有利の超魔術を魔術ではなく法術ということにしておいて、消火活動にあたっていたシマ

ロン兵を脅しで追い払った。村田くんには舌先三寸という言葉がよく似合うと思う。

フレディとの約束を守るため、時間が惜しいことはわかっていたけど、護衛としてついて

きているドゥーガルド兄弟が追いつくのを待って、子供たちを託した。

既にサイズモアさんとダカスコスさんの班は別行動でランベールに向かっているらしく、

ドゥーガルドの隊は子供たちの数から言ってもここから引き返してもらうしかない。

「んもー、これでまたオレのか細い両肩だけに、やんごとない方々の護衛の任がかかる

のね」

ヨザックさんは、苦笑しながら軽くそう言った。






073.尽きない疑問






ヨザックさんが戦うことよりも守ることを優先した結果、マキシーンはまた逃走に成功した

わけなんだけど、人数合わせだったとしても、チームメイトのジェイソンとフレディがいなく

なったので、自動的にリタイヤということになる。

夜が完全に明けきる前にもう一台、故障中の車を抜かし、時間のロスにも関わらず首位

に立つことが出来た。

「よし!このままゴールするぞ!」

有利の気合に、ヨザックさんが軽く笑う。

「そういきたいところですね。ところで首位に立ったところで、陛下と閣下は一眠りされて

はどうです?さっきまで神族に囲まれてさぞやお疲れでしょう」

「え、いやおれは……」

「寝ておいたほうがいいよ渋谷。せっかく一位でゴールしても、次で負けたら意味がない

んだからさ。それに、フォンビーレフェルト卿はもう半分お休み中だ」

「え、いつの間に」

御者台の有利と場所を変わるべく、わたしが立ち上がってスペースを空ける。この狭さで

二人寝転んだら、もういっぱいだろうし。

村田くんも一緒に移動してきて、今度は御者台の方が狭いくらいになった。

魔術も使ったし、神族に囲まれていたし、やっぱり疲れきっていたのか、有利は荷台で横

になって早々に眠りに落ちた。

「猊下と姫は大丈夫ですか?」

「んー、まあね。僕とはあまり法力の影響を受けないから」

昼間になったけれど、先のコースが見えるに越したことはないと、有利に変わって望遠鏡

を覗きながら、村田くんはごく簡単なナビをしてすぐに望遠鏡を下ろした。

「しばらくは平地が続く。まっすぐで大丈夫だ。……、実はさっきちょっと気になることが

あったんだけど」

「なに?」

ギュウギュウの御者台で、縁につかまってできるだけ村田くんから距離を開けつつ返事を

すると真面目な顔にちょっと苦笑を浮かべた。

「あのね、そんなに嫌がらなくても」

「ごめん、もうこれ条件反射だから」

「……落ちないようにね。それで、気になったのはさっき渋谷が魔術を使ったときのこと。

今度は引き摺られなかったみたいだけど」

手綱を握ったヨザックさんが横目で視線を向けて、またすぐに前を見た。

魔術を使った有利の様子がいつもと違うことは、みんな気にしている。

「うん、少しも感じなかった」

「ギルビット邸では、君も一緒に魔力が尽きていたのに、今度は渋谷だけだ。雪が降って

水気があった分、あの時よりも消耗が激しくなかったのはわかるけど、そういう問題では

なさそうだしね……ちょっと予定外の展開になっちゃったなあ」

「わたしがいれば、魔術を使っても有利の消耗が最小限で済むかもって言ってたこと?」

「そう。魂の繋がりはそう簡単に断ち切れるものじゃないから、一時的に渋谷が遮断した

んだと思うけど……問題は、渋谷がそうしようとしてやったわけじゃないだろうから、この

まま遮断し続けることになると困るという話」

村田くんには言えないけど、本当は村田くんの意図的に繋がっていると言う話には少し

疑問があった。

だって、前世の人は魔力をむやみに使うなと言ってたのに、有利と魔力が繋がっている

から、今まで何度か引き摺られている。これは、彼女が言っていたことに矛盾すると思う。

それとも、有利がこうも頻繁に魔術を使うこと自体が彼女たちの計算外なんだろうか。

それならわかる気もするけど……。

「村田くんの考えで行くとわたしは有利の魔力の、いわば貯水庫みたいなものだよね」

「まあ、ぶっちゃけ言っちゃうと、そういうことだね……でもそれなら、少しは判る気がする

んだ」

「なにが?」

「君と僕が、第二七代魔王の側に、同時に配置されたことが」

さっきからヨザックさんがちらちらと、視線をよこす回数が増えている。

「ただでさえ渋谷の魔力は歴代の王の中でも強大なはずだ。そこに僕がいる。僕は彼の

魔力を増大し、より破壊へ適したものに変質させる。その上で、君だ。君もまた稀なほど

に強い魔力の持ち主だ。その魔力は、渋谷に提供することができる。この意味はわかる

だろう?」

有利が強い魔術を使った場合、村田くんがその威力を高め、消耗した分はわたしが補給

するから、より多くの大きな魔術が使えるという話なわけ?

「でも、どうしてそんなに大きな力が必要なの?有利は永世平和国家にしてみせるって

意気込んでいるんだから、戦いになるわけはないのに……」

「それは、渋谷の意気込みだ。君たちを繋げた者の思惑とは違う」

「……眞王陛下は、戦争をしようとしているってこと?」

今度はヨザックさんが完全にこちらを向いた。こんな気になる話を隣でされて気にするな

と言っても無理だよね……ごめんなさい。

「ああ、ごめん。ナビを続けるよ」

わかっているくせに、村田くんがわざとそう言って望遠鏡を覗き込んだので、ヨザックさん

は慌てて前を向く。

望遠鏡を覗き込んだまま、村田くんは話を続けた。

「それはわからない。でも、彼は戦いの空しさは身に沁みてわかっているはずなんだ。

創主との争いで大切な者を失ったからね。わざわざこちらから戦争を起こそうと考える

はずはないんだけど……」

村田くんは首を振って、溜息をついた。

「一度、問い質してみる必要があるな。素直に話し合いに応じてくれればいいけど……

たぶん出てこないだろな……あ、この先に溝があるよ。ちょっと右に針路変更……って

ことで、ダメモトでいいから、君も瞑想とかしてみてよ」

それは前世の記憶を呼び覚ませということですか。ごめんねー、わたしも前世のことは

会話じゃないとわかんないのよ。

……真剣に、あのとき暗い穴に映った彼女を引き摺り出したい。





有利たちが起き出して、また居場所を交代した辺りでヨザックさんが振り返った。

「もうそろそろ終点が近いはずですよ」

「マジで!?じゃあ、一位になれそうなんだ?」

ヴォルフラムは水を飲んでようやく目を覚ますと、荷台から後ろを覗いた。

「……後ろに砂煙が上がっているぞ」

「追いつかれそうか!?」

村田くんが望遠鏡を有利から受け取って後ろを見る。

「全体的に赤っぽい集団だと思ったら……すごいよ、渋谷。あれ人力だ」

「噂のマッチョか!?」

ちょっと見たいと村田くんから望遠鏡を返してもらって覗き込んだ有利は、青い顔でそっと

手を降ろした。

「見るんじゃなかった……」

一体どんなことになっているのか、聞きたいとは思わない。

「野蛮だな、靴くらい履けばいいのに」

「いやヴォルフ、ツッコむところが違う。そうじゃなくて……相手はソリだな。スピードを少し

でも落せば追いつかれる」

「曲がりますよ坊ちゃん方、しっかり掴まって、振り落とされないでくださいね!」

有利の言葉が効いたわけではないと思うのだけど、ヨザッックさんは猛スピードのままで

九十度の直角カーブを曲がる。

御者台まではともかく、車組みは横倒しになるんじゃないかという恐怖と共に、カーブ外側

に向かって吹き飛ばされた。

「ら……乱暴な……」

「ぎゃー!ヴォルフラム、どこ触ってんのよっ!」

幌に手をついて身体を起こそうとしたヴォルフラムの手が、よりによって人の胸を鷲掴み

にしたので思わず突き飛ばしてしまった。ヴォルフラムは反対側の幌まで吹き飛んで頭

をぶつける。

「ここまですることはないだろう!」

「するよ!サラシ巻いてるからまだいいけどさ!」

「ゴールが見えたぞ!」

前にいる有利はこっちの騒ぎよりも、いよいよ見えたゴールの方に集中している。

「お、沿道の人々がなにか叫んでるよ。旗も振ってる。マラソン選手にでもなったみたい

な気分だな」

「ユーリ、お前まさか歓迎や激励だと勘違いしてないだろうな」

ヴォルフラムはぶつけた頭を擦りながら、幌から顔を覗かせて外を確認した。

途端に、顔を引っ込める。

白い球体が外から飛び込んできて、ヴォルフラムの顔がさっきまであったところにぶつ

かって割れた。白い殻と薄黄色い半透明の液体が幌を伝って流れ落ちる。

「く、腐った卵だ。嘘だろ、なんでこんな嫌がらせ」

「忘れるな。ここは眞魔国じゃない。シマロンだ。しかも王都ランベールだぞ。こいつらは

大シマロンと小シマロンでの決勝戦が見たいんだ」

「他国は邪魔ってことだね。渋谷、ここはアウェーなんだよ。野球でいったらビジターなん

だって」

「ビジターでも敵の攻撃中は静かに見守るさ。パ・リーグならね」

有利を荷台の方に引き込んで、羊の操作のために逃げるわけにいかないヨザックさんに

は申し訳ないけれど、毛布をかけて我慢してもらう。

「それで坊ちゃんたち、結論は出ましたか!?優勝しちゃっていいのんですか?」

「するさ!」

有利が断言すると、ヨザックさんが鞭を打つ。

羊たちがスピードを更にあげて、最後の直線を走りきると、石造りのゲートが見えてくる。

色々なものが降り注ぐ中、羊たちは戦意喪失することなく全速力でゲートに駆け込んだ。

ゲートを潜った途端、雪が途切れたせいで石畳の上を走る激しい音が反響する。

猛スピードの羊たちが止まったときには、ゲートは遥か遠くになっていた。

後ろで柵が降りてきて、ゲートを封鎖する。

同時に、こちらの回りは十人以上の大シマロンの兵士に取り囲まれていた。

「……二人多いな」

「重量が軽すぎるから、錘になれってニルゾンで係りの方に積み込まれましたー」

村田くんがひらひらと手を振って言うと、言い方が気に入らなかったのか、態度が気に

食わなかったのか、ムッと顔をしかめつつも兵士が持っていた槍で床を鳴らした。

「貴様等は速部門で優勝し、決勝戦に進む権利を得た。降りろ、きりきり立ませい!」

「怒鳴らなくても降りますよ」

さっきから不公平すぎてスポーツマンシップに欠けるとご立腹の有利はぶつぶつと言い

ながら立ち上がって、少しふらつく。

「有利っ」

「いや、平気。ちょっと羊酔い……かな。車酔いだっけ?それだけだって」

慌てて支えたわたしに、有利は弱く笑った。

「でも……」

「早くしろ!知・速部門の首位が到着したことは、既に会場に伝わっている。長くかかれ

ば二万もの観客が暴動を……いや、陛下をお待たせするつもりか!」

さすがに国際大会だけあって、国王自らの観覧らしい。

景品が何でも望みを叶えるという国主催のものだから当然かもしれないけれど。

「え、今すぐ決勝?こっちは野宿して疲労もピークなのに」

「それが狙いなんですよ」

先に降りていたヨザックさんが、有利に手を貸して車から降ろしながら小声で囁いた。

「間違っても他国に勝たせるわけにはいきませんからね、こっちを不利にしておいて、

確実に叩きのめすつもりなんです」

「……やっぱりやな感じ」

有利が小さく呟いた。







とうとうテンカブの決勝戦までやってきました。



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