「あのさあ、。コンラッドはチョコクッキー食べてないんだ」
有利が顔色も悪くそう言って驚いた。
「え、そうなの?」
てっきり村田くんのを摘んだと思ったのに。
とっさにコンラッドを見上げると、力のない笑顔で、眞魔国に到着したばかりでびしょ濡れのわたしの背中を押して脱衣所に押し込めた。
「着替えは俺が持ってくるから、は冷えないように風呂に入ってて……陛下、いいですよね?」
「え、あ、な、何が?ああ、おれ専用風呂だから?いいよ、当たり前だろ。、ゆっくり温まっとけよ」
なぜか有利が非常に動揺していて、目の前でピシャリとドアを閉められてしまった。



理由を教えてくれたのは村田くんだった。
「鈍いねー、。バレンタインだよ?ウェラー卿が地球にいたのはアメリカが主だ。バレンタインの欧米文化を考えてみなよ」
有利は仕事で、コンラッドもその護衛で、ヴォルフラムもついて行っちゃってて、グレタはお勉強の時間だと行ってしまった。
一人でどうしようと迷っていたら、どこかに行っていたらしい村田くんが有利の部屋まで来て、僕と二人でお茶でもしようと誘ってきた。
それは名案とついて行こうとしたら、有利が非常に慌てて止めてきて、村田くんが笑顔でこう言った。
「じゃあ渋谷は、やることもないのにに一人でぼうっとしてろって言うんだね」
「いや、そうじゃなくてさ!いいい、一緒にいればいいじゃないかっ!おれと!……っていうかコンラッドと!」
「仕事してる横で静かに待ってても暇だろー?ちょっとは妹離れしなよー」
じゃあねーと村田くんが笑ってわたしの背中を押して有利の部屋を出て、今はわたしの部屋でお茶の時間となっていた。
そこで、ようやく有利とコンラッドの妙な態度の理由を教えてくれたのだ。
「日本と一緒でしょ?恋人同士で贈り物をするの」
「一緒じゃないよ、全然違うよ。アメリカとかじゃ別に贈り物はチョコとは決まってないし、君も今言ったじゃないか。『恋人同士で贈り物』をする日だよ。義理チョコなんて文化はないんだから」
「あ、そうか」
……ということは?
「だからね、ウェラー卿としては恋人の自分には何にもなくて、僕にだけお菓子を贈ったことになるんだって」
「それであんな変な顔してたんだー」
それは悪いことをした。
わざとじゃないし、結果的にそうなっただけというのはコンラッドも判っているだろうけど、事情と心情は別物だよね。
「じゃあ今からお菓子でも作ろうかな」
「名案だね。ウェラー卿だけのために作ってあげなよ。グレタ嬢とフォンビーレフェルト卿は一応、僕のをおすそ分けしたからいいだろう」
「そうだね。コンラッドだけ特別にした方が良いね」
それならむしろ、日本で作ったみんなと同じココアクッキーよりもいい気がする。
そう思って早速厨房に行くと、そこは戦場だった。
みんな右へ左へと走り回り、怒号と悲鳴が飛び交っていて、とてもじゃないけど厨房の一角を使わせてもらえる雰囲気ではない。
驚いたのはそうなっている理由。
「ギュンター閣下から、今日は特別に豪勢な夕餉にせよとご命令があったんです。なんでも陛下と殿下がいらっしゃる地域では、周囲の仲の良い者とお祝いをする日だとか。それは是非とも盛大に祝わねばと、とても張り切っておられるようですよ」
しかも大切な記念日だから国中の高級料理から珍味まで用意しろと今日になって突然言われて、できるかぎりの用意をするために大変なことになっているようだった。
「バレンタインが……しかも日本風のバレンタインが微妙に曲がって伝わっているような気がする……」
廊下を戻りながら呟くと、村田くんが肩を竦めて頭を掻いた。
「僕の説明の仕方が悪かったかなー」
「村田くんが説明したの!?」
「うん。ほら、ウェラー卿がちょっと落ち込んでるから、フォンクライスト卿が不思議がっててさ。それで一から説明したから、こんがらがっちゃったのかもね」
「うー……どうしよう……お菓子が作れないなら、何か別のプレゼントを用意しなくちゃ」
「花でも贈ったら?血盟城には綺麗な花がいっぱい栽培されてるんだし」
「うーん……でもそれって、有利の花を分けてもらったってことになるよね?それはちょっとなー……城の外に買い物に行けないかな?」
「それは、渋谷もウェラー卿も渋るんじゃない?ウェラー卿は渋谷の側から離れられないから、君が城下に行くのに護衛できない」
「だからー、こっそり、ひっそり」
「一人はマズイよ。仕方ないなー、僕が付いていってあげるよ。そしたら、僕の護衛役も一緒に付いて来るしね」
「ちょっと待ってください猊下!」
後ろから急に声をかけられて驚いた。
ヨザックさんが青褪めてストップとでも言うように手を突き出している。
「びっくりしたー。ヨザックさん、いきなり大声で登場しないでくださいよ」
「す、すみません姫。でもオレずっと後ろにいました」
「え……?」
「ちょっとしたゲームをしてたんだ。どこにいるのか僕にはわからないよう警護して欲しいって。ほら僕も今じゃ日本の一般家庭で暮らしてるから、四六時中護衛がついているのって、時々気詰まりしてさー」
「ああ、それは判るかも」
「四六時中って猊下、今朝到着されたばかりじゃな……」
ヨザックさんが小さく呟くと、村田くんが目を細めて振り返った。
「なにか言ったかな、ヨザック?」
「ナンデモゴザイマセン。……ですが姫、ウェラー卿に一言もなく城下に降りるのはオレは感心しませんよ。隊長はそんなことしてまで贈り物は欲しくないと思います……特に猊下と一緒になんて」
「僕と一緒だと何か問題が?」
「イイエ……」
蛇に睨まれた蛙状態のヨザックさんに、わたしは唇を尖らせて不満を漏らす。
「でも、じゃあコンラッドに何を贈ればいいと思います?ぐずぐずしてたら日が落ちて、それこそ城から出れなくなっちゃう」
「いえ、だから贈るのを諦めれば……」
「だって……それじゃ、村田くんにだけ贈ったことになって、コンラッドも面白くないと思うし」
「猊下と買い物に出かけるよりは……」
「ヨザック〜?」
村田くんが一歩近付くと、ヨザックさんは一歩後ろに引いた。
一歩近付く、一歩退く。
……楽しそうに遊んでいる。
「もう、いいですよ。一人で行ってきます」
「それが一番ダメです!えー、ほらー、えーと、プレゼントなら、ほら、姫が一緒に過ごすだけでも隊長には充分プレゼントですよ」
「そんなのこっちにいるときはいつものことで、プレゼントでも何でもないです」
「じゃ、大喜びさせてあげればいいじゃないですか」
「だからどんな方法が……」
「あれですよ、『プレゼントはあ・た・し』ってやつとかー」
なーんちゃって、と誤魔化すように笑ったヨザックさんに、わたしと村田くんから冷ややかな視線が送られた。
「コンラッドの冗談より寒い」
「姫、ヒドイっ!」
「今の発言を渋谷に教えようか。グリエ・ヨザックは婚前交渉を勧めてますーって」
「それだけは勘弁してください!猊下っ!」
村田くんの指摘に、一人でギクリとしてしまった。
有利には内緒だけど、もうコンラッドとそういうことはしっちゃってるんだよねー。
たぶんきっと、誰にも気付かれてないと思うんだけど……。
う、もし誰かが知ってるかもと思ったら恥ずかしくて廊下を歩けない。
大丈夫、大丈夫。たぶんきっと大丈夫。だってエッチしたあとのベッドとか服とかは、コンラッドがいつも片付けてくれてるもん。
だから大丈夫と気を取り直して街に行きたいと言おうとしたときだった。
「ここにおられたましたか、殿下〜」
廊下の向こうから髪をなびかせる勢いでギュンターさんが走ってきた。
「ギュンターさん、お久しぶりです」
「はい!本当に……殿下にお会いできない日々のなんと長くつらく苦しいことか!私は遠く離れた殿下のご無事と健康を日々眞王廟の眞王陛下へ祈りながら、涙に暮れる一日を過ごすのです……嗚呼ですがもう殿下がご帰還されたのですからそのような日々とはお別れです。おいでませ、薔薇色の日々よ!」
いつもながらハイテンション過ぎてついていけない。
微妙に後ろに下がって村田くんを盾にしながら、流れるような演説を聞いていると、その村田くんが咳払いで割り込んだ。
「それで、フォンクライスト卿は一体なにがしたくてを呼び止めたんだい?挨拶だけならもう済んだよね。彼女、ちょっと用事があるんだけど」
「そうでした……失礼致しました、猊下。猊下にお教えいただいた『ばれんたいんでー』なる本日の宴で殿下がご使用になられる衣装を今から選ぶべきだとコンラートが主張いたしまして。そうです、今日の宴は特別ですからね!何しろ本日の宴に出席するものは、陛下と猊下と殿下と親しい者、と……認定されるわけですから!」
「ウェラー卿が……?ウェラー卿にバレンタインの話をしたの?」
「コンラッド、勘違いを訂正しなかったんだ……」
「そういうわけで、あまり着飾ることを好まれない殿下が失礼ながら逃走されないよう、部屋へお連れするようにとコンラートに依頼されたのです。忙しいのは私もコンラートも同じですが、私が説得すれば殿下は部屋に戻られるからと!嗚呼、コンラート!あなたはやっぱり私のことをちゃんと理解していたのですね!素晴らしい教え子ですっ!殿下はどのような衣装がよろしいですか?やはりあの薄い翠のゆったりとしたラインのドレスがよろしいでしょうか。それとも赤いスレンダータイプのドレスが……し……しかしあれは身体の形がわかっ……」
「ギャー!ギュンターさん、血、出血してますっ」
「これだけでそこまで興奮できるのも、ある意味才能だねー」
「閣下を信頼したというより、姫が恐れをなすことを期待したんだと思うんですが」
「じづれいじまじた。でんが、おべやべ」
「も、戻ります、戻りますからっ」
鼻から下は赤いのに血の気が引いて顔の上半分が青いという恐ろしい顔色に、村田くんから更に後ろのヨザックさんの後ろまで引いて何度も頷いた。
「うーん、敵もやるなぁ……」
村田くんが顎を撫でながら唸っていた。敵って誰?


結局、わたし付きの侍女のエリスさんと応援にきたギーゼラさんに、パーティーのギリギリまで衣装をとっかえひっかえされて、買い物に行く時間がなくなってしまった。
これまた二人が特に念入りにとコンラッドに頼まれていたらしく、これもいいあれもいいと衣装をひっくり返すし、わたしはわたしでバレンタインデーであまり着飾るのも大袈裟すぎで嫌だということもあって、ようやく決まったのが、今着ている淡い青色のドレスだった。
いつも正装するときのようなかっちりしたものじゃなくて、どちらかというとカクテルドレス。
細い肩紐だけで胸元が大きく開いているけど、上から同色のボレロを羽織っているからそんなに肌は見えない。フレアスカートがゆったり広がっていて裾から白いレースが覗くようになっている膝丈のもの。髪は項でまとめて、その上に白い花をいくつも飾っていて、靴は髪飾りに合わせて真っ白なローヒール。
「ギュンター閣下はとても張り切っておいででしたよ?」
もっと飾りたがっていたエリスさんに残念そうに言われて、ぶんぶんと首を振った。
「そもそもバレンタインがちょっと違うんです。みんなで祝うんじゃなくて、恋人達の日で……」
「あら、でしたらコンラート閣下のためにもう少し……」
「もう時間がないのでっ」
そう言って逃げてきたわけだけど。
、一人でどこに行く気かな?」
廊下を走っているところで、コンラッドが笑いながら声をかけてきた。
「う……わぁ……」
コンラッドの正装は白い軍服だとは知っていたけど、今日は髪まできっちりと後ろに撫で付けて固めて本当に完璧な装いだった。わたしなんてカクテルドレスなのに。
カッコよくてつい見惚れていたら、コンラッドが小さく笑ったので慌てて裾を払ってみたりしてぼけっとしていたことを取り繕う。
「ぐ、偶然だね。一緒に行こうか?」
「偶然じゃなくて、エスコートに行くところだったんだ。廊下を走ってくるからびっくりした」
「だ、だって……エリスさんとギーゼラさんが……」
まだ飾ろうとして、と言おうとしたものの、コンラッドの正装を見ているとなんだかわたしの格好は手抜きのような気がしてきた。
「今日はギュンターさんが勘違いしたパーティーって知ってるでしょ?どうしてそんなにバッチリ決めてるの?」
「パーティーは勘違いでも、バレンタインなら俺にとってはのための日だから」
「どーしてコンラッドはそんなことさらっと言えちゃうのー!?」
恥ずかしくなって両手で頬を押さえたら、コンラッドは小さく笑って手を差し出してきた。
「お手をよろしいですか、俺の姫君」
「……はい」
差し出された手の上に手袋をはめた手をそっと置くと、緩く握ってコンラッドがエスコートしてくれる。
「ごめんね、コンラッド」
「え?」
「バレンタイン、なにも用意できなかったの」
「ああ……いいよ、用意しなかったんじゃなくて、持ってこれなかっただけなんだろう?」
「うん、でも何か村田くんにだけ渡したみたいになっちゃったし……」
「……いいんだ、それは……仕方ないからね」
笑顔でそう言ってくれたけど、コンラッドはちゃんと正装してのにわたしはカクテルドレスだし、なんだか納得いかない。
「ホントは何か作ろうと思ったんだけど、厨房は大変そうで借りれなかったし、買い物に行こうと思ったら、ドレス選びで足止めされちゃたし……」
「城下に買い物に行くのはだめだよ」
「一人じゃないよ。村田くんがついて来てくれることになってたの。そしたらヨザックさんも一緒だったし、問題ないでしょ?」
「……猊下と……いや、やっぱりその気持ちだけで俺は嬉しいから」
なんてコンラッドは笑ってくれるけど……。
「うう……納得できない……」
「だからいいよ。がそれだけ俺のことで悩んでくれるのが嬉しいから」
やっぱりコンラッドは笑顔で。
ぴたりとわたしが足を止めると、コンラッドも驚いたように立ち止まった。
?」
「あ、あのね、あの、あの……プ、プレゼントなんだけど……」
俺は……」
「わ、わたしじゃダメ?」
昼間のヨザックさんの提案には冷ややかに対応したけど、だってだって、何もしないままってやっぱりその、でもなんて言うか……そんなのプレゼントになるの?
言ってから、不安になってそろりとコンラッドを見上げると、唖然としたように口を開けて固まっている。
「ご、ごめん……なさい……えっと……今のは……」
居たたまれなくなって、どう言って誤魔化そうと両手を握り合わせて廊下に視線を落すと、両手をがしりと握られた。
「いいの?」
「え……?」
「本当にをもらっていいの?」
「え、あの……」
ものすごく真剣な顔でコンラッドが迫ってきて、ちょっと後ろに逃げてしまった。
「えっと……い、今更な気もするんだけど……」
「そんなことはない。だってそれは、から誘ってくれたってことだよね?」
「え!?えーと……うーんと……そ、そういうこと……かな?」
ぱあっとコンラッドの表情が明るくなって、喜んでもらえて嬉しいのか、そんなので本当にいいの?というか、とにかくすごく微妙な気持ちになった。
「じゃあ今すぐに……」
「え、でもパーティーは!?」
コンラッドがわたしの手を握って大広間じゃなく部屋の方に向かおうとしたので驚いて後ろに引っ張る。
「バレンタインはそもそも恋人の日なんだから、こっちが優先」
「そ……」
そういうもの?
でもコンラッドに喜んでもらうのが優先かなあと引かれるままに歩き出したら、後ろから呼び止められた。
「二人ともー、どこ行くの。もう始まるよー」
「あ、村田くん……」
ちっと舌打ちが聞こえた気がして振り仰ぐと、コンラッドは爽やかな笑顔で村田くんに答えていた。
「ええ、今行きます」
舌打ちは……気のせい、よね?
もう一度方向転換して、有利とは違うタイプの学ラン姿の村田くんの方に戻る。
いいなあ、有利と村田くんは正装があれだから迷うことないよね。
村田くんはわたしたちが会場に向かうことを確認すると、にっこり笑って先に大広間に歩き出した。
「コンラッド、後でね」
その方が、有利も探しにこないし。
そう付け足すと、コンラッドは握り合っていた手にぎゅっと力を入れて微笑んだ。








あまりに気の毒な次男の為に、バレンタイン話に付け足してみました。
そしたらとても幸福になりました(^^;)
きっと次男は早くパーティーを切り上げたくてたまらないでしょう。
細かい事情は知らなくても、大賢者は引き延ばしに掛かる気がします(笑)


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