海より深く、山より高く反省しました。
もう二度とコンラッドのことをこそこそ聞き回ったりしません。


道化師は残照に見る(おまけ)


有利の部屋経由でわたしの部屋まで連行されました。
長い廊下をず〜〜っと、お姫様抱っこで。は、恥ずかしかった。でも暴れるのも怖かった。
とにかく今はコンラッドに逆らわないで、できるだけ早く怒りを納めてもらうことが先決だと思う。
それにしても有利め……部屋に逃げ込みながら、わたしに向かってわざとらしく涙を拭う振りをして「グッドラック」ってなに「グッドラック」って!!
もう部屋には入ったはずなのに、ガチャリともうひとつドアを開ける音が聞こえて、おやと首をかしげる。いつのまにかまた縦抱きにされている。ということは後ろで廊下に続くドアが開いたんじゃなくて、コンラッドが開けたんだ。
え、どこへ?
どこへって、リビングから続いているのはつまり。
首を巡らせると、本来なら白いのに夕日に赤く染まったシーツが目に入った。
つまり、ベッドルームなわけでね。
「え!?ちょ、う、嘘!」
これはさすがにシャレにならないとコンラッドの腕から飛び降りようとするけれど、膝の裏をガッチリとホールドされていて動けない。
「やだ、コンラッド、待ってっ」
このままベッドに降ろされるのかと恐怖に震えたら、コンラッドはわたしを抱き直して自分が腰掛けた。その膝の上に座らされる。
……なんだ、いつもの態勢だ。
リビングのソファーじゃなくて寝室のベッドまで連れて来られたからびっくりした。
コンラッドはそのまま後ろからわたしのお腹に手を回してぎゅっと抱きしめて、肩に額を押し付けてくる。
「……コンラッド……?」
恐る恐ると声をかけるけど無言。
「お、怒ってる?」
「……怒ってないよ」
嘘だぁと思うものの、今のコンラッドにそんなことは絶対に言えない。
コンラッドは押し殺したような低い声でぼそぼそと呟いた。
「俺だってまだの料理なんて食べてないのに」
「料理ってお菓子だよ?そ、そんなに食べたかったの?また作るから……」
厨房で場所を借りるときに、こんなコンラッドの話をしても誰も信じないだろうなと思いながらそう言うと、お腹を抱いた腕に力が入る。
「それでも俺は四番目だ」
「え……?」
「グウェンにヨザックにアニシナ。婚約者は俺なのに、先に三人も食べてる」
思わず笑いそうになってぐっと唇を噛み締めた。笑ったらそれこそどんな目に遭うか。
それに厨房を借りたお礼に料理人のみなさんにも少しずつお配りしたので、実は三人だけじゃないんだよねー。
「それに、アニシナに聞いた。グウェンのために作ったんだって」
「えっと、それはそうなんだけど……」
グウェンダルさんのためにというか、わたしのためにというか。いえ、完璧にわたしのためにだよねー。だって、無理やり雑談できる状況を作ろうとしたんだもん。
「それがどんな意味であっても、の心を別の男が占領した時間があるなんて、腹が立つ」
やっぱり怒ってるじゃない。
いえ、それより誤解もあるよ。だってお菓子を作っていた間、わたしが考えていたのはコンラッドのことでね?
でもその理由を考えるとそう言うこともはばかられる。だって、ロリコンだったらどうしようだなんて……。
肌を掠める指先にぞくっとした。
見るまでもなく、いつの間にスカートを捲り上げたのかコンラッドの手が下に潜り込んで太腿を撫でていた。
「え、ちょ………」
はお菓子を作るのが好きだって陛下が言ってらした。楽しかった?グウェンのことを考えながら楽しかった?」
「そ……そんなこと……」
そんなことない。お菓子作りそのものは楽しかったけど、考えていたのはコンラッドのことでグウェンダルさんのことなんてちっとも頭になかった。更に言えば内容は「コンラッドがロリコンだったらどうしよう」で、楽しいはずがない。
「おまけにグウェンにはそれで、俺にはあんな疑いをかけるなんて」
「だだだ、だって不安だったんだもんっ」
段々と上へと滑るコンラッドの手を前のめりになって上から押さえ込んで、必死に訴えかけた。
「もしコンラッドが小さな女の子が好きなら、いつかわたしのこと見向きもしてくれなくなるって……だ、だからヨザックさんやグウェンダルさんに話を聞いてみようと……」
「俺はを愛しているのに、どうして小さな女の子に興味があるなんて疑うかなあ。ヨザックはが童顔なのを気にしていたとか言っていたけど」
「だって……わたしつい最近アメリカの人に小学生に間違われたことあるんだもん……わたしが小さくなったときも、コンラッドがそれでもいいって言ったって聞いたし……」
「ヒカルなんとか作戦?」
う、そこまで知ってるの?そういえばヨザックさんにそんなことを言ったような記憶が。
「あのね、あれはだから言ったんだよ。他の子供相手にあんなこと言ったりするものか。成長を楽しみに待つなんて考えもしないよ」
コンラッドは知らないだろうけど、光源氏だってあれは若紫だから一から育てようと思ったんだよ。自分の好きな人の面影があったから。
「ご、ごめんなさい……海より深く、山より高く反省しました。もう二度とコンラッドのことをこそこそ聞き回ったりしません」
でもそんなことを今言っても、多分コンラッドの神経を逆撫でするだけだとうな垂れると、とにかく自分でも悪いことをしたと思うことを謝った。
疑惑の内容もだけど、誰だってあんな風に過去の恋愛なんて周りに尋ねられていい気がしないのは当然だ。
「……納得したわけではないみたいだね」
コンラッドが後ろから耳元で囁いて、するりとわたしの肩から布が落ちた。


落ちたのは、当然というかわたしの服で。見下ろすと腰のところにワンピースが。つまり上半身は下着姿。こっちの世界風の言い方で乳吊り帯姿。
「や………やだーーーっ!」
めちゃくちゃに手を振り回して、気がついたらコンラッドの手が離れていた。
「コンラッドの馬鹿っ」
いつの間にワンピースの後ろの紐を解いたんだろうと慌てて腰まで落ちた服を引き上げながらコンラッドの膝から飛び降りると、警戒しながら後ろに下がろうとして……顔を押さえてベッドに倒れている姿に驚いた。
「ど……どうしたの?」
恐る恐ると聞いたけれど、コンラッドはしばらく動かなかった。
ようやくゆっくりと起き上がったコンラッドが顔を押さえていた手を降ろすと、顎が赤くなっている。
どこかで見覚えが……そう、そういえば、以前スヴェレラで同じようなことが……。
気がつけば、手の甲がズキズキと痛い。
スヴェレラで、グウェンダルさんだと気付かずに男の人に怯えて、めちゃくちゃに手を振り回したときと……同じ?
「同じじゃないよ」
わたしの心の中を読んだかのようなタイミングに驚いて後ろに下がる。
コンラッドは憮然として溜息をついた。そういえば、なぜかお腹も押さえてる?
「……顎とね…………いい肘鉄だった」
「……ご、ごめんなさい……」
コンラッドがやり過ぎたんだよと反論するには赤くなった顎が本当に痛々しかったので、深々と頭を下げてしまった。
「ああ……性癖の疑惑といい扱いといい、俺は本当にグウェンダルと同レベル……それともそれ以下なのかなあ」
わざとらしく嘆いているようにしか見えなかったけれど、身体をねじってベッドに横倒しにうつ伏せになった背中に哀愁を感じるようにも思える。
脱がされかけた服を肩まで引き上げて首の後ろのホックを留めてから、コンラッドの側にそっと近寄る。
「ご、ごめんね……?」
「いいんだ……俺がやり過ぎたんだよ。は俺が相手でもこういうことは怖いのに」
「え、えっと……」
そうだけど、そうでもないよ?
今のはあまりにも急すぎたからつい手が出てしまっただけで……いえ、じゃあ大丈夫なのかと言われるとまだ心の準備ができていないというか、やっぱりちょっとは怖いというか、でもグウェンダルさんのときや、他の男の人みたいに怖いのとは意味が違う。
触られたくない怖さじゃなくて、見えない先に進む怖さというか。
コンラッドがベッドに顔を伏せてしまっているので表情が見えなくて、これが演技なのか本当に傷付いているのかわからない。
「あの、でも、やっぱりそういうのとは違うよ?い、今のは急すぎて怖くて……」
「無理しなくていいんだよ?」
「無理じゃなくて本当……ぅ!?」
コンラッドを慰めようとしたわたしが馬鹿でした。
腕を掴まれたと思ったら、次の瞬間にはコンラッドの上に引っ張り倒されていた。
「だ、騙した!?」
「騙してないよ。グウェンと同じ扱いなのかと傷付いたのは本当だし」
「嘘だー!めちゃくちゃ元気じゃないっ!」
の肘は本当に痛かった……」
「うっ………」
人が怯んだ隙に、コンラッドは素早く反転した。当然上に乗っかっていたわたしも反転するわけで、つまりはコンラッドを見上げる形になるわけで……。
「ちょ……」
衝撃に思わず瞑ってしまった目を開けて抗議しようとしたら、コンラッドの顔から笑みが消えていた。
夕日はほとんど沈んでしまったようで、最後の光がコンラッドの横顔を撫でると少しずつ部屋が暗くなってくる。
両手をベッドの押さえつけられていて、ドクンと大きく心臓が跳ねた。
ど、どうしよう。まだ心の準備が……。
声もなくコンラッドを見上げているうちに、どんどん鼓動が大きくなっていく。
まだ怖い。でも、怯えてコンラッドを傷つけたらどうしよう。やっぱり他の男と同列なのかと思われたらどうしよう。
そうじゃなくて、でも怖くて、震えたくないのに震えそうで。
「………ゃ……」
「触っていい?」
泣きたくもないのにどうしたらいいかわからなくて涙が滲みそうになったとき、コンラッドがそっと囁きかけてきた。
「…………え?」
に触りたい。触っていい?」
許可を求められても困るのですけれども。
一体コンラッドがどう触りたいのかもわからないし。
だって頭を撫でても触っているし、さっきみたいに太股を撫で回されても触っているし。
「服は脱がせないから、触ってもいい?」
だから一体それはどういう意味で!?
でも、さっきみたいに服を脱がせてきたり直接触るわけじゃないなら大丈夫かなと、おずおずと頷くと、コンラッドの左手が髪を混ぜるようして頭を撫でてきた。
緊張していたのに、これくらいなのかと拍子抜けする。
「小さいに触れたかったのはこういう意味」
「う、うん」
でも今のわたしにもこれはよくするよね。ちょっといつもより乱暴めというか、言ったように子供を褒めるような撫で方だけど。
そう思っていたら、右手で下から上げるように胸を揉まれた。
「ちょ、ちょっとっ!」
乙女の胸を鷲掴みとはどういうつもりだとその手を外そうと手首を掴むけど、コンラッドは苦笑しただけでびくともしない。
「成長したに触れたいのは、こういう意味」
………どんな証明の仕方なの。
呆れるような、だけど本当によくわかりました。
小さいわたしにも、今みたいな接し方がしたいと思ったわけじゃないんだ。誰でもいいんじゃなくて、わたしだから育てることになっても待っていようと思ってくれたんだ。
そういえば、光源氏だって好きな人の面影があったから紫の上を引き取ろうとしたんだった。
好きな人の、面影が。
「………疑ってごめんなさい」
今度はちゃんと納得したとわかってくれたのか、コンラッドもにっこりと微笑んでくれた。


……のは、いいのだけれども。
「あの……コンラッドさん……」
「なに?」
わたしが力一杯に手首を掴んで下に押し下げているにも関わらず、コンラッドは笑顔で未だに人の胸を揉んでいた。
「もう了解したんですけれど!?」
「ああ、うん。了解をくれたよね。服を脱がせないなら触ってもいいって」
「そっちの了解じゃなくて!」
コンラッドの右手と攻防している間に、左手がまた太股を撫で始める。
「ちょっとー!服は脱がせないんでしょ!?」
「脱がせてないよ。上に捲くってるだけ」
「なにそれ!?」
どんな詭弁ですかーっ?
おまけに胸を触っている右手も上に押し上げるように動かすものだから、服の下で下着がずれた。
「やっ……」
「服の上からだから……」
「わざとかーっ!」
下着がなくなった分恥ずかしさが増す。だというのにコンラッドは遠慮もなく人の胸と、足なんて直に触り倒す。
はまだ成長中だから。胸は刺激を与えると大きくなりやすいんだよ。女の子は胸の大きさをよく気にしているよね」
「そんなこと頼んでませんっ」
「俺は大きいほど好きというわけでもないけどね。くらいあればもう十分だな」
「そんなこと聞いてませんっ!」
ああもう、こんなに好きに触られているのに、恥ずかしいだけで嫌じゃないなんて。
いえ、恥ずかしくて嫌といえば嫌なんだけど。
コンラッドがふざけているとわかっているから怖くはないけど、ざわざわと背筋を奇妙な感覚が走っていて落ち着かない。
の胸も足も頬も」
人の戸惑いなんて知りもしないでコンラッドは頬にキスを落としてくる。
「気持ちよくて好きだな。やっぱり小さいままじゃなくてよかった」
「そ………それって身体目当てみたいじゃない!?」
とにかく身体を触るのをやめてもらおうと睨みつけたのに、コンラッドはそっと微笑んだ。
「身体は待てば成長してくれるけど、中身まではそうはいかない。だから小さいままじゃなくてよかったって、本当に思うよ」
やっていることは全然爽やかなんかじゃないのに、その笑顔だけは本物で戸惑いが大きくなる。
そんなときにちょうどコンラッドが右手を動かして……触られすぎて変に感覚が鋭くなってたんだよね!?そうだと言って!
「あっ………」
鼻にかかったような、変な声が漏れた。
「………
嬉しそうに、楽しそうに名前を呼ばれて泣きたくなるくらい恥ずかしい。
コンラッドの顔があんまり嬉しそうに緩んだものだから、意地でも上からどかしてやると暴れただけです。
かなりの勢いで足を振り上げたのはわざとじゃなくて、その一環で。
振り上げた足がコンラッドの足と足の間に入ったことも、わざとじゃなくてその一環で……。
確かに、有利と夕食を取ることはできなかった。
だって、うずくまるコンラッドの腰をずーっと軽く叩きながら擦ってたから……。



ちなみに、日本に帰ったら新たな疑惑が湧きました。
「ゆ……有利………」
「なにー?」
ソファーにだらけたように寝転びながらテレビのチャンネルを変える有利は、その態度と同じくだらけた返事をよこす。
その有利のすぐ側に座って、お父さんが通勤の暇つぶしに買ったという雑誌を眺めていたらある記事を見つけてしまった。
「………有利は女の子の胸、好き?」
ソファーから転がり落ちてきた。
「なななななに!なんの話!?」
「これ、この記事!」
フローリングに落ちたまま起き上がるよりも焦ってどもる有利の顔に、ずいっと雑誌を近づけながら訴えかける。
「胸に固執する男の人はマザコン傾向なんだって!コンラッドがマザコンだったらどうしよう!ツェリ様ってすごい美人なんだもんっ!ツェリ様と比べられるなんてやだー!」
「………お前ら一体どういう付き合い方してんの?」
いい加減にしてくれ、と有利は床に突っ伏した。







……次男の情けない男ぶりはいかがだったでしょうか?(^^;
おまけというより普通の第6話な内容になってしまい臍を噛む思いで一杯です。
思いきれませんでした…がくー。なのでせめておまけにもおまけをつけてみました。


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