆け抜けた。
コンラッドはを励ましてくれたわけだけど、おれとしては別の意味でせっつかれたような気がする。
だって今のは中身がなら、コンラッドはおれの身体でもOKだと宣言したんだよな?
嫌だ。見たくない。それだけは見たくない。
もうちょっとくらいコンラッドがにべたべたしたって邪魔したりしないから、今だけは、中身が入れ替わっている間だけは、節度を守ってほしい。
おれの祈りはいつの間にか星じゃなくてコンラッドに向かっていた……。



「……ん……まぶし………」
朝一番の日差しで目が覚めた。どうやら結局あのまま眠っていたらしい。
目の前に見えるのはかヴォルフラムのはずなのに、見覚えのある服が視界一杯に広がっていた。
あーこれコンラッドの服だー……という認識と今の温かさと寝苦しさがいきなり一致した。
ひょっとしてひょっとしなくても、おれは今、昨日に引き続いてコンラッドに抱き締められているのでしょうか!?
寝惚けていた頭が一気に覚醒して、この窮地から脱出しようともがいたら旋毛の方から声が聞こえた。
「ああ、。おはよう」
と、頭頂部にキスを受けて。
「うぎゃあーっ!!」
悲鳴とともに頭を跳ね上げたら天辺がコンラッドと激突して激しい痛みに襲われる。
「ぐっ………!」
頭の痛みよりも、コンラッドの呻き声よりも、貞操の危機を覚えて必死に逃げ出した。
「犯されるーっ!!」
「にゃんだと!?」
の向こうからヴォルフラムが飛び起きた。
「あんた昨日はあんなカッコ良いこと言ってて、やっぱりの身体がいいのかよ!」
顎を押さえてうずくまるコンラッドをマットから蹴り落すと、勢い込んでを振り返った。
!やっぱりこんな男はやめろ!いくらなんでも口先だけすぎるっ!」
「有利………」
の可愛い顔が、寝乱れた姿でマットの上に座り込んで呆然とおれを見上げていた。
の可愛い顔が……ん?
「元に戻ってる!?」
おれとはお互いにお互いを指差して確認した。
確かにおれの目の前にいるのは、おれじゃなくて、だ。可愛い可愛いおれの妹だ。
「よかった!なにがなんだかわかんねえけど、よかったっ!!」
これでおれの顔がコンラッドといちゃついているところを見なくて済む!
昨日今日の目覚めを思い出すと、おれの一番の喜びはそこだった。なにか間違えているような気がしないでもない。
「コンラート、貴様ぁーっ!!ぼくの有利をおか、犯そうなどと……っ!ゆる、ゆる、許さないからなっ!丸焼きにしてやるっ」
おれとが抱き合って喜ぶ中、後ろでヴォルフの怒りの限界を越えた声が聞こえた。


原因がわからない以上、またこんなことが起こりうる可能性がある。
おれはコンラッドに魔王命令として厳重に守るべきことを言いつけた。
「今後、の許可無くの寝室に侵入することを禁ずる」
言いつけた瞬間、顎にガーゼを貼り付けたコンラッドが不服そうな顔をした。
だが、まだ疑いの眼差しを向けるヴォルフラムはもちろんのこと、もこの命令には大賛成の姿勢を見せたので、渋々と頭を垂れて拝命したのだった。部屋の主の許可を取れというのは命令がなくても当たり前のことなんじゃないのか、ウェラー卿。
「ついでにしばらくの間、おれに近付かないでくれる?」
「そんな陛下。俺は陛下の護衛ですよ」
「うん。しばらく陛下って呼んでくれ。そんでもって五歩以上おれから離れること」
おれの記憶からおれとコンラッドが抱き合っていた図や抱き締められていた感覚が消えるか、最低でも薄くなるまでは近付かれたくもない。
元に戻ったことに喜び過ぎて、おれももギュンターとグウェンに元に戻ったことを報せるのを忘れていた。ヴォルフはすっかり興味を無くして寝直していたし、コンラッドはおれの命令に落ち込んでいたので気が回らなかったらしい。
昼過ぎにグウェンダルが城に到着し、もちろんおれの言うことなんて信じてくれなくて激怒。
そのグウェンのご機嫌を取ることに集中するあまり、ギュンターが資料庫に篭っていることを思い出したのは日が暮れようとする頃だった……。







前半いい思いをしたので、最後の最後で次男に報いが(笑)
でも一番可哀想なのは有利だと思います、この話(ギュンターは……?)
え〜、元に戻ったのは有利のお願いが「一日だけでいいから」だったからですが、
すみません、話の中に入れ損ねました(土下座)


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