その朝はもう半分目が覚めていた。おれは割りと目覚めはいい方なのに、珍しく瞼が重くて起きる気になれない。夢うつつでゴロゴロしていると寝室に誰かが入ってきた気配がした。
ああ、コンラッドだ。起きなきゃ、ロードワークの時間だ。
そう思いながらもまだ枕に執着していたら、「おはようございます、朝ですよ」のいつもの声が降ってこず、替わりに僅かに枕が沈んで顔の横に誰かが手をついたことがわかった。
誰かって、だからコンラッドだろ?
あーだめだ、目が開かない。
「……起こして……」
寝惚けているためか、まるでおれのものじゃないみたいな声が出たなあと思っていたら、いきなり口を塞がれた。
……キスで。



I‘m here(1)



「んぉ!?」
驚いたなんてもんじゃない。コンラッドだと思ったらヴォルフラムだったのか!待て、おれの意志を無視するなっ!!
思わず拳を握り締めて殴ろうとしたけど、ツェリ様似のあの顔をグーで殴るのはやっぱりちょっと気が引ける。かといって平手で殴るとまた泥沼だ。
今まで雑魚寝しても本当に寝るだけだったから安心してたけど、あれは単におれより夜更かしも早く起きることもできなかったというだけなのか!?
とにかく殴り倒す以外ないかと覚悟を決めて拳を固めたとき、おれの唇をぬめぬめとしたものが這った。
って……舌……?
「んおーっ!!」
人のファーストキスを奪っておいてベロまで入れようなんて冗談じゃないっ!
あの綺麗な顔を殴る瞬間を見ないようにぎゅっと強く目を瞑って、固めた拳を思いっきり叩きつけた。
不意打ちにおれの上に乗っていたヴォルフラムがあっさりと殴り倒される。
よかった、あいつ見た目に反して結構力があるから、一撃で倒せてよかった!
眠いなんて言っている場合じゃなくて、おれは慌てて飛び起きてベッドの端まで後退りする。
「お前な!人の寝込みを襲うなんてサイテーだ………ぞ!?」
ベッドでおれに殴られた頬を押さえて苦笑していたのは、コンラッドだった。
………………………………………………………。
「嘘だろ!あんたまで弟と同じ趣味だったのか!?え、で、でもは!?のことはどうなってんだ!!」
無理やりファーストキスを、しかも男に奪われたことに悲しくなるより、まさかコンラッドがを裏切ったのかと腹が立った。煮え返るような怒りに目の前が真っ赤に、いや真っ暗になったかと、そう思ったのに当のコンラッドはきょとんと驚いたように目を瞬く。
「……、寝惚けてる?それとも、陛下のふりで怒りを表そうとしてるの?」
「何言って………っ」
おれの口から出た声は、おれのものじゃなかった。さらっと長い髪が肩から落ちかかり、そんでもって自分を見下ろしてみたら胸がある。……胸!?
そんな馬鹿なと寝巻きを開けて触ってみるけど、どう見ても偽物じゃない。揉んでみたら確かにその感覚がある。いや、どんだけ精巧に作ったら本人にまで付け胸だって知られずに済むのか、ハリウッドの特殊技術でも無理だろそれ。
呆然と無意識に胸を寄せて上げていたらいきなり手を掴まれた。びっくりして見上げると妙に真剣な顔をしたコンラッドが。
「……怒ってるのかと思ったら、随分大胆に誘うんだね」
あ、そういえばあんたがいたんだっけ、と思う間もなく再びキスしてこうようと顔を寄せてきた男に。
「こぉの浮気者っ!」
渾身の力を込めて、横から回した怒りの蹴りを脇腹に決めた。
「ざけんなっ!を裏切りやがって!絶対あんたを許さないからなっ!!」
脇腹を押さえてベッドに沈んだ男を飛び越えてバスルームに駆け込んだ。コンラッドの件は後でじっくり追及するとして、おれの身体も一体どうなってんの!?
駆け込んだ先の鏡に映っていたのは、どう見てもだった。


「あ、流れ星」
その夜はちょっと蒸し暑く、有利とコンラッドとヴォルフラムと四人でバルコニーで夕涼みをしていた。
わたしがジュースを飲みながら見つけた流れ星を指差すと、有利が振り返る。
「え、どこ?」
「もう消えちゃったよ。あんなの一瞬だもんね」
「そうだよなー。あの一瞬で願い事三回も言えるはずないっていうの」
「なんだ、それは?」
ヴォルフラムがいつものようにお酒を飲みながら、有利の話に興味を示した。
「日本では流れ星に向かって三回願い事を唱えたらそれが叶うって言われてるんだ」
「なぜそれで叶うんだ?」
「さ、さあ……?」
「誰が言い出したかも判らない話だよね。流れ星が見えるのなんて一瞬だから、結局三回も言えるはずないし、お伽話だよ」
「こっちでは言えるかもしれないよ」
ヴォルフラムとは別の種類のお酒を飲んでいたコンラッドが夜空を見上げる。
「たまにゆっくりした流れ星があるからね」
「それって三回言えてもありがたみがないんじゃないの?」
有利が笑って同じように夜空を見上げた。
「あーあ、おれならそうだな……野球に関しては星に願いをじゃなくて自分で叶えることだし……王様業も同じだし……ちょっと休みが欲しいくらいかな」
「ちょっとだと?お前はよく執務室から抜け出して、ギュンターを錯乱させているだろうが」
「だ、だからそういうサボリじゃなくて、ホントの休みだよ。一日だけでいいから、王様じゃなくなってコンラッドとキャッチボールでもしてー……」
「なんだと!?その場合、休暇はぼくと過ごすべきだろう!なぜコンラートだ!この浮気者っ!!」
ヴォルフラムがお決まりのセリフで有利を締め上げる。
「一日だけのお休みとか言いながら、やろうとしてることがいつもと変わらないというのは意味がないんじゃないの?」
コンラッドとのキャッチボールはすでに日課でしょうに。
わたしがコンラッドと顔を見合わせて笑うと、ヴォルフラムに締め上げられていた有利があっと呟いた。
「休みくれ休みくれ休みくれ!」
早口に三回、一気に言う。有利の視線の先を見ても星が瞬く夜空だけ。
「今、また流れ星があってさ。一応三回言えたと思うけど」
「大体休みを作りたければ、普段から真面目に政務に取り掛かっていればいいんだ」
ヴォルフラムのごもっともな意見に、有利は小さくはいと呟いた。
そんな翌日。
目が覚めて、起き上がると大きく伸びをする。身体が妙に重い。
珍しいなあと思いながらベッドに手をついたら、何かを下に敷いてしまった。見下ろすと手が。
あれ、昨日は有利と一緒に寝たっけ?でもそんなのヴォルフラムが許してくれない気が。
横を見ると、そこにいたのは金の髪の美少年。
黒い髪の最愛の有利ではなく、寝顔もあどけなくネグリジェ姿も可愛らしいヴォルフラム。
ヴォルフラム、と………同じベッドで眠………?
「い………」
悲鳴が一旦、喉に詰まった。


これは夢かと唖然としながら鏡をペタペタと触り、それからおれの……いや、の顔を触ってみる。鏡の中でもおれの……じゃないの手がの顔を触っていた。
「どうなってんの!?」
「それは俺が聞きたい」
鏡に、腹を押さえながらバスルームのドアにもたれかかるコンラッドが映った。
「目覚めのキスでそんなに怒るなんて……おまけになにかおかしなことを言うし」
「怒るに決まってるだろ!?名付け親にファーストキスを奪われるなんてっ!!」
「名付け親?」
コンラッドは驚いたように目を瞬き、それから怪訝そうに眉を寄せた。
、怒っているにしても、その芝居はちょっと」
「芝居ってなんだ、芝居って!いや、おれもわけわかんねえ、混乱してるけど、とにかくおれはじゃなくて、有利なの!」
どうなってんるんだ。おれが寝てる間にかつらを被せて、ハリウッドもびっくりの特殊技術で本物そっくりの偽乳をつけたんじゃないだろうなとコンラッドを睨みつけてみるものの、それなら触ったときに感触があるのはおかしいし、顔まで変えられるもんじゃない。
おれとの顔は確かに似てはいるけど、一卵性の双子じゃないからうりふたつというわけじゃない。それに声はどう説明をつける。
コンラッドを押しのけて寝室に戻ったら、確かにここはおれの部屋じゃなくての部屋だった。
まさか、そんな馬鹿な!
ひとつこの事態を説明する名前が頭に浮かんだけど、いくらここが地球じゃないからってそんな話はありえない。
おれが泡を食っておれの部屋に駆けて行くと、とコンラッドともしかしたらヴォルフラムがどっきりでしたーって迎えるに決まっている。
だれかそうだと言ってくれ!
おれがここにいるならはおれの部屋だと根拠のない考えが出たのは、結局おれが半ばこの事態がその……中身が入れ替わった……なんていう超非現実的な事態だと思ったということになるのかもしれない。
部屋から飛び出そうとしたら、後ろからコンラッドに引っ張られる。
!外に出るなら着替えを。そのまま出ないで!」
言われて見下ろしたら、寝巻きの前は全開のままで、胸とか腹とかさらしまくりだった。
「あんたは見んなっ!」
慌てて片手で寝巻きをかき合わせると、手を離させるためにコンラッドの膝裏に蹴りを入れてしまった。咄嗟のことだから不可抗力だ。
うっとコンラッドが怯んだ隙にクローゼットに駆け寄って、中身をみたら今度はおれが怯んでしまった。
の部屋なんだから当然だけど、開けたら一面ドレスやら普段が好んで着ているタイプのワンピースやら、とにかく女物の服しかない。だがこれはの服だ、まだ大丈夫。
最初の視覚的衝撃から立ち直ると、おれでも着られそうな服を探して中を漁る。
ドレスなんて着たくもないし、その前に着れない。紐だの飾りだのがごてごてし過ぎだ。
が普段着ているワンピースなら着ることはできるが、やっぱり着たくない。スカートなんて穿けるかよ!
そんなに苦労することもなく、Tシャツとスラックスを見つけた。これは剣術や魔術の勉強、乗馬なんかでが着ているやつか。
ようやくおれでも着れる服を引っ張り出して部屋に戻ると、複雑そうな表情のコンラッドが突っ立っている。
「なんだよ、まだいたの?ちょっと外出てろって」
いつものおれならともかく、今はの身体だ。着替えなんて見せられるわけがない。
「まさか、本当に陛下なんですか……?」
その声は半信半疑。だけどが芝居でここまでできるとは思えないんだろう。
「………言いたいことはよぉっくわかる。おれだってわけが判んないんだから……。
……とりあえず、陛下って言うな名付け親」
「ええ……すみません、つい癖で……」
いつものやり取りも、どこかぎこちない。だってお互いに半信半疑。
コンラッドを寝室から追い出して急いで着替えると、リビングで待っていたコンラッドを連れておれの部屋に向かう。
……これ夢なんじゃねーの?
廊下を歩いていて、初めてそんなことが思い浮かんだ。
そうだ、なんでそれが最初に出てこなかったんだ。
ハリウッドばり特殊技術まで使ったドッキリとか、ファンタジーな中身の入れ替わりより、そっちの方がずっとわかりやすくて一番現実的じゃないか。
……この事態で現実的っていうのを求める方が間違っているけど。
おれの部屋が見えてきたとき、けたたましい悲鳴が、おれの声で聞こえてきた。
「いやああぁーーーっ!!」
うわ、寒気が。
おれの声で女の子みたいな悲鳴って勘弁して………。
じゃなくて!
!」
慌てて残りの距離を走ると、リビング寝室と二枚のドアを開けて中に駆け込む。
中の様子に、おれは呆然としてしまう。
「待て、ユーリ!待てと……っ」
そこでは、おれが泣きながら枕を振り回してネグリジェ姿のヴォルフラムをベッドから追い落としていた。
「やだやだやだやだっ!男やだぁーーっ!!」
それはいつものの反応なのに、そんな仕種をしているのが、叫んでいる声が、おれだという光景に、脳がストップしてしまう。
いつものようにを抱き締めて宥められない。
入り口で立ち尽くすおれを押しのけて、コンラッドがおれの……の?ああもう、なんてややこしい!
おれの姿をしたの側に駆け寄った。
、落ち着いて!」
枕を取り上げて暴れる手を掴んだのがコンラッドだと知ると、見た目がおれのがコンラッドに抱きつく。
「こ、怖かったよぉ」
「ああ、……可哀想に……」
コンラッドがを……くどいようだがそのビジュアルはおれだ……を抱き締める。
はっきり言って、それを傍で見ているおれには泣きたくなるくらいに気持ちが悪い。
「いたたた……なにをするんだユー………」
ベッドから追い落とされたヴォルフが腰を押さえながら起き上がり、に文句を言おうとして目の前の光景に絶句する。
「なっ………何をしているんだユーリ、コンラート!」
その後に続くのは、当然お決まりの文句だろう。
「この浮気者―っ!!ふたりとも離れろっ!!」
前半はともかく、後半には激しく賛成だ。








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