フラフラと有利が歩き出して、慌ててわたしとヴォルフラムと村田くんとヨザックさんの四人

で追いかけた。

「有利、ちょっと!」

有利の左腕を掴んで引っ張った途端、急にけたたましい電子音が鳴り響いて、慌てて手

を離してしまった。けれど、その音で有利も我に返ったように足を止める。

「おいおい、おれ。ケータイ切っとけよ……って持ってないし」

有利は一人でノリツッコミをしながら左手につけた腕時計のアラームを止める。

「こんな時間にセットしてないよな……誤作動?」

「渋谷、どこへ行くつもりなんだい?」

わたしが離した左腕を今度は村田くんががっちりと掴んだ。

「どこって……え、っと……あの双子の……」

もう随分と近くなっていた二人の女の子を指差す。二人はまだにっこりと笑って手招いて

いた。どうやら、知り合いがいたわけではなく、有利を呼んでいたらしい。

「関わり合いにならないほうがいい」

ヴォルフラムが、手の甲で額の汗を拭いながら言った。






070.無意味な行為(2)






こんなに寒いというのに、運動もしなくて暑くて汗をかくはずがないのに。有利も気分が

悪そうだった。

「僕も彼と同意見だ。あの子達には接触しないほうがいい」

「な、なんでー?グレタよりちょっと年上なだけの、ごくごく普通のお嬢さんじゃ……ない

かも」

彼女達を振り返って、有利も言葉を詰まらせる。

二人の女の子の髪は、近くで見るとプラチナブロンドだった。ただし、フリンとは違い、

遠目で見たとおり、ほとんど白に近い。

左右対称に座り、腰まで届きそうな長い髪形も、服装も、顔立ちも、少し微笑んだ表情

までも、まるで鏡に映したかのようにすべてがそっくりだった。肌は透き通るように白く、

同じ綺麗な白い肌でも、ヴォルフラムとは違いどこか病的なまでの透明感。よくよく見る

と瞳は濃い金色で、細かい緑が散っていた。

そんな不思議な容貌の美少女が、じっとこちらを見詰めて微笑みながら手招いていたら、

有利じゃなくても何かの催眠術かと思いたくなる。

「可愛い……というより、美しい、よなあ」

有利がどこか怖気ついたように喉を鳴らして、唾を飲み込みながら呟く。こんなときこそ

村田くんの出番でしょ。やあ渋谷、やっぱりロリコンだねって。

有利は二人を振り返って、こっそりと耳打ちをする。

「生まれて初めて見るんだけど、もしかしてあれがエルフですか?」

「エルフー?なんだそれは」

「渋谷、それはゲームのやりすぎだよ。エルフは架空の種族だって」

「河童や魚人はいるのに!?」

二人に呆れたように言われて、納得できないとばかりに眉をしかめる。

「河童と魚人と空飛ぶ人骨はいるのに、エルフはいなんだ。ホビットとか、ドワーフはどう

なんだろう?」

「旅の仲間でも結成したいの?あのねえ、ファンタジーに登場するエルフって、容姿から

能力から、ありとあらゆる面で人間より優れてるんだぞ?そんな種族が本当にいたら、

世界は彼等に支配されちゃうよ」

「失礼なことを言うな。そのエー、エー、エロフがどういう奴かは知らないが、我々魔族が

そいつに劣るはずがないだろう!」

ヴォルフラムの愛国精神が炸裂する。種族としての優劣はともかく、エルフという定義に

はまる種族がいないことはわかりました。

「じゃああの双子は普通の人間?それにしちゃウツクシサの方向性が違うような」

「うん、確かにあの娘たちは人間じゃなさそうだ。どちらかというと神……」

「おにーちゃん」

村田くんの説明の途中で、少女達から呼びかけがあった。振り返ると、やっぱりこっちを

見てにっこりと微笑んでいる。

有利たち三人は中腰で円陣を組んでひそひそと相談を始める。

「い、いまおにーちゃんって言ったぞ!?」

「僕は一人っ子だよー」

「うちだって兄が一人で、妹はだけ!」

「ぼくは兄二人だ……まさかユーリ!お前、今度は隠し妹か!?」

「恐ろしいこと言うなよっ!第一、おれは今コンビニ強盗コスプレだぞ!?ゴーグル越しに

生き別れの兄妹が判るもんか!そっちこそ、ツェリ様が新しい恋人と……ほら、女の子が

欲しいって言ってたし……」

「まさか母上、神族にまで手を……っ」

絶句しかけたヴォルフラムに、わたしはヨザックさんと二人で顔を見合わせた。

「あれって、単に道行く人を呼んでるんじゃないの?」

「ですよねー?」

本当に動揺しているのは有利とヴォルフラムだけで、村田くんはわかってて楽しんでいる

ようだけど。

「おにーちゃんたち」

にっこりと、再び呼びかけられて、有利とヴォルフラムは怯えているんだか興奮しているん

だか。村田くんだけは確実に、二人の様子を楽しんで煽っている。

「い、いま、おにーちゃんたちって言ったぞ!?」

「三人ともおにーちゃんということか!?」

「あ、酷いなー閣下。自然にオレを除外しないで下さいよー。男はオレもいますよ」

「ある日、見知らぬ土地で、美少女に突然おにーちゃんと呼ばれる……」

「お前はおにーちゃんというには、とうが立ち過ぎているだろう」

「閣下だって人間や神族から見れば、結構なお歳じゃないですかー」

「判ったぞ!妹キャラだな!?でもあれは妹がたくさんできるんであって、おにーちゃんが

急に三人もできるって設定じゃないような……」

「そこまで!」

放っておいたらどこまで流れて行くかわからない。村田くんとヨザックさんが煽るから余計

にどんどんわけのわからない方向に行っている有利とヴォルフラムの頭に手刀を入れる。

「いてっ!チョップしなくてもいいじゃん!」

「お前が脳味噌の沸騰しそうなことを言うからだろう!という出来た妹がいながら、

まだ赤の他人が妹に欲しいのか!が怒って当然だ。……でもなぜ僕まで叩くんだ、



「そ、そういう意味じゃなかったんだけど……」

ただこっちに帰って来いっていうことで。

「坊ちゃんがた、オレはたぶん、ちょっとそこの人って呼びかけてるんだと思いますよ」

ヨザックさんが可笑しそうに笑いながら、有利の肩を叩いた。

「さ、納得されたなら行きましょう。辻で声を掛けてくるのは大抵占いと押し売りと相場が

決まってるもんです。坊ちゃん、人がいいから押し売りに負けそう」

「署名運動か街頭アンケートかもしんねーじゃん。子供なら迷子って可能性だって……」

「こんにちは、おにーちゃんたち」

笑顔の様子を見る限り、迷子って線は薄そうだけど?

言葉から発声まで、まったく一緒なのでまるで一人しか喋っていないようにも聞こえる。

「ど、どーも」

有利が日本人的愛想笑いの曖昧な返事を返すと、ヴォルフラムが腕を引いて囁いた。

「よせ、あいつらは神族だぞ、関わり合いにならないほうがいい」

「え、神族って神様の一族?うわ、どうしよう。おれ賽銭だってケチってるのに」

「しーぶやぁー」

村田くんが呆れて溜息をつく。有利、魔族だって別に悪魔の眷属じゃないよ。

「占いを?」

クスクスと笑いながら右の女の子が声をかけてくると、有利はまた正直に振り返って対応

してしまう。

「ん?信じるかってことですか?」

女の子はいきなり、振り返った有利の右手を掴んで、親指を握り締めた。

「いてっ」

有利が痛みを覚えたように反射的に腕を引こうとしたのに、女の子は掴んで離さない。

しまった、子供だと思って油断したかしら。

「ちょっと、あなたたち……」

「テンカブに?」

「出場するのかってこと?ああ、そのつもりですよ、もちろん出ますよ」

どうやら有利はまだ神様の化身だか使いだか思っているらしくて、微妙に丁寧に話して

いる。

和やかとは言い難いけれど、ただ話しているだけなら、躍起になって引き離すのも乱暴

な気がする。

どうしようかと迷っている間にも、女の子はふたりで交互に一言ずつ言葉を紡ぐ。

「優勝を?」

「可能性が?」

「希望を?」

「残念ね」

「いきなりお告げかよ!?縁起悪ぃなあ」

「おにーちゃんたち、怪我する」

「もっと悪いよ!」

辻占いなんだろうか。それもまともな占いじゃなくて、人を不安にさせることを言っておいて

それを避ける方法がある。教えて欲しければお代にウン万円…とかの悪徳詐欺の占い。

不吉な言葉を投げかけておいてクスクスと楽しげに笑われたら、途方に暮れるか怒るか

気味悪がるしかない。

ふいに左の女の子が有利の顔を覗き込んだ。といっても、濃い色のゴーグル越しでは顔

もろくに見えないはず……。

「王?」

有利の後ろで、わたしたち四人がどきりとして、ちらりと視線を交し合った。

「おっ、おっ、王ってそんな、おれホームランバッターじゃ全然ないし!顔と親指見ただけ

で打撃成績が判るなら、是非ともバッティングコーチになってもらいたいですけど!」

「顔じゃない。魂が」

ヨザックさんが手を出すかと目で合図してきて、少し迷ってから首を振る。まだそこまで

手荒にしたくはない。下手な騒ぎを起こすとテンカブ出場にも影響するかもしれないし、

ここは穏便に有利を引き摺って逃げる方が……。

「おい」

ヴォルフラムが既に動いていた。

「放せ」

暴力を振るうわけではなくて、有利の指を女の子に放させようと有利の腕に手をかけた。

「あなた」

「この人に、従属を?」

見抜かれたかと思うような言葉にヴォルフラムが一瞬ひるむと、畳み掛けるように二人

はまた意味深な言葉を続ける。

「本当は、王にもなれる資質なのに」

「前もその前も、魂はとても尊いのに」

「そりゃそうだ、元々彼は王子……いたた、なんだよヴォルフラム、乱暴……」

ヴォルフラムが腕を掴む手に力を込めたらしい。顔をしかめた有利は、すぐに血の気が

引いたヴォルフラムに気付いて抗議の声が途切れる。

「ほんとうよ。あなたには、そろってる。ね?」

「うん。ほんとうよ、魂の前世が、見えるのよ」

前世が見える?

ついうっかり魅力を感じてしまった。前世が見えるというのなら、前世で最後になにを

企んでいたかもわかりませんか?

……馬鹿馬鹿しい。悪徳詐欺占い師に何を尋ねようというの。

蒼白の顔色で眦を吊り上げて少女たちを睨みつけるヴォルフラムの肩に手を置いた。

「ヴォルフラム、後ろに。ヨザックさん」

ヨザックさんに預けようとしても、ヴォルフラムは青い顔色のまま、有利の手を放さない。

そして少女たちからも目をそらさない。有利より先に下がれないらしい。

仕方が無いので、有利の指を握る右の女の子の腕を掴んで睨みつけた。

「放してちょうだい。客引きの仕方が悪質だわ」

「……あなた」

女の子は目を見開いて、ぱっと有利の指を放して手を引いた。

なに、その怯えたような反応は。

左の女の子が、右の女の子の手を握って、わたしに金色の瞳を向けた。何か、不審な

ものでも見るような目で。

「深淵の、闇」

突然、後ろからオリーブの首飾りの鼻歌が聞こえてくる。

「へーえ、そうなんだあー?顔見ただけでタマシイだのゼンセだのが判っちゃうんだー。

そりゃすごいや、マジックロビンソン、ちょっとジェラシーだよ」

村田くんが喋っているのにオリーブの首飾りはまだ聞こえてくる。振り返るとヨザックさん

が口笛で続けていた。ただし、うろ覚えらしく調子外れだけど。

「同業者の僕としては、是非とも体験しておかないと」

「同業者ー?」

有利がまた何を言い出すんだと眉をひそめた。そりゃそうよね。大賢者って占い師じゃ

ないでしょうに。

「東京マジックロビンソンはマジックなんだから手品師だろー?」

………有利。

「いいじゃん、似たようなもんだって。さ、僕の前世も教えてくれる?」

大賢者と手品師と占い師は全然かぶるところがないと思う。

「……あなた」

少女達は村田くんを見て、わたしのときとはまた違う動揺をした。

お互いの手を握り合って、じっと村田くんを見つめる。

しばらく沈黙した後、右側の子が口開いた。

「学問を?」

「ブー、外れ。前世は『修道女クリスティンの甘い罠』ってシリーズで、AV女優をやって

ました。じゃあその前は?」

「……記録者を?」

「ブー、また外れー。その前は第一次世界大戦で軍医をやってて酷い目に遭いました。

なんだ全然当たらないね。でも美人双子姉妹占い師って、それだけで充分客は呼べる

けど」

少女達の透き通るような白い肌に、さっと朱が差した。繋いだ手も小刻みに震える。

外れたことが相当悔しいようだけど、そりゃ普通は前世のことなんて誰も覚えてないん

だから、村田くんみたいに具体的に反論できた人なんて今までいなかったはずだ。

敗北が初めてで当たり前。種がわかるとなんてことはない。

それにしても村田くんの前世って。

双子が揃って村田くんを睨みつけ、今にも悪態を吐こうと口を開いたときだった。

「ジェイソン、フレディ、何かあったのか」

噴水の水しぶきの向こうから、聞き覚えのある枯れた渋い声が聞こえてきた。

一瞬にして、カッと怒りが全身を駆け巡る。

コンラッドの腕を……あんなことに使った、あの。

「マキシーン!」

少女達は揃って立ち上がり、姿を現した男の下へ駆け寄った。

立っていたのは、茶色の髪の両サイドを刈り上げ、長い後ろ髪をポニーテールに結び

上げた小シマロンの軍人の独特な髪型の、ナイジェル・ワイズ・マキシーン。







望んでいない再会です……。



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