知・速・技・勝ち抜き!天下一武闘会は、その名の通り三部門の競技でそれぞれの力を 競い合うらしい。 まず「知」の部門で順位をつけて、次の「速」の部門のスタートに差をつける。そして「速」 部門はこのニルゾンから大シマロン王都のランベールまで動物に牽かせた車で駆け抜け、 一位になったチームが「技」の部門で武術による勝ち抜き戦を行うということだった。 対戦相手は前回優勝チームということで、大シマロンの選手団。優勝チームは無条件で シード権を持っているらしい。事実上、永久シード権を持っているのと同じだった。 そして事前準備が必要なのが、「速」部門の車と牽引する動物。 大急ぎで車と動物を探しに出たものの、馬車をセットで扱っている店はすべて借り手や 買い手がついていて店じまいしている。 フリンが疲れたように溜息をついた。 「それはそうよね、どこの国も必要なんですもの」 登録期限ギリギリに駆け込んだ時点で、既に不利だったわけね。 071.出場の条件 日用品や食料品店ばかりの市場を見回して、有利は村田くんの肩を叩いた。 「しゃーないよなもう。そのカボチャを買って、ムラケンの力で馬車に変えてくれ」 「無理。……渋谷ってシンデレラだったんだ?」 「その場合、がシンデレラじゃねえの?」 「話がズレてるよ、二人とも……」 わたしが溜息をつく横で、ヴォルフラムが軽くつま先で石畳を叩きながら腕を組んだ。 「ぼくの偉大さを思い知らせる提案がある」 「どうぞ!」 有利と村田くんが同時にマイクを握ったような拳をヴォルフラムに向ける。 「ドゥーガルドの高速艇に、上陸用の戦車が一台だけ搭載されているぞ」 「それだ!けど戦車って砲台とかついて重いんじゃないの?どうやって馬の力で牽けば」 「渋谷、渋谷。こっちの戦車で大砲があるわけないだろ」 「あれは軽くて小回りも利くが、とにかく戦車としての内部が狭い。牽くほうの労力が最小 で済む分、乗る側の兵士は我慢を強いられることになる」 「なるほど、居住性が犠牲になってるわけか。どうせ一日や二日のことだから多少狭くて も問題なし!」 「じゃあ後は車を牽く動物だよね」 とはいえ、レンタルできる馬はとっくの昔に出払っていた。 「実行委員会の指定によると四馬力以内になってるの。でも馬はもちろん、牛も筋肉集団 も出払っているわ」 「筋肉集団〜!?」 なんだそれはと地球組が険しい顔をすると、フリンは規定要項をめくりながら指でたどって 確認する。 「牽引力数値対照表によると……筋肉集団は十二人で四馬力ね」 「マママ、マッチョ戦車か……男たちの甘酸っぱい汗の香る人力車……」 「普通に人力車って言ってよ!」 有利の言い方のせいで気持ち悪さ三倍増。 「いっそ壮観だと思うよ。の男嫌いの荒療治にどう?」 「殴るわよ!?」 拳を見せると、村田くんはヨザックさんの大きな身体の後ろに隠れてしまった。 「だから筋肉集団も、もうないよの」 フリンは何にも気にならないようで普通に返してくる。 「……ヒルドヤードならケイジがいたのにね」 「砂熊ケイジか。ホントだな。地獄極楽ゴアラもありだよ」 「そんな珍獣は飼い慣らせないわ」 「じゃあ……ライアンって相当すごいのか」 ライアンさんが砂熊のケイジとじゃれている恐ろしい光景を思い出してぞっとする。ああ でもしないと、あれほどの珍獣とはスキンシップは図れないのかしら。 ふと、ヒルドヤードの朝を思い出してしまって、右手が寂しくなった。コンラッドが冷たい わたしの右手を握り締めて一緒にコートのポケットに手を入れた、あの時を。 ぎゅっと右手を握り締めて、目を瞑って首を振る。今は思い出しちゃいけない。泣きそう になるから。 そんな感傷を切り裂くように、後ろからTぞうの唸り声が上がった。ナ、ナイスよ、Tぞう! 振り返ると、サイズモアさんの横で毛を逆立てている。 「どうしたTぞう、嫉妬に狂った艦長が毛でも抜こうとしたのか?」 「陛下、自分はそんなこといたしません」 有利の失礼な冗談に、サイズモアさんが眉毛を下げて言うのとほぼ同時にTぞうが勢い よく駆け出した。 「ンもふーっ!」 「Tぞう!?」 大慌てで全員で後を追うと、彼女は猛スピードで角を曲がってしまう。本気で走られると 獣の足の速さにはついていけない。 彼女に遅れること数十秒、角を曲がると白い集団が出来上がって蠢いていた。羊だ。 「な、なんだ?」 群れの真ん中に駆け込んだTぞうは、羊同士で鼻を擦ったりぶつかりあったり、地面を 転がり回ったりして喜んでいるようだった。 その脇には、羊たちの飼い主らしい女の子と、母親らしき女性が立っている。 「あ、メリーちゃん!」 村田くんが女の子に手を振った。知り合い? どこかで聞いたことがある名前だと思ったら、隣で有利が手を打った。 「あ、Tぞうの仲間か!」 「ああ!平原組に追われたときに図らずも泥棒して、おまけに村田くんが飼い主のふり して売り払ったあの羊の集団ね!」 わたしも手を打つと、村田くんが肩を落としてヨザックさんの向こうから恨めしげな視線 をよこしてくる。 「僕になにか恨みでもあるの、……?」 横でフリンが規定要項の紙を確認した。 「羊は、十六頭で四馬力よ」 その手があった。 羊の飼い主、メリーちゃんは羊を貸してくれることと、操り方の訓練を引き受けてくれた。 フリンが登録したカロリア代表選手は有利とヴォルフラムとヨザックさんの三人だったので、 そのうちの誰かが上手く羊たちを操れるようにならなくてはいけない。 「誰かって、基本はオレでしょ」 ということで、翌日朝早くからヨザックさんが中心となって羊の訓練が開始されたものの、 そう上手くはいかない。 「でも、どうして有利なの?」 選手登録に微妙な不満があってわたしが呟くと、フリンは一緒に訓練風景を眺めながら 眉を寄せた。 「だって、ロビンソンさんはあまり戦闘能力が高そうに見えなかったんだもの」 「でも、有利に危険なことをさせるくらいならわたしが……」 「とんでもないわ!競技は女性禁制よ?あなたは会場に行くことだって、だめなのよ」 「女性禁制!?」 そんな話は聞いてない。有利が武闘会だなんて危険なものに出場しているというのに、 それを見ることさえできないの!? 「それに……代表選手は傭兵を雇うことも許可されているけれど、三人のうち最低一人 は出場国の者でなくてはならないの」 その点、有利は既にノーマン・ギルビットとして大シマロンの使者と対面している。 「わー!ヴォルフラムーっ、しっかりしろ、傷は浅いぞーっ」 有利の悲鳴が聞こえる。羊レース訓練は困難を極めていた。 まず、車と繋ぐために十六頭で隊列を作らせなくてはならないのに、そこからして言う ことを聞いてくれない。 ヴォルフラムは髪を咥えられて金切り声を上げているし、ヨザックさんは羊のご機嫌を 損ねて、扱い方が悪いとメリーちゃんに蹴り飛ばされている。超スパルタ先生……。 村田くんが何かアドバイスをして歌い始めたら、羊たちがより凶悪に暴れ回った。 「……出場前に棄権になったりして……」 わたしが呟くと、フリンががっくりと肩を落とした。 「盲点だったわ」 一頭、離れたところで成り行きを見守っているかのような姿勢を見せていたTぞうが、 有利を押しのけて、無秩序な仲間たちの中に入り込んで雄叫びを上げた。 「ンモシモーっンモシモーっ……ンモシモーっシカーメーェェェヨォォォー」 人間たちが驚いてTぞうに注目する中、今まで暴れたい放題だった羊たちが、メリー ちゃんが最初に見本を見せたときのような従順さで一糸乱れぬ隊列を作る。 「な、何事?」 「すごい!すごい!伝説の羊の女王なんだね!?」 メリーちゃんが先頭のTぞうの頭を撫で回して、羊を操る伝説の女王がいるなんて! と興奮している。なんですか、それは。 ともかく、走ることに関してはTぞうにお任せで大丈夫だというお墨付きをいただいて、 続いての訓練に突入していた。 「、ちょっと」 いつの間に羊訓練の輪を抜けたのか、村田くんがわたしの肩を叩いて離れたところを 指差した。フリンやサイズモアさんに聞かれないようにしたいらしい。 どうせ村田くんはわたしと同じ待機組だから、羊訓練に参加しなくてもいいし、二人で 他の人から離れながら、有利たちの訓練風景が見える場所に移動した。 「渋谷の調子が戻らない」 「人間の国だから?」 「それもある。でも一番大きな理由は、心も身体も疲れ切っていることだろう。だから法術 の影響をモロに受けるんだ。君には僕と一緒にサイズモア艦長と別ルートでランベールに 行ってもらうことになるけど、ギリギリまで渋谷の側にいて欲しい。それに、できれば競技 場にも入り込みたい。男の格好に徹底しておいてくれ」 ギリギリまで有利の側にいるとか、競技場に潜り込むことに異論はない。女性禁制だから 男の格好をしろというのもよくわかる。 「けど、有利の調子が悪いのとわたしが側にいることに、なんの関係が」 関係があろうとなかろうと、もちろんできれば一緒にレースに参加したいくらいなんです けれども。 「君と渋谷の魔力が繋がっているからだよ」 「ごめん、もう少し詳しく説明してくれない?」 村田くんは少し考えるように顎に手を当てて、有利たちの方を見た。一緒に視線を動かす と、またまたメリーちゃんのスパルタに三人が扱かれているようだった。 「僕にも確信はない。だけど、たぶんという予想がある。普通は他人の魔術に影響されて ひきずられるなんてことはないんだよ。でも君は渋谷に影響される。それは、君達の間に は見えない繋がりがあるからだと思うんだ」 他人の魔術に引きずられるなんて聞いたことがないと、たしかグウェンダルさんも言って いた。双子で片割れが魔王で、どちらも高い魔力を持っているから例外なのでは、という のがグウェンダルさんの仮説だったけど。 そのことを伝えると、村田くんはまた少し考え込む。 「……双子か……胎内で……いや、宿る前に…………うん、そのフォンヴォルテール卿 という人の仮説は、結構いい線じゃないかと思う。ただ僕は、それが偶然ではなく意図的 にされたことだと思うんだ」 「誰の?」 「眞王と、だよ」 村田くんがその名前を呼ぶと、またドキリとしてしまう。落ち着いて、わたしの中の人。 この人は村田健という日本人で、あなたの息子と同じ魂は持っているけど、息子じゃない から! 「にどういう思惑があったのかはよくわからない。僕を作ったように、渋谷の…… 魔王の力を増幅させるつもりだったのかもしれないし、あるいは歴代の王の中でも強大 な力を持つ渋谷に魔力のコントロールの仕方を、教えるつもりだったのかもしれない」 「教えるって、でもわたしは自分の魔力すらコントロールできないけど」 「そうだね……ひょっとしたら、君が途切れ途切れしか思い出せないように、ちょっとした 手違いかもね」 「手違いって!」 そんな恐ろしい結論をあっさりと言わないでよ。 「別に君が君という一人の魔族として生きる分には何の手違いもないよ。単に、眞王達 の思惑が外れた可能性があるだけで……。とにかく、だ。君が側にいることで、渋谷の 消耗を最小限に抑えられるかもしれない、ということが重要。法術の影響を受けない君 が、渋谷に魔力を提供できるかもしれないってこと」 「そういえば、なんでわたしは法術の影響がないの?」 「それはたぶん、君の魂が純粋な魔族のものじゃないからだと思うな」 昨日、ヴォルフラムの疑問を遮った意味がようやくわかった。 |
大事な場面で魔術が使えなかったり、法術の影響が少なかったり……。 便利なのか不便なのか。 |