「テメっ、刈りポニ!どのツラ下げておれたちの前にッ!」 できれば無視でやり過ごしたかったのに、わざわざ有利が声をかけてしまって、小シマロン の男はこちらに気付いた。ま、有利がつい文句を言わなくても、すぐ側にいるんだからバレ ていたとは思うけど。 「おや、誰かと思えばその声は」 嫌味たらしく臙脂のマントを翻して、小シマロンの軍服がよく見えるようにしながらにやりと 笑い、故意に抑えてゆっくりと、威圧感を与えるように話しかけてくる。 「カロリア委任統治者ノーマン・ギルビットの客人で、その後、勇敢な虜囚達と共に我が小 シマロン王サラレギー陛下のため崇高なる任に志願されたが、何らかの力の暴走により 行方知れずになられたはずの、クルーソー大佐とやら……ですかな」 「いっそ大胆に略してくれ」 相手は、こちらにとって都合のいい勘違いをしたままだった。よかった……。 070.無意味な行為(3) 「魔族が増えている。そちらの副官殿と妹君とやらとは以前にお会いしているが、類の違う 美形の方とはお初にお目にかかりますな。お揃いで、呑気にシマロン観光ですかな」 「なんだと!そっちこそカロリアを、大陸の半分以上をあんなことにしておいて、娘さん連れ で家族旅行かよ!?あっ、お嬢さん方には罪はないんですけれども」 わざわざ最後に付け足すところが有利らしい。確かにあの件で彼女たちの責任はなにも ないんだけどさ……。 「私の娘だと?まさか。名付け子ではあるが」 「名付け子ー!?こんな可愛い子にジェイソンとフレディなんてスプラッタな名前つけたの、 あんたかよ!うう、よ、よかったー、おれの名付け親が渋谷リングとか提案しなくってー」 「その前に、リングだったらお母さんが採用してないと思うけど……」 名付け親って言ったって、本場ヨーロッパでも名付け親が提案したうちのどの名前を採用 するかは親の裁量にかかっているはずだし。 「僕なんかヘタしたら村田ザクだよ。危ない危ない」 「……ザクか、武人としてはかなりいける名前だな」 「おい、ヴォルフ、だからって娘につけるなよ」 「そうだな。子供の名前はお前と相談して決めよう」 「ヤブヘビだった!って、それ以前におれが相手だったらどっちも男なんだから、子供の 出来ようがないだろ!?」 今のヴォルフラムの発言は、結婚すること前提だと思うけど、そっちはいいの、有利? 「この人たち、テンカブに」 「出場すると言ったのか?これはこれは……まったくご苦労なことですな」 ジェイソンかフレディか、どちらがどちらかわからないけれど、隣の女の子がそう告げると、 顎髭を扱いて可笑しそうに笑った。 「魔族の国家を招待したとは聞き及んでおりませぬが……ああもしやカロリア代表として 闘われるおつもりか。彼の地は災害からの復興で、それどころではないと思っていたが」 「……よく言うよっ!お前のせいだろ!?」 「私のせいだと言われるか。それはまた、とんでもない勘違いだ。カロリアは小シマロンの 領地だ。従って彼の地の民は小シマロン王サラレギー陛下に全てを捧げねばならない。 彼等はそういう運命なのだよ。何人も神の定めた運命には逆らえぬ。寧ろ陛下のお役に 立てることを、幸いというべきだろう」 「それ結局、地震が起こったことは自分のせいだって言ってるようなもんじゃないの?」 その論法だと、起こったことを受け入れろと言ってるだけだと思う。 わたしが冷めた声で演説を遮ると、悦に入っていた男の眉がぴくりと動いた。 憎々しげな視線がサングラス越しに突き刺さってきたけれど、負けるものかと睨み返す。 もっとも、サングラス越しで向こうにどれくらいクリアに見えているかはわからないけど。 「……現在は祖シマロンたる大シマロンを拝する立場だが、それも今だけのこと。いずれ 両国は統合され、サラレギー様が主となられるのだ」 どうやら無視して演説を続けようとしたらしいけれど、今度は有利が茶々を入れる。 「じゃあ今んとこは小シマロンって、大シマロンに頭が上がらないんだ?」 ますます顔を歪ませて、まだ新しい頬の傷がぴりりと引き攣る。 「だが!才覚と資質のあるものが民を統べるのが世の習いだ!やがてサラレギー様が 大陸を、いやこの世の全てを治められる日がくるのだ!」 演説を二回も途中で邪魔されて、相当腹が立ったようで最後は叩きつけるように言って 有利を上から見下ろした。 「聞くところによると、黒髪黒瞳の双黒は希世の存在だとか。かなりの高位におられるの だろうが……この遠い敵地にまで赴いて、異国の代理人をされる余裕がおありだとは。 さすがに先の戦では最後まで抵抗し、我等を苦しめただけのことはある」 揶揄するような言い方に、ヴォルフラムの眦が上がった。 だけどヴォルフラムは剣を鞘に押し付けるように柄尻を掌で押しながら、冷静な声で不遜 な態度の男を小馬鹿にした。 「そのときお前はいくつだった、人間?どうせ薄汚い寝台の中で、毛布にくるまって震え ていたのだろうが」 「な……私は既に十五で……」 「新兵か。そういえばドルマル付近で、怯えた新兵を見逃してやった覚えがある」 「ドルマルになど、行っていないっ」 「ふん、ひ弱な新兵の初陣にはあの程度の小競り合いがうってつけだと思ったが。では 激戦のアルノルドまで出たか?そんなはずはない、生きて戻った者はいるまいと兄から 聞かされている」 そんなに激しい戦いがあったんだ。ヴォルフラムだって戦場に出たことがあって……。 悄然とした気持ちになったわたしの前で、マキシーンも地名を聞いて狼狽する。有名な 戦いなんだ。 「ま、まさか、アルノルドの生還者なのか!?ではその若さで……ルッテンベルク師団 の一員だったと……」 「あ、そういえばオレ、アルノルドにいたわ」 「え!?」 ヨザックさんがあっさりと手を挙げて、全員の注目を浴びながら顎を撫でつつ前に出て くる。 「それ、オレんとこの師団の話だ。やー懐かしいねぇ。あの頃はまだオレ様も、とれとれ ピチピチだったわぁ」 「……鮮魚の話じゃないから、ヨザックさん……」 おちゃらけて、まるで何でもないことのように振る舞うヨザックさんに、何か言い返すの かと思ったけれど、マキシーンは双子の腕を掴んで身を翻す。 「カロリアなど決勝までも残れるものか!無益な行為だったと、己の分を知るがいい!」 捨て台詞を残して、双子の少女の手を掴んで走っていってしまった。子供連れなんだか ら、もうちょっとゆっくり走ってあげればいいのに。 「うーん、相変わらず逃げ足が早い」 「え、ヨザック戦ったことあんの?」 「いえ、小シマロンのあの実験場でも逃げられたんで……」 ヨザックさんが手を振って否定している途中で、轟く蹄の音とともに白い毛玉……もとい 大きな羊が走りこんできた。 「ンモふっンモふっンモふふふーっ!」 「Tぞう。ということは」 振り返ると、出場登録を終えたらしいサイズモアさんとフリンがこちらに向かってきた。 「ああ、よかったわ。言ってたところにいなかったから……どうしたの、顔色が悪いわ?」 フリンが心配したように有利の額に触れると、有利は弱々しく笑ってその手を外した。 「別に。さっきから特に変化はないよ。きっとここが寒いから、そう見えるだけだろ」 とても寒さのせいだけとは思えないんだけど。 「早めに宿に入った方がいいんじゃない?」 「だから平気だって。もフリンも心配性だなあ」 「寒さじゃなくて、ここが人間の土地だからだろう。さっきまで目の前に神族がいたしね。 法力の粒子が強いんだ。魔力の強い者は肉体的にも精神的にもきついはずだよ。フォン ビーレフェルト卿もしんどいんじゃない?」 そういえば、さっきからヴォルフラムもつらそうだった。さすがは大賢者。物知りだね。 「それなら、やっぱり有利とヴォルフラムは早く休まないと」 二人の腕を引っ張ると、ヴォルフラムはぎゅっと眉間にしわを寄せた。 「ぼくは平気だ。ユーリほどへなちょこじゃないしな」 「へなちょこ言うなっ」 「それより、こそ大丈夫なのか?」 「わたし?そういえば全然平気……」 「僕も平気だよ。あとグリエさんとサイズモア艦長も平気だろう……あれ、どうしたの艦長、 浮かない顔して」 村田くんの言葉に一斉にサイズモアさんに注目すると、当の本人は沈んだ表情のままで 首を振って否定した。 「いいえ、猊下。ご心配いただき恐縮ではございますが……その、非常に個人的な些末 なことでして」 フリンが登録証を確認しながら、怪訝そうに小首を傾げた。 「この人、さっきからずっと落ち込んでいるのよ」 「落ちこんで?なんだよ艦長、遠慮せずに言ってみな。おれか村田にできることなら…」 「ああ陛下、もったいのうございます!自分はただ……そのー、この国の兵士が皆、誰も 彼もが……髪が素敵なので……」 「髪がステキー!?」 有利とヴォルフラムと村田くんが同時に鸚鵡返し。 え、うん、まあその……確かに大シマロンの兵士の髪は長髪でサラサラだけど……サイ ズモアさんはその、ちょっぴり頂上が寂しいけれど、じゃあサイズモアさん、サラサラロング になりたいの? 「お、お前は馬鹿か!?武人にとって髪など、頭部を保護できればそれで充分だろう!」 「は、申し訳ありません閣下!仰るとおりでございます」 最初の絶句から立ち直ると、ヴォルフラムが猛然と怒り出す。恐縮したサイズモアさんに、 有利が取りなしに入った。 「まあまあヴォルフ。サイズモア艦長もさ、そんなに気になるなら軍人から野球に転向した らいいよ。帽子かヘルメットで隠せるしさ」 「駄目だよ艦長、自分の個性を隠すのはよくない。その点サッカーなら大丈夫。みんなが 個性として活かしてる」 「別に野球してなくても、帽子は被ってもいいじゃない……」 有利の提案は眞魔国国営球団のメンバーを勧誘したいだけにしか聞こえない。 「今は頭髪よりも毛皮よ。『知・速・技・勝ち抜き! 天下一武闘会』の開催日は明後日 なの。それまでに速さ部門で使用する車と、牽引する動物を手配しなくちゃならないわ」 「頭髪よりってなんですかぁーっ」 あっさりと話を打ち切ったフリンに涙を流さんばかりに詰め寄るサイズモアさん。どうやら 一番敏感な部分を刺激してしまったらしい。 おいおい嘆くサイズモアさんをヴォルフラムが叱咤している横で、有利が目を丸めた。 「車とそれを引く動物ぅー?それ、本当に武闘会なのか!?」 |
サラサラロングヘアが眞魔国の軍人の規定じゃなくて本当によかったなあという話(違) |