は無駄だと言ったけど、結局おれは今回、村田大賢者の通う学校からスタツアすることができた。
みろ、何事もチャレンジなくしてどうする。
最悪だったのは呼び出された場所で、よりによって下水道の中。そこで魚人姫とかいう、マグロに人の足が生えた種族と触れ合ったりしたが、いつものギュンター・ヴォルフラムコンビの迎えと一緒に血盟城に戻れば、国際情勢で大問題が勃発しているという。
人間の国でも最大勢力を誇る大小シマロンのうち、小のほうが二千年前に鎖国したきりだった聖砂国とかいう国と国交を開くという話だった。国同士が仲良くして何が悪いのかと素人意見を出したら、その同盟が成立すれば、眞魔国が危ういとか叱られる始末。
グウェンダルご自慢の諜報員がもたらしたその情報を、十貴族が集まった緊急会議の席でアニシナさんが真偽を確認しないまま騒ぐとは、だから男は愚かだとぶち上げてくれたお陰で、じゃあまずは真偽確認だと、かの国に特使を派遣することになった。
そこで満場一致で選ばれたのが、ギュンターだった。
おれはいつものギュンターしか知らないから大丈夫なのかと心配したのに、あの男に辛辣なアニシナさんまで「考えてみれば適任」とか言うし。
おれも行きたいと言ったけど、危ないという理由で却下されてしまった。
だから、独自に食料の中に隠れて使節団の船に密航するという作戦を決行したんだけど、なぜか船に弱いヴォルフラムもついてきて、二人で密航した。
船の中では船員に転職していたダカスコスの協力を得て途中まで完全に隠れていたけど、小シマロンの巡視船に撃沈された難民船の子供を救助したことで、ギュンターにも密航がバレてしまって、それでもヴォルフと二人、一緒に上陸することをどうにか許してもらった。
眞魔国全権大使、フォンクライスト卿ギュンターの専属料理人として。
魔王として訪問すると、最悪の場合人質にされるというのがギュンターの考えだからだ。
おれは大袈裟だと思うんだけどね。
それでも、おれはどうしても行かなくちゃいけない。
難民の子供達を助けるまでは、「行きたい」だった気持ちが、彼らを助けた時に「行かなくては」に変わったんだ。
だってその双子は、聖砂国出身者の神族で、おれが聖砂国に送り届けさせたジェイソンとフレディからの手紙を携えてたからだ。
海に落ちて水に濡れたせいでほとんどの文字が消えかかったその手紙からは、辛うじておれの名前と、謝っている言葉、それから「ベネラ」という単語と、その土地か人かを助けてということが読み取れた。おれに名指しで助けを求めたのだ。
自分達の血をインクに、爪で書いたんだろうとダカスコスが予測した手紙。
一体、二人はどんな状況にいるんだ?ベネラってなんだ?
聖砂国に行きたいというのは、あの子たちの願いだった。
でもおれは、間違えた。
あの子たちを連れて行くなら、たとえそれが本人の希望でも、どんな国かを調べてからにしなくちゃいけなかったんだ。
二人に、途中で手を離さないと約束した。
だから、おれは聖砂国について、知らなくちゃいけない。
小シマロンで、何でもいいから聖砂国について知ることができるなら、おれはどうしても小シマロンの王に会わなくちゃいけない。



094.零度の関係(1)



今回は公式訪問ということで、おれたちが乗った「うみのおともだち号」が誘導されたのはサラレギー記念軍港という場所だった。
ここから首都サラレギーまでは、馬車で二十日ほどかかるという。
日に何度も馬車を乗り換えたとしても、短縮できるのはその半分くらいまでらしい。
十日ほどかかる日程は、馬ならもう少し速いらしいが生憎おれが馬に乗れても走らせられないし、全権特使は慌てず騒がず、馬車なんかで優雅に進むべきらしい。
軍港を出て一日目、日が落ちて入った宿がこれまた上等で、これまでおれが体験したどの旅よりも優雅だ。まるで旅行グルメ番組のレポーターにでもなった気分。
法力酔いのひどいヴォルフラムとギュンターは、上陸してからずっとグロッキー状態で、おれがひとりだけ元気だった。
一晩明けて、出発までまだまだ余裕があるし、二人はまだグロッキーだし、暇を持て余してホテル探索に出かけたおれは、首尾よく混浴風呂を見つけて、まあお年頃として興味本位で入ってみた。
どうせご婦人がいるとしても、きっと一昔前はおねーさんだったという人ばかりだろうと思いつつも入った先で、居たのがおねーさんもどきだとはさすがに思わなかったよ。
「なあ、ヨザック」
「いやん陛下。もどきだなんて、そんな冷たいこと仰って」
女装が好きなお庭番は、気持ち悪く身体をくねらせて可愛く見えるように抗議した。いや、あんたのその体型で、風呂に入ってたらさすがに女性のふりは無理だから。
おまけにここは羊混浴風呂。毛の塊があちこちで温泉に浸かっている。そう、正しくは男女混浴ではなく、雌雄混合風呂だったのだ。
「そっかー、小シマロンの外交政策の情報を掴んだの、あんただったんだね」
「そうですよー。だってオレってばグウェンダル閣下からの信頼も厚い、眞魔国随一の敏腕諜報員ですからね。オレ以外にはこんな極秘情報、掴めませんて」
実力に裏打ちされた自信を持つ男というのは、格好いい。その理想的筋肉とともに、自信もおれに分けてほしいくらいだ。
「それにしても、真偽を確かめる全権特使って、オレの情報を信じてもらえないなんて」
「いや、主に疑ったのはアニシナさんでさ。それなら一応ということで」
「ありゃりゃ、アニシナちゃんかー。じゃあ仕様がないですかねえ」
「アニシナちゃん!?」
あの姉御と呼びたくなるようなアニシナさんをそんな風に呼ぶ人は初めて見た。おれよりよっぽど怖い者知らずがここにいる。
「まあ来ちゃったものは仕様がないですから、その後の調査の報告をしましょうかね。例の小シマロンの急進的外交政策なんですが、実は国内に反対派がいましてね。その反対派がまたショボいんですが、逆にショボいせいで尻尾が掴めないらしいんでよ。ですが反対派も地下に潜ってばかりでは政策が進む一方ですから、近々行動に出るだろうと予測されてましてねえ。実は現在、この国はかなり緊迫した状況なんですよ」
「ありゃー……じゃあギュンターの心配は別の方向で当たったのかも」
「閣下の心配ですか?」
「いや、おれがさ、ここにくるのは危ないって散々みんなに言われて、実は密航してついてきたんだよね」
「そんなところだろうと思いましたよ。だって坊ちゃん、厨房服を着て宿に入ったでしょ。ヴォルフラム閣下とお揃いの」
「おれとヴォルフはギュンターの専属料理人という設定で」
「今回は、姫はご一緒じゃないんですね」
ヨザックが何気なく聞いた。
たぶん、何気なくだと思う。
?ああ、は今回、こっちに来てないから……」
言いかけて、ちょっと考えた。
おれはさっさと王都を出たから知らないだけで、も今頃こっちに到着している可能性がある。とおれは、いつも大体前後してスタツアしているから。
「……今頃、王都に着いてるかも」
そして血盟城に着いたらおれが行方不明になっていると聞かされる。
さらにその後、ギュンターからの報せで特使にくっついて行ったことがバレたら……。
「い、今頃怒り狂ってるかも」
「心配なさってるんじゃないですかー?姫ってば陛下命だから」
「心配するから怒り狂うんじゃないか!」
おれとヴォルフがいなくなった後だから、さすがにグウェンが厳しく国を抜け出さないように監視してくれているとは思うけど、キレたらは予想もしない行動に出るから心配だ。
特におれ絡みだと。
「だ、大丈夫かな……」
「いくら姫でも、自力で国外までは追って来れないでしょ。民間に紛れることに成功したとしても、その場合は出国する手続きが色々あるから、姫にはまだ自力では無理ですよ」
「だったらいいけどね……ぶっ」
溜息をついたところで、頭にタオルを被せられた。
ってこれ、さっきまでヨザックが局部を隠してた濡れタオル!?
「き、きたな、汚いだろ!?」
慌てて外そうとしたのに、タオルごと頭をヨザックに押さえられる。
その時、足音が聞こえた。
誰かが入ってきたんだ。
タオルの隙間から見えた光景に、思わず鼻を押さえる。
優雅な足取りで、透き通るような白い肌の華奢な四肢が湯船に入ってくる。
わー!期待はしてたけど。
わー!女の子!?
心臓がバクバクと激しく鳴る中、長い髪を結い上げた三人目の客は短く鼻歌を歌ったあと、喉仏を揺らして女の子みたいな声で言った。
「風呂はいいねぇ」
……あれ、喉仏……?
「おーとーこーかーよぉー」
「やあね、あたしがいるじゃなぁい」
肩を落としたおれの背中を、グリ江ちゃんが撫でてくれた。だからあんたも男だろ。
三人目の客は、細い首を傾げて微笑みかけてくる。見ると風呂場だというのに、薄く色のついたメガネをかけていた。
疑問が顔に出ていたのか、笑みを浮かべたまま説明してくれる。
「ああ、わたしの目は光と熱に弱くてね」
「そ、そうなんだ?」
じっと見ていて失礼だったかと視線を逸らす。
他愛もない雑談をしながらじっくりと見てみたが、溜息が漏れそうなほどの美少年だ。
美少年には慣れているはずだが、ヴォルフラムとは対照的な美少年だった。ヴォルフは意志が強そうで、躍動感に溢れている、太陽の光が似合いそうな美少年。
だが、目の前の少年は月の光が似合いそうな、窓辺で詩集でもめくっていそうな儚げな感じ。
「わたしのことは、どうぞサラと呼んでほしい」
話の途中で名前に詰まると、そんな風に微笑んで自己紹介をする。
「サラ?」
女の子みたいな名前だと言いそうになって詰まったことをどうとったのか、サラは続けて語った。
「そう。そのほうが親しくなれた気がするから」
「えっと、おれは……」
とっさに、本名を名乗っていいものか考える。名乗ったからと言ってバレる可能性が高いわけじゃないけど、ここは無難にいくか。
「おれはクルー……」
「ユーリ陛下」
美少年のサラは、にっこりと悪戯っぽく微笑んだ。
ぎくりと肩が揺れる、それすら見逃さなかったようだ。
「そうでしょう?名乗っていただくまでもない。あなたはわたしにとって最高の賓客だ。まさか、陛下ご自身で我が小シマロンをご訪問くださるとは、思いもしなかった」
「だ……」
誰だ、と言いかけて疑問を飲み込んだ。
そうだ、相手は先に名乗ったじゃないか。
サラ。
この大国を我がものと言い切る、おれと同年代の少年王。
聞いた話じゃ、小シマロンの王はおれのひとつ年上、十七歳。
その名前は、軍港や首都と同じ。
サラレギー。
ヨザックがすごい勢いでおれの腕を引っ張って、水圧の抵抗なんて、なんのそので背後に庇う。
「おれの、名前を……?」
「見るものが見ればね、高貴な人というのはすぐに判るんだよ。双黒の魔王陛下」
落ちかかる長い髪を耳にかけて、小シマロン王サラレギーは綺麗に笑った。








有利も既に小シマロンに到着していました。同じ情報を携えて、別々の場所にいる二人です。


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