目が覚めたらすぐ横にヴォルフラムがいて、駆けつけてくれたコンラッドに甘えていたら当のヴォルフラムに襟首を掴まれて引き離された。 「やだっ」 さっきすくんだばかりだったので、いくらヴォルフラムでも怖くてその手を振り払い、コンラッドの腕の中に逃げ込んだらぎゅっと抱き締めてくれる。 「ヴォルフ、これにはわけがあるんだ。今は陛下の身体に触れるな」 「なっ……ぼ、ぼくの目の前でよくもそんな真似ができるなっ!」 「待て待て待て、ヴォルフ待てって。今とてもじゃないけどありえない事態が起こってるんだ。頼むから落ち着いてくれ」 声がちょっとおかしいけれど、有利も来てくれたんだとそちらを見て言葉を無くした。 そこに立っていたのはわたし……だった。 I‘m here(2) 「そんな馬鹿な」 に着替えるからと寝室から追い出されて、まだネグリジェ姿のままでコンラッドを怒るヴォルフラムを宥めながら取りあえずの経緯を説明した。 そうしたら、返ってきた答えはこれだ。まあ気持ちはわかる。入れ替わっているおれだってまだ半分くらい夢じゃないのかと思っている。今隣で着替えているも同じだろう。 「……有利」 寝室からがひょっこりと顔だけを出す。いつものがするならそれも可愛いけど、だから見た目がおれだから、そんな恥らうような仕種はものすごく背中が痒い。 それはヴォルフラムも同じようだ。 おれの前まで歩いてくると、は上から下までソファーに座るの身体のおれをじっくりと見て溜息をついた。 「一緒にきて」 「なんだよ」 今日はこんな事態だからロードワークは中止ということで、既におれが仕事に向かうときの学ランに着替えていたは、上着をおれの肩にかけて手を引いて部屋から出て行こうとする。 「どこへ行く、ユーリ、!」 全然納得してないヴォルフラムが当然怒り、当たり前のようについてきたコンラッドを、はビシッと指を突きつけて押し留める。 「すぐ帰ってくるからふたりはそこで待ってて!」 おれの顔と声でに注意されて、ふたりはとても複雑そうだ。 「だけど、俺はユーリの護衛だから」 「すぐ帰ってくるってば!」 「本当はお前たちふたりの芝居なんじゃないのか?」 「そうだったらどんなに幸せか……」 とほほと肩を落としたおれの手を引いて、はコンラッドがついてこないように睨みを利かせてから部屋から出た。 「どこ行くんだよ」 「わたしの部屋………あのね有利」 おれの手をしっかりと掴んだまま、は深く溜息をついた。 「お願いだから下着つけて」 「下着?……おれノーパンなんかじゃないぞ!?」 「有利の身体のことじゃなくて!わたしの身体の話っ」 「……もノーパンじゃなかったけど?」 「上の方!」 上? そんなに離れていないの部屋にはすぐ着いた。そのまま寝室まで入ると、しっかりと施錠してからはクローゼットに向かう。 すぐに戻ってきたその手の中身は、上の下着。つまりブラジャーだった。 「つけ方教えるから……」 「え、つけろってそれ!?や、やだよ、おれ変態みたいじゃん!」 「あのね!そんなノーブラで過ごされたらわたしが嫌なの!しかもよりによって訓練用の身体にぴったりしたTシャツで!どぉーしても!ブラをつけるのが嫌なら……」 は一旦クローゼットに戻って、ものすごくフリルとレースがたっぷりとついたピンク色のドレスを引っ張り出してくる。 「このお母さんなら超喜ぶようなベビーピンクの少女趣味ドレスを着てもらうよ!これなら胸にもフリルたっぷりでノーブラなのはわからないし。さあどっち!?」 どっちも嫌だ。どっちも恥ずかしい。 だがはこれ以上の譲歩は無いと決断を迫り、考えに考えて下着の方を涙を飲んで受け入れた。下着なら外から見た目はわからない。ドレスの方ならコンラッドやヴォルフラムに女装姿を見られるということだ。見た目はだから女装じゃないけど。 に言われるまま上体を曲げ、下着の中に胸を入れ込まれながらふと女装好きのお庭番を思い出す。 「グリ江ちゃんも毎回こんなふうにつけてんのかなぁ……」 「……そんなわけないでしょ……」 に手を引かれて曲げていた身体を元に戻すと、後ろから形を整えるように下着の中に手を突っ込まれた。 「ヨザックさんは寄せる脂肪がないじゃない」 「……女の子の胸って脂肪か……」 「知らなかったの?」 知ってるよ。知識としては知ってるけど、こう……なんかあっさりそんなこと言われると夢の希望もないような気になるだろ。男子高校生としては、興奮のポイントをただの脂肪と言い切られてしまうのは寂しいもんなんだよ。それに寄せて上げてなんて一昔前のCMでも言ってたけど、こんなに背中からまで持ってくるもんなの? しかも見た目だけでいえばおれがまるで事務作業みたいに妹のとはいえ、女の子の胸を下着に押し込んでいる……。 「おまけになんか締め付けられて気持ち悪いし……」 「慣れだよ、慣れ」 は放り出してあった学ランを着ながらそう言ってくれたが。 「慣れる前に元に戻りたい……」 慣れる前に戻りたい? それはわたしのセリフだよ! ぐちぐちとブラが気持ち悪いだの、男のロマンがだのと不平を漏らす有利と有利の部屋に戻る。 わたしたちが出て行っている間にヴォルフラムも着替え終えていた。そしてコンラッドが呼びに行っていたのか、ギュンターさんもいた。 「陛下!殿下!」 「どこで打ち合わせをしていたんだ?」 ヴォルフラムは当然ながらわたしと有利が入れ替わったなんて信じていなくて、不機嫌なままだ。わたしがヴォルフラムの立場だったとしても信じられるはずがない。 「ほ、本当におふたりが入れ替わってしまわれたのですか?」 ギュンターさんもおろおろとわたしと有利を交互に見てコンラッドを振り返る。 「大変なことに本当だ」 コンラッドが妙に力強く頷き、わたしはおやと首を傾げる。コンラッドは疑わないの? 「どうだか。お前はとユーリには甘いからな。まんまと騙されているんじゃないのか?それともお前もふたりと共謀しているのか」 「共謀ってなんだよ!おれだって信じられないんだからなっ!」 有利とヴォルフラムで喧嘩になってしまった。 それにしてもヴォルフラムに突っかかっていっている姿はわたしのもので、握り拳で身を乗り出して喧嘩している姿はちょっと新鮮で気持ち悪かった。 「はい、ストップ」 いつもならしばらく喧嘩するに任せているのに、今日はコンラッドがすぐに止めに入る。 後ろから有利のお腹に手を回して抱き寄せるようにして引き離した。 「うわっ!ちょっと、どこ触ってんの!?」 「コンラート!ユーリにベタベタするなっ!」 「……失礼、見た目がなので、つい癖で」 「癖でこの触り方!?あんたちょっとにくっつきすぎだぞっ」 「いいからユーリからその手を離せ!」 さっきまで喧嘩していたのに、今度はふたりで仲良くコンラッドを責め立てる。ヴォルフラムは入れ替わりを信じていないんじゃなかったの? 「変、変だよ。頭がおかしくなりそう……」 鏡を前にしているわけでもないのに、自分の顔が目の前で動いているのを見るのは奇妙な感覚だ。額を押さえて嘆いていると、コンラッドが肩に手を置いて抱き寄せてくれた。 「何とか元に戻る方法を考えないといけないね」 「うぎゃー!コンラッド!頼むからおれの身体を抱き寄せんのやめてくれ!」 「コンラート!ユーリの身体にベタベタするなっ!」 どちらにしても有利とヴォルフラムには我慢できないらしい。コンラッドはわたしの肩……つまり有利の身体の肩に手を置いたまま、にこりと笑った。 「俺にに触れるなと仰るんですか?」 「そうは言ってないけど、おれの顔なのに見たくないよ!」 「じゃあの身体に触ればいいんですか?」 「身体さえならばユーリでもいいのか!?この節操なしめっ!」 「殿下……私、混乱して参りました……」 「同感です」 ギュンターさんとふたりでしみじみ呟くことなんて、滅多にない経験だ。 そんな感慨もあって苦笑いで頷くと、途端にギュンターさんが色めき立った。 「へ、陛下!いえ殿下っ!ああ、陛下ぁー!!」 「え、待っ……」 がばっと両手を挙げて飛び掛ってきたギュンターさんに抱きつかれそうになったその瞬間、横から肩を抱き寄せられる。 同時にギュンターさんが真横に吹き飛んだ。 「ギュ………!?」 テーブルまで吹き飛んでその角で頭を打ち付けたギュンターさんは、両手を上げたポーズのまま床に伸びてしまう。 ぴくりとも動かないんですけれど……。 「」 わたしを抱き寄せたコンラッドは振り上げていた足を降ろして、そして笑顔で優しく言った。 「ギュンターに微笑むのは気をつけないと。今はユーリの外見だから、反射で飛び掛って来てしまうよ。あ、これはを守るために不可抗力ですよね?」 コンラッドがわたしの肩を抱いたまま有利とヴォルフラムを振り返ると、ふたりは青褪めた顔色で両手を握り合わせてこくこくと頷いた。 |